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title: "北磵居簡禪師語錄 · 上堂"
description: "北磵居簡禪師語錄由宋代禪師居簡的弟子大觀編撰而成，記錄了南宋臨濟宗高僧北磵居簡的禪法開示、機鋒問答及詩文著作。該語錄反映了宋代禪宗的思想特色與實踐風貌，內容涵蓋禪宗心要、修行指導及對機教化，是研究宋代臨濟宗禪法的重要文獻。居簡禪師作為大慧宗杲的法脈傳承者，其語錄語言犀利直指人心，在佛教史上具有承先啟後的地位，對後世禪宗發展影響深遠。"
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上堂。諸方說禪。地藏種田。西余門下。又却不然。飢來喫飯。困來打眠。不是知音者。徒勞話歲寒。

> 説法するというけど、地蔵は田んぼを耕している。西余の門下は、そうじゃない。腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝る。本当に分かる人でなければ、寒さの話をしてもむだだ。

上堂。十四年四月一。流水無情。落花無跡。一句了然超百億。莫待當來問彌勒。

> 説法。永和十四年四月朔日。 流れる水に情けはなく、 散る花に跡は残らない。 この一句をはっきりと悟れば、百億の劫を超える。 後の世に弥勒菩薩に問いかけるまでもないのだ。

浴佛上堂。汲井花水。煑薔薇露。清淨法身遭點污。良久云活戾世界。一年一度。

> 井戸の花水を汲み、薔薇の露を煮いだす。 清らかな法身すらも、汚れに染められる。 <note>しばらくして言う</note> この生々しい世の中では、年に一度のことだ。

上堂。三分光陰二早過。向下文長。靈臺一點不揩磨。彼自無瘡。貪生逐日區區去。終日茫茫。喚不回頭爭奈何。那事無妨。且道如何是那事。良久云匙挑不上。

> 上堂说法。 三分の光阴は、すでに二分が過ぎ去ってしまった。 この先の話は長くなるが、 心の鏡の一点も、まだ磨かれていない。 （相手には）元々傷などないのに、 人はただ生きることに執着し、日々あくせくと追い求め、一日中忙しく過ごしている。 呼びかけても振り返らないとは、どうしようもないことだ。 しかし、あの大切な事（本来の自己・真理）には、何の差し障りもない。 さて、その「あの大切な事」とは一体、どのようなものか。 <note>しばし間を置いて、</note> 匙ですくい上げられるものではない。

正旦上堂。舊歲已陳。元日初吉。今日今時。序品第一。北磵聊與諸人。向第二頭。相見去也。向下文長。付在來日。

> 新しい年が明けました。過ぎ去った一年はもう終わり、元旦という吉日を迎えました。 この今、この時こそが、「序品第一」です。 私は北磯和尚として、皆さんと共に、この一番目の門を通り抜けていきましょう。 それより先の詳しい話は、明日以降に譲りたいと思います。

上堂。三月十五。落花飛絮。業識茫茫。無本可據。把得定。作得主。伶俐衲僧。不恁麼去。

> 上堂の言葉。 三月十五日、花は散り、綿毛は舞う。 業の識（ごうしき）はおぼろげで、頼るべき根本（ほん）もない。 だが、心を定め、自分という主となれるならば、 利発な修行僧は、そんなふうにはいかない。

上堂。舉佛告普眼菩薩云。頗有人。能說幻術。文字中。種種幻相所住處否。答云不也。佛言普眼。幻中幻相。尚不可說。何況普賢菩薩祕密身境界。祕密語境界。祕密意境界。而入其中。能入能見。

> 法要で、仏が普眼菩薩にこう告げられた話があります。 「はたして、誰かが幻術について説明できるだろうか。文字の中に、さまざまな幻の姿が住む場所を説明できる者がいるだろうか。」 普眼菩薩は答えました。「いいえ、できません。」 仏は言われました。「普眼よ、幻の中の幻の姿でさえ、説明することはできない。ましてや、普賢菩薩の秘密の身体の世界、秘密の言葉の世界、秘密の心の世界について、その中に入り、それを見ることができる者がいるだろうか。」

師頌云。晃晃在心目。昭昭居色塵。莫將銀世界。喚作假銀城。

> 師の頌（しょう）に言う。 はっきりと心と目に映り、 明らかに色と塵の中にある。 銀の世界を、 偽りの銀の城と呼んではならない。

元宵上堂。我見燈明佛。本光瑞如此。至若山河大地。明暗色空。萬象森羅。燈籠露柱。皆發本光瑞。是汝諸人。因甚脚跟下。黑漫漫地。

> 元宵の日の説法。 私は灯明仏を見た。 その本来の光明の祥瑞とは、このようなものである。 山河も大地も、明暗や色や空も、 あらゆる現象も、灯籠や露柱までも、 皆が本来の光明の祥瑞を放っている。 それなのに、あなたたちはなぜ、 自分の足元が真っ暗なままなのか。

芙蓉和尚至。上堂。跛跛挈挈。百醜千拙。闘諸方勝。勝諸方劣。然雖如是。明眼人前。直得亡鋒結舌。有理難伸。更嫌何處不分明。

> 芙蓉和尚がお見えになり、上堂された。 「よちよち歩きのその姿、百の醜さ、千の拙なさ。 あらゆる方面と競えば勝ち、あらゆる方面に劣りもする。 しかし、そうは言っても、明らかな目を持つ人の前では、すっかり刃を収め口を閉ざし、道理があっても述べることは難しい。 それでも、どこが明らかでないというのか。」

上堂。舉華嚴會諸大菩薩。不見普賢。佛令想念求之。即見。

> 皆様に申し上げます。『華厳経』の会の大菩薩たちは、普賢菩薩を見ることができませんでした。すると仏様が、普賢菩薩を思い念じ、心から求めるように教えられました。そうして、彼らは普賢菩薩を拝することができたのです。

師頌云。瞿曇幾箇舌頭。眾會幾箇眼睛。頭頭物物。剎剎塵塵。自瞞猶自可。最苦是瞞人。

> 師が次のように詠んだ： 「瞿曇（釈迦）にいくつの舌があるのか？ 大衆にいくつの目があるのか？ あらゆるもの、あらゆる場、あらゆる塵の中に。 自分を騙すのはまだしも、 最も苦しいのは、人を騙すことだ。」