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阿閦仏国経 (阿閦佛國經)

「阿閦佛國經」について

後漢 · 底本の訳者:支婁迦讖

1.8 万字 · 約 60 分

『阿閦仏国経』は、後漢の訳経家である支婁迦讖によって漢訳され、大乗仏教の重要な経典の一つです。この経典は、東方の妙喜世界の教主である阿閦仏とその浄土について説いています。阿閦仏とは不動仏を意味し、菩薩道を修行する際に、怒りなどの煩悩に動じないという誓願を立てたことからその名がつけられました。経中には、妙喜世界の清浄で荘厳な様子が詳細に描かれ、菩薩行者が発すべき誓願と修行の方法が述べられ、心が清らかであれば仏国土も清らかであるという思想が強調されています。この経典は初期に中国に伝来した大乗経典であり、浄土信仰や大乗仏教思想の普及と発展に深い影響を与え、中国仏教史と浄土思想の研究において重要な文献となっています。


阿閦佛國經卷上

阿閦佛国経 巻上

後漢月支國三藏支婁迦讖譯

後漢・月支国・三蔵 支婁迦讖 訳

發意受慧品第一

発意受慧品 第一

聞如是:

私がこのように聞きました。

一時佛在羅閱祇耆闍崛山中,與大比丘眾比丘千二百五十人俱,皆阿羅漢也——生死已斷,無復有結,悉壞牢獄,已得自在意、已善解智慧,為度諸天、龍王皆為之伏,所作已辦,諸當為者已脫重擔,便得所有,用正慧解,意得自在,所度無極——獨阿難未也。

その時、仏はラージャガハの霊鷲山(ぎょうじゅせん)におられた。大いなる比丘たち、千二百五十人の僧団と共にあった。彼らはみな阿羅漢であり、すでに生と死の迷いを断ち切り、煩悩の結びつきはもはやなく、牢獄のような苦しみから完全に解き放たれていた。すでに自在の境地を得て、智慧をよく解き明かし、天や竜王たちも皆、その徳に伏していた。なすべきことは成し遂げられ、重い荷を下ろし、正しい智慧によって心の自由を得て、限りなく人々を救済していた。ただ、阿難だけはまだその境地に達していなかった。

爾時,賢者舍利弗起,長跪叉手而白佛言:「善哉,天中天!昔者諸菩薩求無上正真道者行德號發意便得至號。是諸菩薩以儀哀念安隱諸天及世間人,為作安諦、多所安隱,於眾人民以儀故哀念安定,以大身於世間無蓋哀傷諸天及人。今現在及過去諸菩薩摩訶薩為現光明乃至法之明為作照明,令至佛光明而無有名。若有求菩薩道者,當如昔者諸菩薩摩訶薩所願及行明照并僧那令入德號,以聞者當如是學奉行之。學如是者,即為成阿惟越致及無上正真道也。」

その時、賢者舎利弗が立ち上がり、ひざまずいて手を合わせ、仏に申し上げた。「ありがたきかな、天中の天よ。かつて諸々の菩薩が無上の正しい悟りを求めたとき、その徳を積み、心を起こしたならば、すぐにその境地に達することができました。これらの菩薩は、その智慧によって天や世の人々を哀れみ、安らぎを与え、多くの人々に平安をもたらしました。そして、その大きな慈悲の心で、世の中の覆いのない人々を哀れみ、天や人々を救われました。現在および過去の偉大なる菩薩たちは、悟りの光をこの世に示し、法の明かりを灯して、人々を導き、仏の光へと至らしめましたが、その功績に名はありません。もし仏道を求める者があるならば、かつての偉大なる菩薩たちのように、願いを持ち、智慧の光を実践し、精進をもって徳を積むべきです。その教えを聞いたならば、そのように学び、実践するべきです。このように学ぶ者は、まさに不退転の境地と無上の正しい悟りを得るのです。」

佛言:「善哉,賢者舍利弗!所問甚善。汝乃問過去諸菩薩摩訶薩所願及行照明并僧那令至所號,念諸當來菩薩令受取之。諦聽是,舍利弗!善思念之,為汝解說過去諸菩薩摩訶薩所施行。」

仏陀は言われた。「善きかな、賢者よ、舎利弗よ。その問いはまことに善い。あなたは過去の大菩薩たちの誓願と行い、その光明と精進(僧那)によって得た称号、そして未来の菩薩たちがそれを受け継ぐべきことを問うたのだ。よく聞きなさい、舎利弗よ。心して思惟しなさい。あなたのために、過去の大菩薩たちが行ったことを説き明かそう。」

舍利弗言:「唯然,世尊!願樂欲聞。」

舎利弗が申しました。「そのとおりでございます、世尊。ぜひお聞きしたいと願っております。」

佛告舍利弗:「有世界名阿比羅提,其佛名大目,於彼為諸菩薩摩訶薩說法及六度無極之行。」

仏は舎利弗に告げられた。「阿比羅提という世界がある。そこの仏の名は大目という。その方は、そこにいる大いなる菩薩たちのために説法し、六つの波羅蜜(完全な修行)の道を教えておられる。」

爾時,賢者舍利弗心念言:「我欲問如來、天中天:何所是阿比羅提世界及大目如來、無所著、等正覺為諸菩薩摩訶薩說法及六度無極之行者乎?」

その時、賢者である舎利弗は心の中でこう思った。「私は如来(天中天)に問いたい。あの阿比羅提世界とは何か、また大目如来(無所著・等正覚)が多くの菩薩たちに説いている教えや、六度無極の修行とはどのようなものなのだろうか、と。」

