契此和尚
明州奉化県に、布袋和尚という僧がいました。その出自は詳らかではなく、自らを契此と名乗っていました。その風貌は、体つきがふくよかで、額をしかめ、大きな腹をしており、住む場所も定まらず、どこでも寝起きしていました。いつも杖に布袋を一つ提げて、身の回りのものはすべてその袋にしまっていました。
市場や町や村に行っては、ものを見れば乞い、醤や酢、魚や漬物なども、袋の中に投げ入れました。当時、人々は彼を「長汀子」と呼びました。自ら偈を唱えて言いました。
「一鉢千家の飯、孤身万里を遊ぶ。 青目人を見ること少なく、路を問う白雲の頭。」
あるいは雪の中に横たわっているのに、その体には雪が積もらず、人々は皆不思議に思いました。また、人々に吉凶を示す時は、必ず姿に前兆を現しました。日照りが続く時は高下駄を履いて歩き回り、人々は雨が降ると知りました。水浸しの時は濡れた草履を足に結び、人々は晴れると知りました。あるいは街頭に座り、あるいは街中に立って、子供たちが競い合って群がって戯れました。
師は偈に言いました。
「是非憎愛世に偏え多く、子細に思量すれども奈ん我をかせん。 寛に肚腸を開きて忍辱し、心地を豁いて任他ならん。 若し知己に逢わば須らく依分し、縦い冤家に遇うとも共和すべし。 若し能く此の心頭の事を了すれば、自然に証得す六波羅。」
「我に一つの布袋あり、虚空にして罣礙無し。 展開すれば十方に遍じ、入る時は観自在なり。」
「吾に一躯の仏あり、世人皆識らず。 塑もせず、装もせず、彫もせず、刻もせず。 一滴の灰泥無く、一点の彩色無し。 人が画けども画き成えず、賊が盗めども盗み得ず。 体相本来自然にして、清浄なり、払拭に非ず。 雖然も一躯でありながら、分身して千百億。」
師は梁の貞明三年、岳林寺の東廊の盤石の上に端座して入寂されました。偈を説いて言いました。
「弥勒、真の弥勒、分身して千百億。 時に時人を示せども、時人自ら識らず。」
偈を終え、安らかに亡くなりました。人々は共にこれを埋葬しましたが、後に他の州で現れ、同じく布袋を担いで歩いているのを見ました。四衆は競ってその像を描きました(千百億、すなわち娑婆三千大千世界、万億の四大部州)。