盂蘭盆經疏新記卷下
盂蘭盆経疏新記 巻下
【疏】四、正解經文,於中復二。
四、経文を正式に解釈する。その中にまた二つある。
【疏】初、釋題目。
まず、題名を説明します。
佛說盂蘭盆經
『仏説盂蘭盆経』
【疏】述曰:此經總有三譯:一、晉武帝時,剎法師翻云盂蘭盆經;二、惠帝時,法矩法師譯云灌臘經,應以文云具飯百味、五菓、汲灌盆器、香油、挺燭等故;三、舊本別錄,又有一師翻云報恩經,約所行之行而立名故。今所釋者,即初譯也。
疏に述べる:この経には全部で三つの訳がある。一つは晋の武帝の時代に、刹法師が翻訳して『盂蘭盆経』といったもの。二つは恵帝の時代に、法矩法師が翻訳して『灌臘経』といったもので、文に「具飯百味、五菓、汲灌盆器、香油、挺燭」などとあるのに基づいている。三つは旧本別録に、また一人の師が翻訳して『報恩経』といったもので、行じられた行いによって名を立てたからである。今ここで解説するのは、すなわち最初の訳である。
【記】初譯。晉武,即西晉第四帝。剎法師,具云竺曇摩羅剎,竺字是姓。下翻法護,言翻云者,謂翻經置題。次譯惠帝,武帝子,即第五帝。法矩字誤,合作炬。(準開元錄,亦法護翻,疏中應誤。)具云般泥洹後灌臘經,灌謂浴佛,臘即夏滿。經明佛滅後二時供養之法,故以為名。經云佛泥洹後,四輩弟子,四月八日、七月十五日灌臘等是也。(疏作汲灌挺燭解者,失校本經。)藏錄又云:古錄皆謂重譯,云與蘭盆經同本異譯者,誤也。今尋文殊異,故為單譯,則知今疏猶循古耳。(孤山循疏釋灌字而言臘者,以七月十六是比丘五分法身生來歲首,則以七月十五為歲除者,非以七月十六方始入臘,八月十六是歲首,十五為歲除耳。學者宜知。)三中,舊本別錄,即古藏錄,開元錄云附東晉錄是也。又失譯主,故但云一師。準經,具云報恩奉盆經,上文通列,今下別指。
【記】これは最初の訳です。晋の武帝、すなわち西晋の第四代の皇帝の時代です。刹法師とは、正式には竺曇摩羅刹といい、竺は姓です。後に法護と訳され、「翻云」と言うのは、経典を翻訳して題名をつけたことを意味します。次の訳は恵帝、武帝の子、すなわち第五代の皇帝の時代です。法矩の字は誤りで、炬とすべきです。(開元録によれば、これも法護の翻訳であり、疏の中では誤りとすべきです。)正式には般泥洹後灌臘経といい、灌は浴仏を意味し、臘は夏の満ちることを意味します。経典は仏の滅後における二つの時期の供養の方法を明らかにしているので、それを名としています。経典には、仏が泥洹に入った後、四輩の弟子たちが、四月八日と七月十五日に灌臘などを行うと述べられています。(疏には汲灌挺燭と解していますが、校本の経典を誤っています。)蔵録にはまた、古録は皆、重訳といい、蘭盆経と同本異訳であるとするのは誤りであると述べています。今、文を尋ねると大いに異なるので、単訳とし、それゆえ今の疏はなお古い説に従っていることがわかります。(孤山は疏で灌の字を釈し、臘というのは、七月十六日が比丘の五分法身が生まれる歳首であり、七月十五日を歳除とするのであり、七月十六日になって初めて臘に入るのではなく、八月十六日が歳首であり、十五日が歳除であるとしています。学者は知るべきです。)三つのうち、旧本の別録、すなわち古蔵録であり、開元録には東晋録に附すとあります。また訳主を失っているので、ただ一師とのみ言います。経典に準じれば、正式には報恩奉盆経といい、上文には通じて列挙し、今、下では別に指しています。
【疏】義淨三藏云:傾自我口,暢之彼心,以教合機,故稱佛說。
【疏】義浄三蔵が言いました。私の口から語り出し、相手の心にすっと届く。教えが相手の機根に合っているので、それを仏の説いた教えと呼ぶのです。
【記】以教對上傾我口,合機對上暢彼心。
教えを説くときは、私の言葉を傾けて語り、相手の機根に合わせて、その人の心をのびのびと開かせる。
【疏】盂蘭是西域之語,此云倒懸盆,乃東夏之音,仍為救器。若隨方俗,應曰救倒懸盆。
盂蘭盆というのは西域の言葉で、こちらでは「逆さ吊りを救う器」という意味です。東アジアの言葉では、救いの器という意味になります。土地の習慣に合わせて言うなら、「逆さ吊りを救う器」と呼ぶべきでしょう。
【記】倒懸者,狀其極苦也。孟子云:當今之時,萬乘之國行仁政,民之悅之,如解倒懸。(孟子之時,諸國多行虐政,民受困苦,故如倒懸。)今用彼語,以譯此名。盆是華言,未見梵語,且依疏釋,餘廣如前。
【記】「倒懸」とは、極限の苦しみを形容したものである。孟子はこう言っている。今の時代、万乗の国が仁政を行えば、民が喜ぶこと、ちょうど逆さ吊りにされた者を解き放たれたかのようである。(孟子の時代、多くの国が虐政を行い、民は困苦にあえいでいた。それゆえ逆さ吊りのような苦しみにたとえたのである。)今、その言葉を用いて、この名称を訳した。「盆」は中国の言葉であり、梵語には見られない。ひとまず疏の解釈に従い、残りは詳しくは前述のとおりである。
【疏】斯由尊者之親,魂沉闇道,載飢且渴,命似倒懸,縱聖子之威靈,無以極其塗炭。佛令盆羅百味,式貢三尊,仰大眾之恩光,救倒懸之窘急。即從此義,以制經名。
尊者の母は、魂が暗い道に沈み、飢えと渇きに苦しみ、その命は逆さに吊るされたかのように危うい状態にありました。たとえ聖なる子の威徳の力であっても、その苦しみを救い尽くすことはできませんでした。そこで仏は、盂蘭盆に百味の供物を捧げて三宝に供養するよう教えられました。大衆の慈悲の光を仰ぎ、逆さ吊りのような切迫した苦しみから救うのです。この教えにちなんで、この経の名が定められました。
【記】載,則也。且,兼也。塗炭,喻其苦迫如泥塗火炭。尚書云:有夏昏德(夏桀為君不明),民墜塗炭(言苦民也)。窘,窮也。
【記】に「載」とは、則ちなり。「且」とは、兼ねるなり。「塗炭」とは、その苦しみの迫ることが泥塗や火炭のようであることをたとえたものである。尚書に云う、夏に昏い徳あり(夏の桀が君として不明であった)、民は塗炭に墜つ(民の苦しみを言うものである)と。「窘」とは、窮まるなり。
【疏】經者,正名為線,義曰契經。線能貫華,經能持緯。謂所詮之義,似緯似華;能詮之文,能持能貫。今順此方典詰,是以目之為經,借義助名,仍加契字。
経とは、もともとの名前は「線」であり、その意味は「契経」といいます。線は花を貫くことができ、経は縦糸を保つことができます。つまり、説かれる意味は横糸や花に似ており、説くところの文はそれを保ち貫くことができるのです。ここではこの土地の言葉の慣例に従い、したがってこれを「経」と呼び、意味を借りて名を助け、さらに「契」の字を加えたのです。
【記】初依西土,翻釋西天風俗。以線貫華,帶於頂上。經即縱經,能持橫緯。今下,次取此方俗。典則訓法訓常,法則尊卑共遵,常乃古今不易。
まず、インドの風習について説明します。インドでは花を糸で貫いて首飾りにします。経は縦糸のように通り、それを保つものが横糸のようです。次に、この地の慣習について見てみましょう。典は「法」とも「常」とも説かれます。法とは身分の高低を問わずともに守るものであり、常とは古今を通じて変わらないものです。
【疏】此釋扶佛地論二義中貫穿之義(如上釋),雜心論五義中結鬘之義也(餘四者,涌泉出生,繩墨顯示)。
この疏は、『仏地論』に説かれる二つの意味のうち「貫穿(つらぬく)」の意味を説明したものであり(前述のとおりに解釈する)、『雑心論』に説かれる五つの意味のうち「結鬘(けつまん)」の意味である(残りの四つは、涌泉・出生・繩墨・顯示である)。
【記】佛地論。貫、攝二義,貫義同此。或可線同貫義,經同攝義,雜心結鬘,即同貫華。註:涌泉取無盡義,出生取生善義,繩墨取楷定義,顯示取明了義。
【記】『仏地論』では、「貫」と「摂」の二つの意味を説き、「貫」の意味はここと同じである。あるいは、線は貫の意味に、経は摂の意味に通じるとも言える。『雑心論』が花輪を結ぶのは、貫華と同じである。註にはこうある。涌泉は尽きることのない意味を取る。出生は善を生み出す意味を取る。繩墨は規範を定める意味を取る。顯示は明らかにする意味を取る。
【疏】次解本文,分三:第一、序分;二、正宗分;三、流通分。以三分之興,彌天高判,冥符西域,今古同遵。
次に本文を解説します。三つに分けます。第一に序分、第二に正宗分、第三に流通分です。この三分の分類は、道安法師が提唱したもので、西域の教えと深く一致し、古今を問わず広く従われています。
【記】初分三分。以下,示本緣。彌天,即東晉道安法師。襄陽習𮢶齒初訪安云:四海習鑿齒。安對曰:彌天釋道安。因是人以彌天為稱。安始以三分判經,後佛地論至果分三分,與彼暗合,故云冥符。
【記】初めに三つの部分に分ける。以下は、この教えが説かれた由来を示す。弥天とは、東晋の道安法師のことである。襄陽の習鑿歯が初めて道安を訪ねて、「四海の習鑿歯」と言った。道安は「弥天の釈道安」と答えた。それゆえ人々は弥天を道安の呼び名とした。道安は初めて経典を三つの部分に分けて理解した。後に『仏地論』が伝わり、果の部分を三つに分ける説が、彼の分け方と暗々裏に一致した。それゆえ「冥符」と言う。
【疏】初、序分中。諸經多有二序:一、證信序,謂如是之法,我從佛聞,標記說處,分明大眾同聞非謬,以為證據,令物信受。經無豐約,非信不階,由是經初必須證信。故智度論云:說時方人生信故。二、發起序,發明生起正宗之法,如淨名、寶蓋、法華、毫光之類。
【疏】まず序分について。多くの経典には二つの序があります。第一に証信序とは、「この法を私は仏から聞いた」と述べ、説かれた場所を示し、大衆が共に聞いたことを明らかにして誤りでないとし、証拠として人々に信じ受け入れさせるものです。経典は長短にかかわらず、信がなければ悟りに進めないため、経の初めには必ず証信を置きます。そこで智度論には「説法の時・場所・人を説いて信を生じさせるため」とあります。第二に発起序とは、正宗分の法を起こし始めるきっかけを明らかにするもので、浄名や宝蓋、法華の毫光などの類です。
【記】初總標。一下,別釋。初證信序。豐約,猶廣略。階,猶入也。智論:問曰:何以不直說般若,而說住王舍城?答:如疏引。方即是處,人即是眾。論中略標三種,餘三亦然。發起中,淨名因五百長者献五百寶蓋,如來合之為一;法華佛放眉間白毫相光,照東方萬八千世界等。
【記】まず全体の要点を示し、次に個別に説明する。初めに「証信序」について。「豊約」とは広いことと略したこと。「階」は入るという意味。
『智論』に問う – なぜ直接般若を説かず、王舎城に住したまうと説くのか。答は疏に引用したとおりである。「方」とはすなわち場所、「人」とはすなわち大衆である。論中では三つの種類を略して示し、残りの三つも同様である。
「発起」の中では、維摩経の場合は五百の長者が五百の宝蓋を献じ、如来がそれらを一つに合わせたことに始まる。法華経では、仏が眉間の白毫から光を放ち、東方一万八千の世界を照らしたことなどである。
【疏】然證信亦云通序,諸經皆同故;亦云經後序,佛說法時未有故。發起亦云別序,諸經各別故;亦云經前序,佛先自發起,方說正宗故。
証信は通序ともいい、どの経典にも共通するからです。また経後序ともいい、仏が説法された時にはまだなかったからです。発起は別序ともいい、経典ごとに異なるからです。また経前序ともいい、仏がまず自ら発起されてから、本題を説かれるからです。
【記】通別前後,名義可解。
前後を分けて説明しますが、その名前と意味は理解できるはずです。
【疏】初、證信者。
はじめに、信を証明するとは。
聞如是:一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。
私はこのように聞きました。あるとき、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられました。
【疏】述曰:則佛臨滅度,阿難請佛令置此言也。所問四事,佛一一答。謂:一、令依四念處住(謂觀身不淨,受是苦,心無常,法無我)。二、以戒為師。三、默擯惡性比丘。四、一切經初皆云:如是我聞,一時佛在某處,與某眾若干人等。
仏が入滅される直前、阿難が仏にこの言葉を置くようにお願いしました。アナンダが尋ねた四つの問いに対して、仏は一つ一つお答えになりました。すなわち、第一に、四念処に従ってとどまること。身は不浄であり、受は苦であり、心は無常であり、法は無我であると観じることです。第二に、戒を師とすること。第三に、悪性の比丘に対しては黙って相手にしないこと。第四に、すべての経の冒頭には必ず「如是我聞、一時仏在某処に、某衆若干人等とともに」と述べることです。
【記】初文。阿難問四事:一、問依何修道,二、問以誰為師,三、問惡性比丘以何擯治,四、問一切經首當安何語。疏引佛答。注中四法,破眾生四倒。由諸眾生謂身為淨,以苦為樂,無常計常,無我計我,故以四法反而破之。一、觀身不淨(頭等六分、四大、五根,假合名身。智慧明見內身五種不淨:一、種子,二、受生,三、住處,四、舉體,五、究竟也),二、觀受是苦(六觸生六受,六受生三受,對違順中庸,生苦、樂、捨。智慧明達三受皆苦),三、觀心無常(六識能生諸識,分別攀緣,謂之為心。智慧了知心從緣生,剎那不住,念念生滅),四、觀法無我(想、行二陰,及餘一切世、出世法。智慧達通諸法無我、我所,畢竟不可得,即得我空)。是中四智為念,見正破倒,即是其處。初、觀色陰,二、觀受陰,三、觀識陰,四、觀想、行二陰,及餘諸法。此乃一切大小聖賢入道初門,佛令依住,當自留心。
【記】最初の文。阿難が四つのことを問うた。一、何に依って道を修めるか、二、誰を師とするか、三、悪性の比丘をどのように処罰するか、四、すべての経典の冒頭にどのような言葉を置くべきか。疏は仏の答えを引いている。注の中の四つの法は、衆生の四つの颠倒した見方を破るものである。すなわち、すべての衆生は身体を清浄なものと考え、苦しみを楽しみとし、無常なるものを常なるものと数え、無我なるものを我と数える。そこで四つの法によって、これに反してそれを破るのである。一、身は不浄であると観想する(頭などの六つの部分、四大、五根が仮に集まったものを身と名づける。智慧によって内なる身体に五種の不浄があることを明らかに見る。一、種子、二、受生、三、住処、四、挙体、五、究竟である)、二、受は苦であると観想する(六つの触れ合いから六つの感受が生じ、六つの感受から三つの感受が生じる。違順中庸に対して、苦・楽・捨の感受を生じるのである。智慧によって三つの感受がみな苦であることを明らかに知る)、三、心は無常であると観想する(六識は諸々の識を生じ、分別し攀縁するものを心と名づける。智慧によって、心は縁から生じ、刹那もとどまらず、念念に生滅することをはっきりと知る)、四、法は無我であると観想する(想と行の二つの蘊、およびその他の一切の世間・出世間の法である。智慧によって、諸法に我も我所もなく、究竟して不可得であることを通達し、すなわち我空を得る)。この中で四つの智慧を念とし、正しい見解をもって颠倒を破るのが、まさにその要点である。初めに色蘊を観想し、二に受蘊を観想し、三に識蘊を観想し、四に想と行の二蘊、およびその他の諸法を観想する。これは実にすべての大小の聖賢が道に入る最初の門であり、仏はそれに依り住するよう命じ、自ら心に留めるべきである。
【疏】諸經多具六種成就,文或闕略,義必具之,謂:一、信,二、聞,三、時,四、主,五、處,六、眾。六、緣不具,教則不興,必須具六,故云成就。今經闕於列眾也。
多くの経典には六つの成就が備わっていますが、文として省略されていても、意味としては必ず備わっています。六つとは、一に信、二に聞、三に時、四に主、五に処、六に衆です。この六つの条件が揃わなければ、教えは広まりません。必ず六つが揃う必要があるので、成就と呼びます。今の経典は、衆の列挙が欠けています。
【記】初文二。初通列六種。通名成就者,由假彼六緣,成此一經故。今下,別點。
【記】最初の文は二つに分かれます。まず六つの種類を一般的に列挙します。すべて「成就」と名づけるのは、それら六つの縁を借りて、この一つの経が成立するからです。次に、個別に指摘します。
【疏】又聞成就為初異餘經者,各是譯人之意,謂或云如是之法我從佛聞,或云我於佛邊聞如是法,皆是指法之辭也。
また、「聞成就」を最初に置くことが他の経典と異なるのは、それぞれ訳した人の意図によるものです。あるいは「このような法を私は仏から聞いた」と言い、あるいは「私は仏のみもとでこのような法を聞いた」と言いますが、いずれも法を指し示す言葉なのです。
【記】初示異。謂下,出譯人意。皆下,會同,指法之辭。法即所集之經。
【記】まず違いを示す。以下の「謂」は訳者の意図を表す。「皆」以下は一致することを示し、法を指す言葉である。法とはすなわち集められた経典のことである。
【疏】又無我者,意彰聖人皆證無我。餘經有者,即阿難自指五蘊假者,不同情計之我,亦無過也。
また「無我」とは、聖人たちがみな無我を悟っていることを示している。他の経典に「我」とあるのは、阿難が自分自身を指して五蘊の仮の存在をいうものであり、一般の人が執着するような我とは異なるので、問題はない。
【記】初釋今無之意。餘下,次通餘有所以。五蘊假者,智論云:凡夫三種我(見、慢、名字),學人二種(思惑未盡,猶有慢我),無學一種(但有名字)。阿難結集時,已證無學,但有名字,故上文云皆證無我(孤山云阿難學人,能伏慢我,云證無我者,非)。
はじめに、ここでいう「無我」の意味を明かす。次に、その他の有(存在)についての理由を説く。
五蘊を仮のものとする点について、『大智度論』にはこうある。凡夫には三種の我があり、それは見と慢と名字である。学人には二種があり、思惑がまだ尽きていないため、なお慢我が残っている。無学には一種だけがあり、ただ名字だけである。
阿難は結集のとき、すでに無学の位を証していたので、ただ名字だけがあった。それゆえ前の文に「みな無我を証した」とある。
孤山は「阿難は学人であり、慢我を伏せることはできても、無我を証したというのは誤りである」と言っている。
【疏】聞,謂耳根發識,聽彼外聲。
聞くとは、耳の感覚器官が意識を生じさせ、外の音を聞き取ることです。
【記】根、境、識三,和合成聞,缺一不成。智論云:耳根不壞(根也),聲在可聞處(境也),作心欲聞即聞也(作心即識)。
耳・音・意識の三つが集まることで「聞く」という働きが生まれ、どれか一つが欠けても聞くことはできません。智論にはこう説かれています。耳の器官が壊れておらず(これが根です)、音が聞こえる場所にあり(これが境です)、聞こうという心が働けば、聞こえるのです(聞こうとする心が識です)。
【疏】次云如是者,信成就也。夫信者,言是事如是;不信者,言是事不如是。故肇公云:信,順之辭。
次に「如是」というのは、信が成就したことを示しています。信とは、この事はこのようであると言うことです。信じないとは、この事はこのようではないと言うことです。ですから肇公はこうおっしゃいました。信とは、従うという意味の言葉である、と。
【記】初標示。夫下,釋相。故下,引證。肇公,即秦時僧肇法師,註淨名經,釋如是文。
【記】最初に宗旨を示す。次に「夫」以下で、意味を詳しく説明する。続いて「故」以下で、証拠を引用する。肇公とは、秦の時代の僧肇法師のことで、『浄名経』の注釈書において、この「如是」という言葉の意味を解説している。
【疏】一時者,師資合會,說聽究竟,總名一時,揀異餘時。謂如來說經,時有無量,不能別舉一言略周,故但云一;諸方時分,延促不定,故言一也。
(疏(注釈))「一時」とは、師と弟子が共に集まり、説くことと聞くことが共に完成した、その全体を「一時」と名づけるのであり、他の時とは異なることを示している。すなわち如来が経を説かれる時は無量にあり、一つ一つを別に挙げて一言でまとめ尽くすことはできない。それゆえただ「一」と言うのである。また諸方の時分は長短が定まらないため、「一」と言うのである。
【記】初通示。一切經文,不問廣略,但取說經始終究竟,皆名一時。揀餘時者,非說他經之時。謂下,別釋,有二:初約說經不一釋,次約方土不定釋。西竺或有國土,一年三時:十二月十六去為春分,四月十六去為夏分,八月十六去為冬分。或立四時,更加秋分,如光明中三月是夏等,同此土也。相傳或立六時(兩月一時):正月十六去漸熱時,三月十六去盛熱時,五月十六去雨時,七月十六去茂時,九月十六去漸寒時,十一月十六去盛寒時。又每一日或立十二時,或十八時。春秋二分,晝夜各九時。夏至晝十二時,夜六時。冬至反之,或三十須臾等。故云延促不定也。
【記】まず全体的な説明を述べる。すべての経文は、長い短いを問わず、経を説き始めてから終わりまでの全体を取って、みな「一時」と名づける。他の時を除くというのは、他の経を説いた時ではないからである。次に下は別々の解釈で、二つある。まず経を説く時が一定でないことについての解釈、次に国土によって一定でないことについての解釈である。インドには、ある国土では一年を三時に分ける。十二月十六日からを春分、四月十六日からを夏分、八月十六日からを冬分とする。あるいは四時を立てて、さらに秋分を加える。『光明経』の中に「三月は夏である」などというのは、この国と同じである。伝えられるところでは、あるいは六時を立てる(二か月を一時とする)。正月十六日からを漸熱時、三月十六日からを盛熱時、五月十六日からを雨時、七月十六日からを茂時、九月十六日からを漸寒時、十一月十六日からを盛寒時とする。また、一日ごとに十二時を立て、あるいは十八時を立てることもある。春秋の二分には、昼と夜がそれぞれ九時。夏至には昼が十二時、夜が六時。冬至にはその反対である。あるいは三十須臾などとする。それゆえ「延促不定」(長くなったり短くなったりして一定しない)と言うのである。
【疏】然諸經皆不指定時,而必指定處者(有說展轉招難,故不用之)。