時佛即知賢者舍利弗心所念,告舍利弗言:「東方去是千佛剎,有世界名阿比羅提,其佛名大目如來、無所著、等正覺,為諸菩薩說法及六度無極之行者乎。

その時、仏は賢者舎利弗が心に思っていることをすぐに知って、舎利弗に告げて言われた。「東方にここから千の仏国土を離れたところに、阿比羅提という世界がある。そこの仏は大目如来、無所著、等正覚と名づけられ、多くの菩薩たちのために説法し、また六度無極の修行を示されているのだ。」

「時有比丘從坐起,正衣服,右膝著地,向大目如來叉手,白大目如來言:『唯,天中天!我欲如菩薩結願,學所當學者。』

そのとき、一人の比丘が座を立って、衣を整え、右膝を地につけ、大目如来に向かって合掌し、こう申し上げました。「天中天(如来)よ、どうか私は菩薩の誓いを立てて、学ぶべきことを学びたいと願います。」

「如是,舍利弗!其大目如來告其比丘言:『如結願學諸菩薩道者甚亦難。所以者何?菩薩於一切人民及蜎飛、蠕動之類不得有瞋恚。』

「このように、舎利弗よ。その大目如来は比丘たちにこう告げられた。『誓いを立てて菩薩の道を学ぶことは、実に難しいことである。なぜなら、菩薩はすべての人々、そして空を飛ぶ虫や地を這う生き物に至るまで、一切の生きとし生けるものに対して怒りの心を起こしてはならないからである。』」

「如是,舍利弗!其比丘白大目如來言:『天中天!我從今以往發無上正真道意,以意勸助而不離之,用願無上正真道也,當令無諛諂,所語至誠、所言無異。

「このように、舎利弗よ。その比丘は大目如來にこう申し上げました。『天中の天よ。私は今より以後、無上の正しい真実の道を求める心を起こし、その心を支えとし、決してそれを離れません。無上の正しい真実の道を願い求め、偽りのない正直な心を持ち、語る言葉は真心からのものであり、言動に食い違いがありませんように。』」

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,若於一切人民、蜎飛、蠕動之類起是瞋恚,第一意若發弟子緣一覺意、第二唯意念婬欲、第三若發意念睡眠念眾想由譽、第四發意念狐疑、第五乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「唯々、天中天よ。私がこの一切智の心を起こし、確かにこの誓いを無上の正しい覚りのために立てたのです。もしも全ての人々、飛ぶもの、這うものに対して、このような怒りの心を起こすならば、それは第一の過ちです。もし弟子や独覚の悟りを求める心を起こすならば、それは第二の過ちです。ただ心に貪りの欲望を思うならば、それは第三の過ちです。もし眠りやさまざまな思い、称賛への執着を起こすならば、それは第四の過ちです。もし疑いの心を起こすならば、それは第五の過ちです。そして、このような心を起こして最高の正しい覚りに至るならば、私はこれらの諸仏、世尊を欺くことになります。数えきれず、計り知れず、不可思議で無量の世界において、今まさに説法されている諸仏、天中天方を欺くことになるのです。」

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,若我發意念殺生者,第一若發意念盜取他人財物、第二若發意念非梵行者、第三若發意念妄言、第四若發意念悔恨、第五乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「ただ、天中天よ。私はこの一切智の心を起こしました。まさにこの願いが無上の正しい道でありますように。もし私が殺生の心を起こすならば、それが第一の過ちです。もし私が他人の財物を盗もうとする心を起こすならば、それが第二の過ちです。もし私が清らかな行いを離れる心を起こすならば、それが第三の過ちです。もし私が偽りの言葉を話す心を起こすならば、それが第四の過ちです。もし私が後悔の心を起こすならば、それが第五の過ちです。そして、私が最高の悟りを成就するまで、もしこれらの心を抱くならば、私はこれらの仏陀、世尊——数えきれず計り知れない、無数の世界において、今まさに説法されているすべての仏陀、天中天方を欺くことになります。」

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,若我發意念罵詈,第一若發意念惡口、第二愚癡、第三若發意念綺語、第四若發意念邪見、第五乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。』」

「ただ、天中天よ。私はこの一切智の心を起こしました。本当にこの願いをもって無上の正しい道を求める者であるならば、もし私が心の中で罵りの言葉を思うなら、第一。もし心の中で悪口を思うなら、第二。愚かさ、第三。もし心の中で飾った言葉を思うなら、第四。もし心の中で間違った見解を思うなら、第五。そして、このようなことを最高の悟りを成就するまで続けるならば、私はこれらの仏陀、世尊を欺くことになるでしょう。すなわち、数えきれないほど多くの、計り知れない、無数の世界に今まさに説法されている諸仏、天中天を欺くことになるのです。」

佛語舍利弗:「其比丘如是為,以被是大僧那僧涅——菩薩摩訶薩初發是意,乃於一切人民、蜎飛、蠕動之類意無瞋怒、亦無恚恨也。

仏は舎利弗に告げられた。「その比丘がこのように行じ、この大いなる誓いの鎧を身につけることこそ、菩薩摩訶薩が最初にその心を起こすことである。すなわち、すべての人々、飛び交うもの、這い動くものどもに対して、心に怒りもなく、恨みもないのである。」

「舍利弗!爾時,其菩薩摩訶薩用無瞋恚故名之為阿閦,用無瞋恚故住阿閦地。其大目如來、無所著、等正覺亦歡樂作是名、四天王亦歡樂為是名、天帝釋及梵三鉢亦歡樂作是名。」

舎利弗よ、その時、その菩薩摩訶薩は、怒りの心がないという理由で「阿閦(動かざる者)」と名付けられました。怒りの心がないゆえに、阿閦の境地に安住したのです。その大目の如来、世尊であり正しく悟りを開かれた方は、この名を喜んでお認めになりました。四天王もまた、この名を喜んで称えました。帝釈天や梵天の三鉢(梵衆天)もまた、この名を喜んでお認めになったのです。

