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  1. 慈悲道場水懺法科註 (慈悲道場水懺法科註)
  2. 第一 (第一)
  3. No. 1496-A 慈悲道場水懺原叙 (No. 1496-A 慈悲道場水懺原敘)
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慈悲道場水懺法科註 (慈悲道場水懺法科注)

「慈悲道場水懺法科註」について

清 · 西宗集註 著

6.7 万字 · 約 222 分

慈悲道場水懺法科註、またの名を西宗集註と称す。これは清代の僧侶による、唐代の悟達国師の著わされた『慈悲道場懺法』(俗に水懺と称される)に対する権威ある注釈書である。本書は清代の僧侶・西宗によって撰集され、水懺の深層にある義理と修持の方法を闡明せんことを目的とする。内容は懺文に登場する仏教の名相、懺悔の儀軌、実践の要領を体系的に注釈し、天台宗等の教理を融合させている。この注釈書は仏教懺法の中において重要な位置を占め、水懺法門を理解し実践するための鍵となる典籍であり、僧俗両衆に業障を消除し、慈悲を養うための完備した修行の依拠を提供する。漢伝仏教の懺悔実践において、その影響は遠大である。


No. 1496-A慈悲道場水懺原敘
凡謂聖教制作。未有無所感而為之者也。昔唐懿宗時。有悟達國師知玄者。邂逅迦諾尊者於京師叢林。尊者化身。示迦摩羅疾。眾皆嫌惡。惟知玄師殷勤顧問。略無厭色。欲分袂。尊者感其風義。祝之曰。向後有難。可往西蜀彭州九龍山相詣。其山有松為誌。無何知玄師以道德昭著。懿宗親臨法席。稱為國師。復賜沉香為座。恩渥甚厚。自爾忽生人面瘡於膝上。眉目口齒俱備。每以飲食餧之。則開口吞啖。與人無異。徧召名醫。皆不能治。因記昔日尊者之語。入山相尋。果見二松於煙雲間。即趍其所。崇樓廣殿。金碧交輝。尊者顧接甚歡。遂以所苦告之。尊者曰。無傷也。巖下有泉。濯之當愈。命童子引至泉所。方掬水間。其瘡大呼曰。且未可洗。師曾讀漢書袁盎晁錯傳乎。師曰曾讀。既曾讀。寧不知盎斬錯於東市。其冤為何如哉。累世求報於師。而師為十世高僧。戒律精嚴。報不得其便。今師受人主寵遇。過奢名利心起。於德有損。故能害之。師即袁盎。吾即晁錯也。適蒙迦諾尊者洗我以三昧法水。自此不復與師為冤矣。國師凜然。魂不住體。其痛徹髓。絕而復甦。瘡亦不見。回顧殿宇。忽然如失。師遂卓菴於所。修懺文三卷。由歷劫因果之不昧。舉世受報之有徵。葢取三昧水。洗冤業為義。故名曰水懺。

緣起文

CBETA コード: X1496

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