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title: "起世經 · 2 鬱單越洲品"
description: "起世经是隋代高僧阇那崛多等人翻译的重要佛教经典，属于阿含部经典之一。该经主要阐述宇宙生成、世界构造及众生轮回的佛教世界观，详细描绘了世界的形成、毁灭及再生过程，并探讨了众生业力与轮回的关系。阇那崛多是北印度高僧，隋文帝时期来华，参与译经事业，对汉传佛教经典的传播贡献卓著。起世经在佛教中具有重要地位，为研究佛教宇宙观和轮回思想提供了经典依据，对后世佛教哲学和修行实践影响深远。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmadf8su00005l8040f2vuf69"
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### 起世經欝單越洲品第二之一

> 第二品 欝単越洲 その一

「諸比丘！欝單越洲有無量山，彼諸山中，有種種樹，其樹欝茂，出種種香，其香普熏，遍彼洲處。生種種草，皆紺青色，右旋宛轉，如孔雀毛，香氣猶如婆師迦華，觸之柔軟，如迦旃連提迦衣，長齊四指，下足則偃，舉足還復。別有種種雜色果樹，樹有種種莖葉華果，出種種香，其香普熏。種種諸鳥，各各自鳴，其聲和雅，其音微妙。彼諸山中，有種種河，百道流散，平順向下，漸漸安行，不緩不急，無有波浪；其岸不深，平淺易涉，其水清澄，眾華覆上，闊半由旬，水流遍滿。諸河兩岸，有種種林，隨水而生，枝葉映覆，種種香華，種種雜果，青草彌布，眾鳥和鳴。又彼河岸，有諸妙船，雜色莊嚴，殊妙可愛，並是金銀琉璃、頗梨赤珠、車𤦲瑪瑙等，七寶所成。

> 「比丘たちよ、北倶盧洲（きたくるす）には無数の山がある。その山々には様々な木々が生い茂り、その木々からは様々な香りが放たれて、洲全体に漂っている。 また、様々な草が生えている。それらはすべて青みがかった紺色で、右に巻きながら伸び、孔雀の羽根のように柔らかく、その香りはジャスミンの花のようである。触れるとまるで高級な絹織物のように柔らかく、丈は指四本分ほどで、足を置けばしなやかに沈み、足を上げれば元に戻る。 さらに、様々な果実のなる木々がある。それぞれに茎、葉、花、果実があり、それぞれが香りを放ち、いずれもその香りは洲全体に漂う。 様々な鳥たちが、それぞれに美しい声でさえずり、その声は和やかで、微妙に響き合う。 それらの山々には、様々な河川がある。百もの流れに分かれ、平らに緩やかに流れ下り、徐々に穏やかに進み、急がず遅れず、波立つこともない。岸は深くなく、平らで浅く、渡りやすい。水は澄み切って清らかで、様々な花が水面を覆っており、その川幅は半由旬ほどで、水は満ち溢れて流れている。 これらの川の両岸には、様々な林が広がり、水に沿って生えている。枝葉は互いに覆い被さり、様々な香りの花や果実があり、青草が一面に広がり、多くの鳥たちが美しく鳴き合っている。 また、その川岸には素晴らしい船が停泊している。様々な色で飾られ、殊の外美しく愛らしい。金、銀、瑠璃、水晶、赤い真珠、瑪瑙、螺鈿といった七つの宝石で作られている。」

