無依行品第三之一
無依行品 第三 その一
爾時,會中有大梵天名曰天藏——久殖善根住第十地,具諸菩薩摩訶薩德——即從座起,合掌禮佛,而說頌言:
その時、会の中に大梵天という名の天がいた。名を天蔵という。彼は長い間善根を培い、第十地に住し、全ての菩薩・大菩薩の徳を具えていた。彼は即座に座を立ち、合掌して仏に礼をし、偈を唱えて言った。
「功德藏慧海, 我今問所疑,
願慧海垂聽, 為我除疑滯。
我等今渴仰, 德藏勝法味,
及最上義味, 舉眾咸欲聞。」
功徳の宝庫、智慧の海よ、 私は今、疑問を問いたい。 どうか智慧の海よ、耳を傾けて、 私の迷いを取り除いてください。 私たちは今、渇き慕う、 功徳の宝蔵にある勝れた法の味を、 そして最も優れた真理の味を、 集う者たち皆、聞くことを願っています。
佛告天藏大梵天言:「如來今者恣汝意問,當隨問答,令汝心喜。」
仏は天蔵大梵天に告げて言われた。「如来は今、あなたが思うままに質問することを許す。その問いに応じて答えよう。あなたの心を喜ばせるために。」
大梵天言:「唯然。世尊!」以頌問曰:
大梵天が申し上げた。「かしこまりました、世尊よ。」そして、偈(うた)で問うて言った。
「利慧修定者, 安住不放逸,
為住勝義諦? 為依止生死?
晝夜於法義, 精勤而誦習,
為渡煩惱海? 為退墮惡趣?
勇猛勤營福, 為定趣涅槃?
為處生死中, 退墮於惡趣?
聰慧剎帝利, 成就十種輪,
為沈生死中? 為當升佛果?
雜染心難伏, 諸煩惱所亂,
以何淨其心, 修定福誦業?」
利慧をもって禅定を修める者は、 よく不放逸に安住している。 この者は勝義諦に住するのか、 それとも生死に依止しているのか。
昼夜、法の義を 精進して誦習しているのは、 煩悩の海を渡るためか、 それとも悪趣に堕ちるためか。
勇猛に福を営むのは、 必ず涅槃に向かうためか、 それとも生死の中にあって 悪趣に退堕するためか。
聡慧なるクシャトリアよ、 十種の輪を成就しても、 生死の中に沈むのか、 それとも仏の果報に昇るのか。
雑染の心は伏し難く、 もろもろの煩悩に乱される。 何をもってその心を清め、 禅定・福・誦習の業を修めるのか。
爾時,世尊告彼天藏大梵天曰:「善哉,善哉!汝善辯才能問斯義;汝於此法已作劬勞,汝於諸行已得圓滿,汝於過去殑伽沙等佛世尊所,已勤三業,興隆正法,紹三寶種;今為饒益無量眾生,復問如來如是深義。
その時、世尊は天蔵大梵天に告げられた。「善きかな、善きかな。あなたは見事な弁才をもって、この真理を問うた。あなたはすでにこの法(教え)のために力を尽くし、諸々の行を完成させてきた。あなたは過去において、ガンジス川の砂の数に等しいほどの多くの仏のもとで、すでに身・口・意の三業に励み、正しい教えを興隆させ、仏・法・僧の三宝の種を絶やさずに伝えてきた。今、無数の生きとし生けるものを利益するために、再び如来にこのような深遠な義を問うのである。」
「善男子!有大記別法名無依行,過去一切諸佛世尊,為欲成熟諸有情故、為令厭離生死法故、為令除斷業煩惱故、為令三乘速圓滿故,宣說住持此無依行大記別法。現在十方諸佛世尊,亦為成熟諸有情故、為令厭離生死法故、為令除斷業煩惱故、為令三乘速圓滿故,宣說住持此無依行大記別法。未來一切諸佛世尊,亦為成熟諸有情故、為令厭離生死法故、為令除斷業煩惱故、為令三乘速圓滿故,宣說住持此無依行大記別法。汝於過去諸如來所,已具得聞此無依行大記別法。我於今者亦為成熟諸有情故、為令厭離生死法故、為令除斷業煩惱故、為令三乘速圓滿故,宣說住持此無依行大記別法。汝應諦聽!善思念之!吾當為汝分別解說。」
「善男子よ。大いなる記別の法があり、その名を無依行といいます。過去のすべての諸仏世尊は、生きとし生けるものを成熟させるため、生と死の世界に厭い離れさせるため、業や煩悩を断ち切らせるため、そして三乗の教えを速やかに円満させるために、この無依行という大いなる記別の法を説き、保たれてきました。現在の十方の諸仏世尊もまた、同じく生きとし生けるものを成熟させるため、生と死の世界に厭い離れさせるため、業や煩悩を断ち切らせるため、三乗の教えを速やかに円満させるために、この無依行という大いなる記別の法を説き、保たれています。未来のすべての諸仏世尊もまた、同様の目的のために、この無依行という大いなる記別の法を説き、保たれるでしょう。
あなたは過去の如来のもとで、すでにこの無依行という大いなる記別の法を聞き得ています。今、私もまた、生きとし生けるものを成熟させるため、生と死の世界に厭い離れさせるため、業や煩悩を断ち切らせるため、三乗の教えを速やかに円満させるために、この無依行という大いなる記別の法を説き、保ちましょう。あなたはよく聞き、よく考えなさい。私はあなたのために、それぞれを分かりやすく説き明かしましょう。」
爾時,天藏大梵天言:「唯然。世尊!願樂欲聞。」
その時、天蔵大梵天が申し上げました。「かしこまりました。世尊よ、ぜひともお聞かせください。」
佛言:「大梵!有十種無依行法。若修定者,隨有一行,尚不能成欲界善根,設使先成,尋還退失,況當能成色、無色定,乃至三乘隨成一乘。何等為十?一者、世有一類,雖欲修定,而乏資緣,經求擾亂。二者、復有一類,雖欲修定,而犯尸羅,行諸惡行。三者、復有一類,雖欲修定,而顛倒見,妄執吉凶,身心剛強。四者、復有一類,雖欲修定,而心掉動,不順賢聖,諸根輕躁。五者、復有一類,雖欲修定,而離間語破亂彼此。六者、復有一類,雖欲修定,而麁惡語毀罵賢聖。七者、復有一類,雖欲修定,而雜穢語及虛誑語。八者、復有一類,雖欲修定,而懷貪嫉於他所得利養、恭敬,心不歡悅。九者、復有一類,雖欲修定,而懷瞋忿於諸有情,心常憤恚。十者、復有一類,雖欲修定,而懷邪見撥無因果。大梵!當知是名十種無依行法。若修定者,隨有一行,尚不能成欲界善根,設使先成,尋還退失,況當能成色、無色定,乃至三乘隨成一乘。
仏陀がお告げになった。「大梵よ、修行の妨げとなる十の条件がある。瞑想修行を志す者でも、これらのうち一つでもあれば、欲界の善根すら成就できず、たとえ以前に成就していてもすぐに失ってしまう。ましてや色界・無色界の禅定や、三乗のいずれかを成就することなど到底できない。
その十の条件とは、 第一に、瞑想を志しながらも生活に必要なものが不足し、その調達に奔走して心乱れること。 第二に、瞑想を志しながらも戒律を破り、悪行を行うこと。 第三に、瞑想を志しながらも誤った見解を持ち、吉凶を妄信し、心身が頑なになること。 第四に、瞑想を志しながらも心が落ち着かず、聖者に従わず、感覚が浮ついていること。 第五に、瞑想を志しながらも離間の言葉で人々の仲を裂くこと。 第六に、瞑想を志しながらも荒々しい言葉で聖者を罵ること。 第七に、瞑想を志しながらも無駄話や嘘をつくこと。 第八に、瞑想を志しながらも他人の利得や尊敬に対して妬み嫉みを抱き、心が喜ばないこと。 第九に、瞑想を志しながらも怒りに満ち、生きとし生けるものに対して常に憤ること。 第十に、瞑想を志しながらも因果の法則を否定する邪見を持つこと。
