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現観荘厳論略釈 (現觀莊嚴論略釋)

「現觀莊嚴論略釋」について

底本の訳者:法尊釋

4.4 万字 · 約 147 分

『現観荘厳論』略解は、弥勒菩薩によって作頌され、法尊法師が解説を加えた仏教の重要な論書です。この論は大乗仏教瑜伽行派の核心をなす著作であり、凡夫から仏陀に至るまでの修行の階梯と智慧による直接的な観察を体系的に説いています。内容は三智、四加行、法身など八つの主題と七十の義理を含み、般若波羅蜜多の実践と体得の体系を完全に示しています。『大般若経』の綱要的な論著として、チベット仏教において高い地位を占め、五大論の一つに数えられています。法尊法師による解説は深遠な内容を平易に説き、漢訳仏教とチベット仏教の思想の精華を兼ね備えており、般若中観思想と菩薩道の実践を研究する上で重要な権威あるテキストです。


序品第一

序章

今依宗喀巴大師父子及無等恩師札迦大師之著述,略錄少分詮釋正義。釋此分三:
(甲一)論前義、(甲二)論正義、(甲三)論後義。初中又二:(乙一)釋論題、(乙二)解敬禮。今初。現觀莊嚴般若波羅蜜多教授論。

ここに、この論書の構成について説明します。まず初めに「論前義」として、論の前提となる部分を説きます。次に「論正義」として、論の本筋を述べます。最後に「論後義」として、論の結びとなります。このうち、論前義には二つの項目があります。ひとつは「論題の解釈」、もうひとつは「敬礼の説明」です。まず、論題を見てみましょう。『現觀荘厳般若波羅蜜多教授論』というのが、この論の名称です。

此論題在梵語為阿毘三昧耶 阿朗迦羅 那摩 般若波羅蜜多 鄔拔提沙奢薩哆囉。華語譯阿毘三昧耶為現觀,阿朗迦羅為莊嚴,那摩為名曰,般若波羅蜜多為慧到彼岸,鄔拔提沙為教授,奢薩哆囉為論。

この論題は、サンスクリット語では「アビサマヤ・アランカーラ・ナーマ・プラジュニャーパーラミター・ウパデーシャ・シャーストラ」といいます。漢語では、アビサマヤは「現観(げんかん)」、アランカーラは「荘厳(しょうごん)」、ナーマは「名曰(なづけて)」、プラジュニャーパーラミターは「慧(え)の彼岸(ひがん)に到る」、ウパデーシャは「教授(きょうじゅ)」、シャーストラは「論(ろん)」と訳します。

謂般若波羅蜜多經廣(初會)中(二會)略(四會)三部中難通達義。此論能令容易了解,故名教授。此具整治、救拔二種功德,故名為論。(依世親釋正理論意)此復現前親證,故名現觀。喻如世人容儀端嚴,復著眾多妙莊嚴具,用鏡照顯,倍生歡喜。如是般若自體甚深微妙即自體莊嚴,復以七十義莊飾,照顯於此論之中,能令智者倍生歡喜,故此論名曰莊嚴。(即明顯莊嚴也)。

「般若波羅蜜多経」には広(初会)・中(二会)・略(四会)の三部があり、その中の難解な意味は、この論によって容易に理解できるようになることから、これを「教授」と呼ぶ。この論は、修行を整え、迷いから救い上げるという二つの功徳を備えているので、「論」と名付けられる(世親の『正理論』の解釈に基づく)。また、現前して直接に真理を証得することから、「現観」と呼ばれる。たとえば、世の人が容貌を整え、さまざまな美しい装飾品を身に着け、鏡に映して眺めることで、いっそう喜びが増すようなものである。同じように、般若そのものは深く微妙であり、それ自体が美しい装飾である。さらに七十の義によって飾り立てられ、この論の中に明確に映し出されることで、智者にいっそうの喜びをもたらす。ゆえにこの論は「荘厳」と名付けられる(すなわち、明らかに輝く荘厳という意味である)。