「諸比丘！欝單越洲，其地平正，無諸荊棘、深邃稠林、坑坎屏廁、糞穢不淨、礓石瓦礫，純是金銀，不寒不熱，時節調和；地常潤澤，青草彌覆，諸雜林樹，枝葉恒榮，華果成就。諸比丘！欝單越洲，復有樹林，名曰安住，其樹皆高六拘盧奢一拘盧奢五里，葉密重布，次第相接，如草覆屋，雨滴不漏，彼諸人等，樹下居住。有諸香樹，亦高六拘盧奢，或復有高五拘盧奢，四三二一拘盧奢者，其最小樹，高半拘盧奢，悉有種種枝葉華果，此諸樹上，隨心流出種種香氣。復有劫波娑樹，亦高六拘盧奢，乃至五四三二一拘盧奢，如是最小，半拘盧奢，悉有種種枝葉華果，從其果邊自然而出種種雜衣，懸置樹間。復有種種瓔珞之樹，其樹亦高六拘盧奢，乃至五四三二一拘盧奢者，如是最小半拘盧奢，悉有種種枝葉華果，從其果邊，隨心流出種種瓔珞，懸垂而住。復有鬘樹，其樹亦高六拘盧奢，乃至五四三二一拘盧奢者，如是最小半拘盧奢，亦有種種枝葉華果，從其果邊，隨心而出種種鬘形，懸著於樹。復有器樹，其樹亦高六拘盧奢，乃至五四三二一拘盧奢者，如是最小半拘盧奢，亦有種種枝葉華果，從其果邊，隨心而出種種器形，懸著於樹。復有種種眾雜果樹，其樹亦高六拘盧奢，乃至五四三二一拘盧奢，如是最小半拘盧奢，皆有種種枝葉華果，從其樹枝，隨心而出種種眾果，在於樹上。又有樂樹，其樹亦高六拘盧奢，乃至五四三二一拘盧奢者，如是最小半拘盧奢，亦有種種枝葉華果，從其果邊，隨心而出種種樂器，懸在樹間。其地又有自然秔米，不藉耕種，鮮潔白淨，無有皮糩。欲熟食時，別有諸果，名曰敦持，用作鎗釜，燒以火珠，不假薪炭，自然出焰，隨意所欲，熟諸飲食；食既熟已，珠焰乃息。

> 「比丘たちよ、郁単越洲（うたんえつしゅう）の大地は平らで、とげや深い藪（やぶ）、くぼみや汚物、石ころや瓦礫（がれき）は一切なく、純粋な金銀でできています。寒すぎず暑すぎず、季節は調和し、大地は常に潤い、青草が一面に生い茂っています。さまざまな林の木々は、枝や葉が常に生き生きと茂り、花や実もみのっています。 比丘たちよ、郁単越洲には安住（あんじゅう）という名の林があります。その木々は高さが六拘盧奢（ころしゃ）（一拘盧奢は五里）もあり、葉が密に重なり合い、次々とつながって、まるで草で屋根をふいたように雨が一滴も漏れません。人々はその木の下で暮らしています。また、香りのよい木々もあり、高さが六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。それらはみな、さまざまな枝や葉、花や実をつけ、その木々からは心のままにさまざまな香りが漂います。 さらに劫波娑（こうはしゃ）の木もあります。高さは六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。これらもさまざまな枝や葉、花や実をつけ、その実からは自然にさまざまな衣服が現れ、木の間に掛けられます。 そして、さまざまな瓔珞（ようらく）の木もあります。その高さは六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。これらもさまざまな枝や葉、花や実をつけ、その実からは心のままにさまざまな瓔珞があらわれ、たれ下がっています。 さらに花鬘（はなばな）の木もあります。高さは六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。これらもさまざまな枝や葉、花や実をつけ、その実からは心のままにさまざまな花飾りがあらわれ、木に掛けられます。 また、容器の木もあります。高さは六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。これらもさまざまな枝や葉、花や実をつけ、その実からは心のままにさまざまな形の器があらわれ、木に掛けられます。 そして、さまざまな果物の木もあります。高さは六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。これらはみなさまざまな枝や葉、花や実をつけ、その枝からは心のままにさまざまな果物があらわれます。 さらに楽器の木もあります。高さは六拘盧奢、あるいは五、四、三、二、一拘盧奢で、最も低いものでも半拘盧奢はあります。これらもさまざまな枝や葉、花や実をつけ、その実からは心のままにさまざまな楽器があらわれ、木の間に掛けられています。 また、この大地には自然に生える粳米（こうべい）があります。耕す必要はなく、真っ白で清らかで、皮やぬかもついていません。食べたいときは、敦持（とんじ）という果物を器として使い、火の玉で熱すると、薪（たきぎ）や炭がなくても自然に炎が上がり、思いのままに飲み物や食べ物を調理できます。料理ができると、炎は自然に消えます。」

