蘇磨呼童子請問經伴侶分第一卷上
蘇磨呼童子請問経伴侶分第一巻上
爾時,執金剛菩薩大藥叉將,威勝千日,一心而住。時大悲者蘇磨呼童子從坐而起,虔誠頂禮執金剛菩薩足已,欲問諸明主及真言等成就法故,作如是言:「我見世間求真言者,節食持誦,專心勤苦,如是修行仍不成就。唯願尊者,分別解說不成就因緣。尊者威德如盛日光,所演真言能破諸闇,復能衛護及滅諸罪,云何修因不復獲果?
爾時、執金剛菩薩(しゅこんごうぼさつ)大薬叉将(だいやくしゃしょう)、威光千日に勝(まさ)り、一心に住せり。時に大悲者(だいひしゃ)蘇磨呼童子(そまこどうじ)座より起ちて、謹(つつし)みて執金剛菩薩の足を頂礼し、諸(もろもろ)の明主(みょうしゅ)及び真言(しんごん)等の成就法(じょうじゅほう)を問わんと欲し、かくの如く言う。「我、世間の真言を求むる者を見るに、節食(せつじき)して持誦(じじゅ)し、専心勤苦(せんしんごんく)す。かくの如く修行すれども、なお成就せず。唯(ただ)願わくは尊者(そんじゃ)、分別(ふんべつ)して不成就の因縁(いんねん)を解説(げせつ)したまえ。尊者(そんじゃ)の威徳(いとく)は盛んなる日の光の如く、演(の)べたまう真言は諸(
「所求真言上中下品種種悉地假使具修,亦不成就。若以依法不成就者,便棄真言而順無明。佛說以惠獲得寂滅,以癡覆惠不可療治。若說真言不獲成就,亦如覆惠無可治者。唯願尊者,以大悲故,敷演真言,救脫眾生。彼若念誦兼作護吽摩,云何明主不與成就?為法不具,為無力耶?為由時節,為有罪耶?為真言有加減耶?為供養法不具足耶?願為眾生分別解說。」
求められる真言の上中下の品々、様々な悉地は、たとえ具足して修行したとしても、成就しないことがあります。もし法に従って行っても成就しないならば、真言を捨てて無明に従ってしまうでしょう。仏は智慧によって寂滅を得ると説かれ、愚痴が智慧を覆えば治すことができないと説かれています。もし真言を唱えても成就しないなら、それは智慧が覆われて治しようがないのと同じです。どうか尊者よ、大悲をもって真言を説き広め、衆生を救い脱してくださいますように。もし彼らが念誦し、さらに護摩を行っても、なぜ明主は成就を与えないのでしょうか?法が具足していないからでしょうか?力がないからでしょうか?時節によるのでしょうか?罪があるからでしょうか?真言に加減があるからでしょうか?供養の法が不十分だからでしょうか?どうか衆生のために、それぞれ詳しく解き明かしてください。
時執金剛菩薩大藥叉將,當聞妙膊如是問已,須臾閉目而思惟,即轉手執妙拔折羅,悅目告視,作如是言:「奇哉!愍念諸眾生類,由如月光普照世間。緣汝此心極清淨故,已超一切諸大菩薩。菩提薩埵不求己樂,利有情故,能忍大苦,是故菩薩見眾生苦,菩薩亦苦,見眾生樂,菩薩亦樂。我知汝心終不為己,利眾生故,發如是問。是故須臾一心思惟,吾當為汝分別解說妙真言法。汝當諦聽。
時に執金剛菩薩大薬叉将、妙なる膊の如く問うを聞き已りて、須臾に目を閉じて思惟し、即ち手を転じて妙なる抜折羅を執り、目を悦ばせて視告げ、かくの如く言す。「奇なるかな、諸の衆生類を愍念すること、月光の世間に普く照らすが如し。汝が此の心極めて清浄なる縁故に、已に一切の諸大菩薩を超えたり。菩提薩埵は己が楽を求めず、有情を利するが故に、能く大苦を忍ぶ。是の故に菩薩は衆生の苦を見れば、菩薩も亦苦しみ、衆生の楽を見れば、菩薩も亦楽しむ。我れ汝が心の終に己が為にせず、衆生を利するが故に、かくの如き問を発するを知る。是の故に須臾に一心に思惟して、吾れ当に汝が為に分別して妙なる真言の法を解説すべし。汝まさに諦聴すべし。」