大梵よ、これらを修行の妨げとなる十の条件と知りなさい。瞑想修行を志す者でも、これらのうち一つでもあれば、欲界の善根すら成就できず、たとえ以前に成就していてもすぐに失ってしまう。ましてや色界・無色界の禅定や、三乗のいずれかを成就することなど到底できないのだ。」
「復次,大梵!又有十種無依行法。若修定者、隨有一行,終不能成諸三摩地,設使先成,尋還退失。何等為十?一者、樂著事業。二者、樂著談論。三者、樂著睡眠。四者、樂著營求。五者、樂著艶色。六者、樂著妙聲。七者、樂著芬香。八者、樂著美味。九者、樂著細觸。十者、樂著尋伺。大梵!當知是名十種無依行法。若修定者隨有一行,終不能成諸三摩地,設使先成,尋還退失。若不能成諸三摩地,雖集所餘諸善法聚,而有是事,追求受用信施因緣,發起惡心心所有法,於諸國王、大臣等所犯諸過罪,或被呵罵、或被捶打、或被斷截肢節手足。由是因緣,或成重病長時受苦、或疾命終於三惡趣,隨生一所,乃至或生無間地獄,如嗢達洛迦、阿邏荼底沙、瞿波理迦、提婆達多,如是等類,退失靜慮,乃至墮於無間地獄,受無量種難忍大苦。」
「また、大梵天王よ、さらに十種類の頼るべき道理のない行いがある。もし修定する者で、これらの中の一つでも行いがあれば、ついに様々な三昧(心の統一)を成就することができず、仮に先に成就したとしても、すぐに退き失ってしまう。何が十か。第一に、仕事に執着すること。第二に、話し合いに執着すること。第三に、睡眠に執着すること。第四に、求め集めることに執着すること。第五に、美しい色に執着すること。第六に、素晴らしい音声に執着すること。第七に、芳しい香りに執着すること。第八に、美味しい味に執着すること。第九に、微細な感触に執着すること。第十に、あれこれと尋ね考えることに執着することである。大梵天王よ、これを十種の頼るべき道理のない行いと知るべきである。もし修定する者で、これらの中の一つでも行いがあれば、ついに様々な三昧を成就することができず、仮に先に成就したとしても、すぐに退き失ってしまう。もし様々な三昧を成就できないならば、他の様々な善法の集まりを積んだとしても、これらの事があって、信者から布施されたものを求め享受するという因縁から、悪しき心や心の働きを起こし、諸々の国王や大臣などに対して様々な過ちや罪を犯し、あるいは罵られ、あるいは殴られ、あるいは手足や体の部分を断ち切られる。このような因縁によって、あるいは重い病気になり長い間苦しみ、あるいは早く命を終えて三つの悪い世界に、その中の一つに生まれ、あるいは無間地獄にまでも生まれる。例えば、ウッダーラカ、アーラーダ・タピッサ、ゴーパリカ、デーヴァダッタなどのように、静慮(精神統一)を失い、ついには無間地獄に堕ちて、耐え難い大きな苦しみを無量に受けるのである。」
爾時,世尊告阿若多憍陳那言:「吾聽汝等,給阿練若修定苾芻,最上房舍、最上臥具、最上飲食,一切僧事,皆應放免。所以者何?諸修定者,若乏資緣,即便發起一切惡心心所有法,不能成就諸三摩地,乃至墮於無間地獄,受無量種難忍大苦。修定行者,若具資緣,諸三摩地未成能成,若先已成,終不退失,由此不起一切惡法,廣說乃至不善尋伺,往生天上證得涅槃。修定行者,若未成就諸三摩地,初夜、後夜當捨睡眠,精進修學,遠離憒閙,少欲知足,無所顧戀,一切貪、瞋、忿覆、惱害、憍慢、貢高、慳悋、嫉妬、離間、麁惡、虛誑、雜穢、一切人間嬉戲、放逸,皆悉遠離。如是行者,應受釋、梵、護世四王、轉輪王等,讚歎、禮拜、恭敬、承事奉施百千那庾多供,況剎帝利、婆羅門、茷舍、戍達羅等。未得定者,尚應受此讚歎、禮拜、恭敬、承事奉施供養,何況已得三摩地者!」
その時、世尊はアージニャータ・カウンディニヤに告げられた。 「あなたたちは、阿練若(あらにゃ)=閑静な場所で瞑想修行に励む比丘たちに、 最も優れた房舎、最も優れた寝具、最も優れた飲食を提供し、 一切の僧団の雑務から免除することを許そう。 なぜか?瞑想修行に励む者たちは、もし必要な物資が不足すれば、 たちまちあらゆる悪しき心の働きを引き起こし、様々な三昧(さんまい)を成就できず、 やがては無間地獄に堕ち、計り知れない耐え難い苦しみを受けることになるからだ。
しかし、修行に必要な物資が十分に整えば、まだ三昧を成就していない者はそれを達成でき、 すでに成就した者は決して退失することがない。 それによって一切の悪しき行いを起こさず、さらには不善な思考や分別に至るまで起こさず、 天界に生まれ、涅槃(ねはん)を証悟するのである。
瞑想修行に励む者は、まだ三昧を成就していない間は、 初夜と後夜に睡眠を捨て、精進して学び、 騒がしい場所を遠く離れ、少欲知足(しょうよくちそく)であり、 何ものにも執着せず、 一切の貪り、怒り、恨み、覆い隠し、悩ませ害すること、驕り、高ぶり、物惜しみ、嫉妬、 離間の言葉、荒々しい言葉、虚偽の言葉、雑穢な言葉、 さらに一切の人間的な遊びや放逸から、すべて遠く離れなければならない。
そのような修行者は、帝釈天、梵天、四天王、転輪聖王などからも 称賛され、礼拝され、敬われ、仕えられ、百千那由他(なゆた)もの供養を受けるにふさわしい。 ましてや、クシャトリア(王族)、バラモン(司祭)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(隷民)などが どうして敬わないことがあろうか? まだ禅定を得ていない者でさえ、このような称賛や礼拝、恭敬、奉仕、供養を受けるにふさわしいのだ。 ましてや、すでに三昧を得た者はなおさらである。」
爾時,世尊而說頌曰:
その時、世尊は偈を説かれた。
「修定能斷惑, 餘業所不能,
故修定為尊, 智者應供養。」
「瞑想を修行すれば迷いを断ち切ることができる。 他の行いではそれができない。 だからこそ、瞑想の修行は尊いのであり、 賢い人はそれに敬意を払うべきである。」
爾時,天藏大梵天言:「大德世尊!於佛法中而出家者,若剎帝利大臣、宰相,以鞭杖等捶拷其身,或閉牢獄、或復呵罵、或解肢節、或斷其命,為當合爾?為不合耶?」
その時、天蔵大梵天がこう述べました。「尊い世尊よ。仏法のもとで出家した者を、もしクシャトリアの大臣や宰相たちが鞭や杖で打ち、牢獄に閉じ込め、叱り罵り、手足を切り落とし、あるいは命を奪うとしたら、それは許されるべきことなのでしょうか?許されないことなのでしょうか?」
佛告天藏大梵天言:「善男子!若諸有情於我法中出家,乃至剃除鬚髮被片袈裟。若持戒、若破戒、下至無戒,一切天、人、阿素洛等,依俗正法,猶尚不合以鞭杖等捶拷其身、或閉牢獄、或復呵罵、或解肢節、或斷其命,況依非法?何以故?除其一切持戒多聞於我法中而出家者,若有破戒,行諸惡法,內懷腐敗如穢蝸螺,實非沙門自稱沙門,實非梵行自稱梵行,恒為種種煩惱所勝,敗壞傾覆。如是破戒諸惡苾芻,猶能示導一切天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、揭路荼、緊捺洛、莫呼洛伽、人、非人等,無量功德珍寶伏藏。
