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title: "傳法正宗記 · 天竺第七祖婆須蜜尊者傳"
description: "北宋高僧契嵩所著的《傳法正宗記》是一部重要的禪宗史書。該書成書於宋代，旨在考證並確立自釋迦牟尼佛至中土六祖惠能的禪宗法脈傳承，以回應當時教內外對禪宗正統性的質疑。內容系統梳理了西天二十八祖與東土六祖的傳法譜系，並附有相關傳記與論述。此書因觀點嚴謹、論證翔實，深受朝廷重視，被敕編入大藏經，對鞏固禪宗正統地位、影響後世佛教史觀具有深遠意義。"
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### 天竺第七祖婆須蜜尊者傳

> 天竺第七祖 婆須蜜尊者伝

婆須蜜尊者。北天竺國人也。姓頗羅墮。常衣淨衣持酒器。遊處里巷而吟嘯自若。人頗不測。或謂其狂。及遇彌遮迦尊者。明其夙緣。遂投器即從之出家。尋得付法。及遮迦滅已。乃廣其教化。至迦摩羅國。方大為勝事。遽有一智士。趨其座前自謂。我名佛陀難提。今與尊者論義。須蜜曰。仁者論即不義。義即不論。若擬論義終非義論。難提以其義勝。甘心服之。遂告曰。我願求道。預甘露味。尊者乃與度之。特命四果聖人為其受戒。未幾乃命之曰。如來正法眼藏今以付汝。汝其傳之慎無斷絕。聽吾偈曰。

> 婆須蜜尊者は、北天竺国の人で、姓は頗羅墮（パラダ）といいます。いつも清らかな衣をまとい、酒器を手にして、街中を遊び歩きながら、悠然と歌っていました。人々はその行いを見て測りかね、「狂人だ」と言う者もいました。しかし、弥遮迦尊者に出会い、過去世の因縁が明らかになると、すぐに酒器を捨てて彼のもとで出家しました。その後、法を継承しました。弥遮迦が亡くなると、尊者は教化を広め、迦摩羅国に至って大いに功徳を積みました。 そこへ一人の智者が現れ、法座の前に進み出て言いました。「私は名を仏陀難提と言います。今、尊者と論議を交わしたい。」須蜜は答えました。「仁者よ、論じようとすれば、それは義（真理）ではありません。義（真理）とは、論じるものではないのです。もし論議を企てるならば、それは結局、真の義の論議ではないのです。」仏陀難提はその言葉の深い義に心服し、「私はどうか道を求めて、甘露の法味をいただきたいと思います」と請いました。尊者は彼を度し、特に四果の聖人たちに命じて彼の授戒を執り行わせました。 間もなく、尊者は仏陀難提に告げました。「如来の正法眼蔵を、今、あなたに託します。これを伝え、断絶させることのないように。私の偈を聞きなさい。

心同虛空界 示等虛空法證得虛空時 無是無非法

> 心は虚空のごとく、 等しく虚空の法を示す。 虚空を証得する時、 「是」も「非法」もない。

已而須蜜超身呈十八變。乃入慈三昧以趣寂定。是時釋梵與諸天眾皆來作禮。而說偈曰。

> やがて須蜜は身に十八の変化を現し、慈三昧に入って静かな境地へと向かった。その時、帝釈天や梵天をはじめとする天の衆はみな来て礼を捧げ、偈を唱えた。

賢劫聖眾祖 而當第七位尊者哀念我 請為宣佛地

> 賢劫の聖衆の祖にして、第七位に当たる尊者よ。 尊者の哀れみの思いをもって、仏の境地を説いてください。

須蜜定已七日。以是乃出而示眾曰。我所得法而非有故。若識佛地離有無故。語已復入寂定示涅槃相。天眾聞法皆喜而禮之。遂散其天花。其時當此周定王之世也。難提即其本座建寶塔。以祕其全體。