無量義經十功德品第三
無量義経 十功徳品 第三
爾時,大莊嚴菩薩摩訶薩復白佛言:「世尊!世尊說是微妙甚深無上大乘《無量義經》,真實甚深!甚深甚深!所以者何?於此眾中,諸菩薩摩訶薩及諸四眾,天、龍、鬼、神、國王、臣、民諸有眾生,聞是甚深無上大乘《無量義經》,無不獲得陀羅尼門、三法、四果、菩提之心。當知此經,文理真正,尊無過上,三世諸佛之所守護,無有眾魔群道得入,不為一切邪見生死之所壞敗。所以者何?一聞能持一切法故。若有眾生得聞是經,則為大利。所以者何?若能修行,必得疾成阿耨多羅三藐三菩提。其有眾生不得聞者,當知是等為失大利,過無量無邊不可思議阿僧祇劫,終不得成阿耨多羅三藐三菩提。所以者何?不知菩提大道直故,行於險徑,多留難故。世尊!是經典者不可思議。唯願世尊廣為大眾慈哀,敷演是經甚深不思議事。世尊!是經典者,從何所來?去何所至?住何所住?乃有如是無量功德不思議力,令眾疾成阿耨多羅三藐三菩提?」
そのとき、大荘厳菩薩摩訶薩が、また仏に申し上げました。「世尊よ、世尊がお説きになったこの微妙で甚深な無上の大乗『無量義経』は、真に甚深であります。甚深にして、さらに甚深であります。なぜでしょうか。この会衆のうちの諸々の菩薩摩訶薩、ならびに四衆、天・龍・鬼・神・国王・臣・民の、すべての衆生は、この甚深で無上の大乗『無量義経』を聞いて、陀羅尼門、三法、四果、菩提の心を得ない者はおりません。この経典は、文も理も真に正しく、尊いことこの上なく、三世の諸仏が守護されるところであり、もろもろの魔や群道が入り込むことはできず、一切の邪見や生死によって壊されることもありません。なぜでしょうか。一度聞けば、一切の法を保つことができるからです。
もし衆生がこの経典を聞くことができれば、それは大きな利益となります。なぜでしょうか。もし修行すれば、必ずすみやかに阿耨多羅三藐三菩提を成し遂げることができるからです。もし衆生がこの経典を聞くことができなければ、これらの者は大きな利益を失い、無量無辺不可思議の阿僧祇劫を過ぎても、ついに阿耨多羅三藐三菩提を成し遂げることはできません。なぜでしょうか。菩提の大直道を知らないからであり、険しい道を行き、留難が多いからです。
世尊よ、この経典は不可思議であります。どうか世尊、広く大衆のために慈しみ哀れんで、この経典の甚深で不可思議なことを説き明かしてください。世尊よ、この経典はどこから来たのでしょうか。どこへ行くのでしょうか。どこに住するのでしょうか。どうしてこのような無量の功徳と不可思議の力があり、衆生をしてすみやかに阿耨多羅三藐三菩提を成し遂げさせるのでしょうか。」
爾時,世尊告大莊嚴菩薩摩訶薩言:「善哉!善哉!善男子!如是,如是,如汝所言。善男子!我說是經,甚深甚深!真實甚深!所以者何?令眾疾成阿耨多羅三藐三菩提故,一聞能持一切法故,於諸眾生大利益故,行大直道,無留難故。善男子!汝問是經從何所來、去至何所、住何所住者,當善諦聽。善男子!是經本從諸佛宮宅中來,去至一切眾生發菩提心,住諸菩薩所行之處。善男子!是經如是來、如是去、如是住。是故,此經能有如是無量功德不思議力,令眾疾成阿耨多羅三藐三菩提。善男子!汝寧欲聞,是經復有十不思議功德力不?」
そのとき、世尊は大荘厳菩薩摩訶薩に告げられました。「善いかな、善いかな。善男子よ、その通りです、その通りです、そなたの言う通りです。善男子よ、私がこの経典を説くのは、甚深にして、さらに甚深です。真に甚深です。なぜでしょうか。衆生をしてすみやかに阿耨多羅三藐三菩提を成就させるからです。一度聞けば一切の法を保つことができるからです。すべての衆生に大きな利益があるからです。大直道を行じて留難がないからです。