「諸比丘！欝單越洲，周匝四面有四池水，其池皆名阿耨達多，並各縱廣五十由旬，其水涼冷，柔軟甘輕，香潔不濁。七重塼壘、七重板砌、七重欄楯，周匝圍繞，七重鈴網周匝懸垂；復有七重多羅行樹，四面周圍，雜色可愛，金銀琉璃、頗梨赤珠、車𤦲瑪瑙等，七寶所成。於池四方各有階道，一一階道亦七寶成，雜色綺錯；復有諸華，優鉢羅花，鉢頭摩華、拘牟陀花、奔茶利迦花等，青黃赤白，及縹碧色，一一花量，大如車輪，香氣氛氳微妙最勝；復有諸藕，大如車軸，破之汁出，其色如乳，食之甘美，其味如蜜。

> 「比丘たちよ、東勝神洲の四方には四つの池があり、その池は全て阿耨達多（あのくだた）と名付けられています。どの池も縦横五十由旬（ゆじゅん）で、水は冷たく柔らかく、甘くて軽やか、香り清らかで濁りがありません。七重の煉瓦積み、七重の板敷き、七重の手すりが周囲を巡り、七重の鈴と網がその周りに垂れ下がっています。さらに七重の多羅樹（たらじゅ）が立ち並び、四方を取り囲み、色とりどりで愛らしい。それらは金、銀、瑠璃、玻璃、赤珠、車𤦲、瑪瑙などの七宝でできています。 池の四方にはそれぞれ階段があり、その階段も七宝で作られ、様々な色が美しく織り交ざっています。また、優鉢羅華（うはつらげ）、鉢頭摩華（はずまげ）、拘牟陀華（くまだげ）、奔茶利迦華（ほんだりけげ）などの花があり、青・黄・赤・白や薄い青の色をしています。花一つの大きさは車輪ほどあり、香りは豊かで、このうえなく素晴らしいものです。さらに、車軸のように大きな蓮根（はすね）があり、それを割ると乳のような汁が出て、味は蜜のように甘美です。」

「諸比丘！阿耨達多池之四面，有四大河，闊一由旬，雜華彌覆，其水平順，直流無曲，不急不緩，無有波浪，奔逸衝擊，其岸不高，平淺易入。諸河兩岸，有種種林，交柯映覆，出眾妙香。有種種草生於其側，色青柔軟，宛轉右旋，略說乃至，高齊四指，下足隨下，舉足還復；亦有諸鳥出種種聲。於河兩岸又有諸船，雜色可樂，乃至車𤦲瑪瑙等七寶之所合成，觸之柔軟，如迦旃隣提迦衣。

> 「比丘たちよ。阿耨達多池の四方には、四本の大河がある。川幅は一由旬あり、様々な花が一面に広がっている。水面は穏やかで、まっすぐに流れ、曲がりくねることもなく、急でも緩やかでもなく、波もなく、激しくぶつかることもない。岸は高くなく、浅くて入りやすい。川の両岸には様々な林があり、枝が重なり合って覆いかぶさり、様々な妙なる香りを放っている。川辺には様々な草が生えている。色は青く柔らかく、なめらかに右に巻いている。簡単に言えば、高さは指四本ほどで、足を下ろせばそれに従って沈み、足を上げれば元に戻る。また、様々な鳥がいて、様々な声で鳴いている。川の両岸には様々な船がある。色とりどりで楽しい。さらには、車𤦲や瑪瑙といった七宝で作られており、触れると柔らかく、迦旃隣提迦衣のようである。」