仏は天蔵大梵天に告げられた。「善男子よ、もし人々がわが教えの中で出家し、髪やひげを剃り、袈裟の一片を身につけたならば、戒律を守る者も、戒律を破る者も、戒律すら持たない者に至るまで、すべての天、人間、阿修羅などは、世俗の正しい法に従っても、鞭や杖でその身を打つこと、牢獄に閉じ込めること、罵ること、手足を切断すること、命を奪うことは許されない。ましてや、非法によってこれを行うなどなおさらである。なぜか。すべての戒律を守り、多くを聞き、わが教えの中で出家した者を除いて、もし戒律を破り、悪しき行いをなし、内側は腐敗して汚れた蝸牛のようであり、実は沙門ではないのに自ら沙門と称し、実は梵行を修行していないのに自ら梵行と称し、常にさまざまな煩悩に打ち負かされ、敗れて倒れている者がいるとしても、このような戒律を破る悪しき比丘たちでさえ、すべての天、龍、薬叉、健達縛、阿修羅、掲路荼、緊捺洛、莫呼洛伽、人、非人などに対して、無量の功徳の宝の蔵を示し導くことができるのだ。」
「又善男子!於我法中而出家者,雖破戒行,而諸有情覩其形相,應生十種殊勝思惟,當獲無量功德寶聚。何等為十?謂我法中而出家者,雖破戒行,而諸有情或有見已,生於念佛、慇重、信敬、殊勝思惟,由是因緣終不歸信諸外道師書論徒眾,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念聖戒殊勝思惟,由是因緣能離殺生、離不與取、離欲邪行、離虛誑語、離飲諸酒生放逸處,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念布施殊勝思惟,由是因緣得大財位,親近、供養、正至、正行,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念忍辱,柔和質直殊勝思惟,由是因緣便能遠離離間、麁惡、雜穢、瞋忿,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念出家、精勤修行殊勝思惟,由是因緣能捨家法,趣於非家,勇猛、精進、修諸勝行,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念遠離諸散亂心靜慮等至殊勝思惟,由是因緣心樂山林、阿練若處,晝夜精勤修諸定行,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念智慧殊勝思惟,由是因緣欣樂聽聞讀誦正法,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。或有見已,生念宿殖出離善根殊勝思惟、軟語慰問,乃至禮足,由是因緣當生尊貴大勢力家,無量有情咸共瞻仰,乃至能入離諸怖畏大涅槃城。
「また、善き男子よ。わが法の中で出家した者であっても、戒律を破る行いをしていようと、多くの生きとし生けるものがその姿形を見れば、十種類の優れた思いを起こすべきであり、そうすれば無量の功徳の宝を積み集めることができるだろう。その十の思いとは何か。
すなわち、わが法の中で出家した者が、戒律を破っていても、多くの生きとし生けるものがそれを見て、仏を念じ、深く敬意を表し、信じ敬う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、ついには外道の師や書物や仲間たちに帰依せず、さらにはあらゆる恐怖を遠離した大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、聖なる戒律を思う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、殺生を離れ、与えられないものを取ることを離れ、よこしまな行いを離れ、虚偽の言葉を離れ、放逸のもととなる酒を飲むことを離れ、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、布施を思う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、大きな財産や地位を得て、正しく到る者、正しく行う者に親近し供養し、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、忍辱(にんにく)や、柔和で素直であることを思う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、離間語・悪口・雑穢な言葉・怒りなどを遠く離れ、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、出家し、熱心に修行することを思う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、家のしきたりを捨てて、家なき者となり、勇ましく熱心に、さまざまな優れた行いを修行し、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、さまざまな散乱した心を遠ざけ、静かな境地に至ることを思う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、心は山林や閑静な修行の場(阿練若)を好み、昼夜に熱心にさまざまな禅定の行いを修行し、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、智慧を思う優れた思いを起こすことがある。この因縁によって、正しい教えを聞き、読み、唱えることを喜び楽しみ、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。 あるいは、それを見て、過去に植えられた出離の善根を思う優れた思いを起こし、優しい言葉で慰め、さらには足を礼拝することもある。この因縁によって、尊くて勢力ある家に生まれ、多くの生きとし生けるものが皆、仰ぎ見るようになり、さらにはあらゆる恐怖を離れた大涅槃の城に入ることができる。」
「善男子!於我法中而出家者,雖破戒行,而諸有情覩其形相,生此十種殊勝思惟,當獲無量功德寶聚。是故一切剎帝利王、大臣、宰相,決定不合以鞭杖等捶拷其身,或閉牢獄、或復呵罵、或解支節、或斷其命。
「善き者よ。私の教えにおいて出家した者は、たとえ戒律を破ることがあっても、人々はその姿を見て、次の十のすぐれた思いを起こすでしょう。それによって、量り知れない功徳の宝を積むことになります。ゆえに、すべての王や大臣、宰相たちは、決して彼らを鞭で打ったり、杖で叩いたり、牢獄に入れたり、叱り罵ったり、手足を切断したり、命を奪ったりしてはなりません。
「復次,大梵!若有依我而出家者,犯戒、惡行、內懷腐敗如穢蝸螺,實非沙門自稱沙門,實非梵行自稱梵行,恒為種種煩惱所勝,敗壞傾覆。如是苾芻,雖破禁戒、行諸惡行,而為一切天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、揭路荼、緊捺洛、莫呼洛伽、人、非人等作善知識,示導無量功德伏藏。如是苾芻雖非法器,而剃鬚髮,被服袈裟,進止威儀同諸賢聖。因見彼故,無量有情種種善根皆得生長,又能開示無量有情善趣生天涅槃正路。是故依我而出家者,若持戒,若破戒,下至無戒,我尚不許轉輪聖王及餘國王、諸大臣等依俗正法以鞭杖等捶拷其身,或閉牢獄、或復呵罵、或解支節、或斷其命,況依非法!