佛語舍利弗:「其阿閦菩薩摩訶薩白大目如來、無所著、等正覺言:『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是不離願、為無上正真道者,不奉行如今所語、常不捨得律行迹、不發薩芸若意而欲念成佛者,世世不常作沙門、世世不常著補納之衣、世世作沙門以三法衣不具,乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

仏、舎利弗に告げたまわく:「かの阿閦菩薩摩訶薩は、大目如来・無所著・等正覚に申し上げた——『唯、天中天よ! 私はこの一切智の心を起こしました。誠にこのとおり、願いを離れず、無上正真の道のための者として、今語ったところのものを実践せず、常に戒律の行跡を捨てず、一切智の心を起こさずに仏陀になることを念じるならば、私は世々常に沙門とならず、世々常に糞掃衣を着ず、世々沙門となりながら三法衣を具えず、最正覚を成就するに至るまで、私はこれら諸仏・世尊——数えることもできず、無量無数の不可思議な世界の中の諸仏・天中天が、今現在説法しておられる——を欺く者となりましょう。』」

「『唯,天中天!我發薩芸若意,審如是願為無上正真道者,世世不常為人說法、世世不常作法師、世世所說事不有無所罣礙高明之行、世世不有無量高明之智、世世作沙門不常行分衛,乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「ただ、天中天よ。私が一切智の心を起こし、まさにこの願いを無上の正しい道とすることについて、来世ごとに常に人のために説法せず、来世ごとに常に法師とならず、来世ごとに説くことが何の妨げもない高邁な行いを持たず、来世ごとに無量の高邁な智慧を持たず、来世ごとに沙門として常に托鉢を行わず、ついには最高の正覚を成就するに至るならば、私はこれらの諸仏、世尊——数えきれない無数の、思いもよらない無量の世界にいます、現在説法している諸仏、天中天を欺くことになるでしょう。

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,世世作沙門已不常在樹下坐、世世不常精進行三事。何等三?一者、經行,二者、坐,三者、住。世世若發意念罪本、妄語欺人、誹謗讒言、世世為女人說法及食飲因緣、若起想著笑為說法者,乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「唯、天中天。私はこの薩芸若の意を発しました。もし本当にこのように願って無上正真道を求める者であるなら、世々に沙門となったあとも、常に樹下に坐るわけではありません。世々に常に精進して三つのことを行うわけでもありません。その三つとは何か。一つには経行、二つには坐、三つには住です。もし世々において、罪の本を思い、妄語で人を欺き、誹謗し讒言し、世々に女人のために説法し、また食飲の因縁のため、あるいは想いや執着を起こして笑いながら説法する者であるなら、最も正しい覚りを成るに至るまで、私はこの諸仏・世尊を欺くことになります——数えきれず、無央数で、思議できず、無量の世界における諸仏・天中天で、今まさに説法されている方々を。」

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,世世若舉手說法、世世見餘菩薩不發佛心、世世若發意念供養外異道人、捨諸如來、世世若在坐上聽法,乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「唯一の尊者よ、私はこの一切智の心を起こしました。本当にこの誓いが無上の正しい道であるならば、生まれ変わっても手を挙げて法を説き、生まれ変わっても他の菩薩を見て仏の心を起こさず、生まれ変わっても外道の者を供養しようと思い、諸々の如来を捨て、生まれ変わっても座にいて法を聴き、ついには最高の悟りを成し遂げるまで、私はこれらの仏、世尊を欺くことになるでしょう——数え切れない、無数の、不可思議で無量の世界にいる諸仏、尊者で、現在法を説いておられる方々を。」

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,世世若發意念:「我當布施與某、不布施與某。」世世若發意念:「我當於某處立福施、於某處不立福施。」世世若發意念:「我常持法施與某、不持法施與某。」世世見孤窮用其人故不分身命,乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「唯、天中天よ。私はこの一切智の心を起こしました。本当にこの誓いが無上の正しい道であるならば、生涯を通じて『私はあの人に施しをし、あの人には施しをしない』といった思いを起こさないでしょう。生涯を通じて『私はあの場所で功徳を積み、あの場所では積まない』といった思いを起こさないでしょう。生涯を通じて『私は常に法の施しをあの人に行い、あの人には行わない』といった思いを起こさないでしょう。生涯を通じて、孤独で貧しい人々のために、自らの身や命を惜しまず、ついには最高の悟りを成就するまで、そのように誓います。もしこの誓いに背くならば、私は無数の計り知れない、思いもよらない広大な世界に存在し、現在説法されているすべての仏・天中天方を欺くことになるでしょう。」

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,我世世於諸菩薩所意無有異,至無上正真最正覺也。』」

「『天中天さま、私はこの一切智者(サヴェージャ)の心を起こしました。本当にこの誓いが無上の正しい道であるならば、私は生涯を通じて、どの菩薩のもとでも心に変わりはありません。究極の目覚めを得るその時まで、その気持ちを保ち続けます。』」

佛語舍利弗:「爾時,其比丘如是,如來、無所著、等正覺為作保任。若如來為作保任者,諸天、阿須倫、世間人民亦為作保任。爾時,大目如來為作保任,時諸天、阿須倫、世間人民亦為作保任。」

仏は舎利弗に告げた。「そのとき、その修行僧がこのような状態にあれば、如来・阿羅漢・正等覚者はその者の保証人となる。もし如来が保証人となれば、諸々の天、阿修羅、そして世の人々もまた、その者の保証人となる。そのとき、大目の如来が保証人となったので、諸々の天、阿修羅、そして世の人々もまた、その者の保証人となったのである。」

佛言:「若復有比丘菩薩摩訶薩以是色像僧那求無上正真道者,皆當成無上正真道最正覺也。」

仏は言われた。「もし再び比丘や菩薩摩訶薩が、このような姿形をもって無上の正しい真理の道を求めるならば、皆、必ず無上の正しい真理の道、最も正しい悟りを成就するであろう。」

佛語舍利弗:「其阿閦菩薩白大目如來、無所著等正覺:『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,令我成最正覺時,其剎所有比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷若有罪惡者及讒罪惡者,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

仏、舎利弗に告げたまわく、「かの阿閦菩薩は大目如来・無所著等正覚に申し上げた。『唯れ、天中天よ。私はこの薩芸若の心を起こしました。この願いが真実に無上の正真の道であるならば、私が最高の正覚を成し遂げるとき、その仏国土にある比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の中で、もし罪を犯す者や、罪を讒言する者があれば、私は数えきれないほどの無数の世界の諸仏・世尊・天中天、現在説法しておられる方々を欺くことになりましょう。』」

「『復次,天中天!我當修行乃至成無上正真道最正覺,令我佛剎諸弟子一切皆無有罪惡者,我當修佛道至令佛剎嚴淨。

「また、天の中の天よ。私は修行を積み、ついには無上の正しい悟り、最も正しい覚りを成就するでしょう。そして、私の仏国土にあるすべての弟子たちが、一切の罪や悪から清らかであるようにいたします。私は仏道を修行し、私の仏国土が厳かで清らかに整うまで、努めていく所存です。

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,我若於夢中失精,乃至成最正覺,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。

「唯、天中天よ。私がこの一切智の心を発し、まさにこの願いが無上の正しい道であると確かに誓うならば、もし私が夢の中で精を失うことがあっても、最高の悟りを成就するまで、私はこれらの仏陀、世尊方——数えきれず、計り知れず、無量の世界において、今まさに説法しておられる諸仏、天中天方を欺くことになるでしょう。」

「『復次,天中天!我當修行乃至成無上正真道最正覺,令我佛剎中諸菩薩出家為道者於夢中不失精。

「また、天中天よ。私は修行を積み、ついには無上の正しい悟りである最高の覚りを成就するでしょう。その際、私の仏国土にいて出家して道を求める菩薩たちが、夢の中でも怠け心を失うことのないようにさせてください。

「『唯,天中天!我發是薩芸若意,審如是願為無上正真道者,世間母人有諸惡露,我成最正覺時我佛剎中母人有諸惡露者,我為欺是諸佛、世尊——諸不可計無央數、不可思議無量世界中諸佛、天中天今現在說法者。』

「ただ、天中天よ! 私がこの薩芸若の心を発し、まことにこのように無上正真道を願う者であるならば、世間の女には諸々の悪露があります。私が最正覚を成す時、わが仏刹の中の女に諸々の悪露があるならば、私はこれら諸仏・世尊――数え切れず、無央数で、思議できず、無量の世界の中におられる諸仏、天中天で、今現在説法しておられる方々――を欺くことになります。」

「是為菩薩法事如意所念行,佛亦為如應說法。」

これは菩薩の教えの働きであり、心のままに念じることができる。仏もまた、それに応じて説法されるのである。

佛語舍利弗:「爾時,有一比丘謂阿閦菩薩摩訶薩乃作是結願:『若使不退轉者,當以右指案地令大震動。』

仏は舎利弗に告げられた。「その時、一人の比丘が阿閦菩薩摩訶薩に対してこう誓いを立てた——『もし私が不退転の境地にあるならば、右の指で地を押して大地を大きく震動させよ』と。」

「爾時,阿閦菩薩應時承佛威神、自蒙高明力乃令地六反震動。阿閦菩薩摩訶薩所感動,如語無有異也。」

その時、阿閦菩薩は仏の威神力を受け、自らの高みの力により、大地を六度震わせた。阿閦菩薩摩訶薩が起こしたこの動きは、その言葉通り、少しの違いもなく実現したのである。

佛語舍利弗:「若有菩薩欲成無上正真道最正覺者,當學阿閦菩薩摩訶薩行。菩薩摩訶薩以學阿閦菩薩行者,不久亦當即取佛剎土,當復成無上正真道最正覺也。」

仏、舎利弗に告げたまわく、「もし菩薩ありて、無上正真の道、最正覚を成ぜんと欲せば、まさに阿閦菩薩摩訶薩の行を学ぶべし。菩薩摩訶薩、阿閦菩薩の行を学べば、久しからずして、まさにまた仏の刹土を取り、復た無上正真の道、最正覚を成ずることあるべし。」

爾時,賢者舍利弗問佛言:「天中天!阿閦菩薩摩訶薩初發意時,有幾何天在會中?」

その時、賢者舎利弗が仏に尋ねて言った。「天中の天よ、阿閦菩薩摩耶が初めて発心した時、どのくらいの天衆がその集会の中にいたのでしょうか?」

佛告舍利弗:「阿閦菩薩初發意學時,三千大千世界中四天王天、帝釋及憋魔、梵三鉢一切皆向阿閦菩薩叉手說是語:『昔所不聞是僧那。』

仏は舎利弗に告げられた。「阿閦菩薩が初めて悟りへの誓いを立てて学び始めた時、三千大千世界の四天王天、帝釈天、そして悪魔、梵天、三鉢天など、すべての者が阿閦菩薩に向かって合掌し、こう言った。『かつてこのような大いなる誓いを聞いたことはない。』」

