No. 1156-A歸元直指序
No. 1156-A 帰元直指 序
釋尊為一大事因緣出現於世開示眾生佛之知見悟入真常之大道耶世人不達此理排斥異端亦猶不孝之子反恨於父母深可痛哉吾以久棲林下柰因道眼不明正所謂人莫不飲食鮮能知味也吁儒能體佛可以為真儒不見國相張商英曰吾學佛然後能知儒亦此謂也延慶一元本禪師幼習儒長從釋悟徹性宗專修淨土誠乃稠人中之知識也由是利他心切集成此書一日過我山居特請為序吾勸學道之者既能信入要當力行不可滯教迷心將指為月全在剖破微塵流出大千經卷普濟群生同成正覺豈待一卷兩卷耶咦果到這般田地吾言亦為䆿(尼去聲)語爾。
釈尊は、この世に現れた一大事の因縁、すなわち、衆生に仏の知見を開き示し、悟らせて真常の大道に入らせるためにお出でになりました。ところが世の人々はこの道理を理解せずに、異端を排撃するのは、あたかも不孝な子がかえって父母を恨むようなもので、まことに痛ましいことです。
私は長く山居に隠れ住んできましたが、あいにく道眼が明らかでなく、まさに「人は飲まず食わずということはないが、その味を知る者は少ない」と言うべきです。ああ、儒者が仏を体得すれば真の儒者となり得るのです。張商英が「我、仏を学びて、しかる後に儒を知る」と言ったのも、このことです。
延慶の一元本禅師は、幼くして儒を学び、成長してから仏門に入り、性宗を悟り尽くし、専ら浄土を修められました。まことに衆生の中の善知識です。そのため利他の心が切実で、この書を集成されました。ある日、私の山居を訪れ、特に序文を依頼されました。
私は道を学ぶ者に勧めます。すでに信心をもって入ることができたなら、必ず力強く実践すべきで、文字や教えに滞り、心を迷わせてはなりません。指を月と見なすようなことをせず、すべては微塵を打ち破ることから起こり、大千の経巻が流れ出て、多くの衆生を普く済度し、共に正覚を成就するのです。一巻や二巻に留まるものではありません。
ああ、もしこの境地に至れば、私の言葉もまた、寝言のようなものでしょう。 (尼、去声)
隆慶 年次四月佛降生日 鹿園居士萬表序
隆慶某年四月の仏陀降誕の日、鹿園居士・萬表が序を記す。