南天竺國。大名德比丘。號龍樹菩薩。出梵志種。大豪貴家。始生時在樹下。由龍成道。因以為號。襁褓時。誦四韋陀。有四萬偈。皆即照了。弱冠擅名諸國。天文星緯及餘道術。無不綜練。結友三人入山。至一佛塔。出家為道。九十日。誦閻浮提。所有經論。皆悉通達。因更求異典。向雪山。見一比丘。以摩訶衍授之。愛樂讀誦。辨才無盡。聞者悉推伏。請為師範。便自謂一切智人。心生憍慢。欲往從瞿曇門入。時門神謂龍樹曰。今汝智慧。未云能辯。比于如來。無異螢火。齊輝日月。我觀仁者。非一切智。云何欲從此門而入。龍樹聞之。𧹞然有愧。自念世界法中。津途無量。佛經雖妙。句義未盡。我今宜更敷演之。開悟後學。饒益眾生。作是念已。獨處靜室水精房中。大龍菩薩愍其若此。以神力接入大海。至宮殿。開七寶函。以諸方等深奧經典。無量妙法。授龍樹。九旬中。通解深入。龍知其悟道。送還出宮。初華嚴經是文殊師利所集。佛初去世。異道競興。乏大乘器。攝此經入龍王宮。六百餘年。龍樹往龍宮。見此經獨為淵妙。誦之在心。始得傳布于世。付法藏因緣經。及西域記說。賢首華嚴傳諸本。具誌其事。
南インドの国に、大徳として名高い比丘がいました。名を龍樹菩薩といいます。彼はバラモンの家系に生まれ、非常に裕福で高貴な家の出身でした。生まれた時、木の下にいたことから、後に龍によって悟りを開いたため、その名を号とするようになりました。
幼い頃から四つのヴェーダを暗誦し、四万の偈をすべて即座に理解していました。二十歳になる頃には諸国で名を馳せ、天文学や星の運行、その他の術にも通じていないものはありませんでした。
三人の友と共に山に入り、ある仏塔に至って出家し、道を求めて修行しました。九十日の間に、閻浮提にあるすべての経論を暗誦し、すべてを完全に理解しました。さらに他の経典を求めて雪山に向かい、一人の比丘に会い、そこで大乗(摩訶衍)を授けられました。龍樹はこれを愛し楽しく読誦し、その弁才は尽きることがなく、聞く者は皆、心から敬服し、師として仰ぎました。
そこで龍樹は自らを一切智人であると思い込み、心に驕りの慢心が生まれました。瞿曇(ゴータマ)の門から入ろうとした時、門の神が龍樹に言いました。「今、あなたの智慧は、まだ十分に弁じられるとは言えません。如来と比べれば、蛍火が日月と輝きを競うようなものです。私が見るに、あなたは一切智者ではありません。どうしてこの門から入ろうとするのですか。」
龍樹はこれを聞いて、赤面し恥じ入りました。そして自ら思いました。「世界の法の中には、道は無量にある。仏経は確かに優れているが、句の意味はまだ尽くされていない。私は今こそ、さらにこれを敷演し、後の学びを開悟させ、衆生を利益すべきである。」
こう考えてから、静かな部屋、水精の部屋に一人こもりました。大龍菩薩が龍樹のこの様子を哀れみ、神力をもって大海へと導き入れました。宮殿に至ると、七宝の函を開き、諸々の方等の深奥な経典と無量の妙法を龍樹に授けました。九十日の間に、龍樹はこれを深く通解しました。龍は彼が道を悟ったことを知り、宮殿から送り出しました。
そもそも華厳経は、文殊師利が集めたものでした。仏が最初に世を去った後、異なる道が競い起こり、大乗の器が乏しくなったため、この経を摂して龍王の宮に納められました。それから六百年余り、龍樹が龍宮に赴き、この経だけが特に深遠で妙であるのを見て、これを心に暗誦し、初めて世に伝えることができました。
付法蔵因縁経、および西域記の説、賢首の華厳伝など、諸本にその事が詳しく記されています。