「諸天聞以便說言:『阿閦菩薩成無上正真道,若有人生其佛剎者,是人福德不小也。』」

諸天の人々はこれを聞いて、こう言った。「阿閦菩薩が無上の正しい悟りを成就された。もしその仏の国土に生まれる者がいるならば、その人の福徳は決して小さくはないであろう。」

賢者舍利弗白佛言:「未曾聞餘菩薩摩訶薩以是色像學僧那,我亦不見亦不聞如阿閦菩薩摩訶薩及天中天為作如是之名。」

賢者舎利弗が仏に申し上げた。「私はこれまで、他の菩薩たちがこのような形で誓いを立てて学ばれるのを聞いたことがありません。また、阿閦菩薩や天中天がこのような名を持たれるのも、見たことも聞いたこともありません。」

佛言:「如是也。舍利弗!少有菩薩摩訶薩以是色像學僧那及無上正真道如阿閦菩薩摩訶薩。於是,舍利弗!陂陀劫中,諸菩薩摩訶薩其德不及阿閦菩薩摩訶薩之功德也。」

仏は言われた。「そのとおりである。舎利弗よ、阿閦菩薩摩訶薩のように、そのような姿で誓いを立て、無上の正しい悟りを求める菩薩摩訶薩は、ほとんどいないのである。舎利弗よ、この劫(長い時間の単位)の中で、諸々の菩薩摩訶薩の功徳は、阿閦菩薩摩訶薩の功徳には及ばないのである。」

佛語舍利弗:「爾時,其大目如來、無所著、等正覺授阿閦菩薩無上正真道決:『汝為當來佛,號阿閦如來、無所著、等正覺,成慧之行而為師父,安定世間無上大人,為法之御,天上天下尊,佛、天中天。亦如提洹竭佛授我決。』」

仏、舎利弗に告げたまわく:「その時、大目如来・無所著・等正覚は、阿閦菩薩に無上正真の道の記別(しょうき)を授けたまえり。『汝は未来において仏となり、号を阿閦如来・無所著・等正覚とす。慧の行を成就して師範となり、世間を安らかに保ち、無上の大人として、法を統べる者、天と地の尊、仏・天中天とならん。これはちょうど、提洹竭仏が我に記別を授けたまいしと同じことなり。』と。」

時佛語舍利弗:「大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,其三千大千世界皆為大明;譬我亦如是,授無上正真道決時,其三千大千世界皆為大明。

その時、仏は舎利弗に告げられた。「大目の如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上正等覚の授記を与えられた時、この三千大千世界はすべて大いなる光明に満ちた。私もまた同じように、無上正等覚の授記を与えられた時、この三千大千世界はすべて大いなる光明に満ちたのである。」

「復次,舍利弗!其阿閦菩薩摩訶薩成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,其三千大千世界六反震動;譬我亦如是,成無上正真道、得薩芸慧時,三千大千世界為六反震動。

また、舎利弗よ、その阿閦菩薩(あしゅくぼさつ)が無上の正しい悟りを成就し、すべてを知る智慧を得たとき、この三千大千世界は六度にわたって震動しました。ちょうど私が無上の悟りを成就し、すべてを知る智慧を得たとき、三千大千世界が六度震動したのと同じように。

「復次,舍利弗!阿閦菩薩摩訶薩授無上正真道決時,是三千大千世界中諸藥、樹木一切皆自曲低向阿閦菩薩作禮;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,是三千大千世界諸藥、樹木一切皆自曲低向我作禮。

また、舎利弗よ。阿閦菩薩が無上の正しい悟りの予言を受けた時、この三千大千世界のすべての草木は、自然に身を曲げて阿閦菩薩に礼拝しました。私も同じように、無上の正しい悟りを成就し、すべてを知る智慧を得た時、この三千大千世界のすべての草木は、自然に身を曲げて私に礼拝するでしょう。

「復次,舍利弗!其大目如來、無所著、等正覺授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,其三千大千世界中諸天、龍、鬼神、揵沓惒、阿須倫、迦留羅、真陀羅、摩休勒一切皆向阿閦菩薩叉手而作禮;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,三千大千世界諸天、龍、鬼神、揵陀羅、阿須倫、迦留羅、真陀羅、摩睺勒皆向我叉手作禮。

また、舎利弗よ。その大目如来(如来・応供・等正覚)が阿閦(あしゅく)菩薩摩訶薩に無上正真道の記別(成仏の予言)を授けた時、その三千大千世界の中のすべての天、龍、鬼神、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、摩睺羅伽(まごらが)は、皆、阿閦菩薩に向かって合掌して礼拝した。たとえば、私もまた、このように無上正真道の最正覚を成し遂げ、薩芸若(すべてを知る智慧)の慧を得た時、三千大千世界のすべての天、龍、鬼神、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽が、皆、私に向かって合掌して礼拝するであろう。

「復次,舍利弗!其大目如來、無所著、等正覺授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,遍三千大千世界諸妊身女人皆安隱產、盲者得視、聾者得聽;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,是三千大千世界諸妊身女人皆安隱產、盲者得視、聾者得聽。

また、舎利弗よ。その大目如来、阿羅漢、正等覚者は、阿閦菩薩摩訶薩に無上正真の道の記別を授けたとき、三千大千世界の妊婦たちはみな安らかに出産し、盲人は目が見えるようになり、聾者は耳が聞こえるようになった。私もまた、無上正真の道を成就し、正等覚者となり、薩芸若の智慧を得たとき、この三千大千世界の妊婦たちはみな安らかに出産し、盲人は目が見えるようになり、聾者は耳が聞こえるようになるであろう。

