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  1. 南岳総勝集 (南嶽總勝集)
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  3. 南岳総勝集叙 (南嶽總勝集敘)
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南岳総勝集 (南嶽總勝集)

「南嶽總勝集」について

宋 · 陳田夫撰 著

4.9 万字 · 約 165 分

『南嶽総勝集』は、宋代の僧侶・陳田夫によって編纂された、中国仏教史上重要な地方誌・山岳誌の古典です。本書は南宋時代に成立し、南嶽衡山の自然地理、仏教寺院、高僧の事跡、神話伝説、歴史的変遷を体系的に記録しています。内容は宗教活動、文化遺跡、地方の風物にまで及び、極めて高い史料的価値を有しています。宋代仏教、南嶽文化、中国における山岳信仰を研究する上での権威ある文献として、本書は仏教と土着文化の融合を示すとともに、禅宗の聖地としての歴史的意義を裏付ける重要な根拠を提供しており、仏教地理誌の模範的作品とされています。


南嶽總勝集敘

南嶽総勝集の序

南嶽多古志。率皆佚而不傳。隋經籍志有宋居士撰衡山記。太平御覽引徐靈期南嶽記。宋藝文志有盧鴻衡山記。錢景衎南嶽勝概。諸書既不得見。惟有唐道士李仲昭撰南嶽小錄一卷。錄入 四庫書。此外有明彭簪衡嶽志。國朝趙寧嶽麓志。俱後出又少。故實此本南嶽總勝集三卷為宋紹興時陳田夫所撰。明人影宋鈔本。體例既佳。書亦最古。考之晁公武讀書志。有其書不著撰人名。宋史藝文志并不載是書。蓋其漏略。吾友唐陶山明府仕優則學愛古敦素。校付開雕。閱月刊成。甚可喜也。昔向子禽遊五嶽。待畢婚嫁。予以少賤從事畢督部幕府。自華歷嵩。又以都官扈 蹕。西巡經曲陽。大茂山詢考北嶽舊廟故蹟。及官東魯。祈雪泰山。信宿日觀。屈指五嶽。已遊其四所。未至者南嶽耳。而陶山先生未第時。以名孝廉遊學。足跡半天下。授經泰山之麓。撰岱覽三十卷。蒐羅古迹金石。多前人未見。茲官東南。以經術飾吏治方求吳地。記吳中水。利書寫刊。以徵一方文獻尤念。此書為鄉郡名山故蹟所在。急為廣布。予與陶山生同歲。甫及知非鬢髮漸斑白矣。薄宦思有濟於物。終不能自行意。如待畢婚嫁遊名山。恐年衰已乏濟勝之具。終日執此編。尋攬名勝。以當臥遊。或數年後即賦。遂初從陶山於瀟湘。雲夢間望衡九面。以補向禽未遂之願。則與陶山案圖考古。續補此書所不及載。又盛舉也。嘉慶六年六月朔日。孫星衍敘於金陵五松書屋。

南嶽には古い志が多くありましたが、ほとんどが散逸して伝わっていません。隋の経籍志には宋の居士が撰した衡山記があり、太平御覧は徐霊期の南嶽記を引用しています。宋の芸文志には盧鴻の衡山記や銭景衎の南嶽勝概があります。これらの書物はすでに見ることができません。ただ唐の道士李仲昭が撰した南嶽小録一卷だけが残り、四庫全書に収められています。このほかには明の彭簪の衡嶽志、当代の趙寧の嶽麓志がありますが、いずれも後世のもので、しかも内容はわずかです。そこで、この南嶽総勝集三巻は宋の紹興年間に陳田夫が撰したもので、明の人が宋の写本を影写したものです。体裁もよく、書物としても最も古いものです。晁公武の読書志に照らし合わせてみると、その書は撰者の名を記していません。宋史芸文志にはこの書はまったく載せられていません。これは抜け落ちなのでしょう。わが友の唐陶山明府は、務めの合間に学問に親しみ、古きを愛し素朴を重んじています。校訂して出版を委ね、一か月あまりで刊行されました。まことに喜ばしいことです。昔、向子禽は五嶽を遊歴し、婚嫁を済ませるのを待ちました。私は若くして卑しい身から督部の幕府に仕え、華山から嵩山を経めぐりました。また都官として天子の行列に扈従し、西巡して曲陽を経て、大茂山で北嶽の旧廟の跡を訪ね調べました。そして東魯の官につくと、泰山に雪を祈り、日観に二晩泊まりました。指を折って五嶽を数えると、すでにその四つを遊歴しています。まだ至っていないのは南嶽だけです。陶山先生は科挙に及第する前、名高い孝廉として学問の旅に出て、足跡は天下の半分に及びました。泰山の麓で経書を教え、岱覧三十巻を撰しました。古迹や金石を集めることにおいて、前人未见のものが多くあります。今、東南の官にあって、経術で吏治を飾り、まさに呉の地を求めています。呉中の水利の書を書き刊行して、一方の文献を証することを特に念じています。この書は郷郡の名山の故跡のあるところですから、急いで広く配布しようとしています。私と陶山は同じ年に生まれ、ちょうど五十歳に及び、鬢髪が次第に斑白になってきました。薄い官にありながら世の役に立ちたいと思いながら、ついに自分の思いのままに行動できません。婚嫁を済ませて名山を遊歴するのを待つならば、年老いてすでに勝地を訪ねる体力も乏しくなるでしょう。終日この編を手にして名勝を訪ね求め、臥遊に代えています。あるいは数年後には辞職して、陶山とともに瀟湘・雲夢の間にあって衡山の九面を望み、向禽の果たせなかった願いを補いたいと思います。そうして陶山と図を案じ古を考証し、この書の載せていないところを続けて補うことができれば、また盛大な事業となるでしょう。嘉慶六年六月朔日、孫星衍が金陵の五松書屋で叙す。


南嶽總勝集卷上序

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