また、大梵天王よ、私に依って出家した者の中に、戒律を破り、悪行を行い、内に腐敗を抱え、汚れた蝸牛の殻のようであり、実は沙門ではないのに自ら沙門と称し、実は梵行を修めていないのに自ら梵行を修めていると称し、常に様々な煩悩に打ち負かされ、敗れて傾き、覆される者がいるとしても、そのような比丘(僧)は、たとえ禁戒を破り、様々な悪行を行っていても、あらゆる天、竜、薬叉、健達縛、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、そして人ならざるものたちにとっての善き知識(善友)となり、無量の功徳の伏蔵(宝庫)を示し導くのである。
このような比丘は、たとえ法の器(受けるにふさわしい者)ではないとしても、髪や鬚を剃り、袈裟を身にまとい、進退や威儀(振る舞い)は聖者たちと同じである。その姿を見ることで、無量の有情(生きとし生けるもの)の様々な善根がみな生長し、また、無量の有情に、善趣(良い生まれ)や天界に生まれ、涅槃に至る正しい道を開き示すことができる。
それゆえ、私に依って出家した者たちが、戒律を保つ者であっても、戒律を破る者であっても、あるいは戒律すらない者であっても、私は、転輪聖王や他の国王、大臣たちが、世俗の正しい法に従って、鞭や杖などでその身を打ち叩いたり、牢獄に閉じ込めたり、あるいは罵倒したり、手足を切断したり、命を奪ったりすることを許さない。ましてや、非法によってそのようなことをするのはなおさら許さない。
「大梵!如是破戒惡行苾芻,雖於我法毘奈耶中名為死尸,而有出家戒德餘勢。譬如牛麝身命終後,雖是無識傍生死尸,而牛有黃,而麝有香,能為無量無邊有情作大饒益。破戒苾芻亦復如是,雖於我法毘奈耶中名為死尸,而有出家戒德餘勢,能為無量無邊有情作大饒益。
大いなる梵天よ、このように戒を破り悪行をなす比丘は、たとえわが法と律の教えにおいて「死体」と見なされても、出家したことによる戒の徳の余勢を有している。例えば、牛や麝香鹿が命を終えた後、それらはもはや意識のない傍らの死体に過ぎないが、牛には牛黄(ごおう)が、麝香鹿には麝香(じゃこう)があり、無量無辺の有情に大きな利益をもたらすことができる。戒を破った比丘もまた同じである。たとえわが法と律の教えにおいて「死体」と見なされても、出家したことによる戒の徳の余勢を有しており、無量無辺の有情に大きな利益をもたらすことができるのだ。
「大梵!譬如賈客入於大海,殺彼一類無量眾生,挑取其目,與末達那果和合擣簁成眼寶藥。若諸有情盲冥無目乃至胞胎而生盲者,持此寶藥塗彼眼中,所患皆除得明淨目。破戒苾芻亦復如是,雖於我法毘奈耶中名為死尸,而有出家威儀形相,能令無量無邊有情,暫得見者尚獲清淨智慧法眼,況能為他宣說正法!
「大梵よ、例えば商人が大海に入り、無数の生き物を殺してその目をえぐり取り、末達那の果実と混ぜてすりつぶし、目のための宝薬を作るとしよう。目が見えない者、盲目の者、あるいは胎内から盲目で生まれた者たちが、この宝薬を目に塗れば、その病はすべて癒え、清らかな目を得る。戒律を破った比丘もまたこれと同じだ。彼は我が法と律の中では死屍と呼ばれるが、出家の威儀や形姿を備えている。そのため、無量無辺の有情が、たとえ一瞬彼を目にするだけでも、清らかな智慧の法の目を得ることができる。ましてや、彼が他者のために正法を説き示すならば、なおさらである。」
「大梵!譬如燒香,其質雖壞,而氣芬馥熏他令香。破戒苾芻亦復如是,由破戒故非良福田;雖恒晝夜信施所燒,身壞命終墮三惡趣,而為無量無邊有情作大饒益,謂皆令得聞於生天涅槃香氣。是故大梵!如是破戒惡行苾芻,一切白衣皆應守護、恭敬、供養。我終不許諸在家者,以鞭杖等捶拷其身,或閉牢獄、或復呵罵、或解支節、或斷其命。我唯許彼清淨僧眾,於布薩時、或自恣時驅擯令出。一切給施四方僧物、飲食、資具不聽受用;一切沙門毘奈耶事,皆令驅出不得在眾。而我不許加其鞭杖,繫縛斷命。」
「大梵よ、例えば焼香を考えなさい。その香木の形は焼かれて失われても、その芳しい香りは周囲に広がり、他のものを香らせる。戒を破った比丘もまた同じである。戒を破った故に良き福田とは言えない。昼夜、在家の信者から布施を受け続けても、その身が壊れ命終われば三悪趣に堕ちる。しかし、その一方で無数の生きとし生けるものに大きな利益をもたらすのだ。なぜなら、彼がいることによって、人々は天に生まれ、あるいは涅槃に至る香りを聞くことができるからである。
だから、大梵よ。このような戒を破り悪行をなす比丘であっても、すべての在家の者は、彼らを守り、敬い、供養すべきである。私は決して、在家の者が鞭や杖で彼らを打ち叩くこと、牢獄に閉じ込めること、罵ること、手足を切断すること、命を奪うことを許さない。
私が許すのは、ただ清浄な僧団が、布薩の時や自恣の時に彼らを僧団から追い出すことだけである。四方から僧団に施された食べ物や日用品を、彼らが受け取ることを禁じ、すべての沙門の律にかなう行事から追い出し、大衆の中にいさせてはならない。しかし、私は彼らに鞭を加えたり、縛ったり、命を絶つことを決して許さない。」
爾時,世尊而說頌曰:
その時、世尊は偈を説かれた。
「瞻博迦華雖萎悴, 而尚勝彼諸餘華,
破戒、惡行諸苾芻, 猶勝一切外道眾。
瞻博迦の花は萎れても なお、他のすべての花に勝るように、 戒を破り、悪行をなす比丘たちも いまだ、あらゆる外道の者たちより勝れている。
「復次,大梵!有五無間大罪惡業。何等為五?一者、故思殺父。二者、故思殺母。三者、故思殺阿羅漢。四者、倒見破聲聞僧。五者、惡心出佛身血。如是五種,名為無間大罪惡業。若人於此五無間中,隨造一種,不合出家及受具戒。若令出家或受具戒,師便犯罪,彼應驅擯令出我法。如是之人,以有出家威儀形相,我亦不許加其鞭杖、或閉牢獄、或復呵罵、或解支節、或斷其命。
「さらに、大梵天よ、五つの無間(むげん)の大罪業がある。五つとは何か。第一に、故意に父を殺すこと。第二に、故意に母を殺すこと。第三に、故意に阿羅漢(あらかん)を殺すこと。第四に、誤った見解によって声聞(しょうもん)の僧団を破ること。第五に、悪意を持って仏の身体から血を流させること。これら五つを、無間の大罪業という。もし人がこの五無間のうち、一つでも犯したならば、出家や具足戒(ぐそくかい)を受けることは許されない。もし出家させたり具足戒を与えたりしたならば、その師は罪を犯すことになる。そのような者は、我が教えから追放すべきである。しかし、たとえそのような者であっても、出家の威儀や形相を身にまとっているならば、私は鞭打ちや牢獄、罵倒、手足を切り落とすこと、命を奪うことなどを許さない。」