【疏】しかし、さまざまな経典はみな時を特定していないのに、必ず場所を特定しているのは、(ある説では、あれこれと難点を招くため、用いないのである)。
【記】舉處徵時,欲申教意。註中標示他解,但未盡理,故云招難。示今刪去,故云不用。(孤山強作展轉難詞,甚失文意。然彼文已亡,不須憶度。)
【記】師の説法の場所と時を挙げて、教えの趣旨を述べようとしている。註の中で他の解釈を示しているが、道理を尽くしていないので、難問を招くという。今はこれを削除することを示して、用いないという。(孤山は無理に展転の難詞を作り、文意を大きく失っている。しかしその文はすでに失われているので、推し量る必要はない。)
【疏】今詳其意,以處則不過十六國中遊化住止之處,而有其數,易為標指;時則年月、春秋、寒熱、晝夜、寅卯、須臾等時,變易迅速,積數無量,不可說錄,難為標指故也。
【疏】ここでその意味を詳しく見ると、場所については十六国の中で游化し住まった場所に過ぎず、その数は限られていて示しやすい。しかし時間については、年月・春秋・寒熱・昼夜・寅卯・須臾などの時間は、移り変わりが速く、その数を積み上げれば無量であり、記録することも語ることもできず、示すことが難しいからである。
【記】初示處定。十六國出長阿含:一、央伽,二、摩竭提,三、迦尸,四、拘薩羅,五、䟦祗,六、末羅,七、支提,八、䟦沙,九、尼樓,十、盤闍羅,十一、阿濕波,十二、婆蹉,十三、蘇羅,十四、乾陀羅,十五、劍浮沙,十六、阿盤提。遊化是國土,住止即伽藍。時下,次明時不定。寒熱即冬夏。
【記】まず「処定」を示す。十六の国は『長阿含経』に出ている。第一は央伽、第二は摩竭提、第三は迦尸、第四は拘薩羅、第五は䟦祗、第六は末羅、第七は支提、第八は䟦沙、第九は尼楼、第十は盤闍羅、第十一は阿湿波、第十二は婆蹉、第十三は蘇羅、第十四は乾陀羅、第十五は剣浮沙、第十六は阿盤提である。遊化とは国々を巡り歩くことであり、住止とはすなわち寺院である。「時下」の次に、「時不定」を明かす。寒熱とはすなわち冬と夏である。
【疏】佛者,梵云佛陀,此云覺者,謂覺了真妄性相之者。覺有三義:一、自覺我空,揀異凡夫;二、覺佗法空,揀異二乘;三、覺滿俱空,合於本覺,名究竟覺,或名大覺、妙覺,揀異菩薩。
仏とは、サンスクリット語で「ブッダ」といい、ここでは「覚者」と訳します。真実と虚妄、本性と現象を悟った者という意味です。覚には三つの意味があります。第一に、自ら我が空であることを覚り、凡夫とは異なります。第二に、他者の法が空であることを覚り、二乗とは異なります。第三に、覚りが円満で全てが空であることを覚り、本覚と合一したこれを究竟覚といい、あるいは大覚、妙覚とも名づけ、菩薩とは異なります。
【記】初翻名。謂下,釋義真妄。真即所證涅槃,妄即所除惑業。性相者,謂了性如實,了相如幻。此之四字,須約大小教門以釋,不可籠通。凡夫都不覺,二乘不覺法空,菩薩未能究竟,故並為所揀。覺滿非菩薩,俱空非二乘。眾生本性名本覺,從迷獲悟名始覺。萬行熏修,究竟果滿,即合本覺。言究竟對菩薩,大則對二乘,妙則對三乘。
【記】まず名を翻(やく)す。次に、真と妄の義を解く。真とはすなわち証せられる涅槃であり、妄とはすなわち除かれる惑業である。性相とは、性は如実なることを了(さと)り、相は如幻なることを了るという意味である。この四字は、必ず大乗・小乗の教えに基づいて解釈すべきであり、大まかに一括して通ずることはできない。凡夫はまったく覚らず、二乗は法空を覚らず、菩薩はなお究竟することができない。ゆえにこれらはみな除かれるものである。覚が満ちているのは菩薩ではなく、空をともにしているのは二乗ではない。衆生の本性を本覚と名づけ、迷いから悟りを得ることを始覚と名づける。万行の熏修により、究竟の果が満ちれば、すなわち本覚に合する。究竟とは菩薩に対する語であり、大とは二乗に対する語であり、妙とは三乗に対する語である。
【疏】在舍衛等者,處成就也。真諦記云:住處有二:一、境界處(遊歷之境),為化在俗之流;二、依止處,為統出家之眾。初即舍衛,後即祇園。又婆沙論云:舉舍衡令遠人知(國是總也),舉祇園令近人知(園是別也)。
【疏】「在舎衛等」とは、場所が整ったことを示しています。真諦の記録によれば、住む場所には二つあります。第一は境界の場所(遊び歩く地域)で、在家の人々を教化するためのものです。第二は依止の場所で、出家の僧団を統括するためのものです。初めが舎衛国、後に祇園精舎です。また『婆沙論』にはこうあります。舎衛を挙げて遠くの人に知らせ(国は全体を指す)、祇園を挙げて近くの人に知らせる(園は個別を指す)、と。
【記】初文,真諦記中。初引示。境界是國土,依止即寺舍。婆沙:令遠人知,揀他國故;令近人知,揀別寺故。
【記】最初の文は、真諦の記録の中にある。初めに引用して示す。境界とは国土のことであり、依止とは寺院のことである。婆沙によれば、遠くの人に知らせて他国と区別するためであり、近くの人に知らせて他の寺と区別するためである。
【疏】舍衛,此云聞物,謂具足欲塵財寶之物,多聞解脫之人,遠聞諸國故也。義淨三藏譯金剛經云名稱大城。
(疏の解説です。)舎衛とは、ここでは「聞物」と訳され、欲望の対象となるものや財宝が満ちあふれ、多くを聞き学んで解脱した人々がおり、その名声が遠く諸国にまで届いていたことを意味する。義浄三蔵が訳した『金剛経』では、「名称大城」と訳されている。
【記】初翻名,次引證。聞物,言本國之美。名稱,謂他國所稱。
はじめに名前を訳し、次に証拠を引く。聞物とは、自国の美称である。名称とは、他国からの呼び名である。
【疏】祇樹等者,即祇陀太子所施之樹,給孤長者所買之園。
祇樹とは、祇陀太子が施した樹であり、給孤長者が買い求めた園です。
【疏】祇陀,此云戰勝,波斯匿王太子也。生時王與外國戰勝,因以為名。給孤獨者,是臣之號,本名須達多,此云善施。謂給孤(孤者,少而無父也)給獨(獨者,老而無子也),即是善施,又常行施,故名善施。鄉人美之,號給孤獨。
祇陀とは、こちらでは戦勝といい、波斯匿王の太子です。生まれた時に王が外国との戦いに勝ったので、その名をつけました。給孤独とは、家臣の称号で、もとの名は須達多といい、こちらでは善施といいます。孤独な者に施しを与えるという意味で、孤とは、幼くして父のない者をいいます。独とは、老いて子のない者をいいます。すなわち善施であり、また常に施しを行っていたので、善施と名づけられました。村里の人々がこれをほめたたえて、給孤独と号したのです。
【記】列名為二:初太子,名波斯匿,此翻和悅;次長者,名翻釋,可解。
名前を二つ挙げます。まず太子は波斯匿といい、これは「和悦」と訳されます。次に長者は、訳すと理解できるでしょう。
【疏】然園是須達所買,樹是祇陀所施,園總樹別,先合標園。今以禮別尊卑,故樹先園後。
祇園精舎は、園は須達長者が買い取ったもので、樹は祇陀太子が施したものです。園は全体を指し、樹は個別を指すので、本来は園を先に示すべきですが、ここでは礼として尊卑を区別するため、樹を先にし園を後にしています。
【記】約總別則宜先園後樹,據君臣則先樹後園。禮別尊卑,語出曲禮。
【記】全体と個別の関係でいえば、まず園について述べ、後に樹について述べるのがよい。君臣の関係にたとえれば、まず樹について述べ、後に園について述べることになる。礼は尊卑を区別するものであり、この言葉は『曲礼』に出ている。
【疏】西國呼寺為僧伽藍,此云眾園。以佛教東流,初至中國,止鴻臚寺,賓異域僧,僧既漸多,散置別舘,存其本號,皆曰寺焉。
インドではお寺のことを「僧伽藍」と呼び、これは「多くの人が集まる園」という意味です。仏教が東へ伝わり、最初に中国へ来たとき、僧たちは鴻臚寺に滞在し、外国から来た僧をもてなしていました。やがて僧の数が増えると、それぞれ別の館に分かれて住むようになりましたが、もとの呼び名をそのまま残して、どこも「寺」と呼ぶようになったのです。
【記】初示西土。以下,次示此方。寺即國家司存之名。鴻臚寺本禮四夷遠國之舍,騰蘭初至,即止其中,因以為名。
はじめにインドのことを示し、次にこの中国のことを示す。寺とは国家が管理する役所の名称である。鴻臚寺はもともと四方の遠い国からの使者をもてなすための施設で、迦葉摩騰と竺法蘭が最初に中国へ来たとき、この中に滞在したので、それから寺という名がついた。
【疏】其買園施樹者,涅槃經說:須達長者為兒娉婦,詣王舍城,因見佛發心,請入舍衛說法。佛令舍利弗隨歸,先揀住處,揀得祇陀太子之園。長者問買,太子戲云:側布黃金滿,即賣之。長者便欲交付,太子云:是戲言,共請斷事之人。被斷,令依先語。長者載金側布,唯餘一隅。太子見其不惜財寶,知佛殊勝,遂施所餘之地,置立門屋,施園中樹,以為林蔭。二人共成精舍,請佛居之。故云祇樹等也。
【疏】園を買い樹を施した者について、涅槃経にはこう説かれている。須達長者が息子の嫁を迎えるために王舎城を訪れ、そこで仏に会って発心し、舎衛国に来て説法してほしいと請うた。仏は舎利弗を共に帰らせ、まず住む場所を選ばせたところ、祇陀太子の園が見つかった。長者が買いたいと尋ねると、太子は戯れに「敷地に黄金を並べて満たしたら売ってやろう」と言った。長者はすぐに引き渡そうとしたが、太子は「あれは冗談だ」と言い、裁き人に判断を求めた。裁きの結果、先の言葉どおりにせよと命じられた。長者は黄金を載せて敷地に並べ、残るのは一角だけであった。太子は長者が財宝を惜しまないのを見て、仏の殊勝さを知り、残りの土地を施し、門屋を建て、園中の樹を施して林の木陰とした。二人が共に精舎を成し遂げ、仏に請うてそこに住まわせた。ゆえに「祇樹」などというのである。
【記】初、買園緣。初、須達虔請。娉,娶也。此時佛在王舍城,往彼因見。佛下,二、遣人擇處。長下,三、布金買園。共請斷事者,彼方俗法,令依先語。太子君上理無戲言,故太子見。其下,次、施樹緣。二人下,總結,可知。
初めに、園を買ういきさつ。まず、須達が真心を込めて請い願った。「娉」とは、娶ることである。この時、仏は王舎城におられ、そこへ行って会った。仏がおられることを知り、次に、人を遣わして場所を選ばせた。長者が次に、金を敷き詰めて園を買った。ともに裁判役に請うたが、その土地の習わしでは、先の言葉に従わせる。太子は君主として理として戯れの言葉はないので、太子は承諾した。その次に、樹を施すいきさつ。二人は次に、総まとめとして、理解できるであろう。
【疏】闕眾成就者,但文略也,如無常經等。然有其時,必具徒眾,故經末云:四輩弟子,歡喜奉行。
【疏】「衆成就」が欠けているのは、ただ文が省略されているだけである。『無常経』などの例のように。しかし「時あり」とある以上、必ず弟子たちもいたはずである。だから経の終わりに「四輩の弟子たちは、歓喜して奉行した」とある。
【記】初示文略。無常經亦名三啟經,亦不列眾,餘應更有,故云等也。然下,明義具。師資說聽,故名一時,則知有時,其必有眾。仍引末文,可驗前略。
【記】初示文略。無常経は三啓経ともいい、また衆を列ねず、余は更にあるべきゆえ、等という。しかるに下に、義の具なるを明かす。師資の説聴、ゆえに一時と名づく。すなわち時あることを知る。その必ず衆あるべし。なお末文を引けば、前に略せるを験すべし。
【疏】二、發起者。此經既以孝順拔苦為宗,故託救母之緣而為發起。文分為六:第一、知道已證,第二、知恩欲酬,第三、攀慕徧尋,第四、得見所在,第五、慟哭往救,第六、惡習現前。
【疏】二、発起について。この経は孝順によって苦しみを救うことを宗としているので、母を救うという縁に託して発起とした。文は六つに分かれる。第一は、道を得たことを知ったこと。第二は、恩を知りて報いんと欲したこと。第三は、慕い求めて遍く尋ねたこと。第四は、在る所を見出すを得たこと。第五は、慟哭して救いに向かったこと。第六は、悪しき習いが現前したこと。
【記】初、敘意,二、分文。
【記】まず意味を説明し、次に文を分ける。
【疏】今初。
【疏】では、まず最初に。
大目犍連始得六通。
目犍連はついに六つの神通力を得ました。
【疏】述曰:此人姓大目犍連,唐言采菽氏。彼國上古有仙,常食菉豆,尊者是彼種族故也。名尼拘律陀,即樹名也。尊者二親,因祭此樹神而生尊者,故名此也。是王舍城中輔相之子,時人貴其種,所以稱其氏也。
述べて曰く、この方は姓を大目犍連といい、唐の言葉では「采菽氏」と言う。かの国には上古に仙人があり、常に緑豆を食べていた。尊者はその種族の出身であるからである。名を尼拘律陀といい、これは木の名である。尊者は両親がこの木の神を祭ったことで生まれたので、その名がつけられた。王舎城の大臣の子であり、当時の人々がその家柄を尊んだため、その氏族名で呼ばれたのである。
【記】若據姓氏,本無大字,以同名者多,故加標簡。餘處或加摩訶者,即翻大也。尼拘律陀,此翻楊柳。
【記】名字について言えば、もともと「大」の字はなかったが、同じ名前の人が多いため、区別するために「大」を付け加えた。他の箇所で「摩訶」が付く場合は、「大」と訳す。尼拘律陀は、ここでは柳と訳す。
【疏】始得六通者。
<span class="footnote">この注釈では、「まず六つの神通を得た」と述べています。</span>
【疏】始即是初。初得聖道,便度二親者,本因親而修道故也。道雖無異,本願各殊,故諸聖者不必皆爾。
はじめとは、すなわち最初のことです。最初に聖なる道を得たとき、すぐに両親を救うのは、もともと親のおかげで道を修めたからです。道そのものに違いはありませんが、もとの願いはそれぞれ異なるため、すべての聖者が必ずしもこうするとは限りません。
【記】初示目連本因。道下,明諸聖各異。道無異者,斷證同故。本願殊者,發心不一故。
目連の根本の因縁を初めて示す。道については、聖なる者たちがそれぞれ異なることを明かす。道に異なりはない、断じ証する悟りが同じだからである。本来の願いが異なるのは、発心が一つではないからである。
【疏】六通者:一、神境通,知證神境故;亦名如意通,身如其意,欲往即到故;二、天眼通;三、天耳通,謂能見能聞,若近若遠,障內障外,色聲等故;四、宿命通,能知宿世本生本事故;五、佗心通,謂於定散,漏、無漏心一切能知故;六、漏盡通,謂身中漏盡而能知故。六皆無壅,故總名通。
【疏】六通とは、次の六つです。一、神境通。神境を知り証するからです。如意通とも呼ばれ、身が思いのままになり、行きたい所へすぐに到るからです。二、天眼通。三、天耳通。よく見、よく聞くことができ、近くても遠くても、障りの内でも外でも、色や声などを知るからです。四、宿命通。過去世の本生や本事を知ることができるからです。五、佗心通。定散の心、漏と無漏の心を、すべて知ることができるからです。六、漏尽通。身中の漏が尽きて、しかも知ることができるからです。六つとも妨げがありませんから、総じて通と名づけます。
【記】神境,亦名如意。此攝二種:一、能轉變自身佗身世間所有,隨心自在,即神境也。於深禪中發智證得,故云智證。二、能飛行速到,山障無礙,即如意也。天眼、天耳,謂於定中發得色界四大清淨造色,住眼耳根中,即能見聞六道眾生,及一切世間形色音聲,近遠對聲,障內外對色。宿命者,謂於定中發智,能知自佗過去一世、二世、百千萬世,乃至八萬大劫宿命(即本生也),及所行之事(即本事也)。佗心者,謂定中發智,能知六道眾生心種種緣念事,即定散等。定散攝三界漏、無漏,總世、出世。漏盡者,謂於定中發無漏真智,斷盡三界漏結,即身中漏盡也。六皆聖人修得,前五亦通業報得。
【記】神境は、またの名を如意といいます。これには二つの種類があります。一つは、自分や他人の身体、さらには世間のすべてのものを、心のままに自在に変えることができる力です。これが神境です。深い禅定の中で智慧を発して証得するので、智証といいます。二つは、飛行して速やかに目的地に到着し、山などの障害にも妨げられない力です。これが如意です。天眼と天耳とは、禅定の中で色界の四大によって造られた清浄な色を発得し、それが眼根と耳根にとどまることで、六道のすべての衆生や、あらゆる世間の形や色、音声を見聞きできることをいいます。近くのものも遠くのものも、その声に対して聞こえ、内外の障りを超えて、その色に対して見ることができます。宿命とは、禅定の中で智慧を発し、自分や他人の過去の一世、二世、百千万世、さらには八万大劫にわたる宿命(すなわち本生です)と、そこで行った事柄(すなわち本事です)を知ることができることをいいます。他心とは、禅定の中で智慧を発し、六道の衆生の心にあるさまざまな思いや出来事、すなわち定や散などを知ることができることをいいます。定と散は三界の漏と無漏を包み、世間と出世間をすべて含みます。漏尽とは、禅定の中で無漏の真実の智慧を発し、三界の煩悩の結びをすべて断ち尽くすこと、すなわち自身の中の漏が尽きることをいいます。六つの神通はすべて聖人が修行して得るものですが、前の五つは業報によって得ることもあります。
【疏】第二,知恩欲酬。
【疏】第二に、恩を知りて報いんと欲す。
欲度父母,報乳哺之恩。
親の育ての恩に報い、親を悟りの世界へ導きたいと願うのです。
【疏】述曰:度謂度脫。然報恩兩字,但是通標虗位,度脫正是其報。乳謂母乳,哺是嚼哺(乳哺如齊食,是恩之實事;度脫如扶輪,是報之實事)。
疏に述べる。度とは度脱である。しかし報恩の二字は、ただ広く地位を示すのみで、度脱こそがまさにその報いである。乳とは母の乳であり、哺とは噛んで与えることである。(乳を与えて育てるのは食事を与えるようなもので、恩の実際の行いである。度脱は車輪を支えるようなもので、報いの実際の行いである。)
【記】初釋上句。然下報恩二字,未見定實,故云通標虗位。欲顯度字是的,指報恩之實耳。乳下,次釋。
【記】まず上の句を釈する。しかし下の「報恩」という二文字は、まだ定まった意味が明らかでないため、「通標虚位」というのである。「度」という字が的確に報恩の実を指すことを示したいだけである。「乳」の下は、次に釈する。
下句註中舉事類顯,如前已引。
下の句の註の中で、事柄の類いを挙げて明らかにしている。前にもすでに引用したとおりである。
【疏】然父母有遠近,恩有輕重,報有分全。
しかし、父母には遠い近いの違いがあり、恩には軽い重いの差があり、報いるにも一部か全部かという区別があります。
【記】通標,可解。
【記】通標として、理解できます。
【疏】遠者,七世乃至多世;近者,即生此身。
遠いというのは、七代前からさらに多くの代を指し、近いというのは、今生のこの身を指します。
【記】初文。且一往麤分,若以七世展轉相望,乃至多世,一一皆有遠近。
【記】まず初めの部分について。また大まかに分ければ、七世を順にたどって見ていくと、さらに多くの世にわたっても、その一つ一つに遠近の違いがあるのです。
【疏】七世者,外教所宗人,以形質為本,傳體相續,以父母已上為七世,故偏尊於父。佛教所宗人,以靈識為本,四大形質為靈識所依,世世生生,皆是父母。生養此身已去,乃至七生,所生父母為七世。寄託之處,唯在母胎,生來乳哺懷抱,亦皆是母,故偏重母。是以經中但云乳哺之恩也。
【疏】七世というのは、世間の教えで重んじられている人は、肉体を根本として、その体が受け継がれて続いていくと考え、父母から上に七代を七世とするので、父を特に敬います。仏教で重んじられている人は、霊的な意識を根本として、四大からなる肉体は霊識のよりどころであり、生まれ変わるたびにすべて父母がいます。この身を生み育ててから、七度生まれ変わるまでの、生んでくれた父母を七世といいます。宿る場所はただ母の胎内にあり、生まれてから乳をもらい抱かれ育てられるのも、みな母によるものです。それゆえ経の中ではただ乳哺の恩とだけ説かれているのです。
【記】初儒教尚形,不知靈識故;父祖為七世,不知三世故。次明佛教,反上二義,尋文可知。
【記】もともと儒教は目に見える形を重んじ、霊的な識を知らなかった。父祖を七世とすることも、三世を知らなかったからである。次に仏教を明かすが、上の二つの意味を覆すものであり、文をたどれば理解できる。
【疏】乃至多世者,於中偏取歸依佛已來所生身之父母,以能生我修道之器,故諸佛成道之時,多生父母皆相會遇,聞法獲益。
【疏】ここで「多世」とは、特に帰依仏以来、私に生を与えた父母を指します。この身は修道の器を生み出すことができるためです。それゆえ諸仏が成道される時、多くの生における父母は皆、集まり会い、法を聞いて利益を得るのです。
【記】未歸三寶,雖有劬勞,未為至重,故取歸佛以為分齊。若准梵網,一切眾生皆我父母,則其多世通於無始也。
三宝に帰依していないうちは、どれほど苦労してきたとしても、それは最も重要なことではない。だから、仏に帰依することをもって一つの区切りとする。もし『梵網経』に準じるならば、すべての衆生はみな私の父母であり、そうなるとその無数の前世は、始まりのない過去にまで通じることになる。
【疏】恩輕重者,此生父母最重,餘漸輕也。
恩の軽重について言えば、この世で生んでくれた父母への恩が最も重く、その他の恩はしだいに軽くなっていきます。
【記】前生已上,轉轉相遠,七世至於多世,展轉相望,故云漸輕。
前世のことはもう過ぎ去って、代を重ねるごとにどんどん遠くなっていきます。七世、さらには多くの世を経て互いに遠く離れていくので、「しだいに軽くなる」と言うのです。
【疏】報有分全者,侍養一生為分,度脫多生為全。
【疏】報いには部分と全体とがあります。一生のあいだお仕えして養うのが「分」であり、多くの生を救い度すのが「全」です。
【記】侍養一生通二教,度脫多生局佛教。
一生を通じて二つの教えを広め、多くの生あるものを救うことは仏教に限られている。
【疏】經云:左肩擔父,右肩擔母,徧行大地,亦不能報恩。故知此生所報,設同孟宗董黯董永之類,亦為分也。今經云欲度者,明其全也。若總不報,便是不孝罪人,況加逆事!