善男子よ、そなたが、この経典はどこから来て、どこへ去り、どこに住むのかと問うたことについて、よくよく聴きなさい。善男子よ、この経典はもともと諸仏の宮宅から来て、一切の衆生が菩提心を発する所へ去り、諸菩薩の行う所に住むのです。善男子よ、この経典はこのように来り、このように去り、このように住みます。それゆえ、この経典にはこのような無量の功徳と不可思議の力があり、衆生をしてすみやかに阿耨多羅三藐三菩提を成就させるのです。善男子よ、そなたは、この経典にさらに十の不可思議な功徳の力があることを聞きたいですか。」
大莊嚴言:「願樂欲聞。」
大荘厳が申しました。「喜んでお聞きしたいです」
佛言:「善男子!第一,是經能令菩薩未發心者,發菩提心;無慈仁者,起於慈心;好殺戮者,起大悲心;生嫉妬者,起隨喜心;有愛著者,起能捨心;諸慳貪者,起布施心;多憍慢者,起持戒心;瞋恚盛者,起忍辱心;生懈怠者,起精進心;諸散亂者,起禪定心;於愚癡者,起智慧心;未能度彼者,起度彼心;行十惡者,起十善心;樂有為者,志無為心;有退心者,作不退心;為有漏者,起無漏心;多煩惱者,起除滅心。善男子!是名是經第一功德不思議力。
仏はおっしゃいました。「善男子よ、第一に、この経典は、まだ菩提心を起こしていない菩薩に菩提心を起こさせます。慈しみの心のない者には慈しみの心を起こさせます。殺生を好む者には大悲の心を起こさせます。嫉妬する者には随喜の心を起こさせます。愛着のある者には捨てる心を起こさせます。慳貪な者たちには布施の心を起こさせます。憍慢の多い者には持戒の心を起こさせます。瞋恚の盛んな者には忍辱の心を起こさせます。懈怠を生じる者には精進の心を起こさせます。散乱する者たちには禅定の心を起こさせます。愚癡の者には智慧の心を起こさせます。まだ他者を救えない者には、他者を救う心を起こさせます。十悪を行う者には十善の心を起こさせます。有為を楽しむ者には無為を志す心を起こさせます。退く心のある者には不退の心を起こさせます。有漏の者には無漏の心を起こさせます。煩悩の多い者には除滅の心を起こさせます。善男子よ、これがこの経典の第一の功徳である、不思議な力です。」
「善男子!第二,是經不可思議功德力者,若有眾生得是經者,若一轉、若一偈、乃至一句,則能通達百千億義、無量數劫不能演說所受持法。所以者何?以其是法,義無量故。善男子!是經,譬如從一種子生百千萬,百千萬中一一復生百千萬數,如是展轉乃至無量;是經典者,亦復如是,從於一法生百千義,百千義中一一復生百千萬數,如是展轉,乃至無量無邊之義。是故,此經名無量義。善男子!是名是經第二功德不思議力。
「善男子よ、第二に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。もし衆生がこの経を手にして、たとえ一転(一度読み通すこと)でも、一偈でも、あるいはただ一句でも、それを得るならば、百千億の義を理解することができ、無量数劫の間でも、受持した法を説き尽くすことはできません。なぜでしょうか。それは、この法の義が無量であるからです。善男子よ、この経は、たとえば一つの種子から百千万のものが生じ、その百千万の一つ一つがまた百千万の数を生じ、このように展転してついには無量に至るようなものです。この経典もまた同じです。一つの法から百千の義が生じ、百千の義の一つ一つがまた百千万の数を生じ、このように展転して、ついには無量無辺の義に至ります。それゆえ、この経は『無量義』と名づけられます。善男子よ、これがこの経の第二の功徳の不思議な力です。」
