參政錢端禮居士
参政の銭端礼居士
字處和。號松窗。從此菴發明己事。凡宗門旨趣。一一極之。湻熙丙申。簡堂歸住平田。遂與往來。丁酉秋。微恙。修書召堂。及國清瑞巖主僧訣別。堂與二禪詣榻次。公起趺坐。言笑移時。即書曰。浮世虗幻。本無去來。四大五蘊。必歸終盡。雖佛祖具大威德力。亦不能免者一著。天下老和尚。一切善知識。還有跳得過者無。葢為地水火風。因緣和合。暫時湊泊。不可錯認為己有。大丈夫磊磊落落。當用處把定。立處皆真。順風使帆。上下水皆可。因齋慶贊。去留自在。此是上來諸聖開大解脫。一路涅槃門。本來清淨。空寂境界。無為之大道也。今吾如是。豈不快哉。塵勞外緣。一時掃盡。荷諸山垂顧。咸願證明。伏惟珍重。置筆顧簡堂曰。某坐去好。臥去好。堂曰。相公去便了。理會甚麼坐臥。公笑曰。法兄當為祖道自愛。遂斂目而逝。
字処和といい、松窓と号しました。この菴で己事を発明し、宗門の旨趣は一つ一つ極めていきました。淳熙丙申の年、簡堂が平田に帰って住むことになったので、そこで往来するようになりました。丁酉の秋、少し病にかかり、手紙を書いて簡堂を呼び、また国清寺と瑞巌寺の住持の僧とも別れの挨拶をしました。簡堂と二人の禅僧が寝床のそばに来ますと、公は起き上がって趺坐し、しばらく談笑してから、こう書きました。
「浮世は虚幻であり、本来去来はありません。四大五蘊は必ず終わり尽きるものです。たとえ仏祖が大きな威徳の力を持っていても、この一着だけは免れません。天下の老和尚たち、すべての善知識のうち、まだ跳び越えられる者がいるでしょうか。そもそも地・水・火・風が因縁和合して、しばらく寄り集まっているにすぎず、これを自分が所有するものと錯認してはなりません。大丈夫は磊々落々として、用いるべきところではしっかりと把定し、立つところはみな真であります。順風に帆を張れば、上水も下水も自在です。斎の機会に慶賛し、去るも留まるも自在です。これがすなわち、これまで諸聖が開いてくださった大解脱、一路涅槃の門であり、本来清浄で空寂の境界、無為の大道なのです。今、私がこのようであるのは、なんと快いことでしょうか。塵労の外縁は一時に掃き尽くしました。諸山の方々が顧みてくださるのを荷ない、みな証明を願います。伏して珍重。」
筆を置いて簡堂を顧みて言いました。「某は坐って去るのがよいか、臥して去るのがよいか。」簡堂が言いました。「相公は去るだけでよいのです。坐臥など何を気にされるのですか。」公は笑って言いました。「法兄よ、祖道のためにどうか自愛してください。」そして目を閉じて逝去しました。