「若有持誦我真言法,應如是作:先於諸佛深起恭敬,次發無上大菩提心,遠離貪瞋癡憍慢等。復於三寶兢懷珍重,亦應虔誠深恭敬我及以遵崇大金剛部,當須遠離殺、盜、邪婬、忘言、綺語、惡口、兩舌,亦不飲酒及以食肉。若有眾生行邪見者,以身口意雖作善業,以邪見故,變為不善,得雜染果。譬如營田依時節作,種子若燋,終不生芽。愚癡邪見亦復如是,假使行善,終不獲果。是故應當遠離邪見,恒依正見而不動搖,常須修行十善法者,增長甚深微妙之法。若有天龍阿修羅等,及食血肉諸鬼等類,遊行世間損害有情,惱持誦者令心散亂,見修行我妙真言者,彼等自懷恐怖之心,此法與彼極相違故。惱修行者令使退心,欲令彼等不令損者,應須入此大三昧耶漫荼羅法。諸大聖眾及與諸天所居住處,是故名為大漫荼羅。亦復須入作諸事法妙漫荼羅,猶摧伏諸為障者使令調伏。是故慇懃如法入之,亦應須入最勝明主大漫荼羅,亦應須入諸真言主大漫荼羅,不應斷。譬如車乘,若闕輪輞,假令善御,終不能進。戒無勝法亦復如是,縱使懃行,終不增長。
もし我が真言の法を持誦せんと欲する者は、かくの如く作すべし。まず諸仏に対して深く恭敬の心を起こし、次に無上大菩提心を発し、貪・瞋・癡・憍慢等を遠離せよ。また三宝に対し謹んで珍重の念を懐き、我に対しても深く虔誠恭敬し、大金剛部を遵崇すべし。殺生・盗み・邪婬・妄語・綺語・悪口・両舌を遠離し、また酒を飲み肉を食うことなかれ。
もし邪見を行ずる衆生あらば、身口意に善業を作すといえども、邪見の故に不善に変じて雑染の果を得る。譬えば田を営み時節に依って作すも、種子もし焦げなば終に芽を生ぜざるが如し。愚癡邪見もまたしかり。仮に善を行ずとも終に果を得ることなし。是の故に応当に邪見を遠離し、恒に正見に依って動揺せず、常に十善法を修行して甚深微妙の法を増長すべし。
もし天・龍・阿修羅等、及び血肉を食らう諸鬼等の類、世間に遊行して有情を損害し、持誦者の心を散乱せしめんとする者あらば、我が妙真言を修行する者を見て、彼等自ら恐怖の心を懐くべし。この法は彼と極めて相違するが故なり。修行者を悩まして退心せしめ、彼等に損害せしめざらんと欲せば、応にこの大三昧耶曼荼羅の法に入るべし。
諸大聖衆及び諸天の居住する処、是を名づけて大曼荼羅とす。また諸事法の妙曼荼羅に入りて、諸の障りをなす者を摧伏し調伏せしむべし。是の故に慇懃に法の如く入り、また最勝明主大曼荼羅に入り、諸真言主大曼荼羅に入るべく、断絶すべからず。譬えば車乗の如し。もし輪輞を欠かば、仮令善く御すとも終に進むこと能わず。戒に勝法なきもまたしかり。縦え勤行すとも終に増長せず。
「求成就者,又須勝伴。然彼伴侶須具惠,淨潔端嚴族姓家生,依法勇健調伏諸根,愛語樂捨,具大慈悲,能忍飢渴及諸苦惱,不歸餘天并及供養,聰明善巧常懷恩義,於三寶處深心恭敬。如是德行具莊嚴者,於此之時甚難值遇,若具善根有德行者,應求如是伴。
成就を求めんとする者は、また勝れた伴侶を必要とする。しかるにその伴侶は、智慧を具え、清浄で端正な家柄に生まれ、法に従って勇健に諸根を調伏し、愛語を施し、喜捨を楽しみ、大慈悲を具え、飢え渇き及び諸々の苦悩に耐え、余の天に帰依せず、また供養せず、聡明で善巧、常に恩義を思い、三宝の処に深く心を恭敬する。かくの如き德行を具えて荘厳する者は、この時にあって甚だ値遇し難し。もし善根を具え、德行ある者ならば、かくの如き伴侶を求むべし。