「善男子!第三,是經不可思議功德力者,若有眾生得聞是經,若一轉、若一偈、乃至一句,通達百千萬億義已,雖有煩惱,如無煩惱,出生入死,無怖畏想,於諸眾生,生憐愍心,於一切法,得勇健想。如壯力士能擔、能持諸有重者;是持經人,亦復如是,能荷無上菩提重寶,擔負眾生出生死道,未能自度,已能度彼。猶如船師身嬰重病,四體不御,安止此岸,有好堅牢船舟,常辦諸度彼者之具,給與而去;是持經者,亦復如是,雖嬰五道諸有之身,百八重病常恒相纏,安止無明老死此岸,而有堅牢此大乘經無量義,辦能度眾生。能如說行者,得度生死。善男子!是名是經第三功德不思議力。
善男子よ、第三に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。もし衆生がこの経を聞くことができ、たとえ一転であれ、たとえ一偈であれ、あるいは一句であっても、それを通達して百千万億の義を悟れば、煩悩があっても煩悩がないかのようであり、生まれ死ぬことを繰り返しても怖れの想いを抱かず、すべての衆生に対して憐愍の心を起こし、一切の法について勇健な想いを得ます。ちょうど力強い壮士が重いものを担ぎ、持ちこたえることができるようなものです。この経を持つ人もまた同じで、無上の菩提という重宝を荷い、衆生を担って生死の道から出し、まだ自らを度していなくても、すでに他を度することができます。ちょうど船頭が重い病に侵され、体の自由がきかず、此岸にとどまっていても、丈夫で堅牢な船を備え、彼岸へ渡る人々のための道具をいつも整えて与えて去るようなものです。この経を持つ人もまた同じで、五道のさまざまな生存の身を負い、百八の重い病にいつもまとわりつかれ、無明と老死という此岸にとどまっていながらも、堅牢なこの大乗経の無量義を備えて、衆生を度することができるのです。教えの通りに実践する人は、生死を渡ることができます。善男子よ、これがこの経の第三の功徳の不思議な力です。
「善男子!第四,是經不可思議功德力者,若有眾生得聞是經,若一轉、若一偈、乃至一句,得勇健想,雖未自度而能度他,與諸菩薩以為眷屬,諸佛如來常向是人而演說法。是人聞已,悉能受持,隨順不逆,轉復為人隨宜廣說。善男子!是人譬如國王夫人新生王子,若一日、若二日、若至七日,若一月、若二月、若至七月,若一歲、若二歲、若至七歲,雖復不能領理國事,已為臣民之所宗敬,諸大王子以為伴侶,王及夫人愛心偏重,常與共語。所以者何?以稚小故。善男子!是持經者,亦復如是,諸佛國王,是經夫人,和合共生是菩薩子。若是菩薩得聞是經,若一句、若一偈,若一轉、若二轉,若十、若百、若千、若萬、若億萬億、若恒河沙無量無數轉,雖復不能體真理極,雖復不能震動三千大千國土,雷震梵音,轉大法輪,已為一切四眾、八部之所宗仰,諸大菩薩以為眷屬,深入諸佛祕密之法,所可演說無違無失,常為諸佛之所護念,慈愛偏覆,以新學故。善男子!是名是經第四功德不思議力。
善男子よ、第四に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。もし衆生がこの経を聞くことがあり、たとえ一転であれ、たとえ一偈であれ、あるいは一句であっても、勇健な心を得ます。まだ自らを度していなくても、他を度することができ、諸々の菩薩を眷属とし、諸仏如来はいつもこの人に向かって法を説かれます。この人はそれを聞いて、すべて受持し、随順して逆らわず、さらにまた人のために機に応じて広く説きます。