経典にはこう説かれています。「左肩に父を担ぎ、右肩に母を担いで、大地を遍く歩き回っても、その恩に報いることはできない」と。ですから、この一生で行う報恩が、たとえ孟宗や董黯、董永のような行いであっても、それはほんの一部にすぎないことがわかります。今の経典に「救おうと願う」とあるのは、報恩の全体を示しているのです。もしまったく報いないならば、それは不孝の罪人であり、ましてや逆らう行いなど、なおさらです。
【記】初明分報。俗以左為上,故父在左;右為下,故母在右(有云:寫訛。西土以東為尊,左北右南。北方是陰,故母左;南方是陽,故父右。然徧行大地,豈專東向耶?依經為正)。此蓋經家特舉勞苦以彰難報,未必擔也。孟宗等事,並如前引。今下,次明全報。
【記】まず個々の報いを明かす。世間では左を上とするので父は左に、右を下とするので母は右にいる(あるいは書き誤りだともいう。西方では東を尊び、左は北、右は南である。北は陰なので母が左、南は陽なので父が右となる。しかしすべての大地を巡るのに、どうして東だけに向くことがあろうか。経に従うのが正しい)。これは経の作者が特に労苦を挙げて報いが難しいことを示したもので、必ずしも担ぐことを言ったのではない。孟宗などの話は、すでに前に引いたとおりである。次に、すべての報いを明かす。
【疏】且汎論一切人恩。華嚴經云:不知恩者,多遭橫死。觀佛相海經云:是阿鼻因。諸恩尚然,況於父母之恩,無可校量!
【疏】まず一般的に、すべての人に対する恩について述べれば、華厳経には「恩を知らない者は、多くが横死する」と説かれています。観仏相海経には「これは阿鼻地獄に堕ちる原因である」と説かれています。他の人々への恩ですらこうなのですから、ましてや父母の恩は、比較することもできないほど大きなものです。
【記】華嚴示現報。觀佛相海,明生報橫死,謂不能盡壽,夭殤而死。
【記】華厳経は報いを現すことを示す。仏の相海を観るとは、生まれながらの報いによって横死することを明らかにする。すなわち、寿命を全うできず、若くして死ぬことをいう。
【疏】故詩云:(第十三,周幽王好征伐,民人勞苦,孝子不得終養耳。)蓼蓼者莪,匪莪伊蒿。哀哀父母,生我劬勞。乃至無父何怙?無母何恃?出則䘖恤,入則靡至。父兮生我,母兮鞠我拊我,長我育我,顧我復我,出入腹我。欲報之德,昊天罔極!
そこで詩にこうあります。「蓼蓼たる者は莪、莪に匪ず伊れ蒿。哀哀たる父母、我を生みて劬労す。乃至ち父無くんば何にか怙らん、母無くんば何にか恃まん。出でては則ち恤を䘖み、入りては則ち至る靡し。父よ我を生み、母よ我を鞠み我を拊み、我を長じ我を育し、我を顧み我を復み、出入に我を腹にす。之の徳に報いんと欲すれば、昊天罔極なり」と。
【記】註第十三卷(幽王又是第十三主)。詩有六章,四章章四句(前二章後二章),二章章八句(中間二章)。第一章四句(如疏引)。蓼蓼,長大貌。莪,字書云:草名,似斜蒿。匪,非也。伊,是也。莪已長大,視之反謂之蒿。喻在憂思,心不精別其物。哀哀者,恨不得終養,報其生己之苦。第二章四句(疏中不引)。蓼蓼者莪,匪莪伊蔚(蔚,音尉。爾雅云:蒿[藪-婁+((即-ㄗ)-日+口)]。注云:青蒿,謂有子者。蔚,牡[藪-婁+((即-ㄗ)-日+口)]。注云:即無子者。[藪-婁+((即-ㄗ)-日+口)],去刃反)。哀哀父母,生我勞瘁(瘁,病也)。第三章八句(疏引後四句,故云乃至)。瓶之罄矣,維壘之耻(瓶小而盡,壘大而盈,故為壘耻。刺王不使貧富圴也。)鮮民之生,不知死之久矣。(鮮,寡也。生不如死,恨之深矣。)即接疏中無父下四句。怙,恃,並依賴也。出門則思而憂,故云䘖恤。(銜,含。恤,憂。)入門未見,則心無所詣,故云靡至。(靡,無。)第四章,八句。(如疏備引。)父生我者,本其氣也。鞠,養也。拊,拍也。畜,藏也。長,謂長大。育,謂覆育。顧,回視也。復,反覆也。腹,懷抱也。之,猶是也。罔,無也。第五章,四句。南山烈烈,(民人苦役,視南山烈烈然,言其高峻難至也。)飄風發發。(發發,疾貌。言寒且疾。飄,音瓢,疾風也。)民莫不糓,(糓,養也。言他皆得養其親。)我獨何害?(我獨何故覩此寒苦之寒。害,音曷。)第六章,四句。南山律律,(同上烈烈。)飄風弗弗。(同上發發。)民莫不糓,我獨不卒?(卒,終也。言我獨不得終養父母。)舊記誤云:前四章,章四句;後二章,章八句。故具引正之,想無惑矣。
【記】註第十三卷について、幽王はまた第十三番目の主である。詩には六章あり、四章はそれぞれ四句ずつ、二章はそれぞれ八句ずつである。第一章の四句。蓼蓼とは、長く大きくなるさま。莪とは、字書にいうには、草の名で、斜蒿に似ている。匪とは、非なり。伊とは、是なり。莪がすでに長く大きくなっているのを、見るのに反してこれを蒿という。憂い思いの中にあって、心がその物を詳しく見分けないことをたとえている。哀哀とは、終(つい)に養うことを得ずして、自分を生んだ苦労に報いることができないのを恨むことである。第二章の四句。蓼蓼たる者莪、莪に匪ずして伊れ蔚。哀哀たる父母、我を生むこと労瘁。第三章の八句。瓶の罄(つ)きぬ、維れ壘の耻。鮮民の生、死の久しきを知らず。すなわち疏の中の無父以下の四句に接する。怙、恃は、ともに依頼である。門を出ずれば則ち思いて憂う、故に銜恤という。門に入りて未だ見ざれば、則ち心に詣(いた)る所なし、故に靡至という。第四章、八句。父は我を生む者、その気を本とする。鞠は、養なり。拊は、拍なり。畜は、蔵なり。長は、長大をいう。育は、覆育をいう。顧は、回視なり。復は、反覆なり。腹は、懐抱なり。之は、猶お是のごとし。罔は、無なり。第五章、四句。南山烈烈、飄風発発。民として糓(やしな)わざるは莫し、我独り何ぞ害(そこな)わん。第六章、四句。南山律律、飄風弗弗。民として糓わざるは莫し、我独り卒(お)えず。旧記に誤って云う、前四章は章ごとに四句、後二章は章ごとに八句と。故に具(つぶさ)に引きて正しきを示す、惑い無からんことを想う。
【疏】故三藏云:父母義高天地,恩深巨海。是以係仰顧腹之恩,思答劬勞之德。
三蔵がこう言っています。「父母の恩は天地よりも高く、その慈しみは大海よりも深い。だからこそ、私たちは育ててくれた親の恩をいつも仰ぎ、その苦労に報いたいと思うのです。」
【記】係,猶繫也。顧腹,見前詩中。
【記】つなぐとは、結びつけるという意味である。腹を顧みることは、前の詩に見えている。
【疏】父母恩重云:父母懷抱,和和弄聲,含笑未語。飢時須食,非母不哺;渴時須飲,非母不乳(云云)。十指甲中,食子不淨(云云)。計論母恩,昊天罔極。嗚呼慈母!云何可報(云云)?至於行來東西鄰里,井竈碓磨,不時還家,母忽心驚,兩乳流出,即知我兒家中憶我,即便還家(反如嚙指心痛)。
父母の恩は重いと言われます。父母は子どもを抱き、やさしくなだめ、ほほえみかけて、まだ言葉も話さないのに、その声になごみます。お腹がすけば食べさせ、母でなければ乳を与えず、喉が渇けば飲ませ、母でなければ乳を飲ませません(云々)。十本の指の爪の間には、子どもの食事の汚れが残ります(云々)。母の恩を数え上げれば、大空のように果てしがありません。ああ、慈しみ深い母よ。どうしてその恩に報いることができるでしょう(云々)。外に出て、あちこちの隣近所や井戸、かまど、臼、石臼に行き、家に帰るのが遅くなると、母はふと胸が騒ぎ、両方の乳房から乳が流れ出て、わが子が家で自分を恋しがっていると知り、すぐに家に帰ります(ちょうど指を噛まれて心が痛むように)。
【記】從初至不淨,敘恩深。和和,學語之聲。指甲受穢,食之不惡。計下,歎難報。至於下,乃至後段莫復過是來,並彰愛重。此敘寒賤之家,為人傭作,故云井竈等。不時,謂不及時。註中即曾子出外,人傳曾參殺人,母嚙指念之,參即心痛,此即母感於子。經中子感於母,復云反如。
【記】最初から不浄に至るまで、恩の深さを述べる。「和和」とは、言葉を覚えたての声のこと。爪の間に汚れを受けても、それを食べても嫌がらない。以下のことを考えれば、報いるのは難しいと嘆かれる。後の段に至るまで、これ以上はないというほどに、皆、愛情の重さを表している。これは寒賤の家が、人のために雇われて働くことを述べたもので、だから井戸や竈などと言う。「不時」とは、時機に及ばないということ。註にあるのは、曾子が外出したとき、人が曾参が人を殺したと伝え、母が指を噛んで彼を思うと、参はすぐに心が痛んだということで、これは母が子に感応したのである。経の中では子が母に感応し、また「反如」と説かれている。
【疏】問:詳此經文淺朴,偏誡貧賤之流,何也?答:君子自孝,故偏誡小人。又,君子有簞瓢之貧,何妨碓磨等事!偏敘艱勤之語,始彰鞠養之勞耳。
【疏】問い:この経文は浅く素朴で、貧しく賤しい人々だけを特に戒めているように見えるのはなぜでしょうか。答え:君子は自ら孝を行うので、あえて小人を特に戒めるのです。また、君子にも一椀の飯と一瓢の水ほどの貧しさはありますから、碓や臼で挽くような仕事があっても何の妨げがありましょうか。苦労や勤勉の言葉を特に述べているのは、育てる苦労をはっきりと示すためなのです。
【記】問詞。淺朴二字,宜乎刪之。由是佛言,深所不便。答中。初約小人答。又下,次通君子答。君子小人,約行分異,不取貧富。簟瓢,即顏子論語云:子曰:賢哉回也!一簞食,一瓢飲(以竹盛飯,用瓢貯水),在陋巷,人不堪其憂,回也不改其樂(他人不能堪其憂,而回自樂)。賢哉回也!
【記】問いの言葉。「浅朴」の二字は、削除するのが適切です。そこで仏が説かれたことは、深く都合が悪い。答えの中では、初めに小人について答え、次に君子について通じて答えています。君子と小人は、行いによって区別され、貧富によって区別するのではありません。簞瓢とは、すなわち顔子のことです。論語に云います:子曰く、賢なるかな回や!一簞の食、一瓢の飲み(竹で飯を盛り、瓢で水を貯える)、陋巷に在り、人は其の憂に堪えず、回や其の楽しみを改めず(他の人はその憂いに耐えられないが、回は自ら楽しんだ)。賢なるかな回や!
【疏】又云:其兒遙見母來,或在闌車搖頭弄腦,或復曳腹隨行,嗚呼向母。母為其子曲身下就,長舒兩手,靡拂塵土,鳴和其口,開懷出乳,用以與之。母見兒歡,兒見母喜,二情相交,恩愛慈重,莫復過是(云云)。既至長大,朋友相隨,梳頭摩髮,欲得好衣覆蓋其身。弊衣故破,父母自著新好緜帛,先與其子。至於行來,官私急疾,傾心南北,逐子東西,橫簪頭上。既與索婦,得佗女子,父母轉疎,私房屋室,共妻語樂。父母年高,氣力衰老,終朝至暮,不來借問。或復父孤母寡,獨守空房,猶如客人寄止佗舍,常無恩愛。或無襦被寒凍,苦辛厄難,遭之太甚。年老色衰,多鐃蚤虱,夙夜不臥,長吟歎息:何罪宿𠍴,生此不孝之子?或時呼喚,瞋目驚怒,婦兒罵言,低頭含笑(乃至云云)。帝釋、梵王、諸天、人民、一切眾會,聞經歡喜,發菩提心,號哭動地,淚下如雨。
また、次のようにも説かれています。その子は遠くから母が来るのを見て、あるいは手すりに寄りかかって頭を振り動かし、あるいは腹を引きずりながら後をついて行き、母に向かって泣き叫びます。母はその子のために身をかがめて近づき、両手を長く差し伸べて塵や土を払いのけ、口を寄せてなだめ、胸を開いて乳を出し、それを与えます。母は子の喜ぶ姿を見て喜び、子は母を見て喜び、二人の心が通い合い、情愛と慈しみの深さは、これ以上ないほどです。やがて成長すると、友達と連れ立って歩き、髪をとかし整え、良い衣服で身を覆おうとします。粗末な衣が破れれば、父母は自分たちは新しい良い綿や絹を着て、まずそれを子に与えます。外出のときも、公私の急用があっても、心を尽くしてあちこちと子の後を追いかけます。やがて妻を迎えると、他人の娘を得て、父母からは次第に遠ざかり、自分の部屋で妻と語らい楽しみます。父母は年をとり、気力も衰え、朝から暮れまで、訪ねてくることもありません。あるいは父はただ一人、母もただ一人で、空しい部屋を守り、まるで客人が他人の家に身を寄せるように、いつも情愛もありません。あるいは綿入れもなく寒さに凍え、苦しみ悩み、その艱難に遭うことはあまりにも甚だしいものです。年老いて容貌も衰え、虱や蚤が多く、夜も眠れず、長くため息をついて嘆きます。どんな罪の報いで、この不孝な子を生んだのか、と。あるいは呼びかけても、目を怒らせて驚き怒り、妻や子は罵りの言葉を浴びせ、うつむいて笑うだけです。帝釈天、梵王、もろもろの天、人々、すべての集会は、この経を聞いて喜び、菩提心を起こし、号泣して地を動かし、涙を雨のように流しました。
【記】即接上文。曳腹,俗謂匍匐。鳴和,即口相接。至於等者,謂行往出外,忽有公私急疾之事。既與下,明悖逆。父孤無妻,母寡無夫,或無襦被下,傳文脫誤。正本云:單寒苦辛,飢羸之甚。夙,早也。帝釋下,示聽眾得益。文中發菩提心,可例今經,非人天明矣。
【記】すなわち上文に続く。曳腹とは、俗に匍匐(ほふく)ということ。鳴和とは、すなわち口を接すること。至於等とは、行き来し外出する際、急に公私の急用が起こることをいう。既與下は、悖逆(はいぎゃく)を明かす。父は孤(みなしご)で妻なく、母は寡(やもめ)で夫なし、あるいは襦被(じゅひ)なくして、伝文に脱誤あり。正本に云く、単寒苦辛、飢羸(きるい)の甚だしきなり。夙とは、早きなり。帝釈下は、聴衆の得益を示す。文中に菩提心を発(おこ)すとは、今経に例(たぐ)うべし。人非人・天、明らかなり。
【疏】評曰:細思其事,誠哉是言!或有母不如此,兒不如彼者,百中之一也。良由眾生無始無明,迷真執妄,既根本顛倒,故枝末一一皆然。禍哉凡愚,云何可度!