「復次,舍利弗!大目如來、無所著、等正覺授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,遍三千大千世界中人非人皆燒香;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,遍三千大千世界中人非人皆燒香。」

「また、舎利弗よ。大目如来(無所著・等正覚)が阿閦菩薩(摩訶薩)に無上正真道の悟りを保証されたとき、三千大千世界のすべての人間と非人間が香を焚きました。私も同じように、無上正真道の最高の悟りを成就し、薩芸若(すべてを知る智慧)を得たとき、三千大千世界のすべての人間と非人間が香を焚くでしょう。」

賢者舍利弗白佛言:「阿閦菩薩摩訶薩乃有是無極之德。」

賢者の舎利弗が仏に申し上げた。「阿閦菩薩摩訶薩(あしゅくぼさつまかさつ)には、このような限りない徳があるのですね。」

佛告舍利弗:「阿閦菩薩摩訶薩不但有功德,不獨大目如來授其決,如是不可稱說無央數功德得度無極。

仏は舎利弗に告げられた。「阿閦菩薩摩訶薩は、ただ功徳があるだけでなく、大目如来だけがその成仏を授けたわけではない。このように数えきれない無限の功徳を得て、悟りの彼岸に達したのである。」

「復次,舍利弗!大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,諸天、阿須倫、世間人其意皆安隱,悉得其時;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,諸天、阿脩羅、世間人意皆得安隱,悉得其時。

また、舎利弗よ。大目の如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上の正しい悟りの道を授けたとき、諸天や阿修羅、世の人々は皆、心が安らかで、すべてがその時を得たのです。ちょうど私も同じように、無上の正しい悟りを成就し、最高の悟りを得て、すべてを正しく知る智慧を得たとき、諸天や阿修羅、世の人々の心は皆、安らかになり、すべてがその時を得たのでした。

「復次,舍利弗!其大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,和夷羅、鬼神常隨後護之:譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,和夷羅、鬼神常隨我後行。

また、舎利弗よ。その大目如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上の正しい悟りの保証をお与えになったとき、和夷羅という鬼神が常にその後ろに従って守りました。私もまた、このように無上の正しい悟りを成就し、最も正しい覚者となり、すべてを知る智慧を得たとき、和夷羅という鬼神が常に私の後ろに従って歩みました。

「復次,舍利弗!大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,諸天、阿脩羅、世間人,以天華、天香供養之;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,諸天、阿脩羅、世間人,以天華、天香來供養。

さらに、舎利弗よ。大目如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上の正しい悟り、すなわち薩芸若の智慧を得ることを授けられたとき、天や阿修羅、世の人々は天の花や天の香りで供養しました。私も同じように、無上の正しい悟りを成就し、薩芸若の智慧を得たとき、天や阿修羅、世の人々が天の花や天の香りを持って供養に来るでしょう。

「復次,舍利弗!大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,二十億人及三十億諸天發無上正真道意,大目如來、無所著等正覺皆授其決。

「また、舎利弗よ。大目如来が阿閦菩薩(無動菩薩)に無上の正しい覚りの予言を与えられたとき、二十億の人々と三十億の天の人々が、無上の正しい覚りへの志を起こしました。そして、大目如来(煩悩から自由な正しい覚りに達したお方)は、そのすべての人々に予言を与えられました。」

「復次,舍利弗!大目如來、無所著、等正覺授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,其地大動,自然生優鉢華、蓮華、拘文華、分陀利華布其地;譬我亦如是,成無上正真道最正覺、得薩芸若慧時,大地自然生優鉢華、蓮華、拘文華、分陀利華布其地。

また、舎利弗よ。大目如来(無所著・等正覚)が阿閦菩薩(大菩薩)に無上の正しい悟りの予言を与えられたとき、大地が大きく震動し、自然に優鉢華、蓮華、拘文華、分陀利華がその地に咲き広がりました。私も同じように、無上の正しい悟りを成就し、すべてを知る智慧を得たとき、大地に自然と優鉢華、蓮華、拘文華、分陀利華が咲き広がったのです。

「復次,舍利弗!大目如來、無所著、等正覺授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,若干百天人、若干千天人、若干百千諸天人住於虛空,以天衣用散阿閦菩薩上,即說是言:『菩薩摩訶薩當度,成無上正真道最正覺也。』

さらに、舎利弗よ。大目の如来、執着なく、完全なる悟りを開かれた方は、阿閦(あしゅく)菩薩、この大いなる菩薩に無上の正しい悟りを成就するという保証を与えられたとき、多くの百の天人、多くの千の天人、多くの百千の天人たちが虚空に留まり、天の衣を阿閦菩薩の上にまいて、こう言ったのです。「この大いなる菩薩は、まさに衆生を救い、無上の正しい悟りを完成させ、最高の覚りを得るであろう」と。

「復次,舍利弗!大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決,爾時諸天、阿須羅、世間人民相愛劇父母哀其子;譬我亦如是,成無上正真道最正覺時,諸天、阿脩羅、世間人民相愛劇父母哀其子也。

また、舎利弗よ。大目如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上正等覚の授記を授けられたとき、天人会衆、阿修羅、世の人々は互いに慈しみ合い、その様子は父母がわが子を哀れむよりも深いものであった。私が無上正等覚を成就し、正しい悟りを開いたときも、まさに同じように、天人会衆、阿修羅、世の人々は互いに慈しみ合い、父母がわが子を哀れむよりも深い愛情をもって接するであろう。

「復次,舍利弗!大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正真道決時,其三千大千世界中諸天及人民,承佛威神皆聞授阿閦菩薩決。

