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title: "大乘義章 · 13 四空義(二)"
description: "大乘義章是隋代高僧慧遠所著的一部重要佛教論典。該書創作於南北朝佛教義學興盛之際旨在系統闡釋大乘佛教的核心教義。全書內容廣博對名相、法數、教理等進行了精細分梳與詮釋涵蓋空有、佛性、修行等多個關鍵領域體系嚴整被譽為中國佛教史上的百科全書式著作。此書不僅總結了南北朝佛教的思想精華更對後世天台、華嚴等宗派的教理發展產生了深遠影響是研究漢傳大乘佛教思想不可或缺的權威典籍。"
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### 四空義兩門分別辨相一　攝相二

> 四空の義、二つの門に分けて説明する<note>相を弁別すること一、相を摂めること二</note>

四空之義。出大品經。所言空者。理之別目。理絕眾相。故名為空。空隨義別。難以具陳。今據一門且論四種。四名是何。一法相空。二無法空。三自法空。四他法空。四中前二。遣法有無。後之兩種。破情顯理。成初二門。法相空者。破法有相。一切世諦有為無為。通名法相。此之法相。無法為法。法即非法。故名為空。其猶世間陽炎之水無水為水。水即無水。諸法像此。故龍樹言。一切法中。自相匹得。名法相空。問曰。世諦之無為空。應是第二無法相空。今云何言是法相空。釋言。世諦之無為者。對彼理無亦是其有。是故此空名法相空。故地持云。有為無為。名之為有。無我我所。名為無有。問曰。無為應名為無。云何稱有。以此事無相有彼此。故名為有。無法空者。破法無相。諸法理空。名為無法。無法體狀。名無法相。此無法相。破有故立。無別自性。故名為空。是以經言。無為法相。不可得故。名無法相空。問曰。如來常以無生無住無滅。說無為法。今云何言無法相空。龍樹釋言。對破生故。宣說無生。對破住故。宣說無住。對破滅故。宣說無滅。此等皆從生住滅邊。得其名字。無別自性故名為空。又說。因緣非無之法。以之為無。良以非無以為無故。無即非無。故名為空。自法空者。明前二空法性自寂。不由智慧強觀令空。名自法空。於中所空。有其二種。一世間性。謂地堅性水濕性等。二聖人性。謂如法性實際法等。此二法性。同皆是空。名自法空。世間性空。猶是向前。法相之空聖人性。空猶是向前。無法相空。既是前空。何勞重說。良以世人謂前二空由觀故空。非法自空。為破彼見故復說之。他法空者。或有眾生。謂如法性實際之外更有餘法。名之為他。今為破彼。明如等外更無他法。名他法空此一門竟。