(乙二)解敬禮。敬禮一切諸佛菩薩。

敬礼。敬礼一切诸佛菩萨。

翻梵為藏諸譯師等,為令息滅一切留難、為令翻譯事業圓滿,令知此論屬經藏攝,及為證得無上菩提,故於翻譯前敬禮一切諸佛菩薩也。

仏典をサンスクリット語からチベット語へ翻訳するすべての訳師たちは、一切の障害を消し去り、翻訳の事業を円満に成し遂げるために、またこの論が経蔵に属することを示し、無上の菩提を証得するために、翻訳を始める前に、一切の諸仏や菩薩に対して敬礼をするのである。

(甲二)釋正論,分三:(乙一)正申敬禮兼明造者之志願、(乙二)為樂廣者分別廣說、(乙三)為樂略者更說略義。今初。

(甲二)正しい教えを解釈するにあたり、三つの部分に分けます。(乙一)まず敬意を表し、作者の願いを明らかにする。(乙二)広く学びたいと望む人のために、詳しく説き明かす。(乙三)簡潔に学びたいと望む人のために、要点を簡潔に説く。今、最初の部分を述べます。

求寂聲聞由徧智, 引導令趣最寂滅, 諸樂饒益眾生者, 道智令成世間利。
諸佛由具種相智, 宣此種種眾相法, 具為聲聞菩薩佛, 四聖眾母我敬禮。
慈尊於造論之前先禮讚三智者,為令所化於此般若佛母發生淨信,由此因緣當得解脫及一切種智。現在正申敬禮兼明造論誓令究竟,如諸善士雖至命難亦不棄捨所發願故。此釋敬禮所為。皈敬頌文義分兩段,為稱讚與敬禮。讚又分二:正讚三智之功德、次讚為四聖之母。初讚一切智,謂能引導所化趣證寂滅。讚道相智,謂能成辦三種所化所求義利。讚一切相智,謂能轉法輪。如其次第,即頌前三句(漢文譯成前六句)。最後一句(譯成兩句),即讚為聲聞、獨覺、菩薩、如來四聖之母。初句正標聲聞亦兼取獨覺,以彼為求自利而趣湼槃與聲聞同,故未分說。我敬禮者,即明三業至誠敬禮彼四聖之母般若波羅蜜多也。此釋敬禮略義。
慈尊造論之前先讚禮三智,以就所依補特伽羅聲聞獨覺諸求寂滅苦集二諦者,由能徧知蘊處界法皆是補特伽羅無我之一切智,能引導彼令趣有餘依、無餘依寂滅湼槃妙果,而禮彼智故。又就所依補特伽羅謂求饒益諸眾生之菩薩,由通達三道無我之道相智,成辦世間三類種性眾生之利益,而禮彼智故。又謂諸佛由具一切相智通達一切相悉皆無我為說法之增上緣,宣說種種法藏詮一切相,而於彼智三業敬禮故。此釋敬禮文義。

慈尊が論を著す前に、まず三種の智慧に敬意を表して讚嘆されている。その意味を解き明かすと、次のようになる。

まず、聲聞や獨覺といった、苦諦と集諦の寂滅を求める修行者たちに對しては、蘊・處・界のすべての法が補特伽羅無我であると遍く知る「一切智」によって、彼らを有餘依涅槃や無餘依涅槃の妙果へ導くことができる。そのために、この智慧を禮拜し讚嘆するのである。

また、一切衆生の利益を求める菩薩たちに對しては、三つの道の無我を通達する「道相智」によって、世間の三種類の種性の衆生の利益を成し遂げることができる。そのために、この智慧を禮拜し讚嘆するのである。

さらに、諸佛は「一切相智」によって、すべての相が無我であると通達し、それを説法の增上緣として、様々な法藏を宣説して一切の相を明らかに示す。そのために、この智慧に身・口・意の三業をもって敬禮するのである。

以上が敬禮の文義の解釋である。

(乙二)為樂廣者分別廣說,分三:(丙一)論所為義、(丙二)全論總義、(丙三)全論文義。今初。
大師於此說, 一切相智道, 非餘所能領, 於十法行性。
經義住正念, 具慧者能見, 為令易解故, 是造論所為。