善男子よ、この人はたとえば、国王の夫人が新たに王子を生んだようなものです。その王子は、一日であれ、二日であれ、七日までであれ、一月であれ、二月であれ、七月までであれ、一歳であれ、二歳であれ、七歳までであれ、まだ国政を治めることはできなくても、すでに臣民から尊ばれ敬われ、諸々の大王子たちを伴侶とし、王と夫人は愛情がとりわけ深く、いつも共に語り合います。なぜでしょうか。幼いからです。
善男子よ、この経を持つ人もまた同じです。諸仏は国王であり、この経は夫人であり、和合して共にこの菩薩という子を生みます。もしこの菩薩がこの経を聞くことがあり、たとえ一句であれ、たとえ一偈であれ、あるいは一転であれ、二転であれ、十転であれ、百転であれ、千転であれ、万転であれ、億万億転であれ、恒河沙の無量無数転であっても、まだ真理の極みを体得することはできず、まだ三千大千国土を震動させ、雷のように梵音を響かせ、大法輪を転じることもできなくても、すでに一切の四衆・八部から宗仰され、諸々の大菩薩を眷属とし、諸仏の秘密の法に深く入り、説くところに違背も過失もなく、いつも諸仏に護念され、慈愛をもって偏(ひとえ)に覆われます。新学であるからです。善男子よ、これがこの経の第四の功徳の不思議な力です。
「善男子!第五,是經不可思議功德力者,若善男子、善女人,若佛在世、若滅度後,其有受持、讀誦、書寫如是甚深無上大乘《無量義經》,是人雖復具縛煩惱,未能遠離諸凡夫事,而能示現大菩提道,延於一日以為百劫,百劫亦能促為一日,令彼眾生歡喜信伏。善男子!是善男子、善女人,譬如龍子始生七日,即能興雲,亦能降雨。善男子!是名是經第五功德不思議力。
善男子よ、第五に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。善男子であれ善女人であれ、仏が在世のときであれ、滅度の後であれ、この甚深にして無上の大乗《無量義経》を受持し、読誦し、書写するならば、この人はまだ煩悩の縛をことごとく身にまとっていて、諸々の凡夫の事柄から遠く離れることはできていませんが、それでも大菩提の道を示し現すことができます。一日を延ばして百劫となし、また百劫を縮めて一日となし、その衆生をして歓喜し信伏させることができるのです。善男子よ、この善男子、善女人は、ちょうど龍の子が生まれて七日目に、すでに雲を起こし、また雨を降らせることができるようなものです。善男子よ、これがこの経の第五の功徳の不思議な力と呼ばれるものです。
「善男子!第六,是經不可思議功德力者,若善男子、善女人,若佛在世、若滅度後,受持、讀誦是經典者,雖具煩惱而為眾生說法,令得遠離煩惱、生死,斷一切苦。眾生聞已修行,得法、得果、得道,與佛如來等無差別。譬如王子雖復稚小,若王遊巡及以疾病,委是王子領理國事。王子是時,依大王命,如法教令群寮百官,宣流正化,國土人民各隨其安,如大王治等無有異。持經善男子、善女人,亦復如是,若佛在世、若滅度後,是善男子雖未得住初不動地,依佛如是用說教法而敷演之,眾生聞已,一心修行,斷除煩惱,得法、得果、乃至得道。善男子!是名是經第六功德不思議力。
善男子よ、第六に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。善男子や善女人が、仏が在世のときであれ、滅度の後であれ、この経典を受持し、読誦するならば、その人は煩悩を具えていながらも、衆生のために法を説き、衆生を煩悩と生死から遠ざけ、すべての苦しみを断たせることができます。衆生はそれを聞いて修行し、法を得、果を得、道を得て、仏如来と等しく、少しの違いもありません。