「諸比丘！欝單越洲，恒於半夜，從阿耨達多四池之中，起大密雲，周匝遍布，欝單越洲及諸山海，悉彌覆已，然後乃雨，八功德水，如搆牛乳頃，雨深四指，當下之處，即沒地中，更不滂流。還於半夜，雨止雲除，虛空清淨，從海起風，吹此甘澤，清涼柔軟，觸之安樂，潤彼欝單越洲，普令調適肥膩滋濃。如巧鬘師及鬘師弟子作鬘既成，以水灑散，彼鬘被灑，光澤鮮明。諸比丘！欝單越洲，其地恒潤，悅澤光膩，亦復如是，常如有人以酥油塗。諸比丘！欝單越洲，復有一池，名曰善現，其池縱廣一百由旬，涼冷柔軟，清淨無濁，七寶塼砌，乃至藕根味甘如蜜。諸比丘！善現池東，復有一苑，亦名善現，其苑縱廣一百由旬，七重欄楯、七重鈴網，多羅行樹亦有七重，周匝圍繞，雜色可樂，乃至悉是車𤦲瑪瑙七寶所成。一一方面，各有諸門，於一一門悉有却敵，雜色可樂，亦是金銀琉璃、珊瑚赤珠、車𤦲瑪瑙等七寶所成。諸比丘！彼善現苑，平正端嚴，無諸荊棘、丘陵坑坎、礓石瓦礫，及屏廁等諸雜穢物，唯多金銀種種異寶；節氣調和，不寒不熱；常有泉流四面彌滿，樹葉敷榮，華果成就。有種種香，隨風芬馥；復有種種異類眾鳥，常出妙聲，和雅清暢；有草青色，右旋宛轉，柔軟細滑，如孔雀毛，香氣皆似婆利師華，觸之如觸迦旃隣提迦衣，以足蹈之，隨足上下；復有諸樹，其樹各有種種根莖華葉果實，咸出眾香，普熏彼地。諸比丘！善現苑中，亦有樹林，名為安住，樹並舉高六拘盧奢，葉密重布，雨滴不下，更相鱗次，如草覆舍，諸人於下居住止宿；復有香樹、劫波娑樹、瓔樹、鬘樹、器樹、果樹，又有自然秔米熟飯，清淨美妙。諸比丘！彼善現苑，無我無主，亦無守護，欝單越人欲入此苑，自在遊戲，受諸樂時，於其四門，隨意所趣，入彼苑已遊戲澡浴，恣情受樂，欲去即去欲留即留，隨心自在。

> 「比丘たちよ、北のクルー大陸では、常に真夜中に、アノータッタ池という四つの池から厚い雲が湧き起こり、クルー大陸とすべての山や海を完全に覆います。そして、八つの功徳を備えた水が、乳を搾るほどの間に、指四本分の深さまで降り注ぎます。その水は降ると同時に地面に吸い込まれ、あふれ出ることはありません。再び真夜中になると、雨は止み雲は消え去り、空は清らかになります。海から風が吹き起こり、この甘露の雨を吹き清め、涼やかで柔らかく、触れると安らかな心地よさをもたらします。その雨がクルー大陸を潤し、大地を柔らかく豊かに肥えさせます。まるで巧みな花飾り師とその弟子が花飾りを完成させた後、水を振りかけると、その飾りが光り輝くようになるのと同じです。比丘たちよ、クルー大陸の大地は常に潤い、美しく滑らかで、まるで誰かが常に酥油を塗っているかのようです。 比丘たちよ、クルー大陸には善現という名の池があります。この池は縦横百由旬の広さで、冷たく柔らかく、清らかで濁りがなく、七宝の煉瓦で築かれています。蓮根の味は蜜のように甘いのです。 比丘たちよ、善現池の東には、同じく善現という名の苑があります。その苑の広さも縦横百由旬で、七重の欄干、七重の鈴網、多羅の並木が七重に巡らされ、様々な色が楽しめます。それらはすべて金、銀、瑠璃、珊瑚、赤珠、車渠、瑪瑙の七宝でできています。東西南北のそれぞれに門があり、その門にはそれぞれ楼閣が配され、これまた色鮮やかで、同じ七宝で作られています。 比丘たちよ、その善現苑は平らで整っており、荊や丘陵、窪み、礫石、瓦礫、汚物などの不浄なものは一切ありません。ただ金銀をはじめとする様々な宝が多く、気候は穏やかで寒すぎず暑すぎず、常に泉の流れが四方に満ちています。木々は葉を茂らせ、花と実を豊かに実らせています。様々な香りが風に乗って漂い、様々な種類の鳥たちが美しい声で優雅に清らかに鳴き交わします。草は青く、右に巻きながら伸び、柔らかく細やかで孔雀の羽のようです。その香りはバーリカ花のようで、触れるとカチュリンディカの衣のようです。足で踏むと、足に合わせて沈み、また上がります。また、様々な木々があり、その根、茎、花、葉、実はすべて香りを放ち、苑中に豊かに満ちています。 比丘たちよ、善現苑の中には安住という名の林もあります。木々は高さ六拘盧奢に達し、葉は密に重なって雨滴も落ちてこず、まるで草で屋根を葺いた家のように隙間なく重なり合い、人々はその下に住み宿ります。また、香木、劫波娑樹、瓔珞の木、花飾りの木、器物の木、果物の木などがあり、自然に生えた粳米のご飯もあり、清らかで素晴らしいものです。 比丘たちよ、その善現苑には、私も主もなく、守護する者もいません。クルー大陸の人々がこの苑に入り、自由に遊び楽しもうとするとき、四つの門から思いのままに入ることができます。苑の中に入れば、遊び、沐浴し、思いのままに楽しみ、去りたければ去り、留まりたければ留まります。心のままに自在です。」