大師はここで説かれた、 すべてのあり方を知る智慧への道を。 これは他の者には理解しがたく、 十の法の実践の本質に関するものである。

経典の意味に正念を保ち、 智慧ある者だけが見ることができる。 その理解を易しくするために、 この論を造るのである。

如是讚禮為先而造正論。此論所釋為廣中略三部《般若》,其釋經之儀式如世親云:「演說經義者,當先說所為,略義及文義,結合與答難。」為令易解故,以五支方便而解釋也。此中「大師於此說至是造論所為」二頌,是明造論之所為義(即造論之用或果也)。「般若波羅蜜至四相正宣說」凡有十五頌,是明全論之略義。「發心為利他」至第八品最後之「許法身事業」有二十七種止,是明全論七十義之文義。又論中「次一切智性」及「次由入獅子」等之次字,即是明結合義,結合前後文義令相貫澈。又論中「法界無差別」,及「若誰於何義」,及「不可說義中」等文,皆是顯示答難。由此五支釋經,能令聽者恭敬、易了、斷疑、生信。如世親云:「由聞經勝利,若聽聞受持,聞者起恭敬,故先說所為。成此由略義,略義由文知,次第前後理,由餘二無違。」謂諸欲求經義者,由見現前究竟勝利,乃於文義恭敬受持,為令於經發起希求,故先說所為。若以正量成立彼所為義者,必須粗知略義方可。若欲詳知所說略義,則須依論廣學文義。欲使論文前後貫屬,則賴結合之文。欲釋前後所許無違,則須解釋妨難也。

このように、讚禮を先に行ってから正しい論を著すのである。この論が解説するのは、広・中・略の三種の『般若経』である。その経典解説の方式については、世親が次のように述べている。「経典の意味を解説する者は、まず目的を述べ、次に要旨、そして文義、結合、問答の解決を示すべきである」。理解を容易にするために、五つの部門という方法を用いて解説するのである。

ここで「大師はこの経典を説かれた。これは論を著す目的である」という二頌は、論を著す目的の意味(すなわち、論を著す効用や結果)を明らかにしている。「般若波羅蜜から四つの特徴をもって正しく説かれる」までの十五頌は、全論の要旨を明らかにしている。「発心は衆生を利するためのもの」から第八章の最後の「法身の事業を許す」まで、二十七の主題によって、全論の七十の意味内容を文義として明らかにしている。

また、論中の「次に一切智性」や「次に獅子に入ることによって」などの「次に」という語は、前後の文脈を結びつけて一貫させる結合の意味を明らかにしている。さらに、論中の「法界に差別なし」「誰がどのような意味について」「説明しがたい意味の中において」などの文は、すべて問答への応答を示している。

この五つの部門によって経典を解説することで、聴く者に敬意を生じさせ、理解を容易にし、疑いを断ち切り、信仰を起こさせることができるのである。世親が次のように述べている通りである。「経典の功徳を聞くことによって、聴聞し受持するならば、聞く者に恭敬の心が生じる。ゆえにまず目的を述べるのである。これを達成するには要旨による。要旨は文によって知られる。前後の道理の順序は、残りの二つによって矛盾しないのである」。

すなわち、経典の意味を求める者たちは、現在および究極の利益を見て、はじめて文と意味を恭敬の心をもって受持するのである。経典に対する希求の心を起こさせるために、まず目的を述べるのである。もし正しい認識によってその目的の意味を確立しようとするならば、まず大まかに要旨を知ることが必要である。述べられた要旨を詳しく知りたいと思うならば、論に依って広く文義を学ぶことが必要である。論の文が前後に関連づけられることを望むならば、結合の文に頼るのである。前後に認められたことに矛盾がないことを説明しようとするならば、妨害や問いを解説することが必要なのである。

初釋所為義中,「大師於此說,一切相智道」二句,明所詮法。「非餘所能領」者,明此法之差別。其次三句,明究竟所為果。最後二句,正明造論之意。即為令末法有情,容易了解如來所說般若之甚深義也。繫屬之義,文中闇述。

