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  1. 兜率亀鏡集 (兜率龜鏡集)
  2. 第一 (第一)
  3. 初集應化垂迹
  4. 婆羅門 (婆羅門)
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兜率亀鏡集 (兜率龜鏡集)


婆羅門

バラモン

中天竺。菩提樹東。有精舍高百六七十尺。下基面廣二十餘步。疊以青甎。塗以石灰。層龕皆有金像。四壁鏤作奇製。或連珠形。或天仙像。上置金銅寶瓶。東面接為重閣。簷宇特起三層。榱柱棟梁。戶扉寮牖。金銀彫鏤。以飾之。珠玉廁錯。以鎮之。奧室䆳宇。洞戶三重。外門左右。各有龕室。左則觀自在菩薩像。右則慈氏菩薩像。白銀鑄成。高十餘尺。精舍故地。無憂王先建小精舍。復有婆羅門。更廣建焉。初有婆羅門。不信佛法。事大自在天。傳聞天神在雪山中。遂與其弟往來求願焉。天曰。凡諸願求。有福方果。非汝所祈。非我能遂。婆羅門曰。修何福可以遂心。天曰。欲種善種。求勝福田。菩提樹者。證佛果處也。宜時速返。往菩提樹。建大精舍。穿大水池。興諸供養。所願當遂。婆羅門受天命。發大信心。相率而返。兄建精舍。弟鑿水池。於是廣修供養。勤求心願。後皆果遂。為王大臣。凡得祿賞。皆便檀捨。精舍既成。招募工人。欲圖如來初成佛像。曠以歲月。無人應召。久之。有一婆羅門來告眾曰。我善圖寫。如來玅相。眾曰。今將造像。夫何所須。曰香泥耳。宜置精舍之中。并一燈照。我入已。堅閉其戶。六月後。乃可開門。時諸僧眾。皆如其命。尚餘四月。未滿六月眾咸駭異。開以觀之。見精舍內。佛像儼然。結跏趺坐。右足居上。左手斂。右手垂。東面而坐。肅然如在。座高四尺二寸。廣丈二尺五寸。像高丈一尺五寸。兩膝相去八尺八寸。兩肩六尺二寸。相好具足。慈顏若真。惟右乳上。塗瑩未周。既不見人。方騐神鑒。眾咸悲歎。殷勤請知。有一沙門。宿心淳質。乃感夢見昔婆羅門。而告曰。我是慈氏菩薩。恐工人之思。不測聖容。故我躬來圖繪佛像。垂右手者。昔如來之將證佛果。天魔來嬈。地神告至。其一先出。助佛降魔。如來告曰。汝勿憂怖。吾以忍力。降彼必矣。魔王曰。誰為明證。如來乃垂手指地言。此有證。是時第二地神踊出作證。故今像手倣昔下垂。眾知靈鑒。莫不悲感。於是乳上未周。填廁眾寶。珠瓔寶冠。奇珍交飾。設賞迦王。不信三寶。伐菩提樹已。欲毀此像。既覩慈顏。心不安忍。回駕將返命宰臣曰。宜除此佛像。置大自在天形。宰臣受旨。懼而歎曰。毀佛像。則歷劫招殃。違王命。乃喪身滅族。進退若此。何所宜行。乃召信心。以為役使。遂於像前橫。疊甎壁。心慚冥闇。又置明燈。甎壁之前。畫自在天。功成報命。王聞心懼。舉身生皰。肌膚攫裂。居未久之。便喪沒矣。宰臣馳返。毀除障壁。時經多日。燈物不滅。像今尚在。神功不虧。云云(無憂王。即阿育王。婆羅門。此云梵志。天竺四姓之一也)。

中天竺、菩提樹の東に、高さ百六七十尺(約50メートル)の精舎がある。基壇の一辺は幅二十歩(約18メートル)余り。青い煉瓦を積み、石灰で塗り固めている。各階の龕(くぼみ)には金の佛像が安置され、四壁には凝った細工が施され、連珠文や天人の像が彫られている。最上部には金銅の宝瓶が置かれている。

東面は二重の楼閣が接続し、軒は三層にそびえている。垂木、柱、梁、扉、窓には金銀の細工が施され、宝玉が散りばめられている。奥の部屋は三重の扉で仕切られ、外門の左右にはそれぞれ龕がある。左には観自在菩薩像、右には慈氏菩薩像が安置されている。いずれも白銀で鋳造され、高さは十尺(約3メートル)余りである。