> 四つの空の意味は、『大品経』に由来します。ここでいう「空」とは、真理の異なる呼び名であり、真理はあらゆる相を超越しているため「空」と呼ばれます。しかし「空」にも様々な意味の違いがあり、すべてを詳しく述べることは容易ではありません。そこで今回は、一つの観点から四つの種類について論じましょう。その四つとは何か。第一に「法相空」、第二に「無法空」、第三に「自法空」、第四に「他法空」です。 この四つのうち、最初の二つは「法がある」「法がない」という概念を打ち破るものです。後の二つは、執着を破って真理を明らかにし、最初の二つの教えを完成させます。 「法相空」とは、法には相があるという考えを打ち破ることです。すべての世俗の真理における、作為的なものと作為的でないものを、まとめて「法相」と呼びます。この法相は、本来「法がない」ということが「法」なのであり、「法」はすなわち「法ではない」のです。だからこそ「空」と言います。それはちょうど、世の中の蜃気楼の水が、水がないのに水のように見え、その水は実は水ではないのと同じです。すべての現象もこれと同じです。ですから竜樹菩薩は「すべての法において、それ自体の相が得られないこと、これを法相空という」と述べています。 問い：世俗の真理における作為的でないものの空は、第二の「無法相空」にあたるべきではないですか。なぜ今、それを「法相空」と言うのですか。 答え：世俗の真理における作為的でないものとは、真理の「無」と対比すれば、それもまた「有」です。ですから、この空は「法相空」と呼ばれます。故に『菩薩地持経』には「作為的なものと作為的でないものを『有』と言い、我と我所がないことを『無有』と言う」とあります。 問い：作為的でないものは「無」と呼ばれるべきでは？なぜ「有」と言うのですか。 答え：この事柄には「無」という相はありませんが、互いに区別できる相があるため「有」と言うのです。 「無法空」とは、「法がない」という相を打ち破ることです。すべての法の真理としての空を「無法」といい、その「無法」のありさまを「無法相」と言います。この「無法相」は、「有」を打ち破るために立てられたものであり、それ自体に固有の性質はありません。だから「空」と言います。ですから経典では「作為的でない法の相は、得ることができないので、無法相空という」と説かれています。 問い：如来は常に、不生・不滅・不滅によって作為的でない法を説かれています。なぜ今、無法相空と言うのですか。 竜樹菩薩の解釈によれば、「生」を打ち破るために「不生」を説き、「住」を打ち破るために「不往」を説き、「滅」を打ち破るために「不滅」を説きます。これらはすべて、生・往・滅という側面から名前を得ているに過ぎず、それ自体に固有の性質はないため「空」と言います。また、縁起によって存在するものではないものを「無」とする、とも説かれています。まさに「無ではない」ことをもって「無」とするため、「無」はすなわち「無ではない」のです。だから「空」と言います。 「自法空」とは、上記の二つの空において、法の性質自体が元から寂静であり、智慧によって無理に空と観じるのではないことを明らかにします。これを「自法空」と言います。そこで空にされるものには二種類あります。一つは世間の性質、すなわち地の堅さ、水の湿り気などの性質です。もう一つは聖者の性質、すなわち法性、実相、真如などの法です。これらの二つの法の性質は、ともに同じく空であり、これを「自法空」と言います。世間の性質の空は、先の「法相空」と同じであり、聖者の性質の空は、先の「無法相空」と同じです。すでに以前に説かれた空であるのに、なぜ改めて説くのでしょうか。それは、世の人々が、最初の二つの空は観察によって空になるのであって、法自体が空なのではない、と考えているからです。この誤った見解を打ち破るために、改めて説くのです。 「他法空」とは、ある众生が、法性や実相、真如などの他に、さらに別の法があると考え、それを「他」と呼ぶことです。今、その考えを打ち破るために、真如などの他には別の法はないことを明らかにし、これを「他法空」と言います<note>この一門はここで終わる</note>。

次辨攝相。彼十八空。此四空中。何相所攝。經論無文。准義相攝。麁亦可知。相狀如何。法相空中。攝十一空。所謂內空．外空．內外空．大空．有為空．無為空．畢竟空．無始空．散空．諸法空．有法空。以此十一齊空世法。是故攝入法相空中。問曰。第六無為空者。應是第二無法相空。何故攝入法相空中。釋言。此空但空世諦無為之法。不是理無。是故攝入法相空中。無法相空。別攝三空。所謂空空。第一義空。及無法空。以此三種齊空理無。是故攝入無法空中。自法空中。唯攝性空。彼性空者。明其諸法體性自空不由觀力。故名性空。此義與彼自法空同。是故攝入自法空中。此前十五。分相別攝。餘三共攝。彼法相空。無法相空。共攝二空。所謂相空。無法有法空。相空之中。明其自相及同相空。自相空者。明色等空。判屬第一法相空中。同相空中。有其二種。一明世諦苦無常等同相空寂。是空攝入法相空中。二明真諦同相理空。是空攝入無法相空。就彼無法有法空中。有法空者。是法相空。無法空者。攝入第二無法相空。彼法相空。及他法空。共攝一種不可得空。若說有法自相叵得。判屬第一法相空中。若說真如法性等外。邪見所立微塵世性。皆不可得。攝入第四他法空中。攝相如是。問曰。此四與十八空。體性不殊。說十八空其義廣足。何勞更說此四空乎。論自釋言。聖人說法凡有四種。一先略後廣。為欲解義。二先廣後略。為易受持。三先略後略。為利根者。四先廣後廣。為鈍根者。此就一義。以分利鈍。利根之人。少言能解。故為略說。鈍根之人。多言方悟。故為廣說。若對多義。為利根者。先後俱廣。彼能受故。為鈍根者。先後俱略。不堪受故。彼大品經。為易受持故。先廣說十八空竟。復說四空。自餘廣略。類此可知。四空之義。辨之麁爾。