「復有四種,近五無間大罪惡業根本之罪。何等為四?一者、起不善心殺害獨覺,是殺生命大罪惡業根本之罪。二者、婬阿羅漢苾芻尼僧,是欲邪行大罪惡業根本之罪。三者、侵損所施三寶財物,是不與取大罪惡業根本之罪。四者、倒見破壞和合僧眾,是虛誑語大罪惡業根本之罪。若人於此四近無間大罪惡業根本罪中,隨犯一種,不合出家及受具戒。若令出家、或受具戒,師便得罪,彼應驅擯令出我法。如是之人,以有出家及受具戒,威儀形相,我亦不許加其鞭杖、或閉牢獄、或復呵罵、或解支節、或斷其命。
さらに四種類の、五無間罪に近い大悪業の根本となる罪がある。 何が四つか。 第一に、不善の心を起こして独覚を殺すこと。これが生命を奪う大悪業の根本の罪である。 第二に、阿羅漢の比丘尼と婬すること。これが欲と邪行の大悪業の根本の罪である。 第三に、施された三宝の財物を侵し損なうこと。これが与えられていないものを取る大悪業の根本の罪である。 第四に、見解を倒錯させて和合の僧伽を破ること。これが虚偽の言葉の大悪業の根本の罪である。
もし人がこれらの四つの無間罪に近い大悪業の根本の罪のうち、いずれか一つでも犯したならば、出家や具足戒を受けることは許されない。 もし出家させたり、具足戒を受けさせたりしたならば、その師は罪を得る。その者は追放して我が法から出すべきである。 このような者であっても、出家や具足戒を受けて威儀や形相を備えているならば、私は鞭打ちや刑罰を加えたり、牢獄に入れたり、罵ったり、手足を切断したり、命を奪うことを許さない。
「如是,或有是根本罪非無間罪,有無間罪非根本罪,有根本罪亦無間罪,有非根本罪亦非無間罪。何等名為是根本罪亦無間罪?謂我法中,先已出家受具戒者,故思殺他已到究竟見諦人等,如是名為是根本罪亦無間罪。此於我法毘奈耶中,應速驅擯。何等名為是根本罪非無間罪?謂我法中,先已出家受具戒者,故思殺害他異生人,下至方便與人毒藥墮其胎藏,如是名為是根本罪非無間罪。此人不應與僧共住,諸有給施四方僧物,亦不應令於中受用。何等名為是無間罪非根本罪?謂若有人,或受三歸、或受五戒、或受十戒,於五無間隨造一種,如是名為是無間罪非根本罪。如是之人,不合出家及受具戒。若令出家或受具戒,師便得罪,彼應驅擯令出我法。何等名為非根本罪亦非無間罪?謂若有人,或受三歸、或受五戒,於佛、法、僧而生疑心,或歸外道以為師導,或執種種若少若多吉凶之相祠祭鬼神;若復有人,於諸如來所說正法、或聲聞乘相應正法、或獨覺乘相應正法、或是大乘相應正法,誹謗遮止自不信受,令他厭背,障礙他人讀誦、書寫,下至留難一頌正法,如是名為非根本罪亦非無間,而生極重大罪惡業,近無間罪。如是之人,若未懺悔除滅如是大罪惡業,不合出家及受具戒。若令出家或受具戒,師便得罪,彼應驅擯令出我法;若已出家或受具戒,犯如是罪若不懺悔,此於我法毘奈耶中,應速驅擯。所以者何?此二種人,習行破毀正法眼行、習行隱滅正法燈行、習行斷絕三寶種行,令諸天人習行無義、無利、苦行,墮諸惡趣。此二種人,自謗正法毀呰賢聖,亦令他人誹謗正法毀呰賢聖。命終當墮無間地獄,經劫受苦,不可療治。
「このように、根本的な罪であって無間(むげん)の罪でないものがあり、無間の罪であって根本的な罪でないものがあります。また、根本的な罪であり、かつ無間の罪でもあるものがあり、根本的な罪でもなく、無間の罪でもないものがあります。
では、根本的な罪であり、かつ無間の罪でもあるものとは何でしょうか。それは、わたしの教えにおいて、すでに出家して具足戒を受けた者が、わざと、真理を見極めた人(見諦者)などを殺害することをいいます。これは、根本的な罪であり、かつ無間の罪でもあります。このような者は、わたしの教えと戒律(毘奈耶)に基づき、速やかに追放すべきです。
では、根本的な罪であって、無間の罪でないものとは何でしょうか。それは、わたしの教えにおいて、すでに出家して具足戒を受けた者が、わざと、凡夫である他の人間を殺そうとしたり、あるいは毒薬を与えて妊娠を中絶させるに至るまでをいいます。これは、根本的な罪であって、無間の罪ではありません。このような者は、僧団と共に住むべきではなく、四方の僧に施された物を受けることも許されるべきではありません。
では、無間の罪であって、根本的な罪でないものとは何でしょうか。それは、ある人が、三帰依を受けた者、五戒を受けた者、あるいは十戒を受けた者である場合に、五つの無間の罪のうちの一つを犯したことをいいます。これは、無間の罪であって、根本的な罪ではありません。このような者は、出家や具足戒を受ける資格がありません。もし出家させたり、具足戒を受けさせたりしたならば、その師は罪を得ることになります。その者も、わたしの教えから追放すべきです。
では、根本的な罪でもなく、無間の罪でもないものとは何でしょうか。それは、ある人が、三帰依や五戒を受けたものの、仏・法・僧に対して疑いの心を抱いたり、外道を師として仰いだり、さまざまな吉凶の相を占って鬼神に祭祀を捧げたりすることをいいます。また、ある人が、諸仏の説かれた正法や、声聞乗、独覚乗、大乗に相応する正法を誹謗し、妨げ、自ら信じ受け入れず、他人にも嫌わせ、背かせ、他人が経典を読誦し書写するのを妨げ、わずか一つの偈でもその正法を妨害する場合をいいます。これは、根本的な罪でもなく、無間の罪でもありませんが、非常に重い大罪悪の業を生み、無間の罪に近いものです。このような者は、もしその大罪悪の業を懺悔して滅しないならば、出家や具足戒を受ける資格がありません。もし出家させたり、具足戒を受けさせたりしたならば、その師は罪を得ます。その者は、わたしの教えから追放すべきです。また、もしすでに出家して具足戒を受けた者がこのような罪を犯して懺悔しないならば、わたしの教えと戒律に基づき、速やかに追放すべきです。なぜならば、この二種類の人は、正法の眼を破壊し、正法の灯を隠し滅ぼし、三宝の種を絶つ行いを習慣とし、天や人々に無意味で無益な苦行をさせて、悪い境遇に落とすからです。この二種類の人は、自ら正法を誹謗し賢聖を謗るだけでなく、他人にも正法を誹謗させ賢聖を謗らせます。そして命終われば、無間地獄に落ちて、長い劫の間苦しみを受け、治癒されることはありません。」
「復次,大梵!或有遮罪無依行法、或有性罪無依行法;於性罪中,或有根本無依行法。云何根本無依行法?謂若苾芻行非梵行犯根本罪,或以故思殺異生人犯根本罪,或復偷盜非三寶物犯根本罪,或大妄語犯根本罪。若有苾芻,於此四種根本罪中,隨犯一種,於諸苾芻所作事業令受折伏,一切給施四方僧物,皆悉不聽於中受用。而亦不合加其鞭杖、或閉牢獄、或復呵罵、或解支節、或斷其命。如是名為,於性罪中,根本重罪無依行法。何故說名為根本罪?謂若有人犯此四法,身壞命終墮諸惡趣,是諸惡趣根本罪故,是故說名為根本罪。何故無間及近無間根本罪等,說名極重大罪惡業無依行法?善男子!譬如鐵摶、鉛錫摶等,擲置空中,終無暫住,必速墮地。造五無間及近無間四根本罪,并謗正法、疑三寶等,二種罪人亦復如是。若人於此十一罪中,隨造一種,身壞命終,無餘間隔,定生無間大地獄中,受諸劇苦。故名極重大罪惡業無依行法。犯此極重大罪惡業無依行法,補特伽羅於現身中,決定不能盡諸煩惱,尚不能成諸三摩地,況能趣入正性離生!彼人命終定生地獄受諸重苦。
