No. 1119-A敘
No. 1119-A 序
沙彌律儀者。明事之典也。雲棲要略者。顯理之書也。事即戒相威儀。理即無作戒心。事無理不明。理無事不顯。事理一如。戒心明矣。葢如來大慈。說是戒經。使出家者。無為無欲。清淨自守。但經律深奧。義廣難明。故大師乘願而來。刪繁取要。略而解之。以世間法。釋出世間法。以出世間法。顯世間法。其間少研罪相。多於勸持者。意謂沙彌初入道門。未便預聞篇聚也。吾本師見月老和尚。中興止作。觀其要略文理優暢。感發初機。故傳戒三十餘年。凡受戒者。必令深思熟讀。使其威儀庠序。知所施行。乃與登壇受具。是以此書盛行於世也。然大師以春秋之才。而解戒相。用禮記之法。而輯威儀。若非窮究經律。博通傳史者。則不能識其源委也。余數十年來。恒以為念。因此朝夕黽勉。遍搜內外諸書。析義消文。積成上下兩卷。名曰述義。謂述其要略之大義也。後之覽者。倘因跬步而登山。由初津而入海。即達如來境界。事理宛然。則知一切治世語言文字。皆與實相不相違背也。
沙彌律儀は、事相を明らかにする典籍です。雲棲要略は、理法を顕わす書物です。事相とは戒律の相状と威儀であり、理法とは無作の戒心です。事相がなければ理法は明らかにならず、理法がなければ事相は顕わされません。事相と理法は一体であり、戒心は明らかになります。
そもそも如来は大いなる慈悲をもってこの戒経を説かれ、出家者が無為無欲で清らかに自らを守ることを可能になさいました。しかし経律は深遠で、その意義は広大で理解しがたいものです。そこで大師は願いに乗って現れ、煩雑を削ぎ、要旨を取り、簡略に解き明かされました。世間の法をもって出世間の法を解釈し、出世間の法をもって世間の法を顕わされました。その中で罪の相状を細かく論じることは少なく、多くは戒律を守ることを勧めています。これは沙弥が初めて仏道に入ったばかりで、いきなり篇聚(戒律の細目)を聞くには及ばないと考えられたからです。
わが本師である見月老和尚は、止作(戒律の実践)を中興されました。要略の文理が優れて流暢であり、初心者の心を感発させるのをご覧になり、三十年以上にわたり伝戒をされ、戒を受ける者には必ず深く考え、熟読させ、その威儀が整い、行うべきことを知ってから、初めて壇に登って具足戒を受けさせました。それゆえ、この書は世に広く行き渡っているのです。
しかし大師は春秋の才をもって戒相を解き、礼記の手法を用いて威儀をまとめられました。もし経律を究め、伝記や歴史に広く通じていなければ、その由来や詳細を理解することはできません。私は数十年にわたり、常にこれを心に留め、朝夕努力して内外の諸書を広く探し求め、意義を分析し文意を解き明かし、上下二巻を積み上げました。名づけて『述義』といい、要略の大義を述べたものです。
後にこれを読む人が、もし一歩一歩山に登り、最初の渡し場から海に入るように、如来の境界に達し、事相と理法がはっきりと現れるならば、すべての世を治める言語文字が、実相と矛盾しないことを知るでしょう。
旹康熈戊子年桂月吉旦毗陵佛菴玉道者題於西湖昭慶之法乳堂
時は康熈戊子年、桂月の吉日にて、毗陵の仏菴に住む玉道者が、西湖の昭慶寺にある法乳堂にて題す。