祇洹圖經序
祇園精舎図経序
蓋聞。蒼生敬福之肇歸真之基起立支提。景仰塔像其績實皇矣。至如給孤布黃金於祇陀之園。優填彫栴檀於牟尼之像。建乎爪髮兩塔衣影二臺。竝皆如來在日既見成軌。且夫真身無形因感。故彰感既有差池。形應亦有殊。若乃心路隔絕則真儀無應。至諴精誠則變動天地。昔者平仲憂大旱。自焚火起而雨至。杞婦哭梁殖之屍。莒城為之崩。由是觀之神依物感。豈曰虛哉。釋教東漸咸歸風化。形像塔廟每懸競列。洎乎像末之運。法教衰替人情浮薄製造無範。輕慢於是乎生。禮敬於是乎廢粵。若有覺人號曰南山教主澂照大師。利見震旦應肇律主。天地同其大德。日月合厥重光。玄關幽鍵感而遂通。遠源浚波酌而不竭。龍鬼歸仰天人擎足烏虖。我祖之麗德豈可得稱乎。而汎愛不捨物。恐後世造塔廟無所表彰。竊據靈感製祇洹圖經雙卷矣。叔世懷道之士無有出乎玉關。超乎蒼嶺繫索攀杙之勞。宛然如視聖迹者匪此經之益耶。當大宋之曆雖律風勃興此經既喪矣。我大智律師邂逅遇乎日域將至矣。方今漢地再有斯書。吾國之為也(余)偶雖得乎一本繕脫湮滅書誤絡繹。每披卷未甞不喟然而歎矣。頃載有故移偶乎石清水神宮寺大乘律院。苾芻實長謂余云。經坊之中祇洹圖經舊本全者有焉。京兆書堂未有此經。以命剞劂氏壽梓布遐邇。請安一語於卷首(余)云。吁咈我鄙陋之言何贅乎聖策矣。長云。寶珠觸於按劍良馬羸乎駔闠者為無因而至故也。嗚乎何遜謙之甚哉(余)感斯言遂不得固辭。操翰書焉。 旹
聞くところによると、人々が福を敬い、真実に帰依する始まりは、支提(仏塔)を建立し、塔や仏像を仰ぎ見ることから起こる。その功績は実に尊いものである。例えば、給孤独長者が祇陀の園に黄金を敷き詰め、優填王が栴檀で釈尊の像を彫ったこと。また、釈尊の爪と髪を納めた二つの塔、衣と影を祀った二つの台。これらはすべて如来在世中に既に成し遂げられた規範である。
そもそも真実の姿は形を持たないが、人々の感応によって顕れる。感応に違いがあれば、現れる姿もまた異なる。もし心の道が閉ざされれば、真の姿は応じない。至誠を尽くして精誠を込めれば、天地さえも動かすことができる。昔、平仲が大旱魃を憂い、自ら火に身を投じると雨が降り始めた。杞の婦人が梁殖の屍を泣き悲しむと、莒の城は崩れた。これを見れば、神は物を通じて感応するものであり、決して虚言ではない。
仏教が東へ伝わり、すべての人々がその教化に帰依した。仏像や塔廟は競って建てられ、各地に懸け並べられた。しかし、像法の末の世になると、教えは衰え、人々の心は浮つき薄くなり、造立にも規範がなくなる。軽慢の心が生じ、礼拝と尊敬は廃れてしまった。
ここに覚者あり。南山教主澂照大師と号し、中国に現れて律宗の祖となられた。その大徳は天地と共に大きく、その光は日月と共に重なる。玄妙な関門も幽かな鍵も、感応すれば通じる。遠い源流も深い波も、酌めば尽きることがない。龍や鬼神も帰依し、天や人もその足を捧げる。嗚呼、我が祖師の麗しい徳は、どうして称え尽くせようか。
しかし、大師は広く愛し、物を捨てず、後世の人々が塔廟を造る際に規範がなくなることを恐れ、霊感に基づいて『祇洹図経』上下二巻を著された。末世において道を懐く者で、玉門関を出で、蒼嶺を超え、縄や杭にすがって苦労することなく、あたかも聖跡を目の当たりにするようにできるのは、この経典の益によるものであろう。
大宋の時代には、律宗の風潮が盛んになったが、この経典は既に失われていた。我が大智律師は、日本において偶然にもこの経典に出会い、これを将来した。今、漢地に再びこの書が現れたのは、我が国の功績である。
私はたまたま一冊を得たが、写し間違いや脱落、文字の誤りが多く、巻を開くたびに嘆息せずにはいられなかった。近年、ある事情で石清水神宮寺の大乗律院に移ったところ、比丘の実長が私に言うには、「経典の蔵の中に『祇洹図経』の完全な古本があります。都の書堂にはこの経典はありません。ぜひ彫刻師に命じて版木を作り、遠近に広めてください。そして、巻頭に一言を添えてください」と。
私は言った。「ああ、私のような卑陋な言葉が、聖なる書物に付け加わることなどできるでしょうか」。長は言った。「宝珠が剣に触れ、良馬が市場で疲れ果てるのは、縁がないからです」。嗚呼、なんと謙遜なことか。私はこの言葉に感じ入り、固辞することができず、筆を執ってこれを記した。
時
天和元年龍集辛酉臘朔。久修園律院比丘宗覺(直)謹識。
天和元年、辛酉の冬の初めの日。久修園律院の比丘、宗覺が謹んで記す。