「さらに、大梵よ。説いて聞かせよう。あるいは、遮戒を破る頼りなき行いがあり、あるいは、性戒を破る頼りなき行いがある。性戒の中には、根本となる頼りなき行いもある。では、根本となる頼りなき行いとは何か。それは、比丘が不浄行(梵行を破る)をして根本の罪を犯すこと、あるいは故意に人間を殺して根本の罪を犯すこと、あるいは三宝のものでないものを盗んで根本の罪を犯すこと、あるいは大妄語をして根本の罪を犯すこと、これらである。
もし比丘が、この四種の根本の罪のうち、いずれか一つを犯したならば、その者は、すべての比丘のなすべき事業から遠ざけられ、四方の僧伽に施された物を一切受け取って用いることを許されない。しかし、鞭で打ったり、牢獄に入れたり、罵ったり、手足を切断したり、命を奪ったりしてはならない。これを、性戒の中の根本の重罪、頼りなき行いと名付ける。
なぜこれを根本の罪と名付けるのか。それは、もし人がこの四つの法を犯せば、命終わって悪趣に堕ちる。これらは諸々の悪趣の根本の罪であるから、根本の罪と名付けるのである。
では、なぜ五無間罪と近無間罪などの根本の罪を、極めて重大な罪悪の業、頼りなき行いと名付けるのか。善男子よ。譬えば、鉄の塊や鉛や錫の塊などを空中に投げ上げれば、決して一瞬も留まらず、必ず速やかに地に落ちるようなものだ。五無間罪と近無間罪、四根本の罪を犯し、さらに正法を謗り、三宝を疑うなどの二種の罪人もまた、同じである。
もし人が、この十一種の罪のうち、いずれか一つを造れば、命終わって、何の間隔もなく、必ず無間地獄に生まれ、極めて激しい苦しみを受ける。それゆえ、極めて重大な罪悪の業、頼りなき行いと名付けるのである。
この極めて重大な罪悪の業、頼りなき行いを犯した補特伽羅(衆生)は、現世において、決して煩悩を尽くすことができず、ましてや諸々の三昧を成就することもできない。ましてや、正性離生(聖者の境地)に入ることなど、なおさらあり得ない。その人は命終わって、必ず地獄に生まれ、様々な重い苦しみを受けるのである。」
「復次,大梵!若善男子、若善女人,以淨信心歸依我法,或趣聲聞乘、或趣獨覺乘、或趣大乘,於我法中淨信出家、受具足戒,於諸學處深心敬重、於四根本性罪戒中,堅固、勇猛、精勤守護。如是之人,常為一切人、非人等,隨逐擁衛,名不虛受人天供養,於三乘中隨所欣樂,速能趣入成辦究竟。是故,真實求涅槃者,寧捨身命,終不毀犯如是四法。所以者何?諸有情類,要由三因得涅槃樂:一者、依止如來為因;二者、依我聖教為因;三者、依我弟子為因。諸有情類依此三因,精勤修行,得涅槃樂。若人毀犯如是四法,我非彼師,彼非弟子。若人毀犯如是四法,則為違越我所宣說甚深廣大、無常、苦、空、無我相應利益安樂,一切有情別解脫教。若越如是別解脫教,則於一切靜慮、等持,皆成盲冥,不能趣入,為諸煩惱、惡業纏縛,於三乘法亦為非器,當墮惡趣受諸重苦。
さらに、大梵よ。もし善男子や善女人が、清らかな信心をもって私の教えに帰依し、声聞乗に向かう者、独覚乗に向かう者、大乗に向かう者がいるとしよう。彼らは私の教えの中で清らかな信心をもって出家し、具足戒を受け、あらゆる学処を深く敬い重んじ、四つの根本的な性罪の戒めを、堅固に、勇猛に、精進して守り抜く。
そのような人は、常にすべての人間や人間ならざるものたちに随順され、守護され、人や天の供養を受けるにふさわしく、その名は虚しくありません。そして三乗の中で自らの好むところに従い、速やかにその境地に入り、究極の成就を成し遂げることができるのです。
それゆえ、真に涅槃を求める者は、たとえ身命を捨てることがあっても、決してこの四つの法を犯してはなりません。なぜなら、すべての生きとし生けるものは、三つの因によって涅槃の安楽を得るからです。第一に、如来に依り支えられることを因とし、第二に、私の教えに依り支えられることを因とし、第三に、私の弟子たちに依り支えられることを因とします。生きとし生けるものは、この三つの因に依り、精進して修行することで、涅槃の安楽を得るのです。
もし人がこの四つの法を犯すならば、私はその者の師とはならず、その者は私の弟子ではありません。もし人がこの四つの法を犯すならば、それはすなわち、私が説いた甚深で広大であり、無常・苦・空・無我に相応し、一切の生きとし生けるものの利益と安楽をもたらす、別解脱の教えに背くことなのです。もしこの別解脱の教えに背くならば、一切の静慮や等持に対して、盲目のようになり、そこに入ることができず、あらゆる煩悩や悪業に絡め取られ、三乗の教えにとっても器ではなくなり、悪趣に堕ちて、数々の大きな苦しみを受けることになるでしょう。
「若善男子、若善女人,於我所說別解脫教、所制四種根本重罪,清淨無犯,我是彼師,彼是弟子,隨順我語,善住我法,一切所作皆當成滿。此人善住尸羅蘊故,名為善住一切善法、或名具足住聲聞乘、或名具足住獨覺乘、或名具足住於大乘。所以者何?若能護持如是性罪四根本法,當知則為建立一切有漏、無漏善法勝因。是故,護持如是四法,名為一切善法根本。如依大地,一切藥穀、卉木、叢林、皆得生長;如是依止極善護持四根本戒,一切善法皆得生長。如依大地,一切諸山,小輪圍山、大輪圍山、妙高山王,皆得安住;如是依止極善護持四根本戒,諸聲聞乘及獨覺乘、無上大乘,皆得安住。如依大地,求得一切世間美味;如是依止極善護持四根本戒,求得一切念定、總持、安忍聖道,乃至無上正等菩提。又如大地,於淨、不淨皆等任持;極善護持四根本戒,諸善男子、及善女人,亦復如是,於其法器及非法器,其心平等,不譏、不弄、不自貢高、不卒呵舉,能為一切善法生處。又如大地,一切有情皆共受用而得存活;極善護持四根本戒諸善男子及善女人,亦復如是,於諸如來所說正法,生長第一歡喜淨信,於諸有情無差別想,以四攝法平等攝受,一切有情皆共依止,受用法樂而自存活。」