たとえば、王子がまだ幼くても、王が巡遊に出るときや病にかかったときに、国事をこの王子に委ねることがあります。王子はそのとき、大王の命に従い、法にかなった教えによって群僚や百官を導き、正しい教化を広く行き渡らせ、国土の人民はそれぞれ安らかに暮らし、大王の治世と少しも変わりがありません。
経を持つ善男子、善女人もまた同じです。仏が在世のときであれ、滅度の後であれ、この善男子はまだ初不動地に住むことができていなくても、仏がこのように説かれた教法に従ってそれを敷き広めます。衆生はそれを聞いて一心に修行し、煩悩を断ち除き、法を得、果を得、さらには道を得るのです。
善男子よ、これがこの経の第六の功徳の不思議な力と呼ばれるものです。
「善男子!第七,是經不可思議功德力者,若善男子、善女人,於佛在世、若滅度後,得聞是經,歡喜信樂,生希有心,受持、讀誦、書寫、解說,如法修行,發菩提心,起諸善根,興大悲意,欲度一切苦惱眾生,雖未修行六波羅蜜,六波羅蜜自然在前,即於是身得無生忍,生死煩惱一時斷壞,即昇第七地與大菩薩位。譬如健人為王除怨,怨既滅已,王大歡喜,賞賜半國之封,皆悉與之。持經男子女人,亦復如是,於諸行人最為勇健,六度法寶不求自至,生死怨敵自然散壞,證無生忍,半佛國寶封賞安樂。善男子!是名是經第七功德不思議力。
善男子よ、第七に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。善男子や善女人が、仏が在世のときであれ、滅度の後であれ、この経を聞くことができ、歓喜して信じ楽しみ、希有の心を起こし、受持し、読誦し、書写し、解説し、法の通りに修行して、菩提心を発し、諸々の善根を起こし、大悲の意を興し、一切の苦悩の衆生を度しようと願うならば、まだ六波羅蜜を修行していなくても、六波羅蜜は自然にその人の前に現れます。その人はまさにこの身で無生忍を得て、生死の煩悩は一時に断ち壊たれ、ただちに第七地に昇って大菩薩の位に並びます。たとえば、力ある人が王のために怨敵を除き、怨敵がすでに滅ぼされると、王は大いに歓喜して、国の半分の封土を賞として与え、ことごとくその人に授けるようなものです。この経を持つ男子や女子もまた同じです。諸々の修行者の中で最も勇健であり、六度の法宝は求めなくても自ずから至り、生死の怨敵は自然に散り壊し、無生忍を証して、仏国の宝の半分を封として賞され安楽を得ます。善男子よ、これがこの経の第七の功徳の不思議な力と呼ばれるものです。
「善男子!第八,是經不可思議功德力者,若善男子、善女人,於佛在世、若滅度後,有人能得是經典者,敬信如視佛身,令等無異,愛樂是經,受持、讀誦、書寫、頂戴,如法奉行,堅固戒忍,兼行檀度,深發慈悲,以此無上大乘《無量義經》廣為人說。若人先來都不信有罪福者,以是經示之,設種種方便,強化令信,以經威力故,發其人心,欻然得迴;信心既發,勇猛精進故,能得是經威德勢力,得道、得果。是故,善男子、善女人即於是身,得無生法忍,得至上地,與諸菩薩以為眷屬,速能成就眾生淨佛國土,不久得成無上菩提。善男子!是名是經第八功德不思議力。
