吉祥品第十二
吉祥品 第十二
以是三寶功德具足,故經初說。又此三寶於一切世間第一吉祥,如吉祥偈說:佛法及眾僧,是名最吉祥。復有諸經以吉祥為初,學者增壽萬歲、名聞流布,是作經者意也。如阿陀等字貫在經初,此非吉相,後當廣說。若求第一最吉祥者,三寶是也。應當歸依,如吉祥偈說:
これら三宝の功徳が具わっているため、経の初めに説かれたのです。また、この三宝は一切世間において第一の吉祥です。吉祥偈に説かれているとおりです。「仏と法および僧衆、これが最も吉祥である」と。また、ある経典では吉祥を最初に置いています。学ぶ者の寿命が万歳に増し、名声が広く流布することを願う、それは作経者の意図です。「阿陀」などの字が経の初めに通されているのは、吉祥の相ではありません。これについては後に詳しく説きます。第一の最も吉祥なるものを求めるなら、それこそ三宝です。帰依すべきです。吉祥偈に説かれているとおりです。
「諸天世人中, 無上尊導師,
佛為大覺者, 是名最吉祥。
若人於佛所, 安信心不動,
奉持清淨戒, 是名最吉祥。
遠離愚癡人, 親近有智者,
可敬者則敬, 是為最吉祥。」
諸天と世人の中にあって、 無上の尊き導き手であられる仏は、大いなる悟りを得た方です。 これが最も吉祥であると名づけられます。
もし人が仏のもとにおいて、 揺るぎない信を安んじ、 清らかな戒を奉じ持つならば、 これが最も吉祥であると名づけられます。
愚かな人からは遠ざかり、 智慧ある人には親しみ、 敬うべき人を敬うこと、 これが最も吉祥です。
是故應禮三寶,以最吉祥故。我經初說。
ですから、三宝を礼拝すべきです。最も吉祥であるからです。私の経では初めにそう説いています。
成實論卷第一
『成実論』巻第一