評して言う。よくよくそのことを思うに、まことにこの言葉のとおりである。母がこのようでない者、子がそのようでない者は、百人に一人いるかどうかである。そもそも衆生は無始の無明によって、真実に迷い、妄りに執着している。根本がすでに転倒しているゆえに、枝葉の末に至るまで、一つ一つみなそのようになるのである。ああ、愚かな凡夫よ、どうして救いがたいことか。
【記】初歎事實。母不愛子,兒不悖逆。百中之一,言其少也。良下,推所以。妄起無端,故云無始。懵然不覺,故曰無明。不達自心常住寂滅,故曰迷真。反認四大六情為己身心,計我、我所,故云執妄。上二句明惑,故云根本。從惑起業,故云枝末。且約上經於親反疎、於疎却親等,非唯背親,一切顛倒,故云一一皆然。末後二句,傷其癡暗,教所不被。
【記】まず事実を歎く。母は子を愛さないのに、子は逆らわない。百に一つとは、それが少ないことを言う。良く推し量れば、その理由がある。妄念は端なく起こるので、無始という。ぼんやりと気づかないので、無明という。自心が常住寂滅であることを悟らないので、迷真という。かえって四大六情を自分の身心と認め、我と我所を計るので、執妄という。上の二句は惑を明かすので、根本という。惑から業を起こすので、枝末という。また上の経の、親に対してかえって疎く、疎に対してかえって親しいなど、ただ親に背くだけでなく、すべてが転倒しているので、一一皆然という。最後の二句は、その痴暗を傷み、教えの及ばないことを示す。
【疏】三、攀慕徧尋。
三、慕い求めてあまねく探し求めること。
即以道眼,觀視世間。
道の眼をもって、世間を見渡す。
【疏】述曰:觀求生處是天眼,通由證道而得,故云道眼也。
述べて言う。生まれ変わる場所を観るのは天眼であり、道を証することによって得られるから、道眼というのです。
【記】或可顯示修得,簡非業報,故加道字。
【記】あるいは修行によって得たものを示すこともあり、単なる業報ではないため、道という字を加えた。
【疏】世間有二,謂三界是器世間,六道是有情世間。
【疏】世間には二つあります。三界は器世間であり、六道は有情世間です。
【記】亦名無情、有情二種世間。
有情と無情という二つの世界のことです。
【疏】然尊者喪親之日,猶是凡夫,不知父母生於何道。今成聖果,力可追求,故以天眼上下觀視,於三界處尋六道身,得通便觀,故云即也。
尊者が両親を亡くされたとき、まだ凡夫であり、両親がどの世界に生まれ変わったかを知りませんでした。しかし今、聖なる悟りの果てに達し、その力で探し求めることができたので、天眼によって上下を見渡し、三界のあらゆる場所で六道の姿を尋ね、神通を得てすぐに観察されたのです。それゆえ「即」というのです。
【記】可解。
理解できます。
【疏】四、得見所在。
四、どこで会えるのか。
見其亡母生餓鬼中,不見飲食,皮骨連立。
亡くなった母が餓鬼の世界に生まれ変わり、食べ物も飲み物も見つけられず、皮膚と骨ばかりになって立っているのを見ました。
【疏】述曰:本觀世間,俱尋父母。父生樂處,不假施勞,既非經宗,故此不述。母生鬼道,已屬三塗,復在餓中,是鬼之極苦。拔濟苦者,唯盂蘭盆,發起正宗,意在斯也。
疏に述べる。もともと世間を観察するに、ともに父母を尋ねる。父は楽処に生まれ、わざわざ苦労を施す必要はない。すでに経の宗旨ではないので、ここでは述べない。母は鬼道に生まれ、すでに三塗に属し、さらに餓の中にあり、これは鬼の中で最も極まった苦しみである。その苦しみを救うものは、ただ盂蘭盆だけである。正宗を発起する意図は、ここにある。
【記】施勞,猶用功也。
功績を施すとは、努力を注ぐことのようなものである。
【疏】生餓鬼中,是異熱果,酬引業故。不見飲食,是等流果,酬滿業故。是慳食之業也。皮骨連立,是增上果。
【疏】餓鬼の中に生まれるのは、異熟果であり、引業に報いるためです。飲食を見ることができないのは、等流果であり、満業に報いるためです。これは物惜しみして食べ物を惜しむ業によるものです。皮と骨が連なって立つのは、増上果です。
【記】所明三果二業,理趣深微,故當委示。義門分三:初、釋名。異類而熟,故名異熟。以因通善惡(善惡有記,造成因種),果唯無記故(至果成熟報法,〔非〕因果性別,故云異類。或約異趣,或云異時記,今並不取)。等流者,與因同類故。增上者,更甚於因故。二、明體者。異熟有二:一、真異熟。即第八識最初結生,展轉相續,至捨壽時,亦最在後,為總報主,名真異熟(此局大教,下通大小)。二、異熟。生之異熟,謂從真異熟中種子發現,今即今無記報得色心,名生之異熱。今此具兼二種,不可偏判。等流、增上,並依生之異熟而分異耳(上三種果,並通六趣,不唯在鬼)。三、明因中又三:初、云二業。名引業,謂有勝力牽引趣生。滿業,謂於總報之上,莊嚴圓滿。因唯有二,果則有三。增上無因,即上二業,餘勢所成。二、辨二業體。凡善惡業,皆有三品,三位明之:一、約境。於劣不殺為上,如蚊蟻等;於勝不殺為下,如父母等;餘者為中(不善反之)。二、約心,猛利心作為上,泛爾心作為下,餘則為中,善惡業皆爾。三、約時,若善若惡,但三時無悔為上,二時無悔為中,一時無悔為下。今並取上品為引業,下皆滿業。三、明二義相,大約三歸、五戒生人,八戒、十善、四禪、四定生欲、色、無色天,強勝多疑者生修羅,嗔心造十惡業引生地獄,貪心造者生餓鬼,愚癡心造生畜生。引業所感名總報,滿業所感名別報。由此互作四句:一、總善別不善(人受貧窮疾病),二、別善總不善(畜有肥好莊嚴等),三、總別俱善(人道受富貴等),四、俱不善(畜類有盲跛等)。俱舍云一業引一生,多業能圓滿是也(今目連母當第四句)。問:此二種業,何識所造?答:通大小乘,並第六識造,以強勝故。前五識亦能造滿,不能造引,以力微故。第七識但與前六為染汙,第八止能含藏,已成業種,並不能造(七八二識,小教不談)。文中三果二業,分對可知。是慳食業者,即青提緣也。皮骨連立,言其枯瘁,唯皮連骨而住耳。
【記】ここで明かす三つの果と二つの業は、その道理が深く微妙であるから、詳しく示すべきである。義の部門は三つに分ける。初めに名を釈する。異なる類として熟するので、異熟と名づける。因は善悪に通じ(善悪には記があり、因の種を成す)、果はただ無記であるからである(果が成熟して報の法となれば、因果の性は別であるから、異類という。あるいは異なる趣によるとか、あるいは異時というが、今はどちらも取らない)。等流とは、因と同じ類であるからである。増上とは、さらに因よりも甚だしいからである。二つに体を明かす。異熟に二つある。一つは真異熟。すなわち第八識が最初に結生し、展転して相続し、寿を捨てる時に至るまで、また最も後にあり、総報の主となって、真異熟と名づける(これは大教に限り、以下は大小に通じる)。二つは異熟生の異熟。すなわち真異熟の中から種子が発現するのをいい、今すなわち無記の報として得た色心を、生の異熟と名づける。今ここでは二種を兼ね備えており、偏って判定することはできない。等流と増上は、ともに生の異熟によって分かれるだけである(以上の三種の果は、ともに六趣に通じ、ただ鬼にあるのではない)。三つに因の中を明かす。また三つ。初めに二業という。引業と名づけるのは、勝れた力があって趣生を牽引するからである。満業とは、総報の上に、荘厳して円満にするからである。因はただ二つあるだけで、果は三つある。増上には因がなく、すなわち上の二業の余勢によって成る。二つに二業の体を辨ずる。およそ善悪の業には、みな三品があり、三位で明かす。一つに境について。劣ったものに対して殺さないのは上であり、蚊や蟻などのごときである。勝れたものに対して殺さないのは下であり、父母などのごときである。そのほかは中である(不善はこれに反する)。二つに心について。猛利な心で作るのは上であり、泛爾の心で作るのは下であり、そのほかは中であり、善悪の業はみなそうである。三つに時について。善であれ悪であれ、ただ三時悔いなければ上であり、二時悔いなければ中であり、一時悔いなければ下である。今はみな上品を取って引業とし、下はみな満業とする。三つに二義の相を明かす。およそ三帰、五戒は人を生じ、八戒、十善、四禅、四定は欲、色、無色の天を生じ、強勝で多く疑う者は修羅を生じ、嗔の心で十悪業を作るものは地獄を引き生じ、貪の心で作るものは餓鬼を生じ、愚癡の心で作るものは畜生を生ずる。引業の感ずるところを総報と名づけ、満業の感ずるところを別報と名づける。ここから互いに四句を作す。一つは総善別不善(人は貧窮疾病を受く)、二つは別善総不善(畜には肥好荘厳などあり)、三つは総別俱善(人道は富貴などを受く)、四つは俱不善(畜類には盲跛などあり)。倶舎にいわく、一業は一生を引、多業はよく円満す、これである(今、目連の母は第四句に当たる)。問う。この二種の業は、何の識が造るか。答う。大小乗に通じ、みな第六識が造り、強勝であるからである。前五識もまたよく満を造るが、引を造ることはできない。力が微かであるからである。第七識はただ前六とともに染汚となり、第八はただ含蔵できるだけで、すでに業種となり、みな造ることはできない(七、八の二識は、小教では説かない)。文中の三果二業は、分対して知ることができる。これ慳食の業とは、すなわち青提の縁である。皮骨連立とは、その枯瘁をいい、ただ皮が骨に連なって住むだけである。
【疏】準正理論中說,鬼本住在於此下五百由旬,縱廣亦爾,有琰魔羅界(一云此瞻部四邊直下等)。從此展轉散趣餘方,以人間一月為一日,乘此積月積年,壽五百歲。
倶舎論の正理論によれば、餓鬼は本来この大地の下、五百由旬のところに住んでおり、その広がりも同じくらいで、そこに閻魔羅界があると言われています(一説には、この瞻部洲の四辺の真下などとも言われます)。そこから次第に各地へと散らばっていき、人間の一月を一日として、その月と年を積み重ねて、寿命は五百歳です。
【記】此下,即指南州。琰魔羅,亦云閻羅,具云閻魔羅社,此翻雙王。兄及妹皆作地獄主,兄治男事,妹治女事,故曰雙王。或云苦樂並受,故云雙也(獄報是苦,居尊故樂)。餘方山林樹廟等,註中示異不同。上論限數量故,日月歲數,且據一相,不必一定。
【記】ここからは、すなわち南州を指す。琰魔羅は、また閻羅ともいい、詳しくは閻魔羅社といい、これは双王と訳す。兄と妹がともに地獄の主であり、兄は男の事を治め、妹は女の事を治めるので、双王という。あるいは苦と楽をともに受けるので、双というともいう(地獄の報いは苦であるが、尊い位置にあるので楽である)。その他の方角の山林や樹廟などについては、註の中で異なりを示して同じでないとしている。前述の論では数量を限っているので、日月の歳数は、ひとまず一つの相に基づいたものであり、必ずしも一定ではない。
【疏】然鬼有三種:一、無財鬼,亦無福德,不得食故;二、少財鬼,少得淨妙飲食故;三、多財鬼,多得淨妙飲食故。
【疏】ところで、餓鬼には三つの種類があります。第一に「無財鬼」で、福徳がまったくなく、食べ物を得ることができません。第二に「少財鬼」で、わずかながら清らかで素晴らしい飲食物を得ることができます。第三に「多財鬼」で、多くの清らかで素晴らしい飲食物を得ることができます。
【記】財即飲食。淨妙食者,雖是穢物,餓鬼難得,自謂淨妙。
【記】財とは飲食のことです。浄妙な食べ物とは、たとえ汚れたものであっても、餓鬼は得ることが難しく、自ら浄妙だと思うのです。
【疏】此三種中,復各有三。
この三つの中に、それぞれまた三つずつあります。
【疏】初、無財三者:一、炬口鬼,謂火炬炎熾,常從口出,由前生燒壞村柵,焚炙賢良,以此求財,墮於地獄,從地獄出,墮此鬼中。故正法念經云:若人貪嫉,枉奪人財,破人城郭,殺害抄掠,得財奉王大臣,轉增凶慕,墮熾然餓鬼中。二、針咽鬼,謂腹大如山,咽如針孔,謂破齋夜食,盜竊眾僧之食故。故齋法清淨經說:目連路逢數百萬人,頭如太山等。三、臭口鬼,謂口中腐臭,自惡受苦,以多貪名利,自是非佗,讚歎惡人,毀謗賢善故。據此三種,寧吞鐵丸,不食信施。
初めに、財を持たない者に三つの種類があります。
一つ目は「炬口鬼(たいこうき)」です。口から常に燃え盛る炎が噴き出す鬼です。前世で村や砦を焼き払い、善人を火で苦しめながら財を求めた報いで、地獄に堕ち、さらに地獄を出た後もこの鬼の世界に堕ちます。『正法念経』にはこう説かれています。「人が貪りと嫉みによって、不当に他人の財を奪い、人の城を破り、殺害し略奪し、得た財を王や大臣に捧げて、ますます凶暴な欲望を募らせたならば、燃え盛る餓鬼の中に堕ちる」と。
二つ目は「針咽鬼(しんえんき)」です。腹は山のように大きく、喉は針の穴のように細い鬼です。斎(断食の修行)を破って夜に食事をし、僧たちの食物を盗んだ報いです。『斎法清浄経』にはこう説かれています。「目連が道で何百万人もの人々に出会った。その頭は泰山のように大きかった」と。
三つ目は「臭口鬼(しゅうこうき)」です。口の中が腐ったように臭く、自らその悪臭に苦しむ鬼です。名利を貪り、自分を正しいとして他人を非とし、悪人を称賛し、賢く善い人を誹謗した報いです。
これら三つのあり方からすれば、むしろ鉄の丸を飲み込んでも、信心の施しの食べ物は口にすべきではありません。
【記】初炬口者,即行軍劫盜,多受此報。先出報相,後云業因。餘八皆爾,臨文自點。賢良謂善人,餘二可解。據下,申誡。
【記】まず炬口について言えば、これは軍を率いて掠奪や盗みを行った者が、多くこの報いを受けるのである。まず報いの相を示し、後に業の因を述べる。残りの八つもすべて同様であるから、文に臨んで自ら点検すべきである。賢良とは善人のことである。残りの二つは理解できるであろう。以下に基づいて、戒めを述べる。
【疏】少財三者:一、針毛鬼,毛利如針,行便自刺,為貪利故,妄行針炙及刺畜生,但為求財,不能愈疾故。二、臭毛鬼,毛利而臭,自拔受苦,以販賣豬羊,烹宰鵝鴨,湯爛刀剝,痛楚難堪,地獄罪終,墮斯鬼趣。三、大癭鬼,咽垂大癭,自決噉膿,由嫉妬於人,常懷瞋恨故。
少財の鬼には三つの種類があります。
一、針毛鬼。毛の先が針のように鋭く、歩くたびに自分の身を刺します。これは、利益を貪るあまり、むやみに針灸を行ったり、畜生を刺したりして、ただ財を求めるだけで、病を癒すこともできない者の報いです。
二、臭毛鬼。毛は臭く、自ら抜いて苦しみを受けます。これは、豚や羊を売買し、鵝や鴨を煮殺し、熱湯で煮爛し刀で剥ぎ、その痛みに堪え難い苦しみを与えた者が、地獄の罪を終えて、この鬼の世界に堕ちたものです。
三、大癭鬼。喉に大きな瘤が垂れ下がり、それを自ら裂いて膿を食べます。これは、人を嫉妬し、常に瞋恨の心を抱いていた者の報いです。
【記】愈音雨。病差曰愈。癭於郢反,瘤也。決音穴,下流也。
音は「ゆ」と読む。病気が治ることを「愈」という。癭は「えい」と読み、こぶのことである。決は「けつ」と読み、下へ流れることをいう。
【疏】多財三者:一、得棄鬼,謂常得祭祀所棄食故,以罪多福少,少施多慳,棄擲之物,方能惠施故;二、得失鬼,謂常得巷陌所遺食故,以於現財常生慳著,擬欲失者,方起捨心故;三、勢力鬼,謂夜叉、羅剎、毗舍闍等,所受富樂,類於天人,或依樹林,或住山谷,或居靈廟,或處空宮,形竪而行,屬於鬼趣。此等變化多端者,以因地罪福不精故,惑樂相雜故。付法藏傳中說:僧伽耶舍比丘遊大海邊,見妙宮殿,其家鎻二鬼等(云云)。
【疏】多財鬼には三種類あります。第一は「得棄鬼」で、常に祭祀で捨てられた食べ物を得るものです。罪が多く福が少なく、施しが少なく吝嗇が多かったため、捨てられた物でなければ施せなかったからです。第二は「得失鬼」で、常に路地に落ちている食べ物を得るものです。現在の財産に常に執着し、失いそうになって初めて捨てる心が起こるからです。第三は「勢力鬼」で、夜叉・羅刹・毗舎闍などです。受ける富と楽しみは天人に似ており、あるいは樹林に依り、あるいは山谷に住み、あるいは霊廟に居り、あるいは空宮にあり、形は直立して歩き、鬼の世界に属します。これらは変化が多端なのは、因における罪と福が純粋でないためであり、迷いと楽しみが混ざり合っているためです。付法蔵伝にはこう説かれています。僧伽耶舎比丘が大海のほとりを歩いていたとき、見事な宮殿を見ました。その家には二匹の鬼が閉じ込められていました(云々)。
【記】夜叉,此云輕捷。羅剎,此云可畏。毗舍闍,此云啖精氣。形竪行者,異於畜趣,皆旁行故。惑樂者,惑謂多疑,樂謂不受飢渴等苦。今時作福,不識因果,互用三寶,強勝過人,雖徒役力,多墮斯類。故下,引證。見宮殿等者,彼云:見一宮殿,七寶莊嚴,食時已至,即往乞食。是時舍主出迎,請入就座。耶舍見其家內有二鬼,倮黑飢瘦,鎻其身首,各著一床。耶舍慳問,舍主答曰:斯鬼過去,一是吾息,一是兒婦。我昔布施,而彼夫妻常恚惱我,因立誓曰:如此罪業,必受惡報。若受罪時,我當看汝。由是因緣,得斯苦惱。所鎻二鬼,自屬無財。今引舍主,是勢力鬼。
【記】夜叉は、中国語では「軽捷(身軽で素早い)」という。羅刹は「可畏(恐ろしい)」という。毗舍闍は「啖精気(精気を食う)」という。形が縦に伸びる者とは、畜類とは異なり、みな横向きに歩くからである。惑楽とは、惑は疑いが多く、楽は飢えや渇きなどの苦しみを受けないことをいう。今の世の中には、福徳を積んでも因果がわからず、三宝のものを互いに勝手に使い、人よりも強く勝ろうとする者がいる。むなしく労力を使っても、多くはこの類に堕ちてしまう。それゆえ次に、証拠を引く。「宮殿などを見た」とは、あの話にいうとおりである。ある者が一つの宮殿を見た。七宝で荘厳され、食事の時間になると、そこへ行って食べ物を乞う。そのとき舎の主が出て迎え、中へ入って席に着くよう請う。耶舎はその家の中に二人の鬼がおり、裸で黒く、飢えてやせ衰え、その体と首を鎖で縛られ、それぞれ一つの床に着けられているのを見た。耶舎がわけを尋ねると、舎の主は答えた。この鬼たちは過去に、一人はわが子、一人はその妻であった。私が昔、布施をしたとき、あの夫婦はいつも私を怒らせ悩ませた。そこで私は誓いを立てて言った。このような罪業は、きっと悪い報いを受けるであろう。もしおまえたちが罪の報いを受けるときには、私がおまえたちを見てやろう、と。この因縁によって、この苦しみを得たのである。鎖で縛られた二人の鬼は、自ら財のない者に属する。今ここに引いた舎の主は、勢力のある鬼である。
【疏】今尊者之親,是無財鬼中(不見飲食故)炬口鬼也(食未入口,化為火故)。
今、この尊者(目連)の母親は、食べ物も飲み物も見ることができない無財鬼の中でも、炬口鬼という鬼であり、食べ物が口に入る前に炎に変わってしまうのである。
【記】然今目連之母,臨食變火,口無火炬,據相非類,且從疏解。
【記】さて、今ここで目連の母は、食事のたびにその食べ物が炎に変わってしまい、口から火を吹くことはありません。その姿は普通のものとは異なりますが、とりあえず疏の解釈に従って説明しましょう。
【疏】又有處說餓鬼有三種:一、外障,以得遇水時,即見人執刀杖等障故;二、內障,口有火炬,或咽如針故;三、無障,見河是猛火,或食糞穢,或自拔自噉等。
また、ある経典には、餓鬼には三種類あると説かれています。第一は「外障」で、水を見つけても、そこに人が刀や杖を持って立ちふさがるなどの障りがあるためです。第二は「内障」で、口から炎が出たり、喉が針のように細いためです。第三は「無障」で、川を見ると激しい炎に見えたり、糞尿などの汚物を食べたり、自分自身の体を裂いて食べたりするものです。
【記】初、二即無財鬼,三即少財鬼。
初めの二つは財のない餓鬼であり、三つ目は財の少ない餓鬼です。
【疏】今尊者之親,當內障也。
(疏)今、尊者の親は、内障にあたる。
【疏】上來諸鬼等,皆出自心,因行既招,果報必應。譬如影響,由於形聲,雖父母至親,不相替代。
これまで見てきたさまざまな鬼たちは、みな自分の心から生じたものです。その行いによって招かれた結果は、必ず報いとして現れます。それはちょうど、影が形に従い、こだまが音に応じるようなものです。たとえ父母のように最も親しい間柄であっても、その報いを代わって受けることはできません。
【記】初二句推能造。次二句示所造,即因果也。譬下,引喻。影響如果,形聲似因。雖下,彰自受。
はじめの二句は、行為をなす主体を明らかにする。次の二句は、なされる結果を示しており、すなわち因果である。譬えの部分では、喩えを引く。影が形に従い響きが声に応じるのは結果であり、形と声は原因に似ている。最後の部分は、自らがその結果を受けることを示している。
【疏】故諸智者,宜各勵心,儻遇善緣,不應空過。一朝去世,誰為修崇?縱託子孫,七分獲一,況無孝子,悔恨何追!
ですから、賢い人たちは、それぞれ心を励まし、もし善い縁に恵まれたなら、むなしく過ごしてはなりません。ひとたびこの世を去れば、誰が供養をしてくれるでしょうか。たとえ子孫に託しても、功徳の七分の一しか受けられません。ましてや孝行な子がいなければ、後悔しても追いつかないのです。
【記】勵,謂勉勵。七分獲一者,隨願往生經云:普廣菩薩白佛:若有父母親族,命終墮三途八難,受諸苦惱,得為修福否?佛言:七分之中,唯獲一也。何故爾?緣去世不信道德故。若以亡者嚴身具以施三寶,此福最多,可拔地獄之殃,往生淨土。有子修崇,尚獲少分;子孫不孝,則冥路茫茫,孤魂獨遊,三途受苦,悔不可及。故云況無等追及也。
【記】「勵」とは、励まし勧めるという意味です。「七分のうち一分を得る」とは、『随願往生経』にこう説かれています。普広菩薩が仏に申し上げました。「もし父母や親族が命を終えて三途八難に堕ち、さまざまな苦しみを受けているならば、その者のために福を修めてあげることができるでしょうか」。仏はお答えになりました。「七分のうち、ただ一分だけをその亡者は得るのです。なぜかといえば、亡くなった者が道徳を信じなかったためです。もし亡者の身体を飾る衣物を三宝に施せば、この福は最も多く、地獄の災いから救い出し、浄土に往生させることができます。子が修め供養しても、なお少ししか得られません。まして子孫が孝行でなければ、冥き道ははるか遠く、孤魂はひとりさまよい、三途で苦しみを受け、悔いても及ばないのです。だからこそ『ましてや追善など及ぶはずもない』というのです。
【疏】具濁世凡流,鮮懷仁孝,唯憂妻子,豈念幽靈!貧賤者迫以飢寒,富貴者荒於財色,設能追福,厭課者多,竭力罄心,萬中無一,世途目擊,豈不昭然!