初めに「所為」の意味を解釈するにあたり、「大師はここにおいて、一切相智の道を説く」という二句は、説かれるべき法を示す。「他の者には領解しがたい」とは、この法の特殊性を示す。次の三句は、究極の目的である果を示す。最後の二句は、論を著す意図を明確に示す。すなわち、末法の時代の衆生が、如来の説かれた般若の深遠な意味を容易に理解できるようにするためである。この論の帰属関係の意味は、文中に暗に示されている。

總謂此論所詮,即佛在此廣中略三部《般若經》中,分為八種現觀,所說一切相智之道、發心等十法也。此所詮之八種現觀,非外道小乘等所能領受,以彼等未於方廣大乘經典勤聞思故。此論亦有究竟所為之果,以於發心等十法行為體性之經義,安住聞思正念,其聰慧菩薩即能現見證得故。今造此論與經無重複之過,以依此論易解經義,即造論之所為義故。

この論が説くところを総じて言えば、それは仏が広・中・略の三部の『般若経』において、八種の現観に分けて説かれた、一切相智の道(すべての事物をそのままに知る智慧へ至る道)と、発心などの十の法(修行の実践項目)である。この論の内容である八種の現観は、外道や小乗の者たちには理解できるものではない。なぜなら、彼らは広大な大乗経典を熱心に聞き学び、考えを巡らせることがないからである。この論にはまた、究極の目的とされる果もある。すなわち、発心などの十の法の実践を本質とする経の意味に、聞思(教えを聞き、それについて考えること)と正念をもって安住するならば、その聡明な菩薩は、現にその境地を自ら証得することができるからである。今この論を造っても、経と重複する過ちはない。なぜなら、この論によって経の意味が理解しやすくなること、それこそがこの論を造る目的であるからである。

(丙二)全論總義,分二:(丁一)略標論體、(丁二)隨標廣釋。初又分二:(戊一)標能所釋、(戊二)標能釋數。今初。

(丙二)全論の総義は、二つに分かれる。(丁一)略して論の本体を示すこと、(丁二)示したことに従って詳しく解釈すること。まず初めは、さらに二つに分かれる。(戊一)解釈されるものと解釈するものを示すこと、(戊二)解釈するものの数を示すこと。ここでは、その初めを述べる。

般若波羅蜜, 以八事正說。

般若波羅蜜を、八つの事柄によって正しく説く。

《現觀莊嚴論》以能詮八品及所詮八事,正釋廣中略三部《般若經》之義故,亦可釋為教、道、果三種般若,即文字、方便、究竟般若也。

『現觀莊嚴論』は、説くところの八つの章と、説かれるところの八つのテーマによって、広・中・略の三つの『般若経』の意味を正しく解き明かしています。そのため、この論は教え・道・悟りの三つの般若、すなわち言葉による般若・実践のための智慧・究極の般若としても説明できます。

(戊二)標能釋數。

(戊二)説明できる数を示す。

徧相智道智, 次一切智性。 一切相現觀, 至頂及漸次, 剎那證菩提, 及法身為八。

一切相を知る智慧の道、 次に一切智の性質。 すべての相を現に観る現観、 頂点に至り、段階を経て、 一瞬にして菩提を証得する。 そして法身——この八つが現観である。

此論所詮之義。謂一切相智、道相智、一切智,圓滿證一切相加行、至頂加行、漸次加行,一剎那現證菩提加行,及法身果。

この論が示す内容とは、一切相智・道相智・一切智という三つの智慧、そしてそれらを完全に体得するための修行である「一切相加行」「至頂加行」「漸次加行」「一刹那現証菩提加行」、さらにその成果としての「法身」についてである。

(丁二)隨標廣釋,分三:(戊一)廣釋三智體、(戊二)廣釋四加行體、(戊三)廣釋法身體。初明一切相智。
發心與教授, 四種決擇分, 正行之所依, 謂法界自性。
諸所緣所為, 甲鎧趣入事, 資糧及出生, 是佛徧相智。

発心と教授、四種の決択分、正行のよりどころ、これを法界の自性という。

あらゆる所縁と目的、甲鎧と趣入の働き、資糧と出生、これが仏の遍相智である。

表示一切相智之體者,有十法。誓願意樂謂發心,成辦誓願之方便謂教授,最初通達空性之修得正行謂四順決擇分。大乘修行所依之根本,謂法界自性住種性。大乘修行斷除增益之所依,謂所緣。大乘正行之究竟所修,謂所為。此行須發廣大心,謂無擐甲正行。加行須廣大進趣,謂趣入正行。又須二種廣大資糧,謂資糧正行;決定出生一切相智,謂出生正行。是為表示一切相智之十法。

