---
title: "紫柏尊者全集 · 長松茹退序"
description: "紫柏尊者全集是明代高僧紫柏真可的著作集，由德清（憨山德清）校阅整理。紫柏真可是晚明四大高僧之一，与莲池、憨山、蕅益齐名，活跃于16世纪末至17世纪初，主张禅净双修，对佛教复兴影响深远。全集收录其语录、书信、诗文等，涵盖禅法心要、净土思想、佛教戒律及社会关怀，体现了他融合各宗、注重实修的弘法特色。该书是研究明代佛教思想的重要文献，展现了紫柏尊者革新佛教的实践智慧，在汉传佛教史上具有崇高地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmagmor7k00dxl704iw7fylx5"
---

### 長松茹退序

> 長松茹退序

憨憨子。不知何許人。其應物之際。多出入乎孔老之樊。然終以釋氏為歇心之地。其所著書。曰茹退者。乃自貶。非暴耀也。夫何故。立言不難。難於明理。明理不難。難於治情。能以理治情。則理愈明。理愈明。則光大。故其所立之言。天下則之。鬼神尊而訶護之。憨憨子自知不能以理治情。以飲食不節而致病。病生復不畏死。猶妄著書。譬如牛馬。不能力耕致遠。枉費水草之餘。唯所退者存焉耳。名其書曰茹退。不亦宜乎。雖然迫而後應。與夫不扣而自鳴者。不可同日語也。潯陽有匡石子者。謂憨憨子曰。石兄來慈。搆長松館於此。有年數矣。徒廠然於青松白雲之閒。且岷江濤生。聲襍鐘梵。境不可謂不幽也。然未得高人勝士。擊無生之磬。震緣生之夢。則夢者終不覺矣。豈至人之存心乎哉。憨憨子愀然久之。曰敢不唯命乃長長松為牛馬焉。

> 憨々子。何者とも知れぬ人。物事に対応するときは、多くは孔子や老子の教えの垣根を越えていたが、結局は仏教を心の安らぎの地とした。著した書『茹退』は、自らを貶めたもので、自慢するためではない。なぜか。言葉を立てるのは難しくない。難しいのは道理を明らかにすることだ。道理を明らかにすることは難しくない。難しいのは感情を治めることだ。道理をもって感情を治めることができれば、道理はますます明らかになる。道理がますます明らかになれば、光り輝く。だからその立てた言葉は、天下の規範となり、鬼神も尊んで守護する。憨々子は自ら道理をもって感情を治められないことを知っている。飲食の節制をせずに病を得、病が生じても死を畏れず、なお妄りに書を著す。譬えば牛馬が、力を尽くして耕し遠くまで運ぶことができず、水草を費やすばかりで、ただ退くものだけが残っているようなものだ。その書を『茹退』と名づけるのは、もっともなことではないか。とはいえ、迫られて応じるのと、叩かれずに自ら鳴るのとは、同日に語ることはできない。潯陽に匡石子という者がいて、憨々子に言った。「石兄が慈しみをもってここに長松館を建ててから、もう数年になる。ただ青松と白雲の間に佇むばかりで、しかも岷江の波が立ち、鐘や梵唄の音が混じり合い、その境は幽玄と言えよう。しかし、高き人、優れた士を得て、無生の磬を打ち、縁起の夢を震わせなければ、夢見る者はついに覚めることがない。これでは至人の心ではないだろうか」。憨々子はしばらく憂い顔をして、言った。「命に従わずにおられようか。長き松を牛馬としよう」。