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  1. 禅林宝訓音義 (禪林寶訓音義)
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禅林宝訓音義 (禪林寶訓音義)


No. 1262-A禪林寶訓音義序
寶訓一書。昔妙喜竹菴二師。慮末法之澆漓藂林之衰替。於是摭古德之嘉言善行。會萃成編。冀欲挽回佛日。重整頺綱。使凡庸之輩。因言企行。德業惟新者也。然編集雖成。未遑流布。葢法運有時。待緣方顯。嗣有東吳淨善師者。遊歷雲居。獲殘編於祖庵師。忻其所遇。脗浹于懷。第恨首尾不完。難成教義。是以重加纂集。廣搜先德之言。積累三百餘篇。斯寶訓所繇出也。其中扶揚法化。教誡僧徒。革藂林之弊政。警學者之疎愚。則是編也。顧可以少乎哉。奈何躁淺之流。視其詞章平易。而束之高閣者。比比有之。豈不負前賢之苦心溝壑之言哉。(建)自戊申。辭雪浪師于蘇之望亭。學之于長安。參預諸師門下。凡宗乘講演之期。曾不捨此。諄諄熟習。故彼方禪衲。淳朴之風猶在矣。惟是集也。文約義豐。事多愽涉。初學未諳。不無留阻。間有音義。傳寫未刊。遞悞成訛。參差魚魯。繇是音義所刊。烏容已也。今也山中多冊。擇其簡要者。以為定本。復于內外經書。參互考證。繼晷焚膏。日以積月。讐校方成。時諸法侶。覩斯善本。爰常住授梓流通。以便後來尋討。不揣荒陋。敘其本末云耳。

『宝訓』という書物は、昔、妙喜と竹菴という二人の師匠が、末法の世の風俗が乱れ、修行の場が衰退していくことを憂い、そこで古の高僧たちの優れた言葉と善い行いを集めて一冊にまとめました。それは、仏法の光を取り戻し、乱れた綱紀を立て直し、凡庸な者たちがその言葉に導かれて行いを高め、徳と業を新たにしていくことを願ってのことでした。しかし、編集は完成したものの、すぐには広めることができませんでした。法の流布には時があり、縁が整って初めて明らかになるものです。その後、東呉の浄善という師が雲居を訪れ、祖庵師からこの不完全な書物を手に入れました。その出会いを喜び、心に深く感じ入りましたが、首尾が完備しておらず、教えとして成り立たないことを残念に思いました。そこで、改めて編纂を加え、先徳たちの言葉を広く集め、三百余りの篇を積み重ねました。これが『宝訓』の由来です。その中には、法を広め、僧侶を教え戒め、修行の場の弊政を改め、学ぶ者の怠慢と愚かさを戒める内容が記されています。この書物は、決して軽んじるべきものではありません。しかし、軽薄な者たちは、その言葉が平易であるとして、書棚にしまい込んでしまうことが少なくありません。それは、先賢たちの苦労や、深い教えを無にすることではないでしょうか。

戊申の年から、私は雪浪師のもとを蘇州の望亭で辞し、長安で学び、多くの師匠の門下に参じました。宗乗の講演などがあるたびに、この書を離すことはありませんでした。繰り返し熟読し、その地の禅僧たちの素朴な風習がまだ残っているのを感じました。ただ、この書は文章は簡潔ながら意味は深く、扱う事柄も広範にわたるため、初心者には理解しにくく、躓くこともあります。また、音義に関する注釈は伝写されただけで刊行されておらず、写し間違いが重なって誤りが生じ、文字が乱れていることもありました。そこで、音義を刊行することは、もはや避けられないこととなりました。今、山中には多くの写本がありますが、その中から簡潔で要点を押さえたものを選び、定本としました。さらに、内外の経典や書物と照らし合わせて考証し、夜を徹して日々月々と校正を重ね、ようやく完成に至りました。諸々の法侶たちがこの善本を見て、常住に版木を彫らせ、流通させることを願い出ました。これにより、後世の人々が探求するのに便利になるでしょう。私の不勉強を省みず、その経緯を記す次第です。

旹

今

崇禎乙亥仲春三日梁溪比丘大建識

崇禎乙亥年の春二月三日、梁溪の比丘大建が記す。


禪林寶訓音義

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