濁った世の普通の人々は、仁や孝を心に抱くことがほとんどなく、ただ妻子のことばかりを気にかけて、亡き人の霊を思うことなどあるでしょうか。貧しい人は飢えと寒さに追われ、富める人は財と色に溺れています。たとえ故人の冥福を祈る供養ができても、それを面倒に感じて怠る人が大半で、全力を尽くし心を込めて行う人は、一万人に一人もいません。世の中のありさまは目の当たりにしているではありませんか。まことに明らかなことです。
【記】鮮,少也。迫,謂逼迫。荒,迷也。厭課,謂事不得已而為之。竭,罄,皆訓盡。擊,猶對也。
鮮は少ないという意味です。迫は逼迫することです。荒は迷うことです。厭課とは、仕方なく嫌々ながら行うことをいいます。竭も罄も、どちらも尽きるという意味です。撃は、向かい合うという意味です。
【疏】故恩重經云:夫妻和合,同作五逆,或時呼喚,急速走使,十度九違,不相從順,罵詈瞋毒。生存尚爾,沒後可知。身既不仁,兒豈能孝!故昔有送祖林野,乃持輿迴歸。以古觀今,雖跡異而心同也。
だから『恩重経』にこう説かれています。「夫婦が仲良く連れ添っていても、ともに五逆の罪を犯すことがある。あるいは呼びかけても、すぐに走り寄ることは十度のうち九度まで背き、従おうとせず、罵り怒り毒づく。生きている間でさえこのありさまなのだから、死んだ後はおのずと知れよう。わが身がすでに不仁であるのに、子がどうして孝行できようか。昔、祖を林野に送り届けて、そのまま駕籠を引き返した者があった。古を以て今を見るに、跡形は異なれど心は同じである」と。
【記】初、引經。急速走使,謂父母有急切之事,欲使其子。十度,經作十喚。毒字寫錯,經作瞋恚。(孤山云:走使下,依經有父母之語四字,檢經並無。又云:瞋毒字誤,合作嗔目。皆非。)生下,舉存況沒。身下,推己所致。送祖林野者,孝德傳云:元啟年十歲,其祖年老。父母令啟輿送深山,啟苦諫不從。既而送往,乃收輿而返。父曰:此何用耶?啟曰:復當送父。父遂感之,方復收養。然啟本欲感動其父,而非不孝。今且取子孫,倣上之義耳。跡異,謂古今事別。心同,謂相承不孝。
【記】最初に経典を引用する。「急速に走り使いを出す」とは、父母に切迫した用事があり、その子を使いに行かせようとすることをいう。十度は、経典では十喚と作す。毒の字は写し誤りで、経典では瞋恚と作す。(孤山が云う:走使の下、経に依れば父母の語四字があるが、経を検するに並びに無し。又云う:瞋毒の字は誤りで、嗔目と合作すべきである。皆な非なり。)生下は、存を挙げて没を況す。身下は、己を推して致す所をいう。送祖林野とは、孝徳伝に云う:元啓は年十歳、其の祖年老いたり。父母、啓に輿にて深山に送らしむ。啓、苦諫すれども従わず。既にして送往し、乃ち輿を収めて返る。父曰く:此れ何の用にか耶。啓曰く:復た当に父を送るべし。父遂に之に感じ、方に復た収養す。然るに啓は本と其の父を感動せんと欲するのみにして、不孝には非ず。今且く子孫を取り、上の義に倣うのみ。跡異とは、古今の事別なるをいう。心同とは、相承けて不孝なるをいう。
【疏】五、慟哭往救。
五、泣き叫びながら救いに向かう。
目連悲哀,即以鉢盛飯,往餉其母。
目連は悲しみながら、鉢にご飯を盛って、母のところへ持って行きました。
【疏】述曰:悲哀者,生育恩重,如上所陳。死別隔生,忽然再見,縱使顏容仍舊,亦可涕泣悲傷。況覩鬼形,皮骨連立,喉中烟𦦨,腹裏空虗,苦似倒懸,命唯喘息,豈不能碎身擗踊,竭氣號咷,恨罪逆之偷安,痛慈親之受苦!經標總意,但曰悲哀,細察當時,疑不爾
悲しみとは、生み育ててくれた恩が重いこと、すでに述べたとおりです。死別して生を隔て、ふいに再会したならば、たとえ顔かたちが以前のままであっても、涙を流し悲しむのは当然でしょう。まして鬼の姿を見れば、皮と骨が連なり、喉には炎が燃え、腹は空しく、苦しみは逆さに吊るされるようで、命は息を吐くばかり。どうして身を砕き、胸を打ち、声を限りに泣き叫ばずにいられましょうか。罪の報いを嘆き、慈しみの親が苦しむのを痛みます。経典が総じて「悲しみ」とだけ記すのは、当時の様子を細かに察するに、おそらくこの通りではないでしょう。
【記】拊心曰擗。跳身曰踊。號跳,大呼也。父母在難,子不能救,謂之偷安。經標下,示經略意。
【記】胸を打ちつけることを「擗」といい、身を躍らせることを「踊」といいます。号跳とは、大声で泣き叫ぶことです。父母が苦難にあるのに、子が救うことができないのを、むさぼり安んずる(偷安)といいます。経の標下は、経の大意を示すものです。
【疏】故三藏科云摧慟,釋云:感激徹於骨髓,號呌動於天地。
そこで三蔵の科に「摧慟」とあるのは、感激が骨の髄まで徹し、叫び声が天地を揺るがすことを意味すると解釈されている。
【記】三藏,即慧淨三藏。舊疏科為摧慟往救,所以今疏不依用者,以經文語簡,但曰悲哀,科須貼經,故易之耳。然猶可證碎身等義,故復引之。慟,音洞,哀過也。
三蔵とは、すなわち慧浄三蔵である。古い疏では「摧慟往救(悲しみのあまり身を砕いて救いに向かう)」と科段を立てているが、今の疏でそれを用いないのは、経文の言葉が簡潔で、ただ「悲哀」とだけあるからである。科段は経文に即していなければならないので、これを改めたのである。しかし、なお「身を砕く」などの意味を証明することができるので、改めて引用した。慟は音が「洞」で、悲しみが度を超えることである。
【疏】鉢飯往餉(下同三藏)。母既氣緜夕漏,厄在朝飢,飢而且渴,理須救濟。濟此之急,飯食為先,故以鉢盛飯,持餉於母。
鉢に飯を盛って母に届けました。母はすでに息が弱まり、夜には命の水が漏れ出るように尽きようとしていて、朝には飢えに苦しんでいました。飢えだけでなく喉も渇いていたので、まずこれを救う必要がありました。その切迫した苦しみを救うには、食べ物が何より先でした。そこで鉢に飯を盛り、母のもとへ持って行って差し上げたのです。
【記】下並舊疏,故註示之。緜,微也,謂微微喘息以過長夜。漏,即更漏。厄,苦也,謂苦在終朝之飢。
下はすべて旧疏なので、註して示す。緜とは微のこと、すなわちかすかな息づかいで長い夜を過ごすことをいう。漏とは更漏のこと。厄とは苦のこと、すなわち朝の間ずっと飢えに苦しむことをいう。
【疏】六、惡習現前。
六、悪い習慣が目の前に現れること。
母得鉢飯,便以左手障鉢,右手摶食,食未入口,化成火炭,遂不得食。
母は鉢の飯を得ると、すぐに左手で鉢を隠し、右手で食べ物を握ったが、口に入れる前に火の炭と化してしまい、ついに食べることができなかった。
【疏】述曰:境隨心變,果藉業成,餓因未除,飽緣寧致?鬼是炬口,食近口而熾然;水作堅氷,氷近湯而確爾。即知神力不禁業力,除飢要且除慳,故六通往餉而招殃,百味盆羅而拔苦。大哉業熟,可思者焉!
心のありようによって、目の前の世界は変わる。結果は行いによって生まれる。飢えの原因を取り除かなければ、満たされる縁など訪れるはずがない。餓鬼とは口から炎を吐くもの。食べ物が口に近づくだけで燃え上がる。水は固い氷となり、その氷は熱い湯のそばにあっても溶けない。神の力も業の力には及ばないと分かる。飢えを除くには、まず物惜しみの心を除かねばならない。神通力で食べ物を届けようとしても、かえって災いを招く。百味の供物を盆に盛って施すことで、苦しみから救われるのだ。実に大きいかな、業が熟す力。よくよく思いを巡らせるべきである。
【記】初敘惡習。初句明食化,次句推宿因。餓下二句,明不得食。鬼下四句,舉喻對顯。水喻宿因,氷喻今果。近湯確爾,喻聖力不能救。確,堅也。即下,次彰業重。初二句標示。禁字平呼,勝也。故下二句,配釋。對上二句,文義可見。即知盆供為除慳習,慳即鬼業,業盡果亡。是以目連奉教以追嚴,慈母應時而解脫。大慈救濟,要在於慈。大下二句,傷歎。業果成熟,聖力莫加,理越凡情,故非思及(孤山云宿善業熟,得子度脫者,甚非文意)。
【記】まず悪い癖について説明する。最初の句は食べ物が変化することを明らかにし、次の句は過去の因を推し量る。餓という下の二句は、食べ物を得られないことを明らかにする。鬼という下の四句は、たとえを挙げて対比し示す。水は過去の因にたとえ、氷は現在の果にたとえる。熱い湯に近づけば確かにそのとおりで、聖なる力でも救えないことにたとえる。確とは、堅いという意味である。即という下は、次に業の重さを明らかにする。最初の二句は標示である。禁の字は平らに呼み、勝れるという意味である。故という下の二句は、配して解釈する。上の二句に対する文と義は明らかである。すなわち盆供が慳みの習いを除くためのものであると知る。慳みとはすなわち餓鬼の業であり、業が尽きれば果も滅びる。それゆえ目連は教えを受けて追善を厳かにし、慈しみの母は時に応じて解脱した。大いなる慈しみの救済は、慈しみを要とする。大という下の二句は、傷み嘆く。業の果が成熟すれば、聖なる力も加えることができず、理は凡情を超えているので、思慮が及ばないのである(孤山が、過去の善業が熟して子によって度脱されたというのは、文の意に甚だしく反する)。
【疏】今左手障鉢,慳恐餘侵;右手摶食,貪於自給。慳貪猛盛,如此現行,飯食劣緣,若何充濟?故化為火,不得食也。
今、左手で鉢を覆い隠し、他の者に取られるのを惜しみ恐れ、右手で食べ物を握り、自分の腹を満たすことに貪っている。このように慳貪の心が激しく燃え盛り、このような行いがあるのに、食事という劣った縁でどうして救われることがあろうか。それゆえ火と化して、食べることができないのである。
【記】可解。
理解できます。
【疏】上來序分竟。
これまでが序分です。
【疏】自下,正宗,文分為二:初目連悲陳苦危,後如來廣示因緣。
【疏】ここからが正宗分で、内容は二つに分かれます。初めに目連が苦しみを悲しんで訴え、後に如来が因縁を広く示されます。
【疏】今初。
【疏】では、まず最初に。
目連大呌,悲號涕泣,馳還白佛,具陳如此。
目連は大声で叫び、悲しみのあまり泣きながら、急いで戻ってブッダにこのことを詳しく話しました。
【疏】述曰:子急告父,臣急告君,自力不如,理宜投佛。弟子勤觀四諦,已證三明,可以反覆山河,迴轉日月。豈料母縈極苦,命若倒懸,竭其孝誠,盡其神變,竟不能令除惡報,暫濟飢膓,所以呌泣奔還,備申哀懇。
【疏】述べて言う:子が急を父に告げ、臣が急を君に告げるように、自力では及ばないとき、道理として仏に帰依すべきである。弟子は勤めて四諦を観じ、すでに三明を証し、山河を反覆し日月を回転させることができる。まさか母が極苦に縛られ、命が逆さまに懸かるように危ういとは。孝の誠を尽くし、神変を極めたが、ついに悪報を除くことができず、しばらく飢えを救うこともできなかった。それゆえに泣き叫びながら駆け戻り、哀れみを懇ろに申し述べたのである。
【記】初明告上之意。上二句引況,下二句正明,即資急告師也。弟子下,次明陳告之辭,為三:初敘己功力,初句敘因,次句示果。三明者,謂過去宿命明,二、現在漏盡明,三、未來天眼明。即六通中三。餘三但有通義,故不稱明。豈下,次明母業重,力不能加。所下,三、明投佛。據此經文,合在序分。彼宗判教,大途皆爾。意欲發後佛言,故節序文在正宗耳。
【記】まず、告げる意図を明らかにする。上の二句は喩えを引き、下の二句は直接に明かす。すなわち、急を助けて師に告げるのである。弟子の下は、次に告げる言葉を明かす。三つに分ける。初めに自分の功力を述べ、初めの句は因を述べ、次の句は果を示す。三明とは、過去宿命明、現在漏尽明、未来天眼明をいう。すなわち六通の中の三つである。残りの三つは通の意味だけがあるので、明とは称さない。岂の下は、次に母の業が重く、力で加えることができないことを明かす。所の下は、三つ目に仏に投じることを明かす。この経文によれば、序分にあるべきである。かの宗の教判は、大体みなそのようである。後に仏の言葉を引き出そうとする意図から、序文を区切って正宗分に置いたのである。
【疏】後如來廣示因緣中,且依三藏,大分八段:第一、彰母罪深,第二、明子德薄,第三、斥邪無力,第四、顯正有能,第五、許以救方,第六、示其正法,第七、孝子領悟,第八、慈母獲益。
そこで如来が因縁を詳しく示された部分を、三蔵にしたがって大きく八つに分けると、第一は母の罪の深さを明かし、第二は子の徳の薄さを示し、第三は邪を退けて力のないことを示し、第四は正に力のあることを示し、第五は救いの方法を許し、第六はその正法を示し、第七は孝子が悟り、第八は慈母が利益を得る、という八段である。
【疏】今初,彰母罪深。
まず初めに、母の罪の深さを明らかにします。
佛言:汝母罪根深結。
仏はおっしゃいました。「あなたの母は、罪の根が深く結びついている。」
【疏】述曰:有經說:定光佛時,目連名羅卜,母字青提。羅卜欲行,囑其母曰:若有客來,孃當具饍。去後客至,母乃不供,仍更詐為設食之筵。兒歸問曰:昨日客來,若為備擬?母曰:汝豈不見設食處耶?從爾已來,五百生中,慳慳相續,故云罪根深結。
ある経典にはこう説かれています。定光仏の時代、目連は羅卜という名で、母は青提と呼ばれていました。羅卜が外出しようとしたとき、母にこう頼みました。「お客様が来られたら、食事を用意してください」。しかし羅卜が去った後、客が来ても母はもてなさず、食事の席を設けたふりをしました。息子が帰って尋ねました。「昨日お客様が来たそうですが、どのようにおもてなししましたか」。母は答えました。「あなたは食事を用意した場所が見えないのですか」。それ以来、五百生の間、けちけちする心が続いたので、「罪の根は深く結ばれている」と言われるのです。
【記】八段,始終次第可解。初段引緣中,未定所出,故標有經(世有目連經,與此不同,乃人造偽經耳)。定光,遠古佛也。未見解釋,今以意求,寂而常照,故曰定光(舊記云:即是然燈,定合作錠,有足曰錠,無足曰鐙。今詳錠字,自音為矴,或音定曰,乃錫之屬。又𩜦與鐙,自是食器,亦非燈也)。
【記】八段は、初めから終わりまでの順序で理解できる。初段で因縁を引く中で、出典がまだ特定されていないので、経典があると記している(世に目連経というものがあるが、これとは異なり、人が作った偽経である)。定光は、遠い昔の仏である。まだ解釈が見当たらないので、今、意味から推し量るに、寂静でありながら常に照らすので、定光という(古い記録には「すなわち然燈である」と言う。定は錠と書くべきで、足のあるものを錠、足のないものを鐙という。今、錠の字を詳しく見ると、それ自体は音を「碇」とし、あるいは「定」とも読み、すなわち錫の類である。また、と鐙は、もとより食器であり、灯でもない)。
【疏】罪,謂身口之業。根,謂慳貪之心。多生相續為深,交固難解為結。從慳所起,皆是罪業,非唯彼時一度妄語。
罪とは、身体と言葉によって行う行為のことです。根とは、物惜しみや貪りの心を指します。それが何度も生まれ続けて断ち難いことを「深」といい、絡み合って解けにくいことを「結」といいます。物惜しみから起こることはすべて罪の行為であり、あのとき一度だけ嘘をついたというだけのことではありません。
【記】身口是業道,慳貪是煩惱道,相續難解是苦道。從下,轉釋深結之義。五百生慳,造業無量,故云從慳起等。
身と口の行いは業の道であり、物惜しみと貪りは煩悩の道であり、絶え間なく続いて理解しがたいのは苦の道です。ここから、深く結ばれた意味を順に解き明かします。五百生にわたる物惜しみは、無量の業を造るため、「慳より起る」などと説かれています。
【疏】謂慳貪是苦根,所作是苦業,餓鬼是苦果,為三道也。若準十重戒中,慳亦是業,唯貪為惑。
倹約とは、惜しみ貪る心が苦しみの根であり、それによって行うことが苦しみの業であり、餓鬼となることが苦しみの果報である。これが三つの道である。もし十重戒に準じるならば、惜しむ心もまた業であり、ただ貪ることのみが迷いである。
【記】初示三道。苦根即煩惱,業果由生,故云根也。若下,辨異。十重即菩薩戒,十波羅夷所制。彼云若佛子,自慳、教人慳等戒所制者,即屬業非,而不制貪,故知屬惑。
【記】まず三道を示す。苦の根とはすなわち煩悩であり、業の果はそこから生じるため、根と呼ぶのである。「若下」とは、違いを明かす部分である。十重とはすなわち菩薩戒であり、十波羅夷によって定められたものである。そこでは「もし仏子が、自ら慳み、人に教えて慳ませるなど」と戒で定めているのは、すなわち業の非に属し、貪を制するものではない。ゆえに惑に属すると知られるのである。
【疏】問:五百生慳,為人為鬼?答:人鬼相間,造受相資。若唯人身,不名惡報;若唯鬼身,不應造業。或亦為畜,於理無妨;但慳習不除,即名相續。
【疏】問:五百生のあいだ慳(ものおしみ)をしていた者は、人間なのでしょうか、それとも鬼なのでしょうか。答:人間と鬼のあいだを交互に生まれ、行いとその報いが互いに支え合っているのです。もし人間の身だけなら、それは悪い報いとは言えません。もし鬼の身だけなら、業(ごう)を造ることはないでしょう。あるいは畜生の身に生まれることもあり、道理の上では差し支えありません。ただし、慳の習いが除かれなければ、それは相続(連続)していると言うのです。
【記】初二句正答。若下,四句互顯。以人是善道,故不常為人;鬼不能造業,故不常為鬼。或下,示餘趣。文出畜生,義該地獄。
最初の二句は、そのままの答えです。「もし~ならば」以下は、四つの句が互いに補い合って意味を明かしています。人は善き道に生まれるものであるから、いつまでも人であるとは限りません。餓鬼は業を造ることができないので、いつまでも餓鬼であるとは限りません。「あるいは」以下は、ほかの世界を示しています。文には畜生とありますが、その意味は地獄にも及んでいます。
【疏】問:目連自定光佛世已來,所生之母不一,如何偏救彼之青提?答:青提與目連緣深,今生復為其母,但救此身所生之母,非謂救彼遠世青提。餘論云云,皆為未達。
【疏】問:目連は定光仏の時代からこのかた、生まれ変わるたびの母は一人ではありません。なぜ特にあの青提だけを救うのですか。答:青提と目連は縁が深く、今生でもまたその母となったのです。ただ今の身の母を救うのであって、遠い昔の青提を救うのではないのです。その他の議論はあれこれ言われていますが、いずれも理解が及んでいないものです。
【記】準上經文,今生之母,即遠世青提,故須問釋。答文可解。餘下,斥非。即應古疏別有解釋,彼文已亡,未知所說。
今生の母は、遠い昔の青提夫人であるから、まずその意味を問い、答えは文字どおりに解釈できる。残りは誤った見解を退ける部分である。古い注釈書には別の解釈があったはずだが、その書物はすでに失われているので、何と説いていたかは分からない。
【疏】第二,明子德薄。
第二に、子の徳が薄いことを明かします。
非汝一人力所奈何?
あなた一人の力でどうにかできるものではありませんよ。
【疏】述曰:汝母慳心,慳於一切,時經多世,事歷多人,豈汝一人,力可濟拔!
お母さまの心は、すべてを惜しむ心でした。その心は幾世にもわたり、多くの人を経てきたものです。あなた一人の力で救い出せるものではありません。
【記】慳一切者,謂所慳物,非唯食也。
(ここで「一切を慳む」とは、惜しむ対象が食物だけに限られないという意味である。)
【疏】第三,斥邪無力。
第三に、誤った考えには力がないことを指摘します。
汝雖孝順,聲動天地,天神、地祇、邪魔、外道、道士、四天王神,亦不能奈何。
あなたがどれほど親孝行で、その声が天地を揺るがしても、天神や地の神々、邪魔や外道、道士、四天王の神々でさえ、どうすることもできません。
【疏】述曰:三藏云:縱汝感天靈於上界,激地祇於下方,縱攝邪魔,橫羅外道,統六合以同家,總八部為一眾,併其神力,亦不奈何。
疏に述べて曰く、三蔵が言うには、たとえあなたが天の霊を上界に感じさせ、地の神を下界に奮い立たせ、邪魔を集め、外道を縦横に網羅し、天地四方を統一して一家とし、八部の衆を一つにまとめ、その神力をもってしても、どうすることもできないのである。
【記】激,動也。縱,竪也。羅,謂包羅四方,上下為六。合八部者,四天王下,各有二部鬼神,或可天、龍、夜叉等。併,合也。
【記】「激」とは、動くという意味です。「縱」とは、たてのことです。「羅」とは、四方と上下を合わせた六方を包みこむことをいいます。「八部」を合わせるとは、四天王のそれぞれの下に二部の鬼神があることをいい、あるいは天・龍・夜叉などを指すこともあります。「併」とは、合わせるという意味です。
【疏】外道道士者,外道中之道士也。揀內道中之道士,佛教初傳,此方呼僧為道士故也。
【疏】外道の道士とは、外道の中の道士のことである。内道の中の道士と区別する。仏教が初めて伝わったとき、この国では僧を道士と呼んでいたからである。
【記】道士者,本釋子之美稱。晉、宋已前,多呼僧為道士,故翻譯之家,特須標簡。
道士という言葉は、もともと仏教の僧侶に対する美称でした。晋や宋の時代より前は、僧のことを道士と呼ぶことが多かったのです。そのため、経典を翻訳する人たちは、特にこの点をはっきりと区別して示す必要がありました。
【疏】四、天王者,毗沙門等,護持世界者也。
四、天王者とは、毘沙門天などのことで、この世界を守護している者たちです。
【記】毗沙門,即北方天王等,取東方提頭賴吒,南方毗留勤叉,西方毗留博叉。
【記】毗沙門は北方の天王です。東方の提頭頼吒、南方の毗留勤叉、西方の毗留博叉も同じく天王です。
【疏】第四、顯正有能。
第四に、正しい教えがよく人を導く力を持っていることを示します。
當須十方眾僧威神之力,乃得解脫。
十方の僧侶たちの威神力によってこそ、解脱することができるのです。
【疏】述曰:三藏云:一縷不能制象,必假多絲;一人不能除業,必資眾德。
述べて言う。三蔵が云うには、一本の糸では象を繋ぎとめられず、必ず多くの糸をより合わせる必要がある。一人では業を除くことができず、必ず多くの功徳の力を借りる必要がある。
【記】喻法相對,可解。
たとえと法の対応について説明すれば、理解できる。
【疏】今詳前後解文,以邪正一多相對,乃有四句:一、正而非多,此不能救,故前非汝一人奈何;二、多而非正,亦不能救,即前神祇、邪魔、外道等也;三、亦多亦正,方可救拔,即十方僧也;四、不多不正,居然不可,故經無文。
ここで前後の解釈を詳しく見ると、邪と正、一と多を相対させると四つの場合があります。第一に、正しいが多くない場合、これは救うことができません。だから前に「あなた一人ではどうにもならない」と述べたのです。第二に、多いが正しくない場合、これも救うことができません。すなわち前に挙げた神祇や邪魔、外道などです。第三に、多くかつ正しい場合、はじめて救い出すことができます。すなわち十方の僧です。第四に、多くもなく正しくもない場合、明らかに救うことはできません。ですから経典にはその記述がありません。
【記】前後經文者,初二兩句是前文,第三一句是當科,望前為後。居,猶必也。
【記】前後の経文について言えば、初めの二句は前の文であり、三番目の一句がこの科(区分)にあたり、前から見れば後の部分である。「居」は「必ず」という意味にほかならない。
【疏】第五、許以救方。
第五に、救いの方法を許す。
吾今當說救濟之法,令一切難皆離憂苦。
私は今、救いの教えを説きます。すべての苦しみから憂いを取り除き、苦しみを離れさせましょう。
【疏】述曰:今當說者,正是許辭。救濟法者,是所許事。令一切等者,千鈞之弩,不獨為鼷鼠發機;三界之尊,豈偏令汝母離苦!
