小品經序
釋僧叡
般若波羅蜜經者,窮理盡性之格言,菩薩成佛之弘軌也。軌不弘,則不足以寮群異指其歸;性不盡,則物何以登道場成正覺。正覺之所以成,群異之所以一,何莫由斯道也。是以異教慇懃,三撫以之頻發;功德疊校,九增以之屢至。如〈問相〉摽玄而玄其玄,〈幻品〉忘寄而忘其忘,〈道行〉坦其津,〈難問〉窮其源,〈隨喜〉忘趣以要終,〈照明〉不化以即玄。章雖三十,貫之者道;言雖十萬,倍之者行。行凝然後無生,道足然後補處,及此而變一切智也。《法華》鏡本以凝照,《般若》冥末以解懸。解懸理趣,菩薩道也。凝照鏡本,告其終也。終而不泯,則歸途扶疎,有三實之跡;權應不夷,則亂緒紛綸,有惑趣之異。是以《法華》、《般若》相待以期終,方便、實化冥一以俟盡。論其窮理盡性,夷明萬行,則實不如照;取其大明真化,解本無三,則照不如實。是故歎深則《般若》之功重,美實則《法華》之用微。此經之尊,三撫三囑,未足惑也。
『般若波羅蜜經』は、真理を窮め、本性を尽くす格言であり、菩薩が仏陀の境地に至るための大きな道筋である。その道筋が広大でなければ、さまざまな違いを持つ人々を導いて、一つの帰趣へと向かわせることはできない。本性を尽くさなければ、いかなる者が悟りの道場に登り、正しい覚りを成就できるだろうか。正覚が成就される所以、さまざまな違いが一つに帰する所以は、すべてこの道理によるのである。ゆえに仏は深い慈悲をもって、三度繰り返しこれを説き、功徳を重ねて、九つの増益をもってたびたび示された。
例えば、〈問相品〉は深遠な義を示して、その深遠さをさらに深遠たらしめ、〈幻品〉は執着を離れることを忘れさせて、その忘れることすらも忘れさせる。〈道行品〉はその道筋を明らかにし、〈難問品〉はその源を極める。〈随喜品〉は執着の心を離れて最終の目的に至り、〈照明品〉は教化の形をとらずして、そのまま真実の智慧に至る。章は三十あるが、これを貫くものは道である。言葉は十万あるが、これを倍にするものは実践である。実践が凝り固まって初めて無生を悟り、道が満ちて初めて補処(未来仏)の位に至る。この境地に達して、初めて一切智を自在に変じるのである。
『法華経』は本源を鏡のように照らして凝視し、『般若経』は終極にあるものを冥きより解き放って苦しみを解く。苦しみを解き、真理の趣に至るのが菩薩道である。凝りて本源を照らすことは、その究極の到達点を告げるものである。その究極が消えることなく続くならば、帰る道は繁茂し、三乗の実の跡がある。権化の応現が平らかでなければ、煩悩の糸は乱れ、迷いの趣が異なることがある。ゆえに『法華経』と『般若経』は互いに依存して究極の成果を待ち、方便と真実の教化は一つに溶け合って消滅を俟つのである。
その理を窮め、性を尽くし、あらゆる修行を明らかにすることを論じるならば、実(法華)は照(般若)に及ばない。その大きな光明と真実の教化を取り、本源において三乗の区別がないことを解くならば、照は実に及ばない。ゆえに深遠なる智慧を歎ずれば『般若経』の功徳は重く、真実の義を美とすれば『法華経』の働きは微細である。この経の尊さは、三度の撫育と三度の付嘱をもってしても、まだ十分に表し得ないのである。
有秦太子者,寓跡儲宮,擬韻區外,翫味斯經,夢想增至,准悟大品,深知譯者之失會。聞究摩羅法師,神授其文,真本猶存。以弘始十年二月六日,請令出之。至四月三十日校正都訖。考之舊譯,真若荒田之稼,芸過其半,未詎多也。斯經正文,凡有四種,是佛異時適化,廣略之說也。其多者云有十萬偈,少者六百偈。此之大品,乃是天竺之中品也。隨宜之言,復何必計其多少,議其煩簡耶!梵文雅質,案本譯之於麗巧不足,樸正有餘矣。幸冀文悟之賢,略其華而幾其實也。
ここに秦の太子という方があった。宮廷の地位に身を置きながらも、その心は世俗の外に遊び、この経典を味わい深く玩び、夢にもその教えが増し加わることを願った。やがて大品経を悟り、旧訳の翻訳者たちが真理を捉え損ねていることを深く知った。
そこで究摩羅法師に、神より授けられたというその原文がなおも存することを聞き及んで、弘始十年二月六日、訳出を請うた。そして四月三十日に至って、校正をすべて終えたのである。これを旧訳と照らしてみると、まるで荒地の作物を、半分も除草しなかったかのごとく、その不完全さは言うまでもないことが明らかとなった。
この経の正しい本文には、実に四種の異なるものがある。それは仏が時に応じて、教えを説くために広いものと略したものを使い分けられたからである。その最も多いものは十万偈あり、最も少ないものは六百偈あると伝えられる。この大品経は天竺における中ぐらいの分量のものである。その時々に応じて説かれたものだから、どうしてその多少を数え、その煩雑さや簡潔さを論じる必要があろうか。
梵文は雅やかで質素なものである。原本に従って訳した我々の訳は、華麗さ巧みさは足りないが、素朴で正しさは豊かである。どうか文を読み解く賢者たちよ、華やかさは顧みず、その実に心を寄せてほしい。
摩訶般若波羅蜜經卷第一(丹本摩訶上有小品二字)
後秦龜茲國三藏鳩摩羅什譯