No. 279-B重刻首楞嚴經通議序
No. 279-B 重刻首楞嚴経通議序
大哉教乎!如來金口誠言,祖師悲心詮解,求其妙而得入、深而易悟者,無如憨山大師著釋首楞嚴經之通議也!宗趣昭然,言辭切約,不是離文顯妙,亦非滯句談玄;融性相二宗,徹一心三觀,符定宗旨,不遺纖毫,本末圓通,始終一貫,誠教苑之司南、禪宗之正眼也!(閑)始披緇雲山,遂獲夢遊殘本玩其垂訓法教,莫不周質悚然;及至聽講楞嚴,甞閱諸家疏解,方知大師亦有發明是經者名之曰通議,於是銘心五內,未遘一觀,從斯歷十餘年,莫不念念於是書也!甲午春雲遊台嶽,果遂前心,消熱惱於一時,鎔冰襟於頃刻;偶經觸目,喜出尋常,繇茲不耐守株,唱緣䥴梓,實有心公諸同志,未敢言濬大師之法流也!
なんと素晴らしい教えだろう。如来の黄金の口から生まれた真実の言葉、祖師たちの慈悲深い解釈。その中でも、奥深くて悟りを得やすく、難解でありながらも理解しやすいものとして、憨山大師が著された『首楞嚴経通議』ほど優れたものはない。宗旨の趣きは明らかで、言葉は簡潔的確。文字から離れて妙義を現そうとするのでもなく、句にこだわって玄旨を論じるのでもない。性と相の二つの宗派を融合し、一心三観を徹底し、宗旨を定めることに適合し、細かな点も残さず、本末が円滑に通じ、終始一貫している。まさに教学の分野の羅針盤であり、禅宗の正しい眼目である。 (閑)初めて雲山に入り修行を始めた時、『夢遊集』の残欠本を得て、その教えを玩味したが、どれも丁寧で真摯であり、心を打たれた。後に『楞嚴経』の講義を聴き、様々な注釈書を読むようになって初めて、大師がこの経典を解明されたものがあり、『通議』と名付けられていることを知った。それ以来、心に深く刻み、まだ一度も目を通していなかったが、十数年の間、この書物のことを思い起こさない日はなかった。甲午の春、天台山に巡礼の旅に出て、ようやく以前からの願いを叶え、一瞬のうちに心の熱悩を消し去り、氷のように固まっていた胸の内を溶かすことができた。偶然手に取ったその書物は、並々ならぬ喜びをもたらした。それ以来、じっと待っていることはできず、版木に彫るための縁を求めた。これは心から同志の人々と共有したいという思いからであり、大師の法の流れを広めようと主張するつもりはないのである。
時光緒二十年孟冬月天台嫡裔雲水山人諦閑書於申江龍華寺之藏經閣
明治27年冬、天台真伝の後継である雲水山人諦閑が、上海・竜華寺の経蔵にて記す。