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涅槃経会疏 (涅槃經會疏)


No. 659-A新刻涅槃會疏序

新刻涅槃会疏序

涅槃一經。實法王之顧命。慈父之遺囑。為臣為子。理合循奉。其在上代也。講宣甚盛。名匠繼出。立為涅槃宗。河西光宅等各有製述。及唐之中葉其宗寖微。而諸師章疏亦追代湮沒。殆靡有孑遺。獨巋存于今者。我章安大師之疏而已。意其必深契佛意。為諸佛護念耶。抑復八障五難磨而不磷。精誠之所貫。魔外無能遏絕者歟。涅槃命脈賴係是一疏。不啻九鼎一絲之懼。苟為雲仍者。宜應謁心致力愛重護持也。但恨從來經疏各行。艱於照對。明萬曆中有僧圓澄始分會。以便學者。其志則佳矣。然擅事筆削。攙以私語。涇渭混淆。疑誤後進者不少。牧女添水。對面忤經。將恐其福不補其失焉。守篤純公慨然有雪冤之志。遂取藏中單疏。直會入經文。不敢增損一字。使人披雲霧而見天日。不亦快乎。因號為涅槃新會疏。公沒後大心緇流戮力鎸版弘通。頃者梓事告竣。乃齎一本謁余求序。余撫卷嘆曰。嗚呼此亦諸佛護念精誠不磨之使然耶。乃佛祖假手純公其人而襄事者非耶。不然。其袪蔽反正。何如斯之速且著也。則純公之真為忠臣孝子也。亦可以驗矣。我豈得不毗贊稱揚而樂預順孫之列乎。遂序附之。

涅槃経の一経典は、まさに法王(仏)の遺言であり、慈父の遺訓です。臣として子として、当然従い守るべきものです。昔はその講義や宣伝が非常に盛んで、名高い僧侶が次々と現れ、涅槃宗が成立しました。河西や光宅などの地域でそれぞれ注釈書が作られました。しかし唐の時代の中頃になると、その宗派は次第に衰退し、諸師の章疏も時代とともに失われ、ほとんど残っていません。現在まで唯一残っているのは、我らが章安大師の疏だけです。これはきっと深く仏の意にかなっており、諸仏の護念を受けているのでしょうか。あるいは八つの障りや五つの難に遭っても磨かれず、真心の貫くところ、魔や外道が妨げることができなかったのでしょうか。涅槃経の命脈はこの一疏にかかっています。それはまさに九鼎の重みにも似て、一絲の危うさを感じさせるものです。子孫たる者は、心を尽くして愛護し守り伝えるべきです。

ただ、これまで経文と疏が別々に流通していたため、対照するのが困難でした。明の万暦年間に、僧の円澄が初めて経文と疏を合わせて会本を作り、学びやすいようにしました。その志は良いものでしたが、勝手に削除や加筆を行い、私見を混ぜ込んだため、清濁が混ざり、後進を誤らせることも少なくありませんでした。乳牛の女が水を加えるようなもので、目の前で経に背く行為です。おそらくその功徳は過ちを補えないでしょう。守篤純公は慨然としてこの誤りを正す志を起こし、蔵経の中から単独の疏を取り出し、直接経文に合わせて会し、一字も増減せず、人々が雲霧を払って天日を見るかのようにしました。なんと快いことでしょうか。これを『涅槃新会疏』と名付けました。純公の没後、志ある僧侶たちが力を合わせて版木を彫り、弘通しました。先ごろその出版が完了し、一冊を持って私に序文を求めてきました。私は巻を撫でて嘆きました。「ああ、これも諸仏の護念と真心の磨かれざるもののなせる業であろうか。仏祖が純公という人を借りてこの事業を成就させたのではなかろうか。そうでなければ、迷いを払い正しい道に戻すことが、どうしてこれほど速やかに明らかになっただろうか。純公はまことに忠臣孝子であることが、これで証明されたと言えよう。私はどうして賛嘆し称揚せず、喜んでその末席に連ならないことがあろうか」。そこで序文を添えた。

天明六年龍次丙午八月前天台座主准三后一品親王公遵撰

天明六年、龍次は丙午、八月、前天台座主・准三后・一品親王・公遵が撰した。


新刻夾科大涅槃經會疏凡例

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