また、舎利弗よ。大目如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上の正しい悟りを成就するという保証(授記)を与えられたとき、その三千大千世界の中のすべての天や人々は、仏の威神力によって、阿閦菩薩に授記が与えられたことを皆、聞き知ったのである。

「如是,舍利弗!昔授菩薩決時,其此國中人民一心布施,為福德快飲食,若有求索者已所喜而施與。譬我亦如是,成無上正真道最正覺時,是三千大千世界中諸天及人民皆承佛威神聞授決時。如是,舍利弗!昔此國中人民一心布施,為福德快飲食,若有求索者已所喜而施與。

「このように、舎利弗よ。かつて私が菩薩として悟りの保証(授記)を受けた時、この国に住む人々は一心に布施を行い、福徳と喜びのための食べ物を施しました。もし求める者があれば、その人が喜ぶものを与えたのです。私も同じように、無上正等覚(完全なる悟り)を成就して仏となった時、この三千大千世界の中のすべての天や人々は、仏の威神力によって、その授記の時を聞くことになるでしょう。このように、舎利弗よ。かつてこの国の人々は一心に布施を行い、福徳と喜びのための食べ物を施し、求める者にはその人が喜ぶものを与えたのです。」

「復次,舍利弗!其大目如來授阿閦菩薩摩訶薩無上正覺道決時,諸欲界天悉鼓天伎樂供養。

さらに、舎利弗よ。大目如来が阿閦菩薩摩訶薩に無上の正しい悟りの保証を与えられたとき、欲界のすべての天人は天の楽器を奏でて供養したのです。

「舍利弗!是阿閦菩薩摩訶薩授決時之功德行。」

舎利弗よ、これが阿閦菩薩(大いなる菩薩)が成仏の予言を受けたときの功徳と行いである。

賢者舍利弗白佛言:「難及,天中天!如來、無所著、正覺誠諦說之——不可思議諸佛佛之境界、不可思議諸神神之境界、不可思議諸龍龍之境界。不可思議諸龍之境界——乃從阿閦菩薩摩訶薩初發意學受得此功德。天中天!是阿閦菩薩摩訶薩授決時亦不可思議。」

賢者舎利弗が仏に申し上げた。「驚くべきことでございます、天中天よ。如来・無所著・正覚者は、まことに真実を説かれました——思いもよらぬ諸仏の仏の境地、思いもよらぬ諸神の神の境地、思いもよらぬ諸龍の龍の境地。思いもよらぬ諸龍の境地——それは阿閦菩薩摩訶薩が最初に悟りを求める心を起こした時から学び、受けて得た功徳によるものです。天中天よ、この阿閦菩薩摩訶薩が成仏の予言を受けた時もまた、思いもよらぬことでございます。」

是時賢者阿難謂賢者舍利弗:「阿閦菩薩摩訶薩初發意學僧那及得號如是也?」

その時、賢者アーナンダは賢者シャーリプトラに尋ねました。「阿閦菩薩摩訶薩(あしゅくぼさつまかさつ)が初めて誓いを立てて学び始めたとき、その誓いと、その名が与えられるようになったのは、このようなものだったのですか?」

舍利弗謂阿難言:「是皆有因緣所致,阿閦菩薩摩訶薩初發意學僧那及德號,今佛當廣解說之。」

舎利弗が阿難に言われた。「これらのことは、すべて因縁によって起こるのです。阿閦菩薩摩訶薩が最初に菩提心を起こし、僧那(誓い)を学び、その徳の名号を立てたことについて、今、仏が詳しくお説きくださるでしょう。」

時佛告舍利弗言:「阿閦菩薩初發是意時可令虛空有異,我所結願不可使有異,被僧那僧涅乃如是。」

その時、仏は舎利弗に告げて言った。「阿閦菩薩が初めてこの心を起こした時、虚空に変化をもたらすことはできようが、私が結んだ願いに変化をもたらすことはできない。僧那僧涅(誓いの甲冑をまとうこと)は、まさにこのようなものなのである。」

佛語舍利弗:「如阿閦菩薩摩訶薩所被僧那僧涅,寶英菩薩摩訶薩亦從阿閦菩薩學行。舍利弗!無央數菩薩不能及知阿閦菩薩所被僧那僧涅甚堅積累德行乃如是。

仏、舎利弗に告げて言われた。「阿閦菩薩摩訶薩がまとったその大いなる誓いの衣のように、宝英菩薩摩訶薩もまた阿閦菩薩からその行いを学んだのです。舎利弗よ、数え切れないほどの菩薩たちでさえ、阿閦菩薩がまとったその誓いの衣の堅固さと、積み重ねられた徳の深さを、完全に理解することはできないのです。」

「舍利弗!其阿閦菩薩以成無上正真道也,最正覺,今現在阿比羅提世界。

舎利弗よ、その阿閦菩薩は、すでに無上の正しい悟りを完成され、真の覚者となられました。そして今、阿比羅提の世界に現れておられます。

「阿閦如來、無所著、等正覺行菩薩道時,世世人求手足、及頭、目、肌肉,終不逆人意也。

阿閦如来(不動如来)は、迷いを離れ、完全に正しく悟られた仏として、菩薩の道を歩んでいたとき、どの時代にあっても、人々が手足や頭、目、筋肉を求めてきたならば、その願いを拒むことは決してありませんでした。