【疏】述べて言う。今まさに説かんとするとは、まさに許しの言葉である。救済の法とは、許された事柄である。一切に令めん等とは、千鈞の弓が独り鼷鼠のために機を発するにあらず、三界の尊が何ぞ偏に汝の母のみを苦より離れしめんや。
【記】第五,所許事,即次科,示正法也。三十斤為一鈞。鼷鼠,說文云:小鼠也。機即弩牙,法合可解。
第五に、認められている事柄、すなわち次の項目で、正しい法を示す。三十斤を一鈞という。鼷鼠について、『説文解字』には「小さな鼠である」とある。機とは弩の引き金のことである。法に当てはめれば理解できるであろう。
【疏】第六、示其正法,於中分二:初、教孝子献供之法;後、教眾僧受供之儀。
第六に、正しい法を示します。ここでは二つに分かれます。初めに、孝行な子が供え物を捧げる方法を教え、後に、僧たちが供え物を受ける作法を教えます。
【疏】初中復有五段:一、定勝時;二、發勝意;三、設勝供;四、讚勝田;五、獲勝益。謂自恣日為勝時,如春陽之月;孝心為勝意,如精新種子;百味百果等為勝供具,如好牛犂,以之供養,如能耕墾;賢聖為勝田,如膏腴之地;存亡父母,六親眷屬,乃至七代,離苦生天為勝益,如千廂萬斛,秋收冬藏。經文意勢,豈不然乎!智者詳之,如指其掌。
【疏】その中にもまた五つの段がある。一、すぐれた時を定めること。二、すぐれた心を起こすこと。三、すぐれた供え物をささげること。四、すぐれた相手をほめたたえること。五、すぐれた利益を得ること。自恣の日はすぐれた時であり、春の陽気の月のようなものである。孝行の心はすぐれた心であり、みずみずしい新しい種のようなものである。百の味、百の果物などはすぐれた供え物であり、よく耕す鍬のようなもので、これをもって供養するのは、よく耕し開くようなものである。賢者や聖者はすぐれた相手であり、肥えたよい土地のようなものである。亡くなった父母も生きている父母も、六親の縁者も、さらには七代にわたる者たちまで、苦を離れて天に生まれるのはすぐれた利益であり、千の箱、万のますの収穫を秋に取り入れ冬に蓄えるようなものである。経文の意味の流れは、どうしてそうでないことがあろうか。智者はこれを詳しく見て、手のひらを見るように明らかであろう。
【記】開章五段,次第有序。膏腴,肥地也。廂,合作箱,車也。如指掌者,言其易見也。
【記】冒頭の五つの段は、順序よく整っています。膏腴とは、肥沃な土地のことです。廂は、箱のことで、車を指します。指を掌に示すようにとは、それが容易に見て取れることを言っています。
【疏】今初,第一,定勝時。
まず最初に、優れた機会であることを示します。
佛告目連:十方眾僧七月十五日僧自恣時。
仏は目連に告げられた。十方の僧たちが七月十五日、僧自恣のとき。
【疏】述曰:梵語僧伽,此云眾和合。謂若眾而不和,如群商、群吏及軍眾等,不名僧寶;若和而不眾,如二人同心之類,亦非僧寶。眾而和合,為福之因,方名僧寶。
梵語の「僧伽(そうぎゃ)」は、ここでは「衆和合(しゅうわごう)」と訳します。つまり、大勢いても心が和(やわ)らがないなら、たとえば商人の集まりや役人の集まり、軍隊の集まりなどのように、僧宝とは言えません。また、和らかい心でも人数が集まっていなければ、たとえば二人が心を合わせているような場合も、やはり僧宝ではありません。大勢が集まり、しかも心が和らかであること、これが福を生む原因となり、はじめて僧宝と呼ばれるのです。
【記】初翻名僧伽。止翻為眾,復加和合,乃是義用,非對翻也。謂下,釋義。群吏,即公吏。二人同心者,此周易繫辭明同人卦,彼云:君子之道,或出或處,或默或語(此言迹異,下明心同)。二人同心,其利斷金(謂人心同,則裁斷成決,如刃之利。金性堅剛,而能斷之,喻利之甚);同心之言,其臭如蘭(心同言合,如蘭之香,言其可愛。臭,謂蘭之氣也)。
【記】最初の翻訳では「僧伽」と名づけます。これをただ「衆」と訳し、さらに「和合」を加えるのは、その意味するところを用いたもので、直接対応する訳語ではありません。以下で意味を説明します。「群吏」とは、公の役人のことです。「二人同心」とは、『周易』繋辞にある同人卦を明かしたもので、そこには「君子の道は、あるいは出で、あるいは処り、あるいは黙し、あるいは語る」とあります(これは外に現れる行いが異なることを述べ、次に心が同じであることを明かす)。「二人同心なれば、その利は金を断つ」(人の心が同じであれば、裁断は決まり、刃の鋭いようなものである。金の性質は堅く剛いが、それを断つことができる。鋭さが非常に大きいことのたとえである)。「同心の言は、その臭は蘭のごとし」(心が同じで言葉が合えば、蘭の香りのようであり、愛らしいことを言う。臭とは、蘭の気のことである)。
【疏】和合者,有六種,謂身和同事,語和同默,意和同忍,戒和同修,見和同解,利和同均也。
和合には六つの種類があります。身体は和合して同じ行いを共にし、言葉は和合して同じ沈黙を共にし、心は和合して同じ忍耐を共にし、戒は和合して同じ修行を共にし、見解は和合して同じ理解を共にし、利益は和合して同じ分配を共にするのです。
【記】六和。上三是相和,下三即體和,此六並號事和。均,等也。
六つの和合について。上の三つは外見上の和合であり、下の三つは本質的な和合である。この六つはすべて事の和合と呼ばれる。均とは、等しいという意味である。
【疏】儒說小人君子,或和或同;今釋子比丘,和而同也。
【疏】儒教では、小人と君子は、あるいは和し、あるいは同じくすると説きます。今、仏教の出家者は、和してしかも同じなのです。
【記】論語云:君子和而不同(謙光守正),小人同而不和(羣黨私已)。釋子和而又同,則與儒中君子優劣可見矣。
【記】論語に言う、君子は和して同ぜず(へりくだって正しさを守る)、小人は同じて和せず(徒党を組んで自分だけを大事にする)。仏陀の弟子たちは和し、かつ同ずる。儒教の君子とどちらが優れているかは、おのずと明らかである。
【疏】今云十方者,法無限局,豈隔親疎?眾僧者,唐梵重標,譯人之拙。
【疏】ここで「十方」というのは、法に限りや区切りがなく、どうして親しいか疎いかの隔たりがありましょうか。「衆僧」というのは、唐語と梵語を重ねて記したもので、訳者の未熟さによるものです。
【記】法無限局,謂該一化,據通餘法,且指自恣眾僧之言。聯緜成句,未必為拙,如似懺悔,可以例之。
法には限られた枠組みはない。一つの教化を広く含み、他の法にも通じる。ひとまず自恣の衆僧の言葉を指す。連なって一句となり、必ずしも拙いとは言えない。懺悔の場合も、これに準じて考えてよい。
【疏】七月十五日,前三月夏安居竟,故可自恣。自恣有三日,或十四,或十五、十六,今舉中間也。
七月十五日は、夏の三か月の安居が終わる日なので、自恣を行うことができます。自恣の日は三日あり、十四日か、十五日か、十六日です。ここではその中間の日を挙げています。
【記】初正釋。安居通三位:四月十六為前,五月十六為後,中間二十九日為中前安居,七月十五夏滿後安居,八月十五夏滿中安居,隨日不定。今云七月十五,即當前安居也。自恣三日,出四分律增三中文。準南山事鈔,定須十六自恣,非謂前二不通,恐謂解制向前出界,成破夏故。安居自恣,律部廣之,非學不知,故不繁引。
【記】まず正式な解釈。安居は三つの位に通じる。四月十六日を前とし、五月十六日を後とし、その間の二十九日を中とし、前安居とする。七月十五日に夏が満ちて後安居となり、八月十五日に夏が満ちて中安居となり、日によって定まらない。今ここで七月十五日と言うのは、すなわち前安居に当たる。自恣は三日あり、四分律増三の中の文に出る。南山事鈔に準じれば、必ず十六日に自恣を行うと定められる。前の二日が通じないというのではなく、解制の前に界を出れば夏を破ることになると恐れるからである。安居と自恣については、律部に広く説かれており、学ばなければ知ることができないので、ここに多くは引用しない。
【疏】此剩僧字,去之,又句闕,亦是譯之失也。何不云共自恣時?
ここに「僧」の字が余分にあるので、それを除き、また句が欠けている。これも訳の誤りである。なぜ「共に自恣の時」と言わないのか。
【記】剩僧字者,今謂不然。上僧字通標一化,下僧字局在一集。疏指譯失,考文不細。
【記】僧という字が余分だという説については、今はそうは言えない。前の僧の字は一代の教え全体を広く示し、後の僧の字は一つの集まりだけに限定している。疏が訳の誤りを指摘したのは、文をよく調べていないのである。
【疏】自恣者,自己之過,恣他所舉。謂一夏安居,九旬加行,不階四果,亦得四禪。佛設教門,本意如此,正法、像法、僧等階。然雖後五百歲,亦有持戒修福(福是定也),然將超苦海,謹護浮囊。猶恐當局者迷,必藉旁觀得失,縱不斷惑證果,還希罪滅福生。故偏袒於眾中,白大德長老,或見我過,或聞我罪,或疑我犯,恣任所舉,哀愍語我,我當懺悔。如此則身心清淨,猶如琉璃,況禪定解脫,或有之矣。
【疏】自恣とは、自分の過ちを、他人に自由に指摘してもらうことです。つまり、夏の安居の九十日間の修行を終えて、四果に至らなくても、四禅を得ることはできます。仏が教えを設けられた本来の趣旨はこのようなもので、正法・像法・僧などの段階があります。しかし、後の五百歳の時代であっても、戒を守り福を修める者はいます(福とは定のことです)。しかし、苦の海を越えようとするなら、浮き袋を慎んで守らねばなりません。当事者は迷いやすいものですから、必ず傍観者の目によって得失を知る必要があります。たとえ煩悩を断ち果証を得なくても、罪が消え福が生まれることを願います。そこで衆の中にあって偏袒右肩にし、大徳長老に白します。「私の過ちを見たなら、私の罪を聞いたなら、私の犯しを疑ったなら、自由に指摘してください。哀れみをもって私にお告げください。私は懺悔いたします。」このようにすれば身心は清浄で、あたかも瑠璃のようであり、まして禅定や解脱も、あるいは得られることでしょう。
【記】初、略示。謂下,廣釋,又三。初、敘佛教意。正法下,二、顯被。三時正像各一千年,末法萬年。後五百歲,即金剛般若經語。大集經中明五五百歲:第一五百,解脫堅固;第二五百,禪定堅固;第三五百,持戒堅固;第四五百,多聞堅固;第五五百,鬪諍堅固。今指第五為後五百,即末法之初也。然將下,三、明自恣功益。初、敘制意。三界苦逼,無有邊底,故喻如海。浮囊,謂熟皮為囊,以鳥毛實之,或以氣吹,用此度海,無慮沒溺,即喻菩薩所受戒體。出涅槃經。彼云:羅剎乞浮囊(羅剎喻三毒欲犯戒),初全乞,喻犯四重;二乞半,喻犯十三;三乞三分之一,喻犯偷蘭;四乞手許,喻犯捨墮單提;五乞微塵許,喻犯吉羅(經闕提舍,義同吉羅)。菩薩皆不與,喻謹護遮性故也。當局,謂臨境。旁觀,謂他人。故下,明行相。偏袒,示有罪也。白大德者,求他證也。見聞疑者,舉過根也。過罪犯者,語之變也。如下,顯益。戒定慧學,隨人有所得也。
【記】初めに、おおまかに示す。謂わゆる下記は、広く解釈するもので、さらに三つある。初めに、仏教の意を述べる。「正法」の下は、二つ目に、被覆を顕す。三時とは正法・像法・末法のそれぞれ一千年ずつ、末法は万年である。「後五百歳」とは、すなわち金剛般若経の言葉である。大集経の中に五つの五百歳が明かされている。第一の五百歳は、解脱堅固。第二の五百歳は、禅定堅固。第三の五百歳は、持戒堅固。第四の五百歳は、多聞堅固。第五の五百歳は、闘諍堅固。今、第五を指して後五百歳とするのは、すなわち末法の初めである。次に「将」の下は、三つ目に、自恣の功徳と利益を明かす。初めに、制の意を述べる。三界の苦は逼迫して、辺際がない。ゆえに海に喩える。浮囊とは、なめし皮で袋を作り、鳥の毛を詰め、あるいは息を吹き入れて、これを用いて海を渡り、溺れる心配がないもので、すなわち菩薩が受ける戒体に喩える。涅槃経に出ている。かの経に云く、羅刹が浮囊を乞う(羅刹は三毒が戒を犯そうとすることに喩える)。初めに全部を乞うのは、四重を犯すことに喩える。二つに半分を乞うのは、十三を犯すことに喩える。三つに三分の一を乞うのは、偷蘭を犯すことに喩える。四つに手の許りを乞うのは、捨堕・単提を犯すことに喩える。五つに微塵の許りを乞うのは、吉羅を犯すことに喩える(経には提舎が欠けているが、義は吉羅と同じである)。菩薩はいずれも与えず、遮戒と性戒を謹んで護ることに喩える。当局とは、境に臨むこと。傍観とは、他人のこと。ゆえに下に、行相を明かす。偏袒は、罪があることを示す。大徳に白すとは、他人の証明を求めること。見・聞・疑とは、過罪を挙げる根拠である。過罪を犯すとは、言葉の変化である。下のごとく、利益を顕す。戒・定・慧の学は、人に随って得るところがある。
【疏】供養此者,力用可知。豈不拔濟先亡,資熏現在?故三藏云:比丘受歲之日,大眾自恣之時,僧多獲道於四果,故能濟厄於七代。
これを供養する者は、その力と働きがわかるでしょう。ましてや、先に亡くなった者を救い、今生きている者に功徳を及ぼさないことがあるでしょうか。ですから三蔵はこう言っています。比丘が歳を経る日、大衆が自恣を行う時、僧の多くが四果を得るため、七代の者を苦難から救うことができるのです。
【記】初正示。故下,引證。夏竟入臘,故云受歲。
【記】まず正式に示す。したがって次に、引用して証明する。夏安居が終わって臘に入るので、受歳という。
【疏】二、發勝意。
【疏】二、すぐれた志を起こすこと。
當為七世父母及現在父母厄難中者。
七世の父母、そして今の父母が困難な状況にあるなら、そのために行いましょう。
【疏】述曰:當為者,能救之心;七世下,所救之境。約境明心,故云勝也。
述べて曰く、当為とは、救おうとする心のことである。七世以下は、救われる対象である。対象によって心を明らかにするので、勝れていると言うのである。
【記】約境明心者,境是父母,異餘人故。
【記】境によって心を明かすとは、境とは父母のことであり、他の人とは異なるからである。
【疏】七世者,所生父母不同。儒教取上代祖宗厄難中者,通於存沒,沒則地獄鬼畜,存則病痛枷禁,皆名厄難。
七世とは、生まれた両親がそれぞれ異なることをいう。儒教では上代の祖宗の中で厄難にある者を取り上げ、生きている者にも亡くなった者にも通じる。亡くなった者は地獄・餓鬼・畜生の境にあり、生きている者は病の苦しみや枷・禁固に遭う。これらをすべて厄難と呼ぶ。
【記】前釋七世,簡異儒宗,如上已示。次釋厄難。通存沒者,沒即七世,存即現在。若作現世生身釋者,則通存沒。
【記】先前に七世を解釈したのは、儒教の説と区別するためであり、すでに上で示したとおりです。次に厄難を解釈します。存没を共に含めるとは、没は七世、存は現在を指します。もし現世の生身として解釈するならば、存没の両方に通じます。
【疏】七世生身,雖似轉疎,皆是生我修道之器,既蒙鞠育,豈負深恩!故三藏云,天地覆載,既無憚於劬勞;幽顯沉淪,理合答於罔極。
【疏】七世の父母は、たとえ次第に遠くなっていくように見えても、みな私を生み、私が道を修行するための器となってくださった方々です。その養育の恩を蒙った以上、どうして深い恩に背くことができましょうか。ゆえに三蔵はこう言っています。天地が万物を覆い載せるように、その労苦を厭うことはありません。目に見えるものも見えざるものも、沈淪する者たちのために、理として限りない恩に報いるべきなのです。
【記】經文且舉七世,準上歸佛已來,則通多世矣。天地,即父母。憚,猶厭也。幽顯,即存沒。沉淪,即厄難。
七世の経文については、以上のように七世を挙げていますが、仏に帰依して以来ということからすれば、多くの世に通じるのです。天地とは、すなわち父母のことです。憚とは、厭うという意味です。幽顕とは、すなわち生きている者と亡くなった者です。沈淪とは、すなわち災難のことです。
【疏】三、設勝供。
【疏】三、すぐれた供え物をすること。
具飯百味五果,汲灌盆器,香油挺燭,牀敷臥具,盡世甘美,以著盆中,供養十方大德眾僧。
ご飯や百種類の味付け、五つの果物、水を注ぐための器、香油や灯明、寝具や敷物など、この世のありとあらゆる美味しいものや立派なものを盆の中に納め、十方の大徳僧たちに供養します。
【疏】述曰:具飯百味者,總標也。如人盛饌盤筵,邀命賓客,唯云喫飯。故飯為總,統於百味。百者大數,非定一百。五果者:一、核果,如棗、杏、桃、李等;二、膚果,如爪棃、奈椹等;三、[聲-耳+邪]果,如胡桃、石榴等;四、糩果,如蘇、荏等;五、角果,如菱、豆等。上皆舌所甞也。汲灌盆器者,沐浴等所用,並下牀敷臥具,皆身所覺也。香者,鼻所嗅也。油挺燭者,照燎等用,即眼所見者。亦可香油塗身,亦屬身攝。西域如此,盡世甘美者,亦屬舌也。上來於五欲境中,唯闕聲也。
【疏】述べて言う:百味の飯を供えるとは、全体をまとめて示したものである。たとえば人が立派な料理を膳に並べ、客を招くとき、ただ「飯を食べよ」と言うようなものである。ゆえに飯は全体を代表し、百味を統べる。百とはおおよその数であり、必ずしも百種類というわけではない。五果とは:第一に核果、棗・杏・桃・李などの類;第二に膚果、瓜・梨・奈・椹などの類;第三に果、胡桃・石榴などの類;第四に糩果、蘇・荏などの類;第五に角果、菱・豆などの類である。以上はみな舌で味わうものである。汲灌盆器とは、沐浴などに用いるもので、さらに下の牀敷・臥具も、みな身で感じるものである。香とは、鼻で嗅ぐものである。油挺燭とは、照らすなどに用いるもので、すなわち眼で見るものである。また香油を身に塗ることも、身に属する。西域ではこのようである。世の甘美を尽くすものも、また舌に属する。以上、五欲の境において、ただ声だけが欠けている。
【記】初至舌。甞,味塵也。汲下,觸塵。香即香塵。油下,即色塵。挺謂挺直,今之蠟燭香油塗身。西域雖然,而非經意,不須此釋。上下,示闕。今時或以音樂、螺鈸、歌讚等,則五塵備矣。而言五欲,語似非便,思之。
【記】まず舌について。甞とは味の塵である。汲むとは下にあり、触の塵である。香とはすなわち香の塵である。油とは下にあり、すなわち色の塵である。挺とはまっすぐに伸ばすことで、今でいう蝋燭や香油を身体に塗ることである。西域ではそうであっても、経の主旨ではないので、このように解釈する必要はない。上下とは欠けを示す。今では音楽や螺鈸、歌讃などを用いることもあり、そうなると五塵がすべてそろうことになる。しかし五欲と言うのは、言葉としてふさわしくないように思われるので、よく考えるべきである。
【疏】盡世之言,詳其意趣,有二種盡:謂富貴則盡世所有,有即須求;貧賤則盡力所及,及則須覔。即知不定少多之物,但在竭盡其心,亦類彼享于克誠,馨於明德也。
世の中の言葉を尽くして、その意味するところを詳しく見れば、尽くすことには二つの種類があります。富貴な人は世の中にあるものすべてを尽くそうとし、あれば必ず求めます。貧賤な人は力の及ぶ限りを尽くそうとし、及ぶところで必ず探し求めます。つまり、多い少ないが定まらないものでも、ただその心を竭し尽くすことが大切であり、それは誠を尽くして享け、明德を香らせることにも似ているのです。
【記】初約貧富兩釋。即下,示其要義。尚書云:鬼神無常享,享于克誠(謂不常受享,唯亨能誠信者),馨於明德。如前所引。
【記】まず貧と富の二つの解釈について述べる。すなわち次に示すのは、その要点である。尚書にこうある。「鬼神は常に享けず、克く誠なる者を享く」と。明徳が香り高いということは、すでに前述で引用したとおりである。
【疏】著盆中者,譯經訛錯,如何牀等可置盆中?應云著盂蘭盆供會之中也。
盆の中に入れるというのは、経典の翻訳に誤りがあって、机などを盆の中に置けるはずがありません。盂蘭盆の供養の会の中に、と訳すべきです。
【記】初牒示。如下,斥非。應下,改正。今詳疏家未善經意,今為科釋。經文從初至盆中,示能供之物;末後二句,明所供之境。初中又二:初通列;四、塵盡世下,別點味塵。雖通眾物,正在盆供,恐其輕略,特舉囑之。智者無黨,勿謂訛錯。
