No. 513-A鍥仁王般若經合疏敘
仁王般若経合疏序
仁王般若疏安史之亂,橫罹兵燹,中原絕其傳。至宋初,四明祖師多方求之,卒不克獲。嘗傳于吾扶桑,師授相傳,而講究亦聞。豈此疏與吾邦特有因緣邪?將吾邦之士信道之篤,守而弗失歟?然經疏各行,艱乎尋對,且亥豕相望,句讀難分。邇世以來,疏本僅傳,而講究稍疎,想非斯之故歟?余嘗竊欲分會校訂,以便學者,而事緣為阻,未酬素志。頃日劂生持一方冊,題曰仁王般若合疏者,來請余弁言焉。余取覽之,則閩為霖霈公之所合,而訂正稍精。嗚呼!余嘗所欲為而未果者,況經先達之表章,豈惜鄙辭而不表隨喜之忱哉?於是乎書。
『仁王般若経疏』は、安史の乱の兵火に巻き込まれ、中原ではその伝承が絶えてしまいました。宋の初め、四明の祖師が方々を探し求められましたが、ついに入手することは叶わなかったと伝えられています。かつて我が日本に伝わり、師から弟子へと授けられ、研究も行われてきました。これはひょっとすると、この疏と我が国に特別な縁があったからでしょうか。それとも、我が国の人々の信仰心が厚く、大切に守り伝えてきたからなのでしょうか。しかし、経文と疏が別々に伝わり、対応させるのが難しく、また誤字脱字が多く、句読点も付けにくい状況でした。近世に入ると、疏の写本はわずかに伝わるものの、研究は次第に疎かになっていったようです。おそらく、このような事情があったからではないでしょうか。
私は以前から、学ぶ人のために経文と疏を対応させて校訂したいとひそかに願っていましたが、様々な事情で阻まれ、その志を果たせずにいました。先日、劂生という者が一冊の本を持って訪ねてきました。題して『仁王般若合疏』というもので、私に序文を書いてほしいと頼んできたのです。手に取って見ると、これは閩の為霖霈公が経文と疏を合わせ、かなり丁寧に訂正を加えたものでした。ああ、私がかつて成し遂げたいと思いながら果たせなかったことを、先達がすでに成し遂げ、世に示してくださったのです。どうして私の拙い言葉を惜しんで、この喜びの気持ちを表さずにいられましょうか。ここに記すことにいたします。
元祿壬午春二月下浣 天台山亮潤大雲序
元禄壬午の春二月下旬、天台山の亮潤大雲が序す。