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  1. 浄土決 (淨土決)
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浄土決 (淨土決)


一心三觀
溫陵禪師曰。念佛法門。未可單約事相而修。佛具三身。念存三觀。以破三惑。則無生忍位方可入焉。念存三觀者。如一聲佛。遂了此能念體空。所念無相。即念存空觀。所念之佛即報身。即心破見思惑也。雖能念體空。所念無相。不妨能念分明所念顯然。即念存假觀。所念之佛即應身。即心破塵沙惑也。正當能念所念空時。即能念所念顯然。正當能念所念顯時。即是能念所念寂然。空假互存。乃念存中觀。所念之佛即法身。即心破無明惑也。說則如是行人用心。惟一念真。更無如斯之辨。
卓吾和尚曰。天台智者决疑十論。可謂往生淨土之津梁矣。後學又何疑乎。有宋楊無為居士為之序。葢贊念佛者。必定往生。是亦一決疑也。溫陵法師。復為發明一心三觀之旨。葢贊念佛者。必定見佛。是又一決疑也。合而觀之。而後知天台淨土止觀之理。無非發明此一大乘。使學者知起念便生淨土。開口便見佛。不待往生之勞矣。又何往生之疑。而不一念南無阿彌陀佛乎。宋人欲學為古文辭而不能。無為居士乃不學而自能之。其文辭高妙。益以見念佛者無所往而不藉佛之力也。幸各加意念佛可也。

宋無為居士楊傑淨土十疑論序
壽禪師勸修淨業

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