「諸比丘！為欝單越人故，於善現池南復有一苑，名曰普賢，其苑縱廣一百由旬，七重欄楯，周匝圍繞，乃至熟飯清淨美妙。諸比丘！此普賢苑亦無守護，欝單越人，若欲須入普賢苑中澡浴遊戲受快樂時，從其四門隨意而入，入已澡浴遊戲受樂，既受樂已，欲去即去欲留即留。

> 「比丘たちよ、欝単越（うたんえつ）の人々のために、善現池の南にもう一つ苑があり、その名を普賢苑という。その苑の広さは縦横百由旬（ゆじゅん）あり、七重の欄干が周囲を巡らしている。そこでは清らかで見事な飯が用意されている。比丘たちよ、この普賢苑にも守護する者はいない。欝単越の人々は、もし普賢苑に入って水浴や遊びを楽しみたいと思えば、四方の門から自由に入ることができる。入ったなら、水浴や遊びを楽しみ、満足したら、去りたい者は去り、留まりたい者は留まるのである。」

「諸比丘！為欝單越人故，善現池西復有一苑，名曰善華，其苑縱廣一百由旬，七重欄楯周匝圍繞，略說乃至，如善現苑等無有異，亦復無有守護之者。欝單越人若欲須入善華苑中澡浴遊戲受快樂時，從其四門隨意而入，入已澡浴遊戲受樂，既受樂已，欲去即去欲留即留。

> 「比丘たちよ、鬱単越（うたんえつ）の人々のために、善現池の西側にはまた別の園があり、その名を善華苑（ぜんけえん）といいます。この園は縦も横も百由旬（ゆじゅん）の広さがあり、七重の手すりが巡らされています。詳しく説明すれば、善現苑とまったく変わらず、これを守る者もいません。鬱単越の人々が、この善華苑に入って水浴びや遊びを楽しみたいと思うときは、四つの門から自由に入ることができます。入った後は水浴びや遊び、楽しみを満喫し、楽しみ終えたら行きたい時に行き、留まりたい時に留まることができるのです。」

「諸比丘！為欝單越人故，於善現池北復有一苑，名曰喜樂，縱廣正等一百由旬，乃至無有守護之者。欝單越人若欲須入喜樂苑中澡浴遊戲受快樂時，從其四門隨意而入，入已澡浴遊戲受樂，既受樂已，欲去即去欲留即留，略說如前善現苑等。

> 「比丘たちよ、鬱単越の人々のために、善現池の北側にもう一つの庭園がある。その名を喜楽といい、広さはちょうど百由旬もある。そして、そこを守る者はいない。鬱単越の人々が、この喜楽の苑に入って水浴びをし、遊び楽しみたいと思うならば、四つの門から自由に入ることができる。入った後は、水浴びをし、遊んで楽しむ。楽しんだ後は、去りたい時に去り、留まりたい時に留まる。このことは、先に述べた善現の苑などと同様である。」