「善男子よ。第八に、この経の不可思議な功徳の力とは次のようなものです。もし善男子・善女人が、仏が在世のときであれ、滅度の後であれ、この経典を手に入れることができたなら、仏の身を拝するように敬い信じ、それと等しく変わりがないようにします。そしてこの経を愛し楽しみ、受持し、読誦し、書写し、頭に頂いて、法の通りに奉じ行い、戒と忍を堅固にし、さらに檀度(布施の行)をも行い、深く慈悲を発し、この無上大乗の『無量義経』を広く人々のために説きます。もし人がこれまでまったく罪と福があることを信じなかったなら、この経を示し、さまざまな方便を設けて、強く勧めて信じさせます。経の威力によって、その人の心が発動し、たちまちにして回心することができます。信心がすでに発せられ、勇猛に精進するゆえに、この経の威徳の勢力を得て、道を得、果を得ることができます。それゆえ、善男子・善女人はまさにこの身において、無生法忍を得、最上の地に至り、諸々の菩薩と眷属となり、速やかに衆生を成就し仏国土を浄めることができ、まもなく無上菩提を成し遂げることができます。善男子よ。これがこの経の第八の功徳の不思議な力と名づけられます。」
「善男子!第九,是經不可思議功德力者,若善男子、善女人,若佛在世及滅度後,有得是經,歡喜踊躍得未曾有,受持、讀誦、書寫、供養,廣為眾人分別、解說是經義者,即得宿業餘罪、重障一時滅盡,便得清淨,逮得大辯,次第莊嚴諸波羅蜜,獲諸三昧、首楞嚴三昧,入大總持門,得懃精進力,速越上地,善能分身散體遍十方國,拔濟一切二十五有極苦眾生,悉令解脫。是故,是經有如此力。善男子!是名是經第九功德不思議力。
善男子よ。第九に、この経の不思議な功徳の力とは次のようなものです。もし善男子・善女人が、仏が在世の時であれ滅度の後であれ、この経を手に入れ、歓喜して躍り上がり、かつてない喜びを得て、受持し、読誦し、書き写し、供養し、広く人々のためにこの経の義を分別し解説するならば、ただちに過去の業の残りの罪や重い障りが一時に滅し尽くされ、清らかになり、大辯を得て、次々に諸波羅蜜を荘厳し、諸三昧と首楞厳三昧を獲得し、大総持の門に入り、勤精進の力を得て、速やかに上の地を越え、よく分身散体して十方の国に遍満し、一切の二十五有の極苦の衆生を抜済し、ことごとく解脱させることができます。それゆえ、この経にはこのような力があります。善男子よ。これがこの経の第九の功徳の不思議な力と名づけられます。
「善男子!第十,是經不可思議功德力者,若善男子、善女人,若佛在世及滅度後,若得是經發大歡喜,生希有心,即自受持、讀誦、書寫、供養、如說修行,復能廣勸在家、出家人受持、讀誦、書寫、供養、解說、如法修行,既令餘人修行,是經力故,得道、得果,皆由是善男子、善女人慈心懃化力故。是善男子、善女人,即於是身便逮無量諸陀羅尼門,於凡夫地自然初時,能發無數阿僧祇弘誓大願,深能發救一切眾生,成就大悲,廣能救苦,厚集善根,饒益一切,而演法澤,洪潤枯涸,以眾法藥練諸眾生,安樂一切,漸見超登,住法雲地,恩澤普潤,慈被無外,攝苦眾生,令入道迹。是故,此人不久得成阿耨多羅三藐三菩提。善男子!是名是經第十功德不思議力。
「善男子よ、第十に、この経の不思議な功徳の力とは次のようなものです。もし善男子・善女人が、仏が在世の時であれ滅度の後であれ、この経を得て大いに歓喜し、希有の心を起こし、ただちに自ら受持し、読誦し、書写し、供養し、説の通りに修行し、さらに在家・出家の人々に広く勧めて受持・読誦・書写・供養・解説し、法の通りに修行させるならば、他の人々を修行させたことにより、この経の力によって、道を得、果を得るのは、すべてこの善男子・善女人の慈しみの心で勤め励んだ教化の力によるのです。この善男子・善女人は、その身においてただちに無量の諸々の陀羅尼門を獲得し、凡夫の境地にありながら自然に最初から、無数の阿僧祇の弘誓の大願を発することができ、深く一切の衆生を救おうと願い、大悲を成就し、広く苦しみを救い、善根を厚く積み、一切を饒益し、法の恵みを演べ、枯渇したものを豊かに潤し、多くの法の薬をもって諸々の衆生を鍛え、一切を安楽にし、しだいに超え登るのを見て、法雲地に住し、恩沢は普く潤い、慈しみは外まで及び、苦しむ衆生を摂め、道の跡に入らせます。そのため、この人はまもなく阿耨多羅三藐三菩提を成し遂げるのです。善男子よ、これがこの経の第十の功徳の不思議な力なのです。」
「善男子!如是無上大乘《無量義經》,極有大威神之力,尊無過上,能令諸凡夫皆成聖果,永離生死而得自在。是故,此經名無量義也。能令一切眾生於凡夫地,生起諸菩薩無量道芽,令功德樹蔚茂、扶踈、增長。是故,此經號十不可思議功德力也。」
善男子よ、この無上の大乗『無量義経』は、極めて大きな威神の力があり、尊くしてこの上なく、すべての凡夫をして皆、聖果を成じさせ、永遠に生死を離れて自在を得させることができます。ですから、この経は「無量義」というのです。すべての衆生が凡夫の地にありながら、諸菩薩の無量の道の芽を生じ起こし、功徳の樹をして蔚茂し、扶疏し、増長させることができます。ですから、この経は「十不思議功徳力」と称するのです。
於是,大莊嚴菩薩摩訶薩及八萬菩薩摩訶薩同聲白佛言:「世尊!佛所說甚深微妙無上大乘《無量義經》,文理真正,尊無過上,三世諸佛所共守護,無有眾魔群道得入,不為一切邪見生死之所壞敗。是故,此經乃有如是十種功德不思議力,大饒益無量一切眾生,令一切諸菩薩摩訶薩各得無量義三昧,或得百千陀羅尼門,或令得菩薩諸地諸忍,或得緣覺、羅漢四道果證。世尊慈愍,快為我等說如是法,令我大獲法利,甚為奇特,未曾有也。世尊慈恩,實難可報。」
そこで、大荘厳菩薩摩訶薩と八万の菩薩摩訶薩は声をそろえて仏に申し上げました。「世尊よ、仏がお説きになった甚深微妙にしてこの上ない大乗の『無量義経』は、文も理も真に正しく、尊くしてこの上ないものです。三世の諸仏がともに守護しておられ、いかなる魔や諸々の外道も入り込むことができず、いっさいの邪見や生死によって壊されることもありません。ですから、この経にはこのような十種の功徳の不思議な力があり、無量のすべての衆生を大いに利益して、すべての菩薩摩訶薩をしてそれぞれ無量義三昧を得させ、あるいは百千の陀羅尼門を得させ、あるいは菩薩の諸地や諸忍を得させ、あるいは縁覚や阿羅漢の四道の果証を得させることができるのです。世尊は慈しみ哀れんで、私たちのために快くこのような法をお説きくださり、私たちは大いに法の利益を得ました。実に奇特であり、これまでにないことです。世尊の慈恩は、まことに報いがたいものでございます。」
爾時,三千大千世界六種震動,於上空中復雨種種華:天憂鉢羅華、鉢曇摩華、拘物頭華、分陀利華;又雨無數種種天香、天衣、天瓔珞、天無價寶,於上空中旋轉來下,供養於佛及諸菩薩、聲聞大眾,天厨、天鉢器、天百味充滿盈溢,見色聞香,自然飽足,天幢、天幡、天幰蓋、天妙樂具處處安置,作天伎樂,歌歎於佛;又復六種震動,東方恒河沙等諸佛世界,亦雨天華、天香、天衣、天瓔珞、天無價寶,天厨、天鉢器、天百味,見色聞香,自然飽足,天幢、天幡、天幰蓋、天妙樂具,作天伎樂,歌歎彼佛及諸菩薩、聲聞大眾,南、西、北方,四維上下,亦復如是。
そのとき、三千大千世界が六種に震動しました。そして上空から、さまざまな花が雨のように降り注ぎました。天の憂鉢羅華、鉢曇摩華、拘物頭華、分陀利華です。さらに、数えきれないほど多くの天の香、天の衣、天の瓔珞、天の無価の宝が雨のように降り、上空で旋回しながら降りてきて、仏と諸々の菩薩、声聞の大衆を供養しました。天の厨、天の鉢器、天の百味は満ちあふれ、その色を見、その香りを聞くだけで、自然に満たされました。天の幢、天の幡、天の幰蓋、天の妙なる楽具がいたるところに安置され、天の伎楽が奏でられて、仏を歌い讃えました。また六種の震動があり、東方の恒河沙ほどの諸仏の世界でも、同じように天の花、天の香、天の衣、天の瓔珞、天の無価の宝、天の厨、天の鉢器、天の百味が雨のように降り、その色を見、その香りを聞くだけで自然に満たされ、天の幢、天の幡、天の幰蓋、天の妙なる楽具が設けられ、天の伎楽が奏でられて、かの仏と諸々の菩薩、声聞の大衆を歌い讃えました。南、西、北の三方、四維、上下も、また同じようでありました。
爾時,佛告大莊嚴菩薩摩訶薩及八萬菩薩摩訶薩言:「汝等當於此經,應深起敬心,如法修行,廣化一切,懃心流布,常當慇懃晝夜守護,普令眾生各獲法利。汝等真是大慈大悲,以立神通願力,守護是經,勿使疑滯,於當來世必令廣行閻浮提,令一切眾生使得見聞、讀誦、書寫、供養。以是之故,亦令汝等速得阿耨多羅三藐三菩提。」
そのとき、仏は大荘厳菩薩摩訶薩と八万の菩薩摩訶薩たちに告げられました。「そなたたちは、この経に対して深く敬う心を起こし、法の通りに修行し、すべての人々を広く導き、心を込めて流布し、常に真心を込めて昼も夜も守護し、すべての衆生がそれぞれに法の利益を得られるようにしなさい。そなたたちは本当に大慈大悲の心を持ち、神通と願の力によってこの経を守護し、疑いを残して滞らせてはなりません。未来の世には必ず閻浮提に広く行き渡らせ、すべての衆生がこの経を見聞し、読誦し、書き写し、供養できるようにしなさい。そのために、そなたたちも速やかに阿耨多羅三藐三菩提を得ることができるのです。」
是時,大莊嚴菩薩摩訶薩與八萬菩薩摩訶薩即從坐起,來詣佛所,頭面禮足,遶百千匝,即前胡跪,俱共同聲,白佛言:「世尊!我等快蒙世尊慈愍,為我等說是甚深微妙無上大乘《無量義經》。敬受佛勅,於如來滅後,當廣令流布是經典者,普令一切受持、讀誦、書寫、供養。唯願世尊,勿垂憂慮。我等當以願力,普令一切眾生,使得見聞、讀誦、書寫、供養,得是經法威神之力。」
そのとき、大荘厳菩薩摩訶薩は八万の菩薩摩訶薩とともに、ただちに座から立ち上がり、仏のもとへ参りました。頭を垂れて仏の足を礼拝し、百千回めぐり、そのまま進み出て片膝を地につき、そろって同じ声で仏に申し上げました。「世尊よ、私たちは世尊の慈しみによって、この甚深で微妙な無上の大乗『無量義経』を説いていただき、まことに嬉しく存じます。仏の教えを謹んで受け、如来が入滅された後には、この経典を広く流布させ、すべての者が受持し、読誦し、書写し、供養するようにいたします。どうか世尊、ご心配なさらないでください。私たちは願力によって、すべての衆生がこの経法の威神の力を得て、見聞し、読誦し、書写し、供養することができるようにいたします。」
爾時,佛讚言:「善哉!善哉!諸善男子!汝等今者真是佛子,大慈大悲,深能拔苦救厄者矣。一切眾生之良福田,廣為一切作大良導,一切眾生大依止處,一切眾生之大施主,常以法利廣施一切。」
そのとき、仏はほめたたえて言われました。「善哉、善哉。諸々の善男子よ、あなた方はまさに真の仏子であり、大慈大悲をそなえ、深く苦しみを抜き、厄難を救う者たちです。一切の衆生の良き福田であり、広く一切のために大いなる導き手となり、一切の衆生の大いなる依り所となり、一切の衆生の大いなる施主となって、常に法の利益をもって広く一切に施しています。」
爾時,大會皆大歡喜,為佛作禮,受持而去。
そのとき、集まった人々は皆たいそう喜び、仏に礼をして、教えを心に受けとめて去っていきました。
無量義經
無量義経