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  1. 盂蘭盆経疏孝衡鈔 (盂蘭盆經疏孝衡鈔)
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  3. No. 375-A 仏説盂蘭盆経 (No. 375-A 佛說盂蘭盆經)
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盂蘭盆経疏孝衡鈔 (盂蘭盆經疏孝衡鈔)

「盂蘭盆經疏孝衡鈔」について

宋 · 遇榮鈔 著

4.9 万字 · 約 162 分

盂蘭盆経疏孝衡鈔、別名遇栄鈔は、宋代の僧侶・遇栄が、唐代の宗密によって著された『盂蘭盆経疏』に対してさらに注釈を加えたものです。宋代は仏教の教学が盛んな時代であり、遇栄はこの鈔を通じて、盂蘭盆経に説かれる孝道の思想をさらに深く解き明かしました。そこでは儒教の倫理と仏教の教義が融合され、三宝を供養する功徳を、現在の父母や過去の父母に回向して親の恩に報いることが強調されています。本書は盂蘭盆会の儀軌と理論的根拠を体系的に整理したもので、中国仏教における孝道観と盂蘭盆節の習俗の発展を研究する上で重要な文献です。漢伝仏教の孝親思想と実践体系において、前の時代を受け継ぎ、後の時代へと橋渡しする重要な位置を占めています。


No. 375-A佛說盂蘭盆經

盂蘭盆経

聞如是:一時,佛在舍衛國祇樹給孤獨園。大目犍連,始得六通,欲度父母,報乳哺之恩。即以道眼,觀視世間,見其亡母,生餓鬼中,不見飲食,皮骨連立。目連悲哀,即以鉢盛飯,往餉其母。母得鉢飯,便以左手障鉢,右手揣食,食未入口,化成火炭,遂不得食。目連大呌,悲號涕泣,馳還白佛,具陳如此。佛言:汝母罪根深結,非汝一人力所柰何。汝雖孝順,聲動天地,天神地祇,邪魔外道,道士四天王神,亦不能柰何。當須十方眾僧威神之力,乃得解脫。吾今當說救濟之法,令一切難,皆離憂苦。佛告目連:十方眾僧,七月十五日,僧自恣時,當為七世父母,及現在父母厄難中者,具飯百味五果,汲灌盆器,香油錠燭,牀敷臥具,盡世甘美,以著盆中,供養十方大德眾僧。當此之日,一切聖眾,或在山閒禪定,或得四道果,或在樹下經行,或六通自在,教化聲聞緣覺,或十地菩薩大人,權現比丘,在大眾中,皆同一心,受鉢和羅飯,具清淨戒,聖眾之道,其德汪洋。其有供養此等自恣僧者,現在父母六親眷屬,得出三塗之苦,應時解脫,衣食自然。若父母現在者,福樂百年。若七世父母生天,自在化生,入天華光。時佛勅十方眾僧,皆先為施主家呪願,願七世父母行禪定意,然後受食。初受食時,先安在佛前塔寺中,佛前眾僧呪願竟,便自受食。時目連比丘及大菩薩眾,皆大歡喜,目連悲啼泣聲,釋然除滅。時目連母,即於是日,得脫一劫餓鬼之苦。目連復白佛言:弟子所生母,得蒙三寶功德之力,眾僧威神之力故,若未來世一切佛弟子,亦應奉盂蘭盆,救度現在父母,乃至七世父母,可為爾不?佛言:大善快問,我正欲說,汝今復問。善男子!若比丘、比丘尼、國王、太子、大臣、宰相、三公、百官、萬民、庶人,行慈孝者,皆應先為所生現在父母,過去七世父母,於七月十五日,佛歡喜日,僧自恣日,以百味飯食,安盂蘭盆中,施十方自恣僧,願使現在父母,壽命百年,無病無一切苦惱之患,乃至七世父母,離餓鬼苦,生人天中,福樂無極。是佛弟子,脩孝順者,應念念中,常憶父母,乃至七世父母,年年七月十五日,常以孝慈,憶所生父母,為作盂蘭盆,施佛及僧,以報父母長養慈愛之恩。若一切佛弟子,應當奉持是法。時目連比丘四輩弟子,歡喜奉行。

このように私は聞きました。ある時、仏様はシャーラス国の祇園精舎に滞在されていました。大目犍連尊者は、六つの神通力を得たばかりで、父母を救い、育ての恩に報いることを望みました。彼は神通の眼で世の中を観ると、亡くなった母親が餓鬼道に生まれ、飲み食いもできず、皮と骨だけになってしまっているのを見ました。

目連尊者は悲しみ、鉢にご飯を入れて母親に届けました。しかし母親は鉢を受け取ると、左手で鉢を隠し、右手で掴んだご飯を口に入れようとすると、それは火の炭となってしまい、食べることができませんでした。目連尊者は大声で叫び、泣き悲しんで仏様のもとに駆け戻り、この一部始終を詳しくお伝えしました。

仏様はおっしゃいました。「あなたの母親の罪は根深く結びついており、あなた一人の力でどうにかできるものではない。あなたは孝行であり、その声は天地に響くほどだが、天の神々、地の神々、邪魔や外道、道士や四天王の神々も、どうすることもできない。十方の多くの僧侶たちの威神の力によってのみ、解脱できるのだ。今、私は救済の方法を説こう。あらゆる苦しみから人々を解放する方法を。」

仏様は目連尊者に告げられました。「十方の僧侶たちは、七月十五日の僧侶の自恣の日には、七世の父母と、現在苦しみの中にいる父母のために、様々な美味しい食べ物や果物、汲み物や容器、香り油や灯明、寝具や敷物、世の中のあらゆる甘美なものを盆の中に用意し、十方の高徳な僧侶たちに供養しなさい。この日には、すべての聖なる僧侶たちは、山間で禅定していたり、四つの悟りの果を得ていたり、木の下で経行していたり、六つの神通力を自在に使い、声聞や縁覚を教化していたり、あるいは十地の菩薩たちが比丘の姿を借りて大衆の中にいたりしますが、皆一心になって、托鉢の飯を受け、清らかな戒律を備えています。聖なる僧侶たちの道は、その徳が広大です。このような自恣の僧侶たちに供養する者は、現在の父母や六親眷属が三つの悪道の苦しみから逃れ、即座に解脱し、衣食が自然に得られるでしょう。父母が生きているならば、福楽は百年続くでしょう。七世の父母が天界に生まれるならば、自由に化身し、天の華やかな光の中に入るでしょう。」

その時、仏様は十方の僧侶たちに、まず施主のために呪願し、七世の父母が禅定の心を得るように祈ってから食べ物を受け取るようお命じになりました。食べ物を受け取る時は、まず仏塔や寺院の仏前におさめ、仏前で僧侶たちが呪願を終えてから、自分たちで食べるようにと。

その時、目連比丘と大菩薩たちは皆大喜びしました。目連尊者は、泣き悲しんでいた声が静まり、消え去りました。そして目連尊者の母親は、その日に餓鬼の苦しみから解放されました。

目連尊者は再び仏様に申し上げました。「弟子の母親は、三宝の功徳の力と僧侶たちの威神の力によって救われました。もし未来の世のすべての仏弟子たちも、盂蘭盆を奉じて現在の父母や七世の父母を救うことができるでしょうか?」

仏様はおっしゃいました。「素晴らしい質問だ。私もまさにそれを説こうとしていたところだ。善き男子よ。比丘、比丘尼、国王、太子、大臣、宰相、三公、百官、万民、庶人に至るまで、慈悲と孝行を行う者は、皆まず現在の父母と過去七世の父母のために、七月十五日、仏様の喜ばれる日、僧侶の自恣の日に、様々な美味しい食べ物を盂蘭盆に備え、十方の自恣の僧侶に施しなさい。そうすれば現在の父母は寿命が百年に及び、病もなく、あらゆる苦しみや悩みから解放されるでしょう。七世の父母も餓鬼の苦しみから離れ、人間や天界に生まれ、限りない福楽を受けるでしょう。仏弟子として孝行を修める者は、常に父母や七世の父母を思い起こし、毎年七月十五日には、孝行と慈悲の心で父母を思い、盂蘭盆を作り、仏と僧侶に施して、父母の長い養育と慈愛の恩に報いるべきです。すべての仏弟子は、この教えを守り行うべきです。」

その時、目連比丘と四つの弟子たちは、皆喜んでこの教えを実践しました。

佛說盂蘭盆經。

仏が盂蘭盆経を説かれた。


No. 375-B

CBETA コード: X0375

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