「諸比丘！為欝單越人故，於善現池東接善現苑，其間有河，名易入道，漸次下流，無有波浪，不緩不急，雜華遍覆，闊二由旬半。諸比丘！易入道河，於兩岸上有種種樹，枝葉映覆，出種種香，普熏其處，生種種草，略說乃至觸之柔軟，如迦旃隣提迦衣，高齊四指，以足蹈之，隨足上下或舉或伏；又有種種雜色果樹，枝葉華果，悉皆具足；亦有種種香氣普熏；種種異鳥各各和鳴。其河兩岸有諸妙船，雜色可樂，七寶所成，金銀琉璃、頗梨赤珠、車𤦲瑪瑙等，莊嚴挍飾。

> 「比丘たちよ、欝単越の人々のために、善現池の東側には善現苑に接して、『易入道』という名の川があります。この川は緩やかに流れ、次第に下っていき、波もなく、流れの速さも適切で、様々な花が一面に覆い、その幅は二由旬半もあります。 比丘たちよ、易入道川の両岸には様々な木々が生い茂り、枝や葉が覆いかぶさり、様々な香りを放ち、辺り一面に香りが漂っています。また、様々な草が生えていて、触れると柔らかく、まるで迦旃隣提迦衣のようです。その丈は指四本分の高さほどで、足で踏むと、足の動きに合わせて上下に動き、浮いたり沈んだりします。さらに、様々な色とりどりの果樹があり、枝・葉・花・果実がすべて揃っています。そこにも様々な香りが満ち、様々な珍しい鳥たちが美しく鳴き交わしています。この川の両岸には、色とりどりの美しい船が備えられており、金、銀、琉璃、頗梨、赤珠、車𤦲、瑪瑙などの七宝で作られ、美しく飾り立てられています。」

「諸比丘！為欝單越人故，於善現池南有一大河，名曰善體，漸次下流，略說皆如易入道河。此處所有種種樹林，與彼無異，乃至諸船，雜色所成，柔軟猶若迦旃隣提迦衣。諸比丘！於善現池西，為欝單越人故，有一大河，名曰等車，乃至略說，漸次而下。諸比丘！於善現池北，為欝單越人故，有一大河，名曰威主，漸次而下，略說乃至兩岸有船，七寶莊飾，柔軟猶若迦旃隣提迦衣。此中有欝陀那偈：

> 比丘たちよ、欝単越人のために、善現池の南に一つの大きな川があります。その名を善体と言い、次第に下流へと流れていきます。簡潔に説明すれば、易入道河と同様です。この場所にあるさまざまな樹木もそれと同じで、様々な色で作られた船々についても同様です。それらは迦旃隣提迦衣のように柔らかです。 比丘たちよ、善現池の西にも、欝単越人のために、一つの大きな川があります。その名を等車と言い、次第に下流へと流れていきます。簡潔に説明すれば、同じ流れです。 比丘たちよ、善現池の北にも、欝単越人のために、一つの大きな川があります。その名を威主と言い、次第に下流へと流れていきます。簡潔に説明すれば、両岸には船があり、七宝で飾られ、迦旃隣提迦衣のように柔らかです。 ここに、欝陀那の偈があります。

「『善現普賢等， 善華及喜樂，易入并善體， 等車威主河。』

> 「善現、普賢、善華、喜楽、 易入、善体、等車、威主河。」

「諸比丘！欝單越人，若欲入彼易入道河、善體、等車、威主等河，澡浴遊戲受諸樂時，即皆至彼河之兩岸，脫其衣裳，置於岸側，各坐諸船，乘至水中，澡浴身體，遊戲受樂。既澡浴已，隨有何人在前出者，即取上衣著已而去，亦不求覓所服本衣。何以故？欝單越人無我我所、無守護故。是諸人等，又復往詣眾香樹下，到樹下已，其樹自然低枝垂屈，為彼諸人出眾妙香，令其自手攀擥得及。彼人於樹取種種香，用塗身已，復各往詣劫波娑樹，到已其樹亦復如前低枝垂下，出種種衣，令彼諸人手所擥及。彼人於樹復取種種上妙衣服，著已而去，轉更往詣瓔珞樹下，既到彼已，瓔珞樹枝亦皆垂屈，為彼諸人流出種種上妙瓔珞，手所擥及。彼人於樹牽取種種瓔珞之具，繫著身已，更轉往詣諸鬘樹下，既到樹已，鬘樹自然為彼諸人垂枝下曲，流出種種上妙寶鬘，令彼人等手所擥及；便於樹枝取諸妙鬘，繫頭上已，轉更往詣諸器物樹，既到樹已，器樹自然枝亦垂下，令其手及，隨意所欲取彼器已，持詣果樹。時彼果樹，亦為諸人枝垂下曲，出生種種勝妙甘果，令手擥及，彼人於樹，隨心所欲取其熟果適意食之，於中或有搦取其汁，器盛而飲。食飲既訖，乃復往詣音樂樹林，到彼林已，為諸人故，音樂樹枝亦皆垂下，為出種種音樂之器，手所擥及。彼人於樹，各隨所須取眾樂器，其形殊妙其音和雅，取已抱持，東西遊戲，欲彈則彈，欲舞則舞，欲歌則歌，隨情所樂，受種種樂。其事訖已，各隨所好，或去或留。」

