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  1. 正法伝承記 (傳法正宗記)
  2. 第2巻 (第二)
  3. 天竺第二祖阿難尊者伝 (天竺第二祖阿難尊者傳)
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正法伝承記 (傳法正宗記)


天竺第二祖阿難尊者傳

第二祖 阿難尊者伝

阿難尊者。王舍城人也。姓剎帝利。斛飯王子。而釋迦如來之從弟也。始名阿難陀。此云慶喜。亦云歡喜。蓋當如來成道之夕。而尊者乃生。王之家大慶且喜。以故名之。然有奇相。而聰明叡智。不比凡者。少時聞如來出世。乃用世幻自感。以如來初從釋氏而出家成大聖道。因往求為其弟子。如來許為之說法。遂成須陀洹果。方如來欲人參侍。而尊者獨為大眾所推其智慧善巧。而知時所宜。頗合聖意。然其往世。於佛有大功德。故所聞法皆能記之。若水傳器而無有失者。故如來甞稱其總持第一。及如來垂般涅槃。而尊者方在娑羅林外。為魔所亂。如來即勅文殊師利。將呪往解。尊者因與文殊偕還。而禮覲如來。如來化已。大迦葉會諸羅漢於畢鉢羅巖。結集法藏。獨以尊者大智多聞而常侍如來其聞法最詳。乃白眾請之。以集修多羅阿毘曇達磨藏。尊者領命。遂說偈曰。

阿難尊者は、王舎城の出身である。姓は刹帝利で、斛飯王の子であり、釈迦如来の従弟にあたる。初めの名は阿難陀といい、「慶喜」または「歓喜」と訳される。これは、如来が成道されたその夕べに尊者が生まれたため、王の家に大きな慶びと喜びがあったことから名付けられたのである。尊者は優れた相を持ち、その聡明さと叡智は常人とは比べ物にならなかった。若い頃、如来が世に現れたと聞き、世の儚さを感じ、如来が初めに釈氏から出家して大いなる聖道を成就されたことに因み、自ら進んでその弟子となることを願い出た。如来はこれを許し、説法を聞かせたところ、尊者はたちまち須陀洹果を得た。

如来が側近の侍者を求められた時、尊者はひとり大衆から推挙された。その智慧と巧みさは、時に応じて適切に対処することを知っており、如来の意にかなうものであった。また、過去世において仏に対して大きな功徳を積んでいたため、聞いた法はすべて記憶し、まるで水を器に移すように、一切失うことがなかった。そこで如来はかつて、尊者を「総持第一」と称された。

やがて如来が涅槃に入られようとする時、尊者は沙羅双樹の林の外で、魔の妨害を受けていた。如来は即座に文殊師利に命じ、呪文を携えて尊者を救わせた。尊者は文殊と共に帰還し、如来に礼拝した。如来が入滅された後、大迦葉は畢鉢羅窟にて諸々の阿羅漢たちを集め、法宝を結集することとした。特に尊者は大いなる智慧と多聞の才を持ち、常に如来に近侍して最も詳細に法を聞いていたため、迦葉は大衆に尊者を招くことを提案し、経蔵(修多羅)・論蔵(阿毘曇)・律蔵(達磨)を集めるよう依頼した。尊者はその命を受け、次の偈を唱えた。

比丘諸眷屬 離佛不莊嚴
猶如虛空中 眾星之無月

修行者とその弟子たちは、仏様がいなければ、輝きを失ってしまいます。 それは、虚空に満天の星があっても、月がないのと同じです。

尋作禮大眾。乃升法座而曰。如是我聞一時佛在某處說某經教。乃至天人等信受奉行。是時大迦葉復問眾曰。阿難所言其錯謬乎。皆曰。無異世尊之所說者也。乃大迦葉將入定於雞足山。乃以如來所授正法眼付之。尊者使其傳之勿絕。自是以法遊化諸方。一日尊者至一竹林之間。初聞比丘有誤誦偈曰。若人生百歲。不見水老鶴。不如生一日。而得覩見之。尊者因之歎息曰。如來乃世正法之眼何速寂滅。使此群生失所依止。而迷謬聖教。乃語其人曰。是非佛意。不可依之。汝應聽我演正偈云。若人生百歲。不解生滅法。不如生一日。而得解了之。是比丘乃以聞其師。師反謂阿難衰老。其言謬妄。豈宜信乎。汝可如前誦之。尊者他日復聞誦其前偈。問其何以然。而不從所教。是比丘者遂說其師之意。尊者以其不重自語。而益感之。因入三昧。欲求尊聖為之證者。然終不能得。於是念之。佛與眾聖皆已涅槃。必何從而明之。當是時也地為之動。少頃光明遽發。俄然有一聖宿大士示現。為其說偈。而證之曰。