ここに一切相智の本質を示す十の法がある。誓願と意楽は発心であり、誓願を成就する方法は教授であり、初めて空性を悟るための正しい修行は四順決択分である。大乗の修行の根本となる所依は、法界に本来備わる種性である。大乗の修行において、誤った概念を断ち除くための所依は、所縁である。大乗の正しい修行の最終的な目的は、所為である。この修行には広大な心を起こすことが必要であり、それは無擐甲正行である。加行には広大な精進が必要であり、それは趣入正行である。また、二種の広大な資糧を積むことが必要であり、それは資糧正行である。そして、一切相智を必ず生み出すことが、出生正行である。これらが一切相智を示す十の法である。

次明道相智。

次に、道相智について説明します。

令其隱闇等, 弟子麟喻道, 此及他功德, 大勝利見道。 作用及勝解, 讚事并稱揚,
廻向與隨喜, 無上作意等, 引發最清淨, 是名為修道。 諸聰智菩薩,如是說道智。

彼らを暗闇などから救い出し、弟子たちを麒麟の譬えの道へ導く。この功徳と他の功徳は、大きな勝利をもたらす見道である。作用、勝解、讃嘆、供養、称揚、廻向、隨喜、無上の作意などにより、最も清らかなものを引き起こす。これを修道と名付ける。賢明な菩薩たちは、このように道智を説く。

表示道相智之體者,謂由如來自性光明,令諸天光隱闇不現等,是道相智之支分。了知聲聞弟子道之道相智、了知麟喻獨覺道之道相智、了知菩薩道之道相智中,有見道、修道二種。初者謂具足現法後法廣大勝利之大乘見道;第二謂修道之作用,或由修習修道之力所得之勝利,及信解般若為三利,隨一本源之勝解修道。勝解修道之勝利,謂讚美承事稱揚之修道,能轉自他所有善根為大菩提支分之廻向修道,於自他善根深修歡喜之隨喜作意無上修道。此勝解、廻向、隨喜三種修道,是有漏修道(即後得有分別智)。能得究竟智德之因,謂引發修道(或譯正行修道)。能得究竟斷德之因,謂最清淨,即清淨修道。諸聰智菩薩之現觀道相智,以如是十一法表示而說。

道相智の本体について説明すると、如来の自性の光明によって、諸々の天の光が隠れて現れなくなることなどが、道相智の支分である。

声聞の弟子たちの道を知る道相智、麟喩の独覚の道を知る道相智、菩薩の道を知る道相智には、見道と修道の二種類がある。

最初のものは、現在と未来の広大な功徳を備えた大乗の見道である。第二のものは、修道の作用、あるいは修道を修習する力によって得られる功徳である。

また、般若を信解することが三つの利益となる。そのうち、もととなる一つのものに随順する勝解修道がある。

勝解修道の功徳とは、賛美し、供養し、称揚する修道であり、自他のすべての善根を大菩提の支分に転じる廻向修道であり、自他の善根に対して深く喜びを修める随喜の作意を無上のものとする修道である。

この勝解・廻向・随喜の三種の修道は、有漏の修道(すなわち後得の分別智を有するもの)である。

究竟の智徳を得る原因は、引發修道(正行修道とも訳す)である。究竟の断徳を得る原因は、最清浄、すなわち清浄修道である。

聡明なる菩薩たちの現観における道相智は、このように十一の法によって表示されて説かれる。

三明一切智。

三明とは、すべての智慧を明らかにすることです。

智不住諸有, 悲不滯湼槃。 非方便則遠, 方便即非遙。
所治能治品, 加行平等性, 聲聞等見道, 一切智如是。
表示一切智之體者,謂觀待世俗事,是能破有邊現觀種類之大乘聖現觀。即由智不住諸有之道相智;又觀待世俗事,是能破靜邊現觀種類之大乘聖道,即由悲不滯寂滅之道相智。遠離殊勝方便智慧者,即非方便遙遠之一切智。殊勝方便智慧所攝持者,即方便非遙遠之一切智。此二如其次第,亦即是所治品之一切智與能治品之一切智。此正修對治實執之中正所說者,謂菩薩加行。破除實執智慧所攝持之加行,即加行平等性。大乘之諦現觀,即見道。就建立所依,謂聲聞獨覺等聖者身中所立之一切智,即以九法如是解釋也。

