○淨身真言
清浄なる身の真言
身兼視聽行動。言淨身者。即非禮勿視。非禮勿聽。非禮勿動之謂。獨舉言行兩端。即謹言慎行也。
身と視聴、行動を兼ねて行います。言う「身を浄める」とは、すなわち礼に非ざれば視ず、礼に非ざれば聴かず、礼に非ざれば動かず、ということを指します。言行の両端を特に挙げるのは、すなわち言葉を慎み、行動を慎むということです。
修多利修多利
修多羅、修多羅。
修身之道多端。必多方修之。方能有益也。
身を修める道は様々です。必ず多くの方法で修行しなければ、初めて利益を得ることができます。
修摩利
シュマリ
摩即摩訶也。言能修者。其利必大。與摩訶修利。句淺深有別。
「摩」とは、摩訶(偉大なる)という意味です。修行を実践する者は、その功徳は必ず大きくなる。摩訶の修行と功徳には、浅い深いの違いがある。
娑婆訶
スヴァーハー
娑者。一切法平等。婆者。無言說義。訶者。一切法無因。寂靜無住。清淨不生不滅之義。言佛無言說。無分貴賤智愚。盡致之清淨不生不滅也。
娑とは、すべての法は平等であること。 婆とは、言葉で表せない真実の意味。 訶とは、すべての法には原因がなく、静寂であり、とどまらず、清らかで生じも滅しもしないという意味です。 つまり、仏には言葉による説明はなく、貴賤や賢愚の区別もなく、すべてが清らかで生じも滅しもしない境地に至るということです。