「善男子よ、善女人よ、あなたがたが、私の説いた別解脱の教えの中で定められた四つの根本重罪を清らかに守り、犯すことがなければ、私はその師であり、その者は私の弟子です。私の言葉に従い、私の教えに安住し、行うことすべてが成就するでしょう。この人は戒の集まり(尸羅蘊)をよく守っているので、『一切の善法によく安住する者』と呼ばれ、あるいは『声聞乗に具足して安住する者』、『独覚乗に具足して安住する者』、『大乗に具足して安住する者』とも呼ばれます。なぜなら、このような生来の罪である四つの根本法を守り保つことができるなら、それはすなわち、すべての有漏・無漏の善法の勝れた因を確立することになるからです。それゆえ、この四つの法を守り保つことは、『一切の善法の根本』と呼ばれます。
大地に依って、すべての薬草・穀物・草木・林が生育するように、この四つの根本戒を極めてよく守り保つことに依って、一切の善法が生育します。大地に依って、すべての山々、小輪囲山、大輪囲山、妙高山王が安住するように、この四つの根本戒を極めてよく守り保つことに依って、声聞乗、独覚乗、無上の大乗が安住します。大地に依って、世の中のすべての美味を得るように、この四つの根本戒を極めてよく守り保つことに依って、すべての念・定・総持・安忍・聖道、さらには無上正等菩提を得ます。
また、大地は清浄なものにも不浄なものにも等しく自然と依り所となるように、四つの根本戒を極めてよく守り保つ善男子・善女人もまた同様に、法器(教えを受けるにふさわしい人)にも非法器(ふさわしくない人)にも、心を平等にし、非難せず、からかわず、傲慢にならず、軽々しく呵責せず、一切の善法が生まれる場所となります。また、大地は一切の生きとし生けるものが共に享受して生きているように、四つの根本戒を極めてよく守り保つ善男子・善女人もまた同様に、如来の説かれた正法に対して、第一の歓喜と清らかな信心を生み、生きとし生けるものに差別の念なく、四つの摂事(四摂法)で平等に受け入れ導き、一切の生きとし生けるものは皆、共に依り頼み、法の楽しみを受けて生きるのです。」
爾時,尊者優波離聞佛所說,從座而起,整理衣服,頂禮佛足,偏袒一肩,右膝著地,合掌恭敬白佛言:「世尊!如佛所說,極善護持四根本戒諸善男子及善女人,於其法器及非法器,其心平等,不譏、不弄、不自貢高、不卒呵舉。若如是者,於未來世,有諸苾芻破戒惡行,實非沙門自稱沙門,實非梵行自稱梵行,諸苾芻僧於是人等,云何方便呵舉驅擯?」
そのとき、尊者優波離は、仏の説かれたことを聞いて、座から立ち上がり、衣服を整え、仏の足を頂礼し、片方の肩を出し、右膝を地につけ、合掌して恭敬の心で仏に申し上げました。
「世尊。仏が説かれたとおり、四根本戒をきわめてよく護持する善男子および善女人は、法器である人にも非法器である人にも、その心は平等で、譏らず、からかわず、自ら貢高ぶらず、急に呵挙することはありません。もしそのようであるならば、未来世において、戒を破り悪行をなす苾芻たちがいて、実は沙門でないのに自ら沙門と称し、実は梵行でないのに自ら梵行と称するならば、苾芻僧はこのような人たちに対して、どのように方便して呵挙し駆擯すべきでしょうか。」
佛告尊者優波離言:「我終不許外道俗人舉苾芻罪,我尚不許諸苾芻僧,不依於法率爾呵舉破戒苾芻,何況驅擯!若不依法率爾呵舉破戒苾芻、或復驅擯,便獲大罪。優波離!汝今當知有十非法率爾呵舉破戒苾芻,便獲大罪。諸有智者皆不應受。何等為十?一者、不和僧眾,於國王前,率爾呵舉破戒苾芻。二者、不和僧眾,梵志眾前,率爾呵舉破戒苾芻。三者、不和僧眾,宰官眾前,率爾呵舉破戒苾芻。四者、不和僧眾,於諸長者居士眾前,率爾呵舉破戒苾芻。五者、女人眾前,率爾呵舉破戒苾芻。六者、男子眾前,率爾呵舉破戒苾芻。七者、淨人眾前,率爾呵舉破戒苾芻。八者、眾多苾芻、苾芻尼前,率爾呵舉破戒苾芻。九者、宿怨嫌前,率爾呵舉破戒苾芻。十者、內懷忿恨,率爾呵舉破戒苾芻。如是十種,名為非法率爾呵舉破戒苾芻,便獲大罪;設依實事而呵舉者,尚不應受,況於非實,諸有受者亦得大罪。
仏は尊者優波離に告げて言われました。「私は外道や俗人が比丘の罪を挙げることを決して許しません。私はまだ比丘僧たちが、法に従わずに軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することを許していません。ましてや追放することはなおさらです。もし法に従わずに軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪し、あるいは追放するならば、大きな罪を得ることになります。優波離よ、あなたは今知るべきです。十の非法があり、軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪すれば、大きな罪を得ることになります。智者ある者は皆、これを受け入れるべきではありません。何が十でしょうか。第一に、和合していない僧衆が、国王の前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第二に、和合していない僧衆が、梵志の集まりの前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第三に、和合していない僧衆が、宰官の集まりの前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第四に、和合していない僧衆が、長者や居士の集まりの前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第五に、女の集まりの前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第六に、男の集まりの前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第七に、浄人の集まりの前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第八に、多くの比丘や比丘尼の前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第九に、かねてからの怨みや嫌悪を抱く者の前で軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。第十に、内心に忿恨を抱いて軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪することです。このような十種は、非法に軽率に破戒の比丘を呵責し挙罪するといい、大きな罪を得ることになります。たとえ事実に基づいて呵責し挙罪するとしても、なお受け入れるべきではありません。ましてや事実でない場合はなおさらです。これを受け入れる者もまた大きな罪を得ることになります。」