全てを知る智慧の本質について言えば、世俗の事柄に基づいて見ると、存在への執着を打ち破る現観の種類に属する大乗の聖なる現観である。すなわち、智慧によって三界に執着しない道相智である。また、世俗の事柄に基づいて見ると、静かな境地への執着を打ち破る現観の種類に属する大乗の聖なる道であり、すなわち、悲心によって涅槃に留まらない道相智である。殊勝な方便と智慧を欠いたものは、方便から遠く離れた一切智である。殊勝な方便と智慧に支えられたものは、方便から遠くない一切智である。この二つは、その順に従って、対治されるべきものとしての一切智と、対治するものとしての一切智でもある。実在への執着を正しく対治する中で、正しく説かれるものとは、菩薩の加行である。実在への執着を打ち破る智慧に支えられた加行、それが加行の平等性である。大乗における真理の現観、すなわち見道である。依り所となる身体の確立という点では、声聞や独覚などの聖者の身の中に立てられる一切智は、以上の九つの法によって説明されるのである。

(戊二)廣釋四加行體,分四:初釋圓滿眾相加行體。

(戊二)四加行の本質を詳しく解説する。これを四つの部分に分ける。まず第一に、完全な一切の相を備えた加行の本質を説明する。

行相諸加行, 德失及性相, 順解脫決擇, 有學不退眾。
有寂靜平等, 無上清淨剎, 滿證一切相, 此具善方便。

行相や様々な加行(修行の実践)、 徳と過失、そして本質的な特徴。 解脱に向かう順序と決択(真理の選び取り)、 有学(修行中の者)と不退転の修行者たち。

寂静と平等をそなえ、 無上で清らかな浄土に至り、 一切の相を完全に悟り証する。 これらはすべて、優れた方便(巧みな手段)をそなえている。

圓滿一切相加行之體者,謂所修之行相及能修之諸加行。加行功德、加行過失、加行之性相,大乘順解脫分、大乘順決擇分,有學不退轉僧眾之不退相,安立法身之三有寂滅平等加行、安立受用身之嚴淨無上佛土加行、安立化身之善巧方便加行,此即表示圓滿一切相加行之十一法也。

ここに「円満なる一切相を具える加行の体」とは、修行の対象となる相(あり方)と、それを修行する側の様々な加行(努力)を指します。加行の功徳、加行の過失、加行の特質、大乗における解脱へ向かう順序としての善根、大乗における真理を見極める段階、学びを要する不退転の僧侶集団が示す不退転のしるし、法身を確立するための三つの存在領域の寂静という平等な加行、受用身を確立するための浄らかで優れた仏土を荘厳する加行、化身を確立するための巧みな方便の加行——これらが、円満なる一切相を具える加行を表す十一の法です。

二釋頂加行體。

二つ目に、「頂加行」の本質(体)について解説する。

此相及增長, 堅穩心徧住, 見道修道中, 各有四分別。
四種能對治, 無間三摩地, 並諸邪執著, 是為頂現觀。

此相とその增長(ぞうちょう)、堅穩なる心が遍く住する、見道・修道の中に、それぞれ四種の分別がある。

四種の能対治(のうたいじ)と、無間の三摩地(さんまじ)、さらに諸々の邪執着(じゃしゅうじゃく)、これが頂(ちょう)の現観(げんかん)である。

頂加行之體者,謂得頂加行十二相中隨得一相之初順決擇分,較供三千大千世界有情數佛所得功德尤為增上之十六種增長第二順決擇分,通達三智隨順之慧及於利他不可破壞獲得堅穩之第三順決擇分,引發見道之功能成熟心能徧住無邊三摩地之第四順決擇分。見道頂加行與修道頂加行,謂彼二道中各有四種分別之四種真能對治。次謂無間三摩地之頂加行,及所應遣除之邪行。以此八法而表示頂加行也。

