ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 観楞伽経記 (觀楞伽經記)
  2. 第一 (第一)
  3. No. 326-A 観楞伽記略科題辞 (No. 326-A 觀楞伽記略科題辭)
←と→
矢印キーでページをめくれます

観楞伽経記 (觀楞伽經記)

「觀楞伽經記」について

明 · 德清筆記 著

18.9 万字 · 約 631 分

観楞伽経記(かんりょうがきょうき)は明代の高僧徳清(とくせい)の著した仏教経典注釈であり、明朝中後期に成書された。徳清は憨山(かんざん)と号し、晩明の四大高僧の一人として、禅宗と華厳思想に精通していた。本書は『楞伽経』に対する体系的注解であり、禅宗の心性論と唯識学説を融合し、「三界唯心」の核心教義を深く闡明している。内容は如来蔵思想、八識理論及び修行次第を涵盖し、明代仏教における禅と教相の融通という特色を体現している。『楞伽経』研究の重要文献として、この注記は漢伝仏教史上において承前啓後の地位を有し、唯識学と禅宗の関係を理解する鍵となる文本であるとともに、明代仏教思想発展を研究する重要な資料でもある。


No. 326-A觀楞伽記略科題辭
科以分經,從古製也。昔道安法師以三分科經,時人譏其離析經義。及親光論至,果以三分斷其全經,時迺嘆其雅合。蓋經經各有綱宗,科迺提挈綱要而振起之,使觀者得其要領,庶離言得義而悟入之,令捨筌蹄,殆非支分節解,逞臆斷也。後之義學,昧於離言之旨,各恃己見,駢枝其說,以取謗法之愆,使學者莫之適從,正所謂以多岐亡羊耳。茲楞伽以離言說第一義為宗,不涉唇吻,又豈可妄想分別能入?而其所以科節之,蓋以經文簡古,血脈幽潛,不得其門而入,故特提其綱領,使知問答來源,融會一貫,了然心目,冀可忘言得義,不以文言為障礙耳,非臆斷也。即此已為剩法,後之覺者,切不得以此為欠,而更增益其說,自取謗法之罪不淺矣。
萬歷戊戌孟夏佛成道日, 沙門德清題于五羊之青門壘壁間

No. 326-B 觀楞伽阿䟦多羅寶經記略科

CBETA コード: X0326

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません