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  1. 金剛般若経集験記 (金剛般若經集驗記)
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金剛般若経集験記 (金剛般若經集驗記)

「金剛般若經集驗記」について

唐 · 孟獻忠撰 著

2.4 万字 · 約 80 分

唐代の孟献忠によって編まれた『金剛般若経集験記』は、『金剛般若経』の霊験譚を集めた仏教著作です。この書は『金剛般若経』を中心に、この経典を読誦することで霊験や功徳を得た数多くの実話を収録しており、内容は災難の消除や智慧の増長、善き世界への往生などを含んでいます。歴史的背景としては、唐代における民間仏教信仰の広がりを反映し、特に『金剛般若経』が中国仏教において重要な地位を占めていたことを示しています。霊験記という文献として、この書は信者の般若経典への信心を強めるだけでなく、唐代の仏教社会史を研究する上でも貴重な資料を提供しており、漢伝仏教において経典の神力と実践的価値を宣揚する重要な著作です。


金剛般若經集驗記卷上(并序)

「金剛般若経集験記」巻上(序文付き)

梓州司馬 孟獻忠 撰

梓州司馬 孟献忠 撰

夫般若者。乃諸佛之智母。至道之精微。為法海之泉源。實如來之秘藏。言語道斷。心行處滅。超於名相而界入。稱謂稽而不逮。離於見聞覺知。智識詮而逾遠。無行無得。所以致其功。不住不染。所以成其慧。探其玅者。行皆道場。達其理者。動為佛事。至於一十二經。八萬四千之法。等三辰之競耀。仰慧景而同暉。類五衢之爭馳。入真乘而共轍。惟寂惟寞。感而遂通。何慮何思。誠而必應。其有一念淨信。四偈受持。福無量而無邊。廣大侔於法界。果不生而不滅。究竟等於虗空。故能使脩羅之軍。尋聲而遠遁。波旬之騎。藉響而旋奔。鉤爪鋸牙。挫芒衂(如盡反)銳。洪濤(音桃)烈火。息浪韜炎。厲(音例)氣煙凝。毒不能害。交陳雲合。刃不能傷。含識必該觸類而長。亦猶洪鐘虗受。響無擊而不揚。明鏡高懸。物有來而斯見。則知幽顯叶贊。萬彚(音謂)所以䖍誠。釋梵護持。百神由其侍衛。今者取其靈驗。尤著異跡。尅彰經典之所傳。耳目之所接。集成三卷。分為六篇。其有見賢而思齊。聞義而勇猛。如磨玉之子。守劒之賓。如周處之遇士衡。長清三橫。仲由之逢宣父。即列四科。仁遠乎哉。欲之而至。雖不足發揮聖教。光闡大乘。庶貽諸子孫。以勵同志。于時大唐開元六年。歲次戊午。奧四月乙丑。朔八日壬申撰畢。

そもそも般若とは、あらゆる仏たちの智慧の母であり、最高の真理の精髄である。仏法の大海の源泉であり、如来の秘密の蔵である。言葉の及ぶところを絶し、心の働きの滅する境地にある。名や形、そして認識の領域を超えており、呼び名もそれに届くことはない。見ること、聞くこと、感じること、知ることを離れ、智や識によって辿ろうとすればするほど遠ざかる。行うことも得ることもなく、そこに功徳が成就する。とどまることも染まることもなく、そこに智慧が完成する。その妙なるものを探求する者は、その行いのすべてが道場となる。その理に達する者は、動くことのすべてが仏の教えの実践となる。一二の経典や八万四千の教えは、三つの星が競い輝き、慧の光を仰いで同じように照らし合うようなものである。五つの道が競い走りながら、真実の乗り物に入って同一の轍となるようなものである。ただ寂しく、ただ静かでありながら、感じるものがあればそれに通じ、何も考えず思わずとも、誠実であれば必ず応える。もし一瞬の清らかな信を起こし、四つの偈を受持すれば、その福は限りなく果てしなく、その広大さは法界に等しい。その果報は生じることも滅することもなく、究極には虚空に等しい。ゆえに、阿修羅の軍勢も、その声を聞いて遠くへ逃れ、悪魔の騎兵も、その響きに頼って逃げ去ることができる。鉤の爪や鋸の牙も、その鋭さを鈍らせ、大波や烈火も、波を静め火を消し、毒気が煙のように立ちこめても、害をなすことはできない。刃が雲のように交錯しても、傷つけることはできない。あらゆる命あるものは、必ずこの理に含まれ、触れるものすべてが長ずる。これは、大きな鐘が虚ろに受け止め、響きが打たれずには発しないのと同じであり、明鏡が高く懸けられ、物が来ればそれを見せるのと同じである。そうすれば、幽と顕が互いに助け合い、万物が誠を尽くし、帝釈天や梵天が守り支え、百の神々がそばに仕えることが分かるであろう。今、その霊験の中でも特に著しく、異なる跡が明らかに現れているものを選び、経典に伝えられ、耳や目に直接触れたところを集めて、三巻にまとめ、六篇に分けた。ここに、賢者を見てはそれに並ぼうとし、義を聞いては勇猛に進む人々、例えば玉を磨く者のように、剣を守る客のように、周処が士衡に出会って三つの害を除いたように、仲由が宣父に会って四科に列せられたように、仁が遠いだろうか、欲すればすぐに至ることを示したい。たとえ聖なる教えを発揚し、大乗の教えを明らかにするには至らなくとも、せめて子孫のためにこれを残し、同じ志を持つ人を励ましたい。時に、大唐開元六年、歳は戊午にあたる、旧暦四月乙丑朔、八日壬申に書き終える。


救護篇第一(并序十九章) 延壽篇第二(并序十二章)

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