> 次に、これらの空の包含関係について説明します。あの十八種の空は、この四つの空のうち、どのような形で含まれるのでしょうか。経典や論書には明らかな文はありませんが、その意味から推測すると、おおよそは理解できるでしょう。その様相を見てみます。 法相空には、十一の空が含まれます。すなわち、内空・外空・内外空・大空・有為空・無為空・畢竟空・無始空・散空・諸法空・有法空です。これら十一の空は、すべて世俗の存在を空と見なすものです。そのため、法相空に含まれるのです。 問い：第六の無為空は、本来なら第二の無法相空に含まれるべきではないでしょうか。なぜ法相空に含まれるのですか。 答え：この空は、単に世俗の真理における無為の法を空とするものであり、真理そのものの無（理無）ではありません。そのため、法相空に含まれるのです。 無法相空には、別に三つの空が含まれます。すなわち、空空・第一義空・無法空です。これら三種の空は、すべて真理そのものの無（理無）を空と見なします。そのため、無法空に含まれるのです。 自法空には、ただ性空だけが含まれます。その性空とは、すべてのものの本質が、観想の力によるのではなく、もともと自ら空であることを明らかにします。このため、性空と呼ばれます。この意味は、自法空と同じです。そのため、自法空に含まれるのです。 これまでの十五の空は、それぞれの区分に従って分類されました。残りの三つの空は、まとめて分類されます。 法相空と無法相空は、共に二つの空を含みます。すなわち、相空と無法有法空です。 相空においては、自相と同相が空であることが明らかにされます。自相空とは、色などの個別の性質が空であることで、これは第一の法相空に分類されます。同相空には二種類あります。一つは、世俗の真理における苦・無常など、共通の性質が空であることを明らかにするもので、この空は法相空に含まれます。もう一つは、真実の真理における共通の性質としての理が空であることを明らかにするもので、この空は無法相空に含まれます。 また、無法有法空において、有法空は法相空であり、無法空は第二の無法相空に含まれます。 法相空と他法空は、共に一種の不可得空を含みます。もし、存在するものの自相が捉えられないと説くなら、それは第一の法相空に分類されます。もし、真如や法性などの外に、邪見によって立てられる微塵や世性などが、すべて捉えられないと説くなら、それは第四の他法空に含まれます。このように、包含関係は決まります。 問い：この四つの空と十八の空は、その本質は同じものです。十八の空を説けば、その意味は十分に尽くされるのではないでしょうか。なぜ、わざわざこの四つの空を説く必要があるのですか。 論書では自ら次のように説明しています。聖者が説法するには、全部で四つの方法があります。一に、最初に簡略に説き、後で詳しく説くのは、意味を理解させるためです。二に、最初に詳しく説き、後で簡略に説くのは、容易に受け入れさせるためです。三に、最初から最後まで簡略に説くのは、利根の人のためです。四に、最初から最後まで詳しく説くのは、鈍根の人のためです。これは一つの観点から、利根と鈍根を分けたものです。利根の人は、少ない言葉で理解できますので、簡略に説かれます。鈍根の人は、多くの言葉によって初めて悟りますので、詳しく説かれるのです。 もし多くの観点から見れば、利根の人に対しては、最初も後も詳しく説かれます。彼らは受け入れられるからです。鈍根の人に対しては、最初も後も簡略に説かれます。彼らは受け入れられないからです。 あの『大品般若経』では、容易に受け入れさせるために、まず十八の空を詳しく説き、その後に四つの空を説きました。その他の簡略・詳細の関係も、これによって類推できるでしょう。四つの空の意味については、大まかに以上の通りです。