頂加行の本質とは、頂加行の十二の相の中のいずれか一つの相を得た最初の順決択分であり、三千大千世界の有情の数ほどの仏に供養して得る功徳よりもさらに勝れている十六種の增長した第二の順決択分であり、三智に通達する随順の慧、および利他において壊されることなく堅固なものを得た第三の順決択分であり、見道を引き起こす機能を成熟させ、心が無辺の三摩地に遍く住することができる第四の順決択分である。見道の頂加行と修道の頂加行とは、それらの二つの道にはそれぞれ四種の分別があり、それに対する四種の真の対治法があることをいう。次に、無間三摩地の頂加行と、除くべき邪行がある。これら八つの法によって頂加行を示すのである。

三釋漸次加行體。

ここでは、「三釈」とは、『天台四教儀』などにおける「漸次」「不定」「円頓」の三種の止観の教えを指していると考えられます。「漸次加行」とは、段階を踏んで修行を積み重ねることを意味します。

その体(本質)について説明します。

## 三段階の修行体系

漸次加行は、次の三つの段階に分けられます。

1. **五停心観(ごじょうしんかん)**――心を落ち着かせるための五つの観法 2. **別相念処(べっそうねんじょ)**――対象を個別に観察する修行 3. **総相念処(そうそうねんじょ)**――全体を統合して観察する修行

## 五停心観

これは、煩悩の傾向に応じて心を調える方法です。

- 貪欲(とんよく)の強い人には「不浄観」 - 瞋恚(しんに)の強い人には「慈悲観」 - 愚痴(ぐち)の強い人には「因縁観」 - 執着(しゅうじゃく)の強い人には「界分別観」 - 散乱(さんらん)の強い人には「数息観」

## 別相念処

四念処(身・受・心・法)を、それぞれ個別に観察する段階です。

- **身念処**――身体は不浄であると観じる - **受念処**――感受は苦であると観じる - **心念処**――心は無常であると観じる - **法念処**――諸法は無我であると観じる

## 総相念処

四念処をまとめて観察し、すべての現象が無常・苦・無我であることを一体的に理解する段階です。

このように、漸次加行は、自己の煩悩を認識し、それを徐々に浄化しながら、最終的にはすべての存在の真理を観じるという体系的かつ実践的な道筋を示しています。

漸次現觀中, 有十三種法。

漸次に現觀する中に、十三種の法がある。

漸次加行之體有十三種,謂六波羅蜜多之六種漸次加行,隨念三寶之三種漸次加行,隨念天、捨、戒之三種漸次加行,及無性自性之漸次加行,是為表示漸次加行之十三法也。

漸次加行の体には十三種があります。すなわち、六波羅蜜多による六種の漸次加行、三宝を随念する三種の漸次加行、天・捨・戒を随念する三種の漸次加行、そして無性自性による漸次加行です。これらが漸次加行を表す十三の法となります。

四釋剎那加行體。

四つの解釈で、刹那の加行の本体を説明する。

剎那證菩提, 由相分四種。

刹那に菩提を証得することは、相によって四つの種類に分けられる。

剎那加行體唯有一,就相不同而分為四,謂異熟剎那加行、非異熟剎那加行、無二剎那加行、無相之剎那加行。

刹那の加行の本質はただ一つですが、その様相の違いによって四つに分けられます。すなわち、異熟刹那加行、非異熟刹那加行、無二刹那加行、無相刹那加行です。

(戊三)廣釋法身體。

(戊三)法身について詳しく説明します。

自性圓滿報, 如是餘化身, 法身并事業, 四相正宣說。

自性円満の報身、かくのごとき余の化身、法身ならびに事業、この四つの相を正しく説く。

正說法身有四種法,謂自性身、圓滿受用身,如是所餘之化身,并智慧法身及所作事業。

法身には四つの法があると説かれています。すなわち、自性身、円満受用身、そして残りの化身、さらに智慧法身とその働き(事業)です。


序
一切相智品第二

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