【記】最初に示された解釈を記す。以下の通りである。まず誤りを指摘し、次に正しい解釈を示す。ただし疏家の解釈は経の意図を十分に得ていないので、ここで科文を立てて解釈する。経文は最初から「盆中」まで、供える物を示し、最後の二句は供える対象を明らかにする。その中でまた二つに分かれる。初めに全般を列挙し、「四、塵盡世」以下で特に味と塵を指摘する。多くの物を全般的に挙げてはいるが、中心は盆の供え物にあるので、おろそかにされることを恐れ、特に取り上げて注意を促したのである。智者は偏ることがないので、誤りだと言ってはならない。
【疏】供養二句者,正明行也。
供養についての二つの句は、修行の内容をはっきりと示しています。
【記】正明行者。設盆正意,為供聖故,救親拔苦。由此力故,經云眾僧三乘總攝,如下列故。
修行者が盂蘭盆の正しい心構えを明らかにする。それは聖なる者たちに供養し、親を救い苦しみから抜き出すためである。この力によって、経典に説かれるように、多くの僧侶たちは三乗のすべてを包み込むのである。以下に列挙する通りである。
【疏】據經本意,但可以受用物供艱大德之僧,不必彫鏤金玉,剪割繒綵,高聳闌架等也。故三藏云:汝須物華四事(房舍、衣服、飯食、湯藥),盆美八珍(食之米麵,味之𪉩醋,果之李奈,菜之芥薑),歷十方而運想,澄一心而供養。
経典の本来の趣旨によれば、立派な僧侶には実際に使える物品を供養すればよく、必ずしも金や玉を彫刻したり、絹の布を裁断して飾ったり、高くそびえる棚を建てたりする必要はありません。そこで三蔵はこう言っています。「あなたは四事(房舎・衣服・飯食・湯薬)の華やかな品々や、八珍(主食の米や麺、味付けの塩や酢、果物の李や奈、薬味の芥子や生姜)のような美味しい食べ物を用意し、十方の世界に思いを巡らせ、心を澄まして供養しなさい。」
【記】初示經意。不下,斥濫行。在古尚然,今時罔冐,無足怪矣。故下,引證。四事是通舉,八珍是別標。
【記】まず経典の趣旨を示す。下に及ばないのは、濫った行いを斥けるためである。古くからすでにこうであったのだから、今の時代にみだりに冒す者がいても、怪しむには足りない。それゆえ下に引証する。四事は広く挙げたものであり、八珍は個別に示したものである。
【疏】四、讚勝田。
四、すぐれた田を讃える。
當此之日,一切聖眾或在山間禪定,或得四道果,或在樹下經行,或六通自在教化聲聞、緣覺,或十地菩薩大人權現比丘,在大眾中皆同一心,受鉢和羅飯具清淨戒,聖眾之道其德汪洋。
この日、すべての聖なる者たちは、山の中で禅定に励む者もあれば、四つの道の果てを得た者もあり、木の下で経行する者もあれば、六つの神通を自在に操り、声聞や縁覚を教化する者もあり、あるいは十地の菩薩という偉大な方が、姿を変えて比丘として現れている者もあります。大衆の中にあって皆が心を一つにし、鉢和羅の飯を受けて清らかな戒を守っておられます。聖なる者たちの道の功徳は、広く深く、果てしないものがあります。
【疏】述曰:初二句,約人讚時而總標;末二句,以威儀讚人總結。
最初の二句は、人について時をほめ、全体を示したものです。最後の二句は、威儀をもって人をほめ、まとめとしたものです。
【記】經標。當此之日,故云讚時。後云其德汪洋,即是威儀。人下脫而字。
【記】経の表題。この日にあたるため、讃時のときという。のちに其の徳汪洋というのは、すなわち威儀である。人の下に而の字が脱けている。
【疏】中間人、法,有其五對,但文不次。謂處有山間、樹下對;證有四果、六通對;行有自利、利佗對(經行自利,教化利他);學有戒、定對(各有其文);人有大小對,亦名權實對(聲聞、緣覺為實為小,十地菩薩為權為大)。
【疏】ここに述べられている人と法には、五つの対比があるが、その順序は前後している。すなわち、場所については「山間」と「樹下」の対比があり、悟りについては「四果」と「六通」の対比があり、行いについては「自利」と「利他」の対比がある(経行は自利であり、教化は利他である)。学ぶことについては「戒」と「定」の対比があり(それぞれに該当する文がある)。人については「大」と「小」の対比があり、また「権」と「実」の対比ともいう(声聞と縁覚は実であり小であり、十地の菩薩は権であり大である)。
【記】初總示。謂下,別列。自佗對中,準知二乘非不化佗,但不如菩薩弘誓深廣,所以佗文但云自利耳。戒定對中,註各有其文,前云山間禪定,後云具清淨戒。大小對中,註二乘為實,謂是實行,非權現也。據論受供,須通大小賢聖及與凡夫。經舉三乘,且從勝說。
初めに全体を示し、次に個別に列挙する。自利と利他の対比については、二乗も利他を行わないわけではないが、菩薩の広大な誓願には及ばないため、利他の文ではただ自利とのみ説かれている。戒と定の対比では、それぞれに典拠があり、前には山間の禅定、後には清浄な戒を保つことが説かれている。大乗と小乗の対比では、二乗は実の修行であり、仮の姿ではないと註されている。論によれば、供養を受けるには、大小の聖賢および凡夫を通じて認められる。経が三乗を挙げるのは、すぐれたものから説いたまでである。
【疏】又總束之,不出人、法,為三學、三乘對也。從初至四果,禪定也;次從或在下,至自在教化,智慧也;皆同下三句,淨戒也。三乘者,即聲聞、緣覺、十地大人也。
また全体をまとめると、人と法の二つに尽きるのであり、それは三学と三乗の対応を示している。最初から四果までは禅定である。次に「或は下にあり」から「自在に教化す」までは智慧である。いずれも下の三句と同じく、浄戒である。三乗とは、すなわち声聞、縁覚、十地の大人である。
【記】人法者,法即三學,人即三乘。言十地者:初、歡喜(亦名入寶所),二、離垢,三、明(亦名發光),四、炎(亦名燄慧),五、難勝,六、現前,七、遠行,八、不動,九、善慧,十、法雲(依天台戒疏出)。今詳分對,前後參亂,文相難曉,更為科釋。大分為三:初二句總標;或在下,別列;皆同下,通結。就別列中又二:初至聲聞、緣覺,是二乘僧;或十地下,至在大眾中,即大乘菩薩僧。就二乘中又二:前四句歎德,末一句指人。又四句中,上三自行,下句化佗。又自行中,禪定可解。得果、斷惑,即慧學;經行、調身,義屬戒學。又禪定、經行,必須託處;得道、教化,不局方所。通結中,上二句明受供,下三句歎道德;上句歎行,下二句歎所證。汪洋水,深廣之貌。如此析文,方見經旨。孤山云:十地權現,即同法華內秘菩薩行,外現是聲聞。又自難曰:此經與法華何異?答:此但密云權現,不顯其人,故知大異。有人破曰:雖不指人,而明云權現,豈是密耶?識者試為評之。
【記】人法について。法とはすなわち三学であり、人とはすなわち三乗である。十地について言えば、第一は歓喜(入宝所ともいう)、第二は離垢、第三は明(発光ともいう)、第四は炎(燄慧ともいう)、第五は難勝、第六は現前、第七は遠行、第八は不動、第九は善慧、第十は法雲(天台戒疏により出す)。今、詳しく分けて対応させると、前後の順序が入り乱れ、文の様相が理解しにくいので、改めて区分して解釈する。大きく三つに分ける。初めの二句は総標であり、「或在下」以下は別列であり、「皆同下」は通結である。別列の中にはまた二つある。初めから声聞・縁覚までは、これ二乗の僧である。「或十地下」から「在大衆中」までは、すなわち大乗の菩薩僧である。二乗の中にはまた二つある。前の四句は徳を讃嘆し、末の一句は人を指す。また四句の中では、上の三句は自行であり、下の一句は化他である。また自行の中では、禅定は理解しやすい。得果と断惑は、すなわち慧学である。経行と調身は、その意味は戒学に属する。また禅定・経行は、必ず場所に託する。得道・教化は、方所に限られない。通結の中では、上の二句は受供を明かし、下の三句は道徳を讃嘆する。上の句は行を讃嘆し、下の二句は所証を讃嘆する。汪洋水とは、深く広いさまである。このように文を分析してこそ、経の趣旨が見えてくる。孤山が言うには、十地の権現とは、すなわち法華の内秘菩薩行・外現是声聞と同じである。また自ら問うて言う。この経と法華と何が異なるのか。答えて言う。ここではただ密かに権現と説くだけで、その人を顕わさない。ゆえに大いに異なると知る。ある人が破して言う。人を指さないとはいえ、明らかに権現と述べている。どうして密と言えようか。識者が試みにこれを評すべきである。
【疏】皆同一心者,是意和合,謂受供時,皆同運慚愧殷重心,慈悲報因救濟心。人雖位有凡聖,德有優劣,而所運心,一而無異,故云同也。
みな同じ心とは、心が和合しているということです。供養を受けるとき、みなそろって慚愧の深い心、慈悲によって因に報い救済しようとする心を働かせるのです。人の位には凡と聖の違いがあり、徳には優劣がありますが、働かせる心は一つで異なることがないので、同じと言うのです。
【記】據律意,和同忍,乃約法事為言。今此一往,且取同義。慚愧是自利,慈悲等即利他。
【記】律の教えによれば、「和同忍」とは、教えや実践のことを指して説かれたものである。ここではまず、同じという意味を取る。慚愧は自分のための修行であり、慈悲などは他人を利益する修行である。
【疏】受鉢和羅飯者,鉢中飯也。梵云鉢多羅,此云應器,和字訛也。今時但云鉢者,略也。
この鉢和羅飯を受けるというのは、鉢の中の飯のことです。梵語では「鉢多羅」といい、ここでは「応器」と訳します。「和」という字は誤りです。今ではただ「鉢」と言うのは、略した言い方です。
【記】鉢和羅。疏作應器解之。若準應法師經音義云:鉢和蘭,此翻自恣食。頗合文意。
【記】鉢和羅について、疏では応器と解釈している。もし応法師の経音義に準じるならば、鉢和蘭といい、これは自恣食と訳される。文意によく合っている。
【疏】經題云盆,即是鉢也。譯時隨俗,題之云盆,盆之與鉢,皆器故也。三藏釋題,翻為救器。
経題に「盆」とあるのは、すなわち鉢のことです。翻訳の際に世間の習慣に従って「盆」と題したのであり、盆と鉢はどちらも器だからです。三蔵が題を解釈して、「救器」と訳しました。
【記】下引三藏者,彼釋題云:倒懸救器。
(記)以下に三蔵を引用する。その釈題に「倒懸救器」とある。
【疏】此一句經,正明自恣大德受盂蘭盆供也。
この一節の経文は、まさに自恣の大徳たちが盂蘭盆の供え物を受けることを明らかに説いているのです。
【記】聖眾受飯,即是設盆故。
聖なる僧侶たちが食事を受け取ることは、すなわち供養の器を用意することです。
【疏】五、獲勝益。
五、すぐれた利益を得る。
其有供養此等自恣僧者,現世父母六親眷屬,得出三塗之苦,應時解脫,衣食自然。若父母現在者,福樂百年。若七世父母生天,自在化生,入天華光。
この自恣の僧たちに供養する人があるなら、その現世の父母や六親の眷属は、三途の苦しみから抜け出し、その時に解脱して、衣食は自然に足りるでしょう。もし父母が現に生きているなら、百年の間、福と楽しみを得ます。もし七世の父母が天に生まれているなら、自在に化生して、天の華の光の中に入るでしょう。
【疏】述曰:此一唱經,有兩節意:初一半者,蒙悲願之力而離苦;後一半者,蒙慈願之力而得樂,樂中有存亡之異。
この一節の経文には、二つの意味があります。前半は、慈悲の願いの力によって苦しみから離れることを示し、後半は、慈しみの願いの力によって安楽を得ることを示しています。その安楽の中には、生きるものと亡くなるものとの違いがあります。
【疏】初云此等自恣僧者,指前五對所說也。
(疏)最初に「此等の自恣僧」と言うのは、前に五対で説かれたところを指している。
【記】初文。指前五對,不出三乘。
はじめに記す。前述の五つの対は、三乗を出ない。
【疏】現世父母者,生此身之父母也,非謂未亡名為現世,故指得益云出三塗。其現在未亡之父母下,自有文云福樂百年是也,不應重舉。三藏錯會,故作異釋,甚非文意。
【疏】現世の父母とは、この身を生んだ父母のことです。亡くなっていないから「現世」というのではなく、利益を得ることを指して「三塗を出る」というのです。現に存命中の父母については、すぐ後に「福楽百年」とあるので、ここで重ねて挙げるべきではありません。三蔵がこれを取り違えて、別の解釈をしたのは、文の趣旨に大きく反しています。
【記】次科。初示今釋。非謂下,遮濫。三藏下,斥謬解。彼疏:問曰:何故現在能出三塗?答:驗因之果,所謂異釋也。
【記】次に、今の解釈を示す。「非謂下」は、濫れを遮る。「三藏下」は、誤った解釈を斥ける。あの疏に問うて曰く、何の故に現在は三塗を出ずることができるのか。答えて曰く、因を験すの果、いわゆる異釈である。
【疏】六親者,父母、兄弟、夫妻(或云男女不取兄弟)。眷屬者,一切姻戚,通於表裏。
【疏】六親とは、父母、兄弟、夫婦を指します(あるいは男女とし、兄弟を含めないとも言います)。眷属とは、すべての姻戚のことで、表裏の両方に通じます。
【記】六親,依老子註出之。注中或云未詳何典。若準漢書註云:六親者,父、母、兄、弟、妻、子。蓋隨人所立,故有不同。姻戚皆親也,表即母族,裏即父族。
【記】六親については、老子の注から出ています。注の中には、どの典拠によるか不明としているものもあります。漢書の注によれば、六親とは父、母、兄、弟、妻、子のことです。これは人によって定め方が異なるため、違いがあるのです。姻戚はみな親類であり、表は母方の一族、裏は父方の一族を指します。
【疏】出三塗解脫者,總明離苦也。衣食自然者,且翻三塗生於人道,故屬拔苦之文,亦可便得樂屬於後也。
三途の苦しみから解脱するとは、苦しみから離れることを全体的に示しています。衣食が自然に得られるとは、ひとまず三途から人道に生まれることを指しており、それゆえ苦しみを取り除く部分に属しますが、すぐに楽しみを得ることについては後の部分に属するとも言えます。
【記】衣食自然,文有兩釋:前義為正;後釋據文在前,約義兼後。
【記】衣食は自然であるという点について、この文には二つの解釈がある。前の解釈を正しいものとする。後の解釈は、文が前にあることに基づき、その意味を兼ねて後の部分に及ぼすものである。
【疏】若父母下,明存亡得樂,文相可知。天華光者,天上妙華光明也,略指快樂之相矣。
父母について述べる以下の部分は、生きている者も亡くなった者も安楽を得ることを明かしており、文の意味は見れば分かります。天華光とは、天上のすばらしい花の光であり、安楽のありさまを簡単に示したものです。
【記】妙華光明,即上界依報莊嚴之事,非唯此二,故云略指。
【記】妙華光明とは、この上の世界の環境の荘厳さを指します。ただこの二つだけではないので、「略して指し示す」と言うのです。
【疏】自上第二,教眾僧受供之儀。
次に、僧たちが供養を受けるときの作法について説かれています。
時佛勑十方眾僧,皆先為施主家呪願,願七世父母行禪定意,然後受食。初受食時,先安在佛前、塔寺中,佛前眾僧呪願竟,便自受食。
その時、仏は十方の僧たちに命じて、まず施主の家のために呪願させ、七世の父母が禅定の心を修行することを願い、それから食事を受けさせました。食事を受け取る最初には、まず仏の前や塔寺の中に供え、仏の前で僧たちが呪願を終えてから、自ら食事をいただきました。
【疏】述曰:此中,前半淨三業,後半具三寶。
この中で、前半は三つの業を清めることを述べ、後半は三つの宝を備えることを述べています。
【記】從初至然後受食為前半,初受已下即後半。據此科分,文意未顯。今詳前半勅令運意,後半正教受儀,尋之可見。
【記】最初から「そして食べ終える」までは前半であり、「初めて受け取ってから」以下が後半です。この分け方では、文の意味がはっきりしません。ここで詳しく見ると、前半は心を運ぶよう命じる部分、後半は受け取る作法を正しく教える部分であり、順に追えば明らかになります。
【疏】前中,呪願,口業;禪定,意業;受食,身業。
【疏】前中の呪願は、口の業。禅定は、意の業。受食は、身の業です。
【疏】後中,塔前是佛,呪願是法,受食是僧。從佗受而後食,法律如此,即受字亦屬法也。
塔の前では仏が、呪願では法が、食事を受けることでは僧が示されています。他の人から受けてから食べるというのが、戒律の定めであり、それゆえ「受」という字もまた法に属するのです。
【記】律制:比丘凡食,必從淨人受;不受自捉,犯波逸提。故云法律如此。經云先安佛前,據俗舍也。塔寺佛前,約伽藍也(孤山,約在世滅後分)。
律の定めでは、比丘が食べ物を口にするときは、必ず浄人から受け取らなければなりません。受け取らずに自分で取れば、波逸提の罪となります。だから「法律はこのようである」と言うのです。経に「まず仏の前に供える」とあるのは、在家の家を想定しています。塔や寺の仏の前というのは、僧伽藍(寺院)を指します。(孤山は、仏が在世のときと滅後とで区別している)
【疏】塔者,邊國訛語,正云窣堵波,此云高顯處。此中意通殿、塔,塔安舍利,殿安佛像。
(塔は辺境の国々で訛った言葉で、正しくは「窣堵波(そとば)」と言い、ここでは「高く目立つ場所」という意味です。ここでの意味は殿(お堂)と塔の両方に通じます。塔には仏舎利を納め、殿には仏像を安置します。)
【記】合云塔婆,單云塔者,訛而復略。此下,示通意。
注記:塔婆と合わせて言い、単に塔と言うのは、なまりがさらに略されたものである。以下は、通の意を示す。
【疏】自下大文第七,孝子領悟。
ここからが第七の大きな部分で、孝子が悟りを得た場面です。
時目連比丘及大菩薩眾皆大歡喜,目連悲啼泣聲釋然除滅。
そのとき、目連(もくれん)比丘と大菩薩たちは皆、大いに喜び、目連の悲しみの泣き声はすっかり消え去りました。
【疏】述曰:淨業既成,必知離苦,觀因驗果,聲響不差,故喜而止啼也。如處世刑獄,囑大力人,財賄既行,其心已喜。
述べて言う、浄業がすでに成ったならば、必ず苦を離れることを知る。因を観て果を験(ため)すに、声と響きは違わない。ゆえに喜んで啼くことを止めるのである。ちょうど世間にあって刑獄(けいごく)に処せられる者が、大力の者に頼み、財賄(ざいわい)がすでに行われて、その心がすでに喜ぶようなものである。
【記】言既成者,從佛受教,審後所修,必無疑故。觀因驗果,配上二句。聲響不差,喻上因果,謂如聲答響,決定相應,故經云釋然,謂消散也。下引世事,以顯經意。賄,呼罪反,亦財也。
【記】すでに成ったというのは、仏から教えを受けて、よくよく後に修めることを考えれば、必ず疑いがないからである。因を観て果を驗すのは、上の二句に配する。聲と響きが違わないのは、上の因果を喩えたもので、聲に應じて響きが答えるように、決定して相応するからである。それゆえ経に「釋然」というのは、消散するという意味である。下に世の中のことを引いて、経の意を明らかにする。賄は、呼罪反、また財である。
【疏】第八,慈母獲益。
第八、慈しみの母が利益を得ること。
是時,目連母即於是日,得脫一劫餓鬼之苦。
そのとき、目連の母はその日に、一劫の餓鬼の苦しみから解き放たれました。
【疏】述曰:目連聞經,且是受教。施設盆供,合在餘時。今說經次,便云脫餓鬼者,譯經闕略也。應於正宗終處,敘結集家。文云:爾時目連聞是法已,至七月十五日,施設盆供,自恣僧已,其母即於是日,得脫一劫餓鬼之苦。則文義俱顯矣。
目連がこの教えを聞いたのは、教えを受けたということです。盆の供養を整えるのは、別の時に行うべきことです。ここで経の説かれる順序として、すぐに餓鬼の苦しみから脱したと述べているのは、経を訳す際に省略があったためです。本来ならば正宗分の終わりのところで、結集した人たちの言葉として次のように述べるべきです。「そのとき目連はこの法を聞き終えて、七月十五日に盆の供養を整え、自恣の僧の行事が終わると、その日に母は一劫の餓鬼の苦しみから脱することができた。」こうすれば、文も意味もともにはっきりと示されるのです。
【記】初敘闕。應下,義補。或恐說經正當夏滿,即時營設,故云是時等。又前示正法中,五科委示盆供之法,故此但云是時、是日,義含設供,則非闕矣。
【記】初めに欠けている部分について述べる。「応下」は意味を補って解釈する。あるいは、経を説く時がちょうど夏の満月に当たり、その時にすぐに設営したので、「是時」などと言うのだとも考えられる。また、前に正法を示す中で、五つの項目にわたって盆供の方法を詳しく示したので、ここではただ「是時」「是日」と言うだけであり、その意味には供養を設けることが含まれているから、欠けているわけではない。
【疏】故三藏云:孝子既献供於此辰,慈母乃除殃於是日。大哉聖力,速疾如斯!