尋(たず)ねて大衆に礼し、やがて法座に昇って言われた。

「このように私は聞いた。ある時、仏は某所におられ、某という経の教えを説かれた。天や人々に至るまで、皆これを信じ受け入れ、奉じ行ったのである。」

その時、大迦葉(だいかしょう)は再び大衆に問われた。

「阿難(あなん)の述べたことに、誤りはあるだろうか。」

皆が答えた。

「世尊の説かれたことと、少しも異なるところはありません。」

そこで大迦葉は、雞足山(けいそくざん)に入定(にゅうじょう)しようとして、如来から受け継いだ正法眼(しょうぼうげん)を尊者に付嘱(ふぞく)された。

「これを絶やさず伝えよ」と。

これより尊者は、法を携えて諸方を巡り導かれた。

ある日、尊者がある竹林に至ると、比丘(びく)が次の偈(げ)を誤って誦(とな)えているのを聞かれた。

「もし人生を得て百年を生きるとも、水老鶴(すいろうかく)を見ずんば、一日生きて、これを拝見するに如(し)かず。」

尊者はこれを聞いて嘆息された。

「如来こそ世の正法の眼であるのに、なぜ早くも滅度(めつど)なされ、この多くの人々を迷わせ、聖教を誤らせるのか。」

そこでその人に告げられた。

「それは仏の意ではない。それに依ってはならない。私が正しい偈を説くのを聞きなさい。

もし人生を得て百年を生きるとも、生滅の法を解せずんば、一日生きて、これを解し了(お)えるに如かず。」

この比丘はそのことを師に伝えたが、師はかえって、「阿难は老いて心が衰えている。その言葉は誤っている。どうして信じられようか。お前は以前のように誦せよ。」と言った。

尊者は後日、再び同じ比丘が前の偈を誦しているのを聞き、なぜ教えに従わないのかを問われた。

比丘は師の意を説明した。

尊者は、自らの言葉が尊重されないことを、一層悲しまれた。

そこで三昧(さんまい)に入り、聖なる尊い方々に証(しょう)していただこうとされたが、ついに得られなかった。

そこで尊者は思われた。

「仏も聖者たちも皆、涅槃(ねはん)に入られた。今、どこに問うて明らかにすればよいのか。」

その時、大地が震動した。

やがて光明がさっと現れ、たちまち一人の聖宿大士(しょうしゅくだいし)が現れて、偈を説き、これを証された。

彼者諷念偈 實非諸佛語
今遇歡喜尊 而可依了之
彼師弟子視大士神奇。乃稟其言。即誦尊者所說。遂以之得第二果。尊者既得見證。而益自警。謂身危脆猶若聚沫。況其衰老何堪久乎。欲趣泥洹。復以阿闍世王嘗慨不見如來迦葉二尊聖所般涅槃。因約阿難。若當寂滅。願示其期。而尊者故往告之。及王之門。而閽者詞之。以王方寢。不敢以聞。然王於其夢。適見一蓋七寶飾之。千萬億眾繞而瞻之。俄有風雨暴至。遂吹折其柄。寶皆委地。王驚。及寤會閽者以阿難事奏。王聞之遂失聲號慟。哀感天地即詣毘舍離城。方見尊者坐恒河中流。王遽禮之。而說偈曰。
稽首三界尊 棄我而至此
暫憑悲願力 且莫般涅槃
是時毘舍離王亦在河側。復說偈曰。
尊者一何速 而歸寂滅場
願住須臾間 而受於供養
尊者見二國王皆來勸請。亦說偈曰。
二王善嚴住 勿為苦悲戀
涅槃當我淨 而無諸有故
尊者於是乃自念曰。我若偏住一國而滅度之。諸國必諍。非其當也。此應以平等而度諸有情。遂即恒河之中流而欲涅槃。其時大地六種皆震。先有五百仙人棲於雪山。及是相與乘空而來禮尊者足曰。今我等定於長老當證佛法。願乘見度。尊者默而許之。即變殑伽河悉為金地。遂為之說大法要。尊者又念。先時。所度弟子。宜當來集。須臾五百羅漢。自空而下。為其出家受戒仙者尋皆得四果。然其仙眾之中有二羅漢。一曰商那和修。一曰末田底迦(亦云未田地)尊者知其皆大法器。而命之曰。昔如來以正法眼付大迦葉。迦葉入定。而付於我。我今將滅。用傳汝等。汝受吾教。當聽偈言。
本來付有法 付了言無法
各各須自悟 悟了無無法
復謂商那和修曰。汝善行化。而護持正法無令斷絕。謂末田底迦曰。昔佛記云。滅度五百歲中。當汝於罽賓國敷宣大法。後宜往之。以興教化。已而尊者超身虛空作一十八變。入風輪奮迅三昧。乃分身四分。一惠忉利天。一惠娑竭羅龍宮。一惠阿闍世王。一惠毘舍離王。得者各建寶塔而供養之。是時當此周夷王之世也。

天竺第一祖摩訶迦葉尊者傳
天竺第三祖商那和修尊者傳

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