大明太宗文皇帝御製觀音讚
大明太宗文皇帝御製 観音賛
大聖自在觀世音, 百千萬億應無盡,
神通無礙無所住, 大慈大悲愍眾生,
六根互用智慧深, 聞思修入三摩地,
濟度隨機而顯現, 有如一月印千江。
一江有月一江明, 明照惟一本無二,
世人但以眼觀色, 菩薩乃以目觀聲,
彼惟有所窒於觀, 是故不能神妙用,
大士有目冥不覩, 耳鼻舌身意亦然。
能以此觀如是觀, 終不顛倒成妄想,
熏習見聞既寂滅, 亦復無是妙色身。
有能洞此十方空, 同證圓通三昧海,
身心無量遍沙界, 不動本際應所求。
譬如萬卉遇春風, 種種萌芽自生發,
敷榮暢達各長茂, 或為枝葉結果成,
酸鹹甜苦及青紅, 一切皆令如願足。
現前是法不思議, 不著諸相乃為真,
一毛遍量法界空, 洗淨五濁諸熱惱,
摧裂障山悉消蕩, 無邊苦趣總脫離,
娑婆世界為樂城, 妙相恒沙俱顯露。
以太虛空為體相, 寶髻攢聚五須彌,
以四大海為口門, 曜日月光為兩目。
森羅萬像為瓔珞, 發無上願具辯才,
引施十四無畏功, 妙顯三十二身應,
普為眾生之瞻仰, 廣運諸佛慈悲心,
身與眾生為一身, 隨感而應觸處動。
爾以正見能見我, 我以無見觀自在,
如鏡照鏡谷答響, 含攝朗徹皆自然。
證此三昧即超凡, 一法具足一切佛,
開啟慈悲功德藏, 溥示善功方便門,
賢劫未來諸眾生, 咸證菩提登正覺。
大聖・自在観世音は、 百千万億の応身(おうじん)尽きることなく、 神通力(じんずうりき)自由自在で、どこにも留まらない。 大慈大悲の心で、生きとし生けるものをあわれみ、 六根(ろっこん)を自由に使いこなし、智慧は深く、 聞・思・修によって三摩地(さんまじ)に入る。
人々を救うため、機に応じて姿を現す。 まるで一つの月が千の川に映るように。 一つの川に月が映れば、その川は輝く。 その光はただ一つ、根源に二つはない。
世の人々はただ眼で色を見るが、 菩薩は耳で声をも見る。 彼らは観ることに執われるゆえに、 不思議な働きができないのだ。
大士は眼があっても見えず、 耳・鼻・舌・身・意もまた同じ。 このように観て、そのように観れば、 ついに倒錯して妄想となることはない。
見聞の習いがすでに静まり滅すれば、 またこの妙なる色身(しきしん)もない。 これを悟りて十方の空を徹すれば、 ともに円通(えんつう)の三昧海を証する。
身心は限りなく、すべての世界に満ち、 本来の境地を動かずして、願いに応ずる。 たとえば、あらゆる草木が春風に出会い、 さまざまな芽がおのずから生じ育ち、 花開き、のびやかに伸びて茂り、 やがて枝葉となり、実を結ぶように。
酸っぱく、塩からく、甘く、苦く、青く、赤く、 すべてのものが、願いのままに満たされる。 この現前の法は、思い計りがたく、 諸々の相に執着しなければ、これが真実である。
一本の毛の先に、法界の空が遍く満ち、 五濁(ごじょく)の熱悩をすべて洗い清め、 障りの山を打ち砕き、ことごとく消え去らせ、 限りない苦しみの世界から、すべてを救い出す。
娑婆世界(しゃばせかい)を楽しみの都と変え、 妙なる相、恒河沙(ごうがしゃ)のごとく現れる。 太虚空を体とし、宝髻(ほうけい)には五つの須弥山を集め、 四大海を口とし、日と月の光を両の眼とする。
森羅万象を瓔珞(ようらく)とし、 最高の願いを起こし、弁才をそなえ、 十四の施無畏(せむい)の功徳を施し、 三十二の応身を巧みに現わす。
すべての生きとし生けるものの仰ぎ見るところとなり、 広く諸仏の慈悲の心を運ぶ。 その身は、生きとし生けるものとひとつの身となり、 感じるままに応じ、触れるところすべてに動く。
あなたが正しい見方で私を見るなら、 私は「見ることなく」観自在である。 鏡が鏡を映し、谷が響きに答えるように、 すべてを含み照らし、明らかで、すべて自然なり。
この三昧を証すれば、すなわち凡夫を超える。 一つの法に、一切の仏がそなわる。 慈悲の功徳の蔵を開き、 あまねく善き功徳の方便の門を示す。
賢劫(けんこう)の未来のすべての生きとし生けるもの、 みな菩提を証し、正覚に登る。
佛說聖觀自在菩薩梵讚
仏説聖観自在菩薩梵讃
西天譯經三藏朝散大夫試鴻臚卿傳教大師臣法賢奉 詔譯
西インドからの経典翻訳者であり、法賢大師が勅命により翻訳
歸命佛法僧, 頂禮觀自在,
我今稱讚彼, 大悲功德林。
南無仏法僧、 観音菩薩に敬礼します。 私は今その大いなる慈悲の功徳の林を称え讃えます。