ですから三蔵はこう言っています。孝行な子がこの日に供え物を捧げると、慈しみ深い母はその日に災いを取り除かれるのです。なんと偉大な聖なる力でしょう、これほど速やかであるとは!
【疏】其餓鬼受苦年劫時分,待撿敘之。
餓鬼が苦しみを受ける年月の長さについては、追って詳しく述べることにしよう。
【記】器界一增,減為一劫。目連亡母,合墮一劫。鬼趣歲月,與人不同,劫數長短,未見所出,故云待撿也。
器の世界が一増一減するのを一劫とする。目連の亡き母は、まる一劫のあいだ地獄に堕ちることになる。餓鬼道の歳月は人の世界とは異なり、劫の長さがどれほどかは明らかでないので、「後に調べるべきである」と言っているのである。
【疏】自下大文第三,流通分也,文中有三。
次に、この大きな部分の第三は、流通分です。その中には三つの部分があります。
【記】謂此教法,被及無窮,有同江河,流而無雍,故曰流通。
【記】この教えは限りなく広がり、川や大河が滞ることなく流れ続けるようなものです。だから「流通」と言います。
【疏】一、申請。
一、お願い申し上げます。
目連復白佛言:弟子所生母,得蒙三寶功德之力,眾僧威神之力故,若未來世一切佛,弟子應亦奉盂蘭盆,救度現在父母,乃至七世父母,為可爾否?
目連が再び仏に申し上げました。「弟子の亡き母は、三宝の功徳の力と、僧たちの威神の力によって救われました。もし未来の世の仏弟子たちも、盂蘭盆を捧げて、現在の父母、さらには七世の父母を救うべきでしょうか。よろしいでしょうか。」
【疏】述曰:詳此語時,亦是設供之後,非一場之事,至畢鉢羅窟,方始總集為經也。
述べて言う。この言葉が語られた時は、供養を設けた後のことであり、一度の場の出来事ではない。畢鉢羅窟に至って、ようやく全体が経としてまとめられたのである。
【記】設盆已後,方復申請,故非一場之事,諸經多然。畢鉢羅窟,阿難結集之所,在王舍城靈鷲山中。
【記】盆を設けた後、改めてお願いするので、これは一度きりの出来事ではない。多くの経典でも同様である。畢鉢羅窟は、阿難が結集した場所であり、王舎城の霊鷲山の中にある。
【疏】目連愛其親而及佗人,如頴考叔諫莊公云云。
目連は自分の親を愛し、その愛が他の人々にも及んだ。それは頴考叔が荘公を諫めた話と同じである。
【記】下引考叔以況目連。註云云者,左傳云:鄭武公娶于申,曰武姜(申即國各),生莊公及共叔段(共音恭)。莊公寤生(寤寐中生),驚姜氏,遂惡之。愛共叔段,欲立之(立為太子)。亟請於武公,公弗許。及莊公即位,姜氏與叔段謀篡莊公。公聞,師兵伐之,叔段奔共(共,國名,因號共叔段)。遂寘姜氏于城頴(寘音至,置也。城頴即鄭地),而誓之曰:不及黃泉,無相見也(地中之泉,故曰黃泉)。既而悔之。考叔為頴國封人(典彊封者),聞之,有献於公。公賜之食,食舍肉。公問之,對曰:小人有母,皆甞小人之食矣,未甞君之羮。請以遺之(遺字去呼)。公曰:爾有母遺,繄我獨無(繄,語助也)。考叔曰:敢問何謂也?公語之故,且告之悔。對曰:君何患焉?若闕地及泉,隧而相見,其誰曰不然(隧,若今之埏道)?公從之。公入而賦:大隧之中,其樂也融融(賦,詩也。融融,和樂貌)。姜氏出而賦:大隧之外,其樂也洩洩(洩洩,舒散貌。洩音曳)。遂為母子如初。君子曰:頴考叔,純孝也。愛其母,施及莊公(純,篤也。施音異)。然考叔止及於一人,尊者廣被於群有。應知大士,現作聲聞,方便度生,故為發起。人到于今,咸受其賜。疏舉故事,且欲通文。細校行功,實非倫匹。
【記】以下に考叔を引用して目連にたとえる。註に云う。左伝に云わく、鄭の武公が申に娶りて、武姜といった。莊公と共叔段を生んだ。莊公は逆子として生まれ、姜氏を驚かせたので、姜氏は莊公を憎んだ。共叔段を愛し、彼を太子に立てようと願ったが、武公は許さなかった。莊公が位に就くと、姜氏は叔段と共に莊公を陥れようと謀った。莊公はこれを聞き、兵を出して討った。叔段は共に逃げた。そこで姜氏を城頴に移し、「黄泉に至らぬ限り、会うことはない」と誓った。しかし後になって悔いた。考叔は頴谷の封人であり、これを聞いて莊公に献上物をした。莊公は食物を与えたが、考叔は肉を食べずに残した。莊公が問うと、「小人には母がおり、小人の食物はすべて食べさせましたが、君の羹はまだ味わわせておりません。どうかこれを母に贈りたいのです」と答えた。莊公は「お前には母がいるが、私にはただ独り母がいない」と言った。考叔が「それはどういうことでしょうか」と問うと、莊公は事情を語り、後悔していると告げた。考叔が「君は何を憂えることがありましょう。もし地を掘って泉に達し、隧道でお会いになれば、誰が不然と言いましょうか」と答えた。莊公はこれに従った。莊公が隧道に入り、「大隧の中、その楽しみは融融たり」と詩を詠んだ。姜氏は隧道から出て、「大隧の外、その楽しみは洩洩たり」と詠んだ。こうして母子はもとのように戻った。君子は言う、頴考叔は純孝である。その母を愛する心は莊公に及んだ。しかし考叔はただ一人に及んだだけで、尊者は広くすべての生きとし生けるものに及ぶ。知るべきである、大士は声聞として現れ、方便をもって衆生を救うために発起されたのだと。人々は今日に至るまで、その恩恵を受けている。疏に故事を挙げたのは、また文を通じさせるためである。細かく功徳を比べれば、実に匹敵するものではない。
【疏】二、讚請。
【疏】二、讃嘆とお願い。
佛言:大善快問!我正欲說,汝今復問。
仏がおっしゃいました。「よくぞお尋ねになりました。ちょうど私も説こうとしていたところです。あなたが今、またお尋ねになったのですね。」
【疏】述曰:初句標讚。大善快者,深契聖心。後二句釋所以。以正欲說,即遇問辭,機感相投,潛通密應,故言快也。
はじめの一句はほめたたえる言葉です。「大善快」とは、仏の心に深くかなったということです。後の二句はその理由を説明しています。ちょうど説こうとしていたときに、ちょうど問いかけの言葉があったので、相手の機根と仏の感応がぴったりと通い合い、目に見えないうちに密かに応えられたのです。だから「快」と言うのです。
【記】大善,謂其理當。快問,謂適我心。潛通,謂機投於佛。密應,謂感赴於機。不謀而自合,故云潛密也。
大善とは、その道理がもっともであることを言います。快問とは、私の心に適っていることを言います。潜通とは、機縁が仏に投じていることを言います。密応とは、感応が機縁に赴いていることを言います。図らずも自然に合うので、潜密と言うのです。
【疏】佛意本者,欲說孝道最大故,拔苦事重故,盂蘭法勝故,眾覩尊者勝緣機熟可教化故。
仏の意図はもともと、孝道が最も大きいことを説こうとするためであり、苦しみを取り除くことが重要だからであり、盂蘭盆の法が優れているからであり、多くの人々が尊者という勝れた縁に触れ、教化されるべき機が熟したからである。
【記】四、義以求佛意。總括所歸,無非利物。權巧方便,何止於數端?拯濟慈悲,豈專於一類?孝道最大者,道德本故。拔苦重者,大士行故。蘭盆法勝者,心境異故。眾覩勝緣者,應驗速故。
【記】四、仏の教えを求める意味について。全体をまとめれば、その目的は生きとし生けるものを利益することに尽きます。巧みな方便は、わずか数種類にとどまるものでしょうか。救いの慈悲は、ひとつの種類だけに限られるものでしょうか。孝道が最も尊いのは、それが道徳の根本だからです。苦しみを取り除くことが重んじられるのは、それが菩薩の行いだからです。盂蘭盆の法が優れているのは、心と境が異なるからです。人々が殊勝な縁を見るのは、その応験が速やかだからです。
【疏】三、答請,於中有五。
三、請いに答える。その中に五つがある。
【疏】一、教起行。
一つ、教えが修行を起こすことについて。
善男子!若比丘、比丘尼、國王、太子、大臣、宰相、三公、百官、萬民、庶人行慈孝者,皆應先為所生現在父母、過去七代父母,於七月十五日、佛歡喜日、僧自恣日,以百味飯食安盂蘭盆中,施十方自恣僧。
善男子よ、比丘・比丘尼、国王・太子・大臣・宰相・三公・百官、そして万民・庶人であれ、慈しみと孝行を実践する者は皆、まず自分の現世の父母、そして過去七代の父母のために、七月十五日――仏が喜ばれる日、僧たちが自恣を行う日――に、百味の飯食を盂蘭盆の中に納め、十方の自恣の僧たちに施すべきである。
【疏】述曰:雖貴賤品隔,僧俗道殊,自非化生濕生,無不有父有母。慈鳥鸚鵡,尚解思恩,豈況人倫,而不濟拔!孝之利害,已具懸談,既識是非,須依正道,故云應先為所生等也。
【疏】述べて曰く、貴賤の身分は隔たり、僧俗の道は異なれども、化生・湿生でない限り、父母のいない者はない。慈しみの鳥や鸚鵡でさえ、なお恩を思うことを解している。ましてや人の道において、どうして救済しないことがあろうか。孝の利害については、すでに概説した。是非をわきまえたならば、正しい道に従うべきである。ゆえに「まさに先ず生を受けた者のために」と説くのである。
【記】貴即國王宰相,賤即萬民庶人。僧即局在僧尼,俗即通收貴賤。六道不出四生,謂胎、卵、濕、化。若胎、卵二生,定有父母。慈鳥者,說文云:孝鳥也。以能反哺於母故。鸚鵡者,雜寶藏經說:佛過去世,於雪山中,曾為鸚鵡。父母俱盲,常釆華菓稻穗,以奉養之。其盲父母,即淨飯及摩耶也。然慈鳥是現事,鸚鵡乃昔緣。今之鸚鵡,則非其類。利害具懸談者,即彰孝道中罪福同也。未入經文,義章先說,故曰懸談。懸即先也。經云三公者,周官立大師、太傅、太保也。
【記】貴とはすなわち国王や宰相、賤とはすなわち万民や庶人である。僧とは僧尼に限られ、俗とは貴賤を広く含む。六道は四生を出ない。すなわち胎生・卵生・湿生・化生である。胎生と卵生の二つは、必ず父母がある。慈鳥とは、説文に「孝鳥なり」という。母親に反哺するからである。鸚鵡とは、雑宝蔵経に説くには、仏が過去世において雪山の中でかつて鸚鵡であった。父母はともに盲目で、いつも花や果物や稲の穂を採ってきて、これを養った。その盲目の父母とは、すなわち浄飯王と摩耶夫人である。しかし慈鳥は現在の事であり、鸚鵡は昔の因縁である。今の鸚鵡は、その類ではない。利害を詳しく述べるとは、すなわち孝道における罪と福が同じであることを明らかにするのである。まだ経文に入らず、義章で先に説くので、懸談という。懸とはすなわち先である。経に三公というのは、周官に大師・太傅・太保を立てたことである。
【疏】據制令必為,不為即是違制,故亦當於制教,是以前亦屬律藏。
制度で必ず行うと定められたことを行わなければ、それは制度に背くことになります。したがって、これも制教に含まれ、以前から律蔵に属しています。
【記】經曰:皆應非制必為,不為無犯,復非違制。前文據此,故復重明。上已指非,不可承用。
経にこう説かれています。すべては「制してはならない」という戒めに反する行いであっても、必ずしもそれを行えば罪となるわけではなく、また戒めに違反するわけでもありません。前の文はこの点に基づいているので、ここで改めて明らかにします。すでにその誤りを指摘した以上、そのまま受け入れて用いることはできません。
【疏】然佛無悲喜,今於此日示現歡喜者,應機緣也。以佛本出世,祗為勸人修行,見人造業則悲,見人修道則喜。今比丘九旬加行日滿,倍更懇誠,三千界中,皆同如此,稱佛本意,寧不欣歡!此日設盆,其福甚也。
仏にはもともと悲しみも喜びもありませんが、この日に喜びをお示しになるのは、人々の機縁に応じるためです。仏がこの世に現れたのは、ただ人々に修行を勧めるためであり、人が業を作るのを見れば悲しみ、人が道を修めるのを見れば喜びます。今、比丘たちが九十日の修行を満たしたその日に、いっそう誠心を尽くしている姿は、三千世界のどこでも同じであり、仏の本来の願いにかなっているのですから、どうして喜ばずにいられましょうか。この日に盆を設けるならば、その福ははなはだ大きいのです。
【記】佛無悲喜者,據自行也。示歡喜者,約化他也。三千界者,一化境也。
佛には悲しみも喜びもないというのは、自ら悟りを求める修行の立場からです。喜びを示されるのは、人々を導く教化の立場からです。三千世界とは、一つの教化の及ぶ範囲のことです。
【疏】二、教發願。
【疏】二、願を起こすことを教える。
願使現在父母壽命百年,無病,無一切苦惱之患,乃至七世父母離餓鬼苦,生人天中,福樂無極。
どうか、今の父母が百年の寿命を全うし、病気もなく、あらゆる苦しみや悩みの患いから離れますように。さらに七世の父母が餓鬼の苦しみから離れ、人や天の世界に生まれ、尽きることのない幸せと楽しみを得られますように。
【疏】述曰:所修必假行門,所獲必由心願。願者心之樂欲,欲得存沒咸安。存者保壽於人間,常無病惱;沒者遷神於天上,永絕冥塗。行願相資,無所不利。
ここで述べるならば、修行には必ず実践の門が必要であり、得られる成果は必ず心の願いによってもたらされます。願いとは心が強く求めることであり、生きている者も亡くなった者もすべて安らかでありたいと願うものです。生きている者はこの世で長寿を保ち、常に病や悩みがありませんように。亡くなった者は天へと導かれ、永遠に暗い迷いの道を断ちますように。実践と願いは互いに支え合い、すべてにおいて良い結果をもたらさないことはありません。
【記】經文。願使二字是能願,現在七世等即所願。初釋能願。上可躡前段。次句即當科樂字去呼。存者下,次釋所願。存即現在,沒即七世,一一配經可見。後二句總結。無不利者,言必有所獲。人有目足,所往必至;事有願行,所未必遂故。
経文について。「願使」の二字は願いを起こすことであり、「現在七世」などは願いの対象である。まず願いを起こす側を説明する。前の段落を受けて、次の句は「楽」の字を去声で読む。次に願いの対象を説明する。「存」は現在、「没」は七世であり、経文に一つ一つ当てはめれば明らかである。後の二句はまとめである。「無不利」とは、必ず得るものがあるという意味である。人に目と足があれば、行く所へ必ず至る。しかし事に願いと行いがあっても、必ずしも成就するとは限らないからである。
【疏】三、教常作。
三、教えをいつも実践すること。
是佛弟子修孝順者,應念念中常憶父母,乃至七世父母,年年七月十五日,常以孝慈憶所生父母,為作盂蘭盆施佛及僧,以報父母長養慈愛之恩。
仏弟子として孝行を心がける者は、いつも心の中で両親を思い、さらには七世の父母までも忘れてはなりません。毎年七月十五日には、孝行と慈しみの心で自分の生みの親を思い、盂蘭盆の供え物をして仏と僧に施し、父母が育て慈しんでくれた恩に報いるのです。
【疏】述曰:是佛弟子修孝順者,反明非佛弟子及不孝者,即任不設盆也。念念常憶者,無終始也。長養是事,慈愛是心,故前起行及發心願以報之也。餘文可解。三藏云:父母結愛,既念念不離心;孝子報恩,須年年不絕供。
仏弟子として孝順を修める者について述べるなら、逆に仏弟子でない者や不孝な者を示せば、盂蘭盆を設けないままになってしまう。念念に常に思い続けるとは、始めも終わりもないということである。この行いを長く養い、慈しみの心を育てる。だからまず実践を起こし、願いを発して、それによって親に報いるのである。残りの文は理解できるであろう。三蔵が言うには、父母が愛を結ぶとき、すでに念念に心から離れない。孝子が恩に報いるには、年年に供養を絶やしてはならない。
【記】初釋所教人。佛弟子者,稟師教故。修孝順者,知恩重故。念念下,次釋所教法。父母長養慈愛,既無終始;孝子起行發願,故須盡世。以行報事,以願報心,對待法爾,不可闕一。下文引證,可解。
【記】まず、教えを受ける人について説明します。仏弟子とは、師の教えを受ける者のことです。孝順を修めるとは、恩の重さを知っているからです。「念念」以下の部分は、次に教えられる法について説明しています。父母の育て慈しむ愛は、始まりも終わりもありません。孝子が行いを起こし願いを発すのは、この世を尽くして行うべきだからです。行いをもって事に報い、願いをもって心に報いる。これは相対する法として自然なことであり、どちらか一つを欠くことはできません。以下の文に引用された証拠によって、理解することができます。
【疏】四、勸受持。
四、受け持つことを勧める。
若一切佛弟子,應當奉持是法,
すべての仏弟子は、この法を守り、実践すべきです。
【疏】述曰:智度論云:信力故受,念力故持。今云奉者,即受之義。皆應者,勗此二力。
述べて言う:智度論に云く、信の力によって受け、念の力によって保つ。今「奉」と言うのは、すなわち受けるという意味である。「皆応に」とは、この二つの力を励ますのである。
【記】非信不能受,非念不能持。勗,謂誡勗。
信がなければ受け入れることはできず、念がなければ保つことはできない。勗とは、戒め励ますという意味である。
【疏】五、喜而奉命。
五、喜んで教えを承りました。
時,目連比丘四輩弟子歡喜奉行。
そのとき、目連(もくれん)比丘と四衆の弟子たちは、喜んで教えを実践した。
【疏】述曰:四輩者,僧、尼、士、女,或云人、天、龍、鬼,疑故兩存。
述べて曰く、四輩とは、僧・尼・士・女のことである。あるいは人・天・龍・鬼とも言う。疑わしいため、両方を併記しておく。
【記】言兩存者,各有所出故。
【記】「両方とも残す」というのは、それぞれに出典があるからです。
【疏】然凡厥生靈,皆依恃怙,故父母恩均於天地,此雖至孝,不得其門。今受神方,兼覩靈驗,必能除七世之厄難,報二親之劬勞。自知心有所之,是以歡喜承命。
すべての生きとし生けるものは、みな親を頼りとして生きています。それゆえ父母の恩は天地にも等しいものですが、どれほど孝行を尽くしても、その本当の意味を知ることはできませんでした。今、私は神の妙薬を授かり、さらにその霊験を目の当たりにしました。これできっと、七世代にわたる災いを取り除き、両親の苦労に報いることができるでしょう。自分の進むべき道がわかったので、喜んでお言葉を承ります。
【記】初敘恩深。厥,其也。生靈語通,且目四輩。恃怙即父母,向引詩云無父何怙,無母何恃是也。此下,次釋眾喜。初二句,敘群機無法。此之一字,指上生靈。不得門者,若非佛說,餘無知故。今下,明得法歡喜。神謂神妙,方即是法。序云得此法門,實為妙行,與此頗同。覩靈驗者,即目連現事。之猶詣也。命謂教命。
【記】まず、恩の深さを述べる。「厥」は「その」という意味です。生靈は生きとし生けるものすべてを指し、四輩はすなわち四衆のことです。恃怙とは父母のことで、詩経に「父なくして何に怙らん、母なくして何に恃まん」とあるのがそれです。ここから次に、大衆が喜ぶさまを解釈します。最初の二句は、さまざまな人々が法を得られなかったことを述べます。「此の一字」とは、前の生靈を指します。門を得られないとは、仏が説かれなければ、誰も知ることができないからです。「今」から下は、法を得て喜ぶことを明かします。神とは神妙のことで、方とはすなわち法のことです。序に「この法門を得ることは、実に妙行である」とあり、これとよく似ています。霊験を見るとは、すなわち目連の目の前で起きた出来事のことです。「之」は「詣る」(いたる)と同じです。命とは教えの言葉のことです。
盂蘭盆經疏新記卷下(終)
盂蘭盆経疏新記 巻下(終)