秀州普照院多寶塔記
秀州普照院多宝塔記
靈鷲山中無上法王會百千萬眾說法華經俄有寶塔從地而涌卓然聳于四天王宮華瓔飛灑龍鬼翼從塔中發聲稱歎釋迦世尊所說如實大眾驚疑莫知所自世尊告曰此遠古多寶如來全身之塔彼有大誓滅度之後十方國土有說是經我塔涌現證明讚嘆眾聞欣踊咸欲瞻禮于時世尊大軫神用三變其國土徧集其分身即舉右指指開塔戶眾覩彼佛儼然如生仍分半座與釋迦並坐世尊乘是顧命大眾懇囑流通終于散席塔亦隨隱竊惟如來為一大事因緣出興于世群生著欲力所未堪四十餘年祕而不授洎于大根將啟圓音方震指萬化歸乎一理會三乘同乎一轍髻珠既解寶輅等賜宣降靈之致暢久默之懷將事歸真猶悲末度庶幾妙道埀諸無窮夫以道在人持種由緣起是故古佛現殊特之瑞本師亦殷勤之囑且使無邊大士奮志維持後世獲聞莫不由此秀州海鹽縣廣陳鎮普照院有僧處詮甞覽斯經仰追化跡乃率眾信依經建塔自嘉祐癸卯發首興搆至治平間不幸物故弟子智圓克荷師道接武遺業力勤營幹歲無暇日逮于元豐改元戊午仲秋跨一十六載役工方畢所費無慮萬緡皆出於四眾塔有七級每級藏法華寶篋各一帙下級加以金銀為文字頂層安相輪經九十九本基下瘞以臥佛舍利自餘經卷塔像不復具數中間塑多寶釋迦列坐之像眾寶莊校極為嚴飾遐邇具瞻歎未曾有由是聞見者迴邪而復正禮敬者殄罪以蒙福至於遇物感心即事通道植一乘緣種造諸佛境界者往往有之矣旨哉處詮草創之智圓力成之以有為材建大佛事發千古之遺美為萬劫之良導其濟世益物可勝言哉余以經從獲究始末輒復命筆為之記云。
霊鷲山の中で、無上の法王は百千万の衆を集めて法華経を説かれた。やがて宝塔が地から湧き出て、そびえ立ち四天王の宮に届いた。華の瓔珞(ようらく)は飛び散り、竜や鬼神たちは翼のように従った。塔の中から声が発せられ、釈迦世尊の説かれた教えが真実であると称賛した。大衆は驚き疑い、その由来を知る者はなかった。世尊は告げられた。「これは遠い昔の多宝如来の全身を納めた塔である。彼には大いなる誓いがあった。滅度の後、十方の国土でこの経を説く者があれば、我が塔は湧き出て証明し讚歎しようと」。衆は聞いて欣喜踊躍し、皆その塔を礼拝したいと願った。その時、世尊は大いなる神通力を発揮され、三度その国土を変え、その分身を遍く集められた。そして右の指を挙げて塔の戸を開かせると、衆はかの仏が生きているかのように儼然としているのを見た。さらに半座を分け与え、釈迦と並んで坐せられた。世尊はこの機に乗じて大衆に顧命し、懇ろに流通を嘱託された。ついに法座を散ずるに及び、塔もまた随って隠れた。
思うに、如来は一大事の因縁のため世に興り出でたまう。群生は欲に執着して、その力は未だ堪えることができない。四十余年、秘して授けなかった。大いなる根機がまさに開かれようとして、円音がまさに震わんとするに及び、万化を指して一理に帰し、三乗を会して一轍に同じゅうせしめ、髻珠(けいしゅ)はすでに解かれ、宝輅(ほうろ)は等しく賜われた。霊なる致し方を宣べ、久しく黙していた思いを暢(の)べ、事を帰真に将(もたら)さんとしながら、なお末度(まつど)を悲しみ、庶(ねが)わくは妙道を無窮に垂れんとされた。道は人の持つところに在り、種は縁起によって起こる。それゆえ古仏は殊特の瑞相を現じ、本師もまた懇ろに嘱託された。無辺の大士たちが奮志して維持し、後の世の者が聞くことを得るのは、全てこれによるのである。
秀州海塩県広陳鎮普照院に処詮という僧がいた。かつてこの経を覧て、化儀の跡を仰ぎ追い、衆信を率いて経に依って塔を建てた。嘉祐癸卯の年(1063年)に発首して構え始め、治平の間に不幸にして物故した。弟子の智円はよく師の道を荷い、その遺業を継いで、力を尽くして営み、歳に暇日なし。元豐改元の戊午(1078年)の仲秋に至り、一十六年を跨ぎて工事はついに畢わり、費やしたところ疑うべからず万余緡、皆四衆から出でた。塔には七級あり、級ごとに法華宝篋各一帙を蔵し、下の級には金銀を以って文字となし、頂上の層には相輪を安じ、経九十九本、基下には臥仏の舎利を瘞(うず)めた。自余の経巻・塔像は復た具に数えるに及ばない。中間に多宝・釈迦の列坐の像を塑し、衆宝を以って荘厳し、甚だ厳飾と為し、遐邇(かんじ)具(とも)に瞻仰して、未曾有なりと嘆じた。これによりて聞見する者は邪を廻らして正に復し、礼敬する者は罪を殄(ほろぼ)して福を蒙り、物に遇いて心を感じ、事に即して道に通じ、一乗の縁を植え、諸仏の境界を造る者は、往往にして之あり。
旨きかな、処詮の草創し、智円の力成す。有為の材を以って大仏事を建て、千古の遺美を発(ひら)き、万劫の良導と為す。その済世益物たること、言うに勝(た)えんや。余は経従(けいじゅ)を以って始末を究め、輒(すなわ)ち筆を命じて之が記と為す。