この精舎の跡地には、もと阿育王が小精舎を建てていた。その後、ある婆羅門がさらに大規模に建て直したのである。もともとその婆羅門は仏法を信ぜず、大自在天を拝んでいた。ある時、雪山の中に天がいるという噂を聞き、弟と共に願いを求めに行った。天は言った。「願いが叶うかどうかは、福徳による。それはお前の祈りの問題ではなく、私の力でどうなるものでもない。」婆羅門が「どのような福を積めば、願いが叶うのでしょうか?」と問うと、天は答えた。「善い種をまき、勝れた田を求めよ。菩提樹は仏が悟りを開かれた地である。速やかに戻り、そこに大きな精舎を建て、大きな池を掘り、様々な供養を行いなさい。そうすれば願いは叶うであろう。」

婆羅門は天の言葉を受け、深い信心を起こして弟と共に戻った。兄は精舎を建て、弟は池を掘った。こうして供養を広く行い、心から願いを求めたところ、その後すべての願いが叶い、王や大臣となった。得た財物はすべて喜捨し、精舎が完成すると、工匠を募って、釈迦如来が成道されたばかりの姿を描こうとしたが、長い年月が経っても応じる者がいなかった。

しばらくして、一人の婆羅門が現れて言った。「私は如來の妙なる姿を描き写すことができます。」人々が「どのような材料が必要ですか?」と尋ねると、「香泥だけです。精舎の中に置き、灯明を一つ灯してください。私が入ったら戸を固く閉ざし、六ヶ月後に開けてください」と答えた。僧たちはその言葉に従ったが、まだ四ヶ月しか経たないうちに、皆が不思議に思い、戸を開けて覗いてみた。

すると精舎の中には、佛像がはっきりと現れていた。結跏趺坐し、右足を上に、左手は引き締め、右手は垂らし、東面して座している。凛として今にも動き出しそうである。座の高さは四尺二寸(約1.3メートル)、幅は一丈二尺五寸(約3.8メートル)、像高は一丈一尺五寸(約3.5メートル)、両膝の間は八尺八寸(約2.7メートル)、両肩は六尺二寸(約1.9メートル)。相好はすべて備わり、慈しみに満ちたお顔はまるで本物のようである。ただ右の乳の上だけが、まだ磨き上げられていなかった。誰の仕業か判らず、皆が神通力によるものと悟り、涙しながら丁寧に教えを請うた。

ある戒律を守る沙門が、純真な心で夢を見た。かつての婆羅門が現れて告げた。「私は慈氏菩薩である。工匠の心では聖なる姿を描き切れないと思い、自ら来て佛像を描いた。右手を垂らしているのは、かつて如來が悟りを開かれようとした時、天魔が妨害し、地神がそのことを知らせてきたからである。まず一人の地神が現れて、仏の降魔を助けた。如來は『恐れるな、私の忍耐の力で必ず打ち勝つ』と言われた。魔王が『その証拠は何か』と問うと、如來は手を下に垂らして地を指し『これが証拠である』と言われた。その時、第二の地神が現れて証言した。だから今、像の手も昔のように垂れているのである。」

人々は神のみわざを知り、皆悲しみながらも感動した。そこで、磨き残った胸の部分には、様々な宝を詰めて飾り立てた。宝玉の首飾り、宝冠、珍しい飾りで埋め尽くされたのである。

その後、設賞迦王が三宝を信ぜず、菩提樹を伐り、この像をも壊そうとした。しかし、慈しみの御顔を一目見て、心に不安を覚え、車を返そうとした。そして大臣に命じて「この佛像を除き去って、大自在天の像を安置せよ」と言った。大臣は命を受けたが、恐れて嘆いた。「佛像を壊せば何劫もの間、災いを受けます。しかし、王命に背けば、命を失い、一族も滅びるでしょう。進むも退くも難しく、どうすればよいのでしょうか。」そこで信心ある者を集め、使役した。佛像の前に甎の壁を横に積み、心の中では恥じ入りながらも暗闇の中で灯明を灯した。甎壁の前には自在天の像を描き、仕事が終わったことを報告した。

王はその知らせを聞いて心に恐れを抱き、全身に腫物ができ、皮膚が裂けてしまった。そう長くは経たないうちに、王は死亡した。大臣は走って戻り、障壁を取り払った。しかし、多くの日が経っても、灯明は消えず、その像は今もなお、その神力は損なわれることなく残っている。

〈注〉無憂王は阿育王のこと。婆羅門はここでは梵志といい、天竺の四姓の一つである。


契此和尚
聞二百億阿羅漢

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