「舍利弗!阿閦如來從初發意至成無上正真道最正覺,不中有頭痛,亦無風氣、上隔之病。舍利弗!是阿閦如來、無所著、等正覺昔行菩薩道時甚難及、未曾有之法。
「阿閦如來昔行菩薩道時,世世見如來,一切常奉梵行,世世亦作,是名阿閦菩薩從一佛剎復遊一佛剎,所至到處目常見諸天中天生於彼。」
佛言:「舍利弗!譬如轉輪王得天下,所從一觀復至一觀足未曾蹈地,所至常以五樂自娛,得自在至盡壽。如是,舍利弗!阿閦如來行菩薩道行,世世常自見如來、無所著、等正覺、常修梵行,於彼所說法時一切皆行度無極,少有行弟子道。彼所行度無極為說法——有立於佛道者便勸助為現正,令歡喜踊躍,皆令修無上正真道——便發是大尊意:『彼說法時,諸所德本以願持作無上正真道。我持是德本願無上正真道成最正覺時說法,令我佛剎中諸菩薩摩訶薩,佛說法時承佛威神皆受、諷誦、持之。諷誦已,是諸菩薩摩訶薩從一佛剎復遊一佛剎,意常樂諸佛、天中天,至成無上正真道最正覺。我亦如是,從一佛剎復遊一佛剎,即住於兜術天得一生補處之法。』」

仏陀は仰せられた。「舎利弗よ、たとえば転輪聖王が天下を得て、ある観覧の場所からまた別の観覧の場所へと赴くとき、その足が地に触れることはなく、訪れる先々で常に五つの楽しみをもって自らを遊ばせ、その寿命が尽きるまで自由自在であるようなものだ。

そのように、舎利弗よ、阿閦如来は菩薩道を歩んでおられたとき、生涯のどの世においても、常に如来・無所著・等正覚を自らお目にかかり、常に清らかな行いを修められた。彼らの説法を聞くとき、すべての者は六度(ろくど)の波羅蜜を実践し、弟子の道を歩む者はほとんどいなかった。

その説法はすべて度無極(波羅蜜)を説くものであった。仏道に立つ者があれば、その者を励まし、正しい道を示し、喜び踊るようにさせ、皆を無上正等覚を修めるように導かれた。そして、このように大いなる尊い誓いを立てられた。

『彼が説法するとき、あらゆる功徳の根は、無上正等覚を得るための願いとして保たれる。私はこの功徳の根をもって、無上正等覚を成就し、最も正しい悟りを開いたとき説法しよう。そのとき、私の仏国土にいる多くの菩薩たちが、仏の説法を聞くとき、仏の威神力によって皆、受け取り、唱え、保つことができますように。

唱え終えたなら、これらの菩薩たちは、ある仏国土からまた別の仏国土へと遊行し、常に諸仏・天中の天を喜び楽しみ、無上正等覚の最も正しい悟りを成就するに至りますように。

私もまたそのように、ある仏国土からまた別の仏国土へと遊行し、兜率天に住して一生補処の法を得るでしょう。』」

佛復語舍利弗:「如是,諸菩薩摩訶薩從兜術天自以神力下入母腹中,從右脇生。菩薩生墮地時,地為大動,以修行有是應。菩薩在母腹中時都無有臭處、亦無惡露、亦無不可意。」

また仏は舎利弗に言われた。「このように、諸々の大菩薩は兜率天から自らの神通力によって母の胎内に入り、右脇から生まれる。菩薩が生まれて地に落ちる時、大地は大いに動く。これは修行の功徳による応報である。菩薩が母の胎内にいる時、全く臭いものもなく、不浄のものもなく、心を不快にさせるものも何一つないのだ。」

時佛語舍利弗:「譬如神通比丘若入絞露精舍,於虛空中遊行周匝,虛空中行於絞露精舍無所觸礙。如是,舍利弗!菩薩入母腹中時,如在虛空中遊觀周匝,無所觸礙、亦無臭處。其阿閦如來昔行菩薩道時如是;我亦如是,行無上正真道時一切皆破壞魔事,我如是成無上正真道最正覺。

その時、仏は舎利弗に告げられた。「たとえば、神通力を持つ比丘が、もしも天蓋のない精舎に入り、虚空の中で遊行し周囲を巡るならば、虚空の中で精舎の天蓋に触れることも妨げられることもない。同じように、舎利弗よ、菩薩が母の胎内に入る時、あたかも虚空の中で遊び観察し周囲を巡るかのようであり、何にも触れることも妨げられることもなく、また不浄な場所もないのである。かの阿閦如来が昔、菩薩道を修行していた時もこのようであった。我もまた同じく、無上正真の道を歩む時、すべての魔の働きを打ち破り、このようにして無上正真の道において最上の悟りを成就したのである。」

「阿閦佛剎求菩薩道及弟子道者皆破壞諸惡、降伏眾魔,一切皆盡,其佛剎人民不復作魔事:『我當修是佛道至得出家學道。』」

阿閦仏の浄土に菩薩の道や弟子の道を求める者たちは、皆あらゆる悪を打ち破り、すべての魔を降伏させる。そのすべてが尽きると、その仏の国の人々はもはや魔の行いをしない。「私はこの仏道を修めて、ついには出家して学道を得よう」と誓うのである。

佛語舍利弗:「阿閦如來、無所著、等正覺昔行菩薩道聽說法時,其身不生疲極、意亦不念疲極。舍利弗!阿閦如來昔求菩薩道,聽說法時:『如是好法,令我佛剎中諸菩薩摩訶薩好法如是。』」

仏、舎利弗に告げたまわく:「阿閦如来・無所著・等正覚は、昔、菩薩の道を修行し、説法を聞くとき、その身に疲れが生じず、心にも疲れを念じなかった。舎利弗よ、阿閦如来は昔、菩薩の道を求め、説法を聞くとき、『このような善き法が、我が仏国土における諸々の菩薩摩訶薩にも、このようにあらんことを』と思ったのである。」


2 阿閦佛剎善快品

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