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尊婆須蜜菩薩所集論 (尊婆須蜜菩薩所集論)


尊婆須蜜菩薩所集論序

尊婆須蜜菩薩所集論序

婆須蜜菩薩大士,次繼彌勒作佛,名師子如來也。從釋迦文降生鞞提國,為大婆羅門梵摩渝子,厥名欝多羅。父命觀佛,尋侍四月,具覩相表威變容止,還白所見。父得不還已,出家學,改字婆須蜜。佛般涅槃後,遊教周妬國槃奈園,高才蓋世,奔逸絕塵。撰集斯經焉,別七品為一揵度,盡十二揵度;其所集也,後四品一揵度,訓釋佛偈也,凡十一品十四揵度也。該羅深廣,與阿毘曇並興外國。傍通大乘,持明盡漏,博涉十法,百行之能事畢矣。尋之𣾘然,猶滄海之無崖,可不謂之廣乎!陟之瞠爾,猶崑岳之無頂,可不謂之高乎!寶渚極目,厭夜光之珍;巖岫舉睫,厭天智之玉。懿乎富也,何過此經!外國昇高座者,未墜於地也。集斯經已入三昧定,如彈指頃神昇兜術。彌妬路、彌妬路刀利及僧迦羅剎,適彼天宮,斯二三君子,皆次補處人也。彌妬路刀利者,光炎如來也。僧迦羅剎者,柔仁佛也。茲四大士集乎一堂,對揚權智,賢聖默然,洋洋盈耳不亦樂乎。

婆須蜜菩薩は、弥勒菩薩に次いで仏となり、師子如来と名乗られるお方です。 釈迦牟尼仏の時代に、ヴィデーハ国に生まれ、大バラモン梵摩渝の子として、欝多羅という名で誕生されました。 父の命により仏陀を拝観し、四か月にわたりお側に仕え、その威厳あるお姿と変幻自在の御振る舞いを余すところなく目にし、帰って見たことを父に報告しました。 父は不還果を得た後、出家して学び、名を婆須蜜と改められました。 仏陀が涅槃に入られた後、周妬国の槃奈園で教えを広められ、その才知は世を覆い、疾走するごとく塵を絶つ勢いでした。 この経典を編纂され、七つの品を一つのカンドゥ(章)とし、全部で十二カンドゥにまとめられました。 その編纂内容は、後の四品一カンドゥが仏陀の偈頌を解釈したもので、全体で十一品十四カンドゥとなります。 その内容は深遠で広大であり、アビダルマと並んで外国で盛んにされました。 大乗にも通じ、明咒を保ち煩悩を尽くし、十法を広く渉猟し、百行の能事をことごとく究められました。 探求すれば茫洋として、あたかも蒼海の涯のないがごとく、広大と言わずして何と言いましょう。 登れば眼前に広がり、あたかも崑崙の山頂なきがごとく、高遠と言わずして何と言いましょう。 宝の渚を極めれば、夜光の珠にも飽き足り、岩峰に目を上げれば、天智の玉にも飽き足る。 なんと豊かなことか、この経典に勝るものはありません。 外国で高座に登る者は、未だ地に墜ちたことがありません。 この経典を集め終わると、三昧の定に入り、指を弾くほどの間に、神は兜率天に昇られました。 弥妬路、弥妬路刀利、及び僧迦羅剎の三君子も、その天宮に赴かれました。この二、三の君子は、皆、次に補処(次の仏となるべき位)の方々です。 弥妬路刀利は、光炎如来となられ、僧迦羅剎は、柔仁仏となられました。 この四大士が一堂に会し、権智を対揚され、賢聖は黙然として、その豊かな教えが耳に満ち、なんと楽しいことでしょうか。

罽賓沙門僧伽跋澄,以秦建元二十年,持此經一部來詣長安。武威太守趙政文業者,學不厭士也,求令出之。佛念譯傳,跋澄、難陀、禘婆三人執胡文,慧嵩筆受。以三月五日出,至七月十三日乃訖。胡本十二千首盧也。余與法和對校修飾,武威少多潤色。此經說三乘為九品,持善修行。以正觀逕,十六最悉。每尋上人之高韻,未甞不忘意味也。恨闚數仞之門晚,懼不悉其宗廟之美、百官之富矣。

罽賓の僧侶、僧伽跋澄は、秦の建元二十年にこの経典一巻を携えて長安にやって来た。武威太守の趙政(文業)は、学問を飽くことなく求める士であり、彼に経典の翻訳を願い出た。仏念が訳して伝え、跋澄・難陀・禘婆の三人が原典を手にし、慧嵩が筆記した。三月五日に始まり、七月十三日に完成した。原典は一万二千の偈頌であった。私(道安)は法和と共に校正し、武威太守が多少の潤色を加えた。この経典は三乗を九品に分け、善を保ち修行することを説く。正しい観察によって通じる、十六の最上の教えがすべて含まれている。常に優れた方々の高い境地を思う時、その深い意味を忘れたことはない。ただ、数仞の門を覗くのが遅かったことを悔やみ、その宗廟の美しさと百官の豊かさをすべて理解できなかったことを恐れるばかりである。

尊婆須蜜菩薩所集論卷第一

尊婆須蜜菩薩所集論 第一巻

尊婆須蜜造

尊婆須蜜造

符秦罽賓三藏僧伽跋澄等譯

1 聚揵度首

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