> 「比丘たちよ。欝単越の人々が、あの易入道河や善体、等車、威主といった川に入り、水浴びをして遊び楽しもうとする時は、彼らは皆、その川の両岸に赴き、衣服を脱いで岸辺に置き、それぞれ船に乗って水中に出て、体を洗い、遊び楽しむのです。水浴びを終えた後、先に上がった者が、その上着を取って身に着け、立ち去っても、もとの衣服を探し求めたりはしません。なぜか。欝単越の人々には、我も我が物もなく、それらを守ろうとする心がないからです。 また、これらの人々は、香りの木々のもとへと向かいます。木の下に着くと、その木は自然に枝を低く垂れ、彼らのために様々な妙なる香りを出し、自らの手で掴めるようにします。彼らはその木から様々な香りを取って体に塗り、次に劫波娑樹のもとへ行きます。そこに着くと、その木もまた先のように枝を低く垂らし、様々な衣服を出し、彼らの手で掴めるようにします。彼らはその木からさらに様々な素晴らしい衣服を取り、身に着けて立ち去り、さらに瓔珞樹のもとへと向かいます。そこに着くと、瓔珞の枝もまた垂れ曲がり、彼らのために様々な上等の瓔珞を流し出し、手で掴めるようにします。彼らはその木から様々な瓔珞の飾りを取り、身に着け、さらに鬘樹のもとへと向かいます。木の下に着くと、鬘樹は自然に彼らのために枝を垂れ曲げ、様々な上等の宝の鬘を流し出し、彼らの手で掴めるようにします。そこで彼らは枝から様々な見事な鬘を取り、頭に着け、さらに器物樹のもとへと向かいます。木の下に着くと、器物樹も自然に枝を垂れ、手が届くようにします。思いのままに器を取ると、それを持って果樹のもとへ行きます。するとその果樹も、彼らのために枝を垂れ曲げ、様々な勝れた美味しい果実を生み出し、手で掴めるようにします。彼らはその木から心のままに熟した果実を取って味わいます。中には果汁を搾り、器に入れて飲む者もいます。飲食が終わると、さらに音楽樹林へと向かいます。その林に着くと、彼らのために音楽樹の枝もまた垂れ曲がり、様々な楽器を出して、手で掴めるようにします。彼らはその木から、それぞれ必要な様々な楽器を取ります。その形は殊に妙であり、その音は和やかです。取って抱え、あちらこちらで遊び、弾きたい時に弾き、舞いたい時に舞い、歌いたい時に歌い、心のままに楽しみ、様々な楽しみを受けます。これらのことが終わると、それぞれの好みに従い、去る者もいれば、留まる者もいます。」

## 起世經卷第一

> 起世経 巻第一

此經，宋藏題為起世因本經，闍那崛多譯，却之為後經，編入取凾，丹藏題為起世經，進之為前經。今檢《開元錄》，丹藏為正，故今題中除因本二字，進之為澄函焉。

> 本経は、宋版大蔵経では『起世因本経』と題され、闍那崛多（じゃなくった）が翻訳したものとして後経とされ、取函に編入されています。一方、丹版大蔵経では『起世経』と題され、前経とされています。そこで『開元録』を調べたところ、丹版が正しいとされています。そのため、本版では題名から「因本」の二字を除き、澄函に収めました。