「復有十種非法呵舉破戒苾芻,便獲大罪。諸有智者亦不應受。何等為十?一者、諸餘外道,呵舉苾芻。二者、不持禁戒在家白衣,呵舉苾芻。三者、造無間罪,呵舉苾芻。四者、誹謗正法,呵舉苾芻。五者、毀呰賢聖,呵舉苾芻。六者、癡狂心亂,呵舉苾芻。七者、痛惱所纏,呵舉苾芻。八者、四方僧淨人,呵舉苾芻。九者、守園林人,呵舉苾芻。十者、被罰苾芻,呵舉苾芻。如是十種非法呵舉破戒苾芻,便獲大罪。設依實事而呵舉者,亦不應受,況於非實!諸有受者亦得大罪。
また、戒を破った修行者を非難して大きな罪を得る、十の正しくない方法があります。賢い人々はこれを受け入れるべきではありません。その十とは、
第一に、仏教以外の教えを信じる者が修行者を非難すること。 第二に、戒律を守らない在家の者が修行者を非難すること。 第三に、五逆の罪を犯した者が修行者を非難すること。 第四に、正しい教えを誹謗する者が修行者を非難すること。 第五に、聖なる賢者を誹り中傷する者が修行者を非難すること。 第六に、愚かで心が乱れている者が修行者を非難すること。 第七に、苦しみや悩みに絡め取られている者が修行者を非難すること。 第八に、四方の僧園に仕える清浄な人が修行者を非難すること。 第九に、林を管理する人が修行者を非難すること。 第十に、罰せられた修行者が他の修行者を非難すること。
これらの十の正しくない方法で戒を破った修行者を非難すると、大きな罪を得ます。たとえ事実に基づいて非難したとしても、それを受け入れるべきではありません。ましてや事実でない場合においてはなおさらです。これを受け入れる者もまた、大きな罪を得るのです。
「復次,優波離!若有苾芻毀犯禁戒,與僧共住;於僧眾中有餘苾芻,軌則所行皆悉具足,一切五德無不圓滿。應從坐起,整理衣服,恭敬頂禮苾芻僧足,便至破戒惡苾芻前,求聽舉罪,作如是言:『長老憶念,我今欲舉長老所犯,以實非虛妄,應時不非時,軟語非麁獷,慈心不瞋恚,利益非損減,為令如來法眼、法燈久熾盛故。長老聽者,我當如法舉長老罪。』彼若聽者,便應如法如實舉之。彼若不聽,復應頂禮上座僧足,恭敬白言:『如是苾芻,犯如是事,我依五法如實舉之。』時僧眾中上坐苾芻,應審觀察能舉、所舉,及所犯事虛實輕重,依毘奈耶及素怛纜,方便撿問、慰喻、呵責,以七種法如應滅除,若犯重罪應重治罰、若犯中罪應中治罰、若犯輕罪應輕治罰,令其慚愧懺悔所犯。」
さらに、優波離よ。もし比丘が戒律を破りながらも、僧団と共に住んでいるならば、僧団の中に、規則正しい行いをすべて具え、五つの徳がすべて円満にそろった別の比丘がいる。その比丘は、席を立ち、衣を整え、敬虔に礼をして僧団の比丘たちの足に触れ、その破戒した悪しき比丘の前に進み出て、その過ちを指摘する許可を求めて、次のように言うべきである。「長老よ、お覚えください。私は今、長老の犯した過ちを指摘しようとしています。これは真実であり虚偽ではありません。時機に適い、時機を外してはいません。優しい言葉であり、荒々しいものではありません。慈しみの心からであり、怒りの心からではありません。利益のためであり、損なうためではありません。如來の法の眼、法の燈明が長く盛んであるがためです。長老がお許しになるなら、私は法に従って長老の過ちを指摘しましょう。」もしその比丘が許したならば、法に従い、真実に基づいてその過ちを指摘すべきである。もし許さないならば、再び上座の僧たちの足を敬礼し、恭敬して次のように申し上げるべきである。「かの比丘は、このような過ちを犯しました。私は五つの法に従い、真実に基づいてそれを指摘しました。」その時、僧団の中の上座の比丘は、指摘する者と指摘された者、そして犯された過ちの真偽や軽重を注意深く観察し、毘奈耶(律)や素怛纜(経)に従って、方便をもって問い詰め、慰め、叱責し、七つの方法によって適切に除滅させるべきである。もし重い罪を犯したならば重く罰し、中くらいの罪ならば中くらいに罰し、軽い罪ならば軽く罰し、彼らに慚愧の心を起こさせ、犯した過ちを懺悔させるのである。
時優波離復白佛言:「世尊!若實有過惡行苾芻,恃白衣力、或財寶力、或多聞力、或詞辯力、或弟子力,以如是等諸勢力故,凌拒僧眾,上坐苾芻持素怛纜及毘奈耶、摩怛理迦者,如法教誨皆不承順。如是苾芻,云何治罰?」
そこで優波離が再び仏に申し上げた。「世尊よ、もし実際に過ちや悪行がある比丘が、在家の信者の力、あるいは財宝の力、あるいは博学の力、あるいは弁舌の力、あるいは弟子の力など、様々な勢力に頼って、僧団を凌駕し反抗する場合、経典や戒律や論蔵を保持する上座の比丘が、法に従って教え諭しても、一切従わないことがあります。そのような比丘は、どのように処罰すべきでしょうか。」
佛言:「優波離!上座苾芻持三藏者,應和僧眾,遣使告白國王、大臣令助威力,然後如實依法治罰。」
仏は言われた。「ウパーリよ。上座の比丘で三蔵を保つ者は、僧団の衆と和合し、使いを遣わして国王や大臣にその力を貸すよう告げた上で、事実に基づき法に従って処罰しなさい。」
時優波離復白佛言:「世尊!若彼有過惡行苾芻,以財寶力、或多聞力、或詞辯力、或以種種巧方便力,令彼國王、大臣歡喜,皆住破戒非法朋中,容縱如是惡苾芻罪,不聽如實依法治罰。爾時,僧眾應當云何?」
佛言:「優波離!若彼苾芻行無依行,於僧眾中麁重罪相未彰露者,是時僧眾應權捨置。若彼苾芻行無依行,於僧眾中麁重罪相已彰露者,是時僧眾應共和合,依法驅擯令出佛法。優波離!譬如鷰麥在麥田中,牙莖、枝葉與麥相似,穢雜淨麥。乃至彼草其穗未出,是時農夫應權捨置。穗既出已,是時農夫恐穢淨麥,并根剪拔,棄於田外。行無依行破戒苾芻,亦復如是。恃白衣等種種勢力,住於僧中,威儀、形相與僧相似,穢雜清眾,乃至善神未相覺發,於僧眾中麁重罪相未彰露者,是時僧眾應權捨置。若諸善神已相覺發,於僧眾中麁重罪相已彰露者,是時僧眾應共和合,依法驅擯令出佛法。優波離!譬如大海不宿死尸,我聲聞僧諸弟子眾,亦復如是,不與破戒惡行苾芻死尸共住。」
時優波離復白佛言:「世尊!若彼破戒惡行苾芻,僧眾和合共驅擯已。彼惡苾芻,以財寶力、或多聞力、或詞辯力、或以種種巧方便力,令彼國王、大臣歡喜,皆住破戒非法朋中,以威勢力凌逼僧眾,還令如是破戒苾芻與僧共住。爾時,僧眾當復云何?」
佛言:「優波離!爾時,僧中有能悔愧持戒苾芻,為護戒故,不應瞋罵破戒苾芻,但應告白國王、大臣,或恐凌逼而不告白,應捨本居,別往餘處。」
仏は言われた。「ウパーリよ、その時、僧伽の中に、戒を保ち、悔い改めと反省の心を持つ比丘がいるならば、戒を守るために、戒を破った比丘に対して怒ったり罵ったりしてはならない。ただ、国王や大臣に告げるべきである。しかし、もし脅迫や迫害を恐れて告げられないのであれば、元の住まいを捨てて、他の場所に移るべきである。」
大乘大集地藏十輪經卷第三
大乗大集地蔵十輪経 巻第三