ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 般若心経理性解 (般若心經理性解)
  2. No. 560-A 序 (No. 560-A 序)
←と→
矢印キーでページをめくれます

般若心経理性解 (般若心經理性解)


No. 560-A序

序

觀音即我人,我人即觀音,不二法也。心經即自性,自性即心經,實一道也。般若心,蜜多心,該因徹果。五蘊空,諸法空,越聖超凡。空不異色,相作之用隨緣。色即是空,一真之體不變。不滅不生,騰今耀古。離夢離想,麗日明星。無眼識界,無意識界,泯自他之根相。是大神呪,是大明呪,絕生佛之假名。除一切苦,揭諦密力難思。得三菩提,薩訶神功叵測。如斯會取,真看心經。向外馳求,非心經矣。葢由菩薩心內眾生,墮自藏識風浪海中,昧却良心,忘念本經,枉受苦惱,都無解脫。故勞眾生心內菩薩,坐我肉團蓮花峰頂,提起真性,大轉法輪,度一切苦,成二果樂。心佛眾生,既無別體。佛經語心,豈有二致。故今釋經,並稱理解。觀音表心王,舍利表心所。五蘊宗法相,界處宗法性。依教觀心,窮理盡性。心性解名,良有以也。欲明心者,請究斯文。不求見性,自負心矣。悲夫。

観音は即ち我々人間であり、我々人間は即ち観音である。これが「不二」の法である。

心経は即ち自性であり、自性は即ち心経である。これはまさに「一道」である。

般若の心、蜜多の心は、因も果もすべてを含んでいる。 五蘊の空、諸法の空は、聖と凡を超え抜く。

空は色と異ならず、あらゆる現象は縁に従って作用する。 色は即ち空であり、一真の本体は変わることがない。

滅することなく生ずることなく、今を超え古を照らす。 夢想を離れて、太陽のように輝き明星のように明るい。

眼識界もなく、意識界もなく、自他の根も相も消え去る。 これが大神呪であり、大明呪であり、生と仏との仮名を断ち切る。

一切の苦を除き、ガテーの密なる力は測りがたい。 三菩提を得て、サハの神なる功は計り知れない。

このように理解すれば、まさに心経を見ることになる。 外に向かって求め走るのは、もはや心経ではない。

そもそも菩薩の心の内なる衆生は、 自らの蔵識の風波の海に落ち、 良心を見失い、本来の経を忘れ、 苦しみ悩みをむなしく受け、 解することも脱することもできない。

だからこそ、衆生の心の内なる菩薩は、 我が肉団の蓮華峰の頂に坐し、 真の性を引き上げ、 大きく法輪を転じ、 一切の苦を度し、 二つの果の楽しみを成就するのである。

心・仏・衆生は、別の体ではなくなった。 仏経が「心」を説くのに、どうして二様のものがあろうか。

故に今、経を釈し、理解と並び称する。 観音は心王を表し、舎利は心所を表す。 五蘊は法相を宗とし、界処は法性を宗とする。 教えに依って心を観じ、理を極めて性を尽くす。 心性に解いた名には、確かに意味がある。

心を明らかにしようとする者は、 どうかこの文を究めてほしい。 見性を求めなければ、自ら心を負うことになる。 悲しいことである。

時康熈癸未年十月十一成誕慈雲教觀沙門續法題No. 560

時は康煕癸未年十月十一日、慈雲教觀沙門 続法は記す。No. 560

般若波羅蜜多心經理性解卷下

般若波羅蜜多心経理性解巻下

清浙水慈雲寺顯密教觀沙門續法述

清浙水慈雲寺 顯密教観沙門 續法述


經題

CBETA コード: X0560

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません