ご支援淨心禪堂すべての経典
メインコンテンツにスキップ
  1. 根本説一切有部毘奈耶雑事 (根本說一切有部毘奈耶雜事)
  2. 第五 (第五)
  3. 第五 (第五)
←と→
矢印キーでページをめくれます

根本説一切有部毘奈耶雑事 (根本說一切有部毘奈耶雜事)


根本說一切有部毘奈耶雜事卷第五

根本説一切有部毘奈耶雑事 第五巻

三藏法師義淨奉 制譯

三蔵法師義浄奉 制訳

第一門第六子攝頌之餘

第一門 第六子摂頌の残り

緣在室羅伐城。時有苾芻多得氈褥,便作是念:「如世尊說:『應持割截衣。』」即持褥并刀,向一樹下欲為割截。世尊因至其所問曰:「汝何所作?」即白佛言:「如世尊說:『苾芻應著割截三衣。』我既多有氈褥,今欲裁割將作三衣。」爾時世尊讚歎持戒、毀破戒者,告諸苾芻:「有五種物不應割截:一切被帔、及長毛緂、短毛緂、并諸氈褥、破碎之物。若割截者得越法罪。」

室羅伐城にて。その時、多くの比丘が毛布の敷物を得て、このように考えました。「世尊がおっしゃったように、『裁ち切った衣を持つべきである』と。」そこで彼らは敷物と刀を持ち、一本の木の下へ向かい、裁ち切ろうとしました。世尊がたまたまその場所に来られて尋ねられました。「あなたは何をしているのか?」彼らはすぐに仏に申し上げました。「世尊がおっしゃったように、『比丘は裁ち切った三衣を着るべきである』と。私は多くの毛布の敷物を持っていますので、今、裁ち切って三衣にしようとしています。」その時、世尊は戒律を守る者を称賛し、戒律を破る者を戒められ、諸々の比丘に告げられました。「五種類の物は裁ち切ってはならない:すべての掛け布団、長い毛の敷物、短い毛の敷物、そして諸々の毛布の敷物、ぼろぼろになった物である。もし裁ち切れば、法を越える罪を得る。」

緣處同前。有客苾芻緣須暫出,不持坐具來入寺中。日將欲暮,其知事人告言:「具壽!可取臥具。」彼便答曰:「我無坐具,以何替褥?」「若如是者可取單床。」遂取其床。時屬寒夜徹明被凍,因斯病發。苾芻以緣白佛,佛言:「苾芻不應無坐具輒出外行,違者得越法罪。」如佛所言:「苾芻不應無尼師但那而出。」者,時諸苾芻欲暫往同城村坊之所,或詣餘寺或出經行,當日擬來亦持坐具。又諸苾芻老病身羸,去時無力能持敷具,疲苦勞心,作如是語告諸苾芻:「我有緣出即擬還來,不將敷具大師不許,事欲如何?」苾芻以緣白佛,佛言:「苾芻若向晝日遊處,或暫向餘寺、或寺內經行,若詣隨近村坊即擬還者,此皆不須將尼師但那去。」又復苾芻有緣暫出尋擬還來,不將坐具。既至彼已,遇有他緣遂便日暮,以無坐具侵夜方歸,遂被蟲狼及盜賊等之所傷害。苾芻以緣白佛,佛言:「若其本意即擬還來,遇有他緣不及歸者,當於彼宿不應夜行,可於同梵行者借替充事。若得者善;如其無者,取七條衣疊為四重將替席褥,少睡多覺以至天明。」又有苾芻從他借物,以襯臥具有不淨污,便將此服還彼苾芻,彼不肯取。苾芻以緣白佛,佛言:「淨洗方還。」苾芻洗還,彼仍不受,白佛,佛言:「准價應還,或作謝言,勿令嫌恨。」(應知文言坐具者,即是量長於身。元擬將為襯臥之具,不令敷地禮拜,敷地禮拜深乖本儀。)如佛所言:「苾芻不應離三衣而去。」者,時諸苾芻欲暫往同城村坊之所,或詣餘寺內、或出經行,當日擬至皆持三衣。又諸苾芻老病羸瘦,去時無力能持三衣,困苦勞心作如是語:「有緣暫出即擬還來,不將三衣大師不許。」苾芻以緣白佛,佛言:「苾芻若向晝日遊處、或暫向餘寺、或寺內經行、或詣隨近村坊,即擬還者,任不將去。」復有苾芻暫出擬還不持衣去,至彼日暮,恐離衣宿即侵夜歸,被蟲賊所害。苾芻以緣白佛,佛言:「若其本意即擬還來,有緣不及歸者,當於彼宿不應夜行,可於同梵行邊借餘三衣,守持充事。」苾芻不解云何當持?佛言:「先守持衣,應心念捨後守持新。然諸苾芻應知有六心念之法:一者長淨、二者隨意、三者持衣、四者捨三衣、五者分別長衣、六者捨別請。」苾芻得衣無暇割截浣染,佛言:「若縫刺浣染緣未具者,直爾白疊及生絹布,計財量足持作三衣,乃至俗人衣物從彼借用,守持無犯,勿致疑惑。」有諸苾芻不將尼師但那,向餘處宿,謂犯離衣。苾芻以緣白佛,佛言:「我制苾芻不應輒離三衣而宿,非尼師但那。然諸苾芻不應故心而不持去,忘念者無犯。」

状況は先ほどと同じです。ある客僧が用事で一時外出する際、坐具を持たずに寺に入りました。日が暮れかけた頃、寺の世話役が言いました。「長老、臥具をお取りください。」彼は答えて言いました。「私は坐具を持っていません。何を敷布団の代わりにすればよいのでしょうか?」「それならば、単床をお取りください。」彼はその床を取りました。寒い夜だったので、朝まで凍え、そのために病気になりました。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「比丘は坐具なしに外に出てはいけない。違反すれば越法罪となる。」仏陀が「比丘は尼師但那(坐具)なしに出てはならない」と言われたことについて、当時の比丘たちは、同じ町の村や町場へ一時的に行く場合、他の寺を訪れる場合、あるいは経行(歩行瞑想)に出る場合で、その日に帰る予定でも坐具を持っていました。また、年老いたり病気で体の弱った比丘たちは、出かける時に敷具を持つ力がなく、疲労と苦痛で心を悩ませ、次のように言って他の比丘たちに告げました。「私は用事で出かけ、すぐに帰るつもりです。敷具を持たないと大師(仏陀)が許されません。どうすればよいのでしょうか?」比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「比丘が昼間に遊行する場所へ行く場合、あるいは一時的に他の寺へ行く場合、寺内で経行する場合、近くの村や町場へ行ってすぐに帰るつもりの場合は、尼師但那を持って行く必要はない。」また、比丘が用事で一時的に出かけ、すぐに帰るつもりで坐具を持たなかった場合、そこに着いてから別の用事ができて日が暮れ、坐具がないため夜になってから帰ろうとし、虫や狼、盗賊などに危害を加えられることがありました。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「もし最初からすぐに帰るつもりでいたが、他の用事ができて帰り遅れた場合は、そこで宿泊し、夜に歩いてはいけない。同じ修行者から代わりのものを借りて用を足しなさい。もし借りられればよい。もし借りられなければ、七条衣を四重に折り畳んで敷布団やマットの代わりにし、少し眠って多く目覚め、夜明けまで過ごしなさい。」また、ある比丘が他人から物を借り、それを敷布団の下敷きにしたところ、不浄で汚れてしまい、その衣を借り主の比丘に返したところ、彼は受け取りませんでした。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「清く洗ってから返しなさい。」比丘が洗って返しましたが、彼はまだ受け取りませんでした。仏陀に報告すると、仏陀は言われました。「相当の価値を返すか、あるいは謝罪の言葉を述べ、恨みを買わないようにしなさい。」(経文にある「坐具」という言葉は、体より長いものを指すと理解すべきです。本来は敷布団の下敷きとして用いるものであり、地面に敷いて礼拝するためのものではありません。地面に敷いて礼拝することは、本来の儀礼に深く反します。)仏陀が「比丘は三衣を離れて行ってはならない」と言われたことについて、当時の比丘たちは、同じ町の村や町場へ一時的に行く場合、他の寺内を訪れる場合、あるいは経行に出る場合で、その日に行く予定でも三衣を持っていました。また、年老いたり病気で痩せ衰えた比丘たちは、出かける時に三衣を持つ力がなく、苦しみと疲労で心を悩ませ、次のように言いました。「用事で一時的に出かけ、すぐに帰るつもりです。三衣を持たないと大師が許されません。」比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「比丘が昼間に遊行する場所へ行く場合、一時的に他の寺へ行く場合、寺内で経行する場合、あるいは近くの村や町場へ行ってすぐに帰るつもりの場合は、持って行かなくてもよい。」また、ある比丘が一時的に出かけ、すぐに帰るつもりで衣を持たずに行き、そこに着いて日が暮れ、衣を離れて宿泊することを恐れて夜になって帰ろうとし、虫や盗賊に危害を加えられました。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「もし最初からすぐに帰るつもりでいたが、用事で帰り遅れた場合は、そこで宿泊し、夜に歩いてはいけない。同じ修行者から他の三衣を借り、守持して用を足しなさい。」比丘たちは、どうやって守持すればよいのか理解できませんでした。仏陀は言われました。「まず以前の衣を守持していた心念を捨て、その後新しい衣を守持しなさい。しかし、比丘たちは六つの心念の法があることを知るべきである。第一は長浄(布薩)、第二は随意(自恣)、第三は持衣、第四は三衣を捨てること、第五は長衣を分別すること、第六は別請を捨てることである。」比丘が衣を得たが、裁断や洗濯、染色をする暇がない場合、仏陀は言われました。「もし縫製、洗濯、染色などの縁が整わない場合は、そのままの白布や生絹、布などで、財の量に応じて足りるだけ三衣として持ちなさい。俗人の衣類であっても、彼らから借用し、守持しても罪にはならない。疑念を抱かないようにしなさい。」ある比丘たちは尼師但那を持たずに他の場所で宿泊し、衣を離れた罪を犯したと思いました。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「私は比丘が三衣を離れて宿泊してはならないと定めたのであって、尼師但那のことではない。しかし、比丘たちは故意に持って行かないようなことをしてはならない。忘れた場合は罪にはならない。」

第一門第七子攝頌曰:

第一門第七の子摂頌に曰く:

水羅有五種、 器共一處食、
露形噉飲食、 洗浴事應知。

水羅には五種あり、器を共に一処にて食し、 露形にて飲食を噉み、洗浴の事は応に知るべし。

緣在室羅伐城。于時南方有二苾芻,欲往室羅伐城禮世尊足,俱無水羅,於其中路無水可得。熱渴逼身到一池所,一人報言:「具壽!可疾觀水,欲飲除渴。」即便鑒察,見水有蟲,如是再三隨處皆有。二人議曰:「水既有蟲飲便害命,今遭渴逼事欲如何?」時小苾芻即說頌曰:

室羅伐城の縁起にて。時に南方より二比丘、世尊の足を礼拝せんと室羅伐城へ赴かんとす。共に水を濾す器なく、途中にて得る水なし。熱き渇き身を逼り、一つの池に到る。一人言う:「具寿よ、速やかに水を観じ、飲みて渇きを除くべし。」即ち鑑みて察するに、水に虫あり。かくの如く再三、至る所に皆あり。二人議す:「水既に虫あれば、飲めば命を害す。今渇きに逼られ、事いかんせん?」時に小比丘、即ち頌を説く。

「百千俱胝劫, 世尊難可遇;
我今宜飲水, 冀禮大師足。」

百千の劫を経ても、世尊にお会いすることは難しい。

今こそ水を飲み、大師の足を礼拝しよう。

時大苾芻亦說頌曰:

その時、大いなる比丘もまた頌を説いて曰く:

「如來大悲愍含識, 三有愛染皆除棄;
於此教中受禁戒, 我寧捨命不傷生。」

如来の大悲は衆生を憐れみ、 三界の愛着と執着をすべて捨て去る。 この教えの中で戒を受け、 命を捨てても生き物を傷つけない。

爾時小者不能忍渴,即飲蟲水隨路而去。大者護蟲要心不飲,即自策勵詣一樹陰端身而坐,乃至氣力未衰以來計心善事,及其力盡遂致命終。由此福力得生三十三天勝妙之處。凡生天者,若男、若女即起三念:「我於何處死?今於何處生?由作何業?」便憶前身於人趣死,今生三十三天,由於佛教極生尊重。時彼天子便作是念:「我若不往禮世尊者,是不恭敬、是所非宜。」于時天子作是念已,即莊嚴身著天瓔珞光明殊勝,便以衣襟盛諸妙花:嗢鉢羅花、鉢頭摩花、拘物頭花、分陀利迦花、曼陀羅花,過初夜分來詣佛所。便布天花申供養已,禮佛雙足在一面坐,聽受妙法。彼天光明甚大赫奕,周遍照耀逝多園林。爾時世尊隨彼天子意樂根性,為其說法,令彼得悟四聖諦理。是時天子以金剛智杵,破二十種薩迦耶見山,得預流果。既見諦已三白佛言:「大德!由佛世尊令我證得解脫之果,此非父母、人王、天眾、沙門、婆羅門親友眷屬之所能作。我遇世尊善知識故,於地獄、傍生、餓鬼趣中,拔濟令出。安置人天勝妙之處,當盡生死而得涅槃,超越骨山乾竭血海,無始積集薩迦耶見,以金剛智杵而摧碎之,得預流果。我今歸依佛法僧寶受五學處,始從今日乃至命終,不殺生乃至不飲酒。唯願世尊證知我是鄔波索迦。」即於佛前合掌恭敬而說頌曰:

その時、小さな者は渇きに耐えられず、すぐに虫の入った水を飲み、道に沿って去っていきました。大きな者は虫を守ることを心に誓い、飲まずに、自らを奮い立たせて一本の木陰に赴き、姿勢を正して座りました。気力が衰えないうちは善いことを思い続け、力尽きて遂に命を終えました。この福の力によって、三十三天の優れた妙なる世界に生まれることができました。

天に生まれる者は、男でも女でも、三つの思いが起こります。「私はどこで死んだのか?今どこに生まれたのか?どのような業によってか?」そして前世を思い出し、人間の世界で死に、今三十三天に生まれたこと、仏の教えを深く尊重したことによるのだと悟ります。

その時、天子はこう考えました。「もし世尊に礼拝に行かなければ、それは不敬であり、ふさわしくない。」そう考えた天子は、身を飾り、天の瓔珞を着け、光り輝く姿となり、衣の裾に優れた花を盛りました。ウッパラの花、パドマの花、クムダの花、プンダリーカの花、マンダラの花です。初夜を過ぎて仏のもとへ赴き、天の花を敷いて供養し、仏の両足を礼拝して傍らに座り、妙なる法を聞きました。その天の光は非常に明るく輝き、祇園精舎の林をあまねく照らしました。

その時、世尊はその天子の意楽と根性に合わせて法を説き、四聖諦の理を悟らせました。天子は金剛智の杵をもって、二十種のサカーヤ見(我見)の山を破り、預流果を得ました。真理を見た後、三度仏に申し上げました。

「大徳よ、仏世尊によって私は解脱の果を得ることができました。これは父母、人王、天衆、沙門、バラモン、親友、眷属のできることではありません。私は世尊という善知識に遇えたからこそ、地獄、畜生、餓鬼の世界から救い出され、人間や天の優れた世界に安置され、生死を尽くして涅槃に至ることができます。骨の山を超え、血の海を乾かし、無始以来積み重ねたサカーヤ見を、金剛智の杵で打ち砕き、預流果を得ました。私は今、仏法僧の三宝に帰依し、五つの学処を受けます。今日から命終わるまで、殺生せず、飲酒もしません。どうか世尊、私がウパーサカ(在家信者)であることをお認めください。」

そして仏の前で合掌し、恭敬の心で偈を説きました。

「我由佛力故, 永閉三惡道;
得生勝妙天, 長歸涅槃界。
我依世尊故, 今得清淨眼;
證見真諦理, 當盡苦海際。
佛超於人天, 離生老死患;
有海中難遇, 我逢今得果。
我以莊嚴身, 淨心禮佛足;
右繞除怨者, 今往赴天宮。」

私は仏の力によって、 三悪道を永遠に閉ざし、 勝れた妙なる天に生まれ、 涅槃の世界に長く帰依する。

私は世尊に依って、 今、清らかな眼を得て、 真実の理を証し見て、 苦しみの海の果てを尽くすであろう。

仏は人天を超え、 生老病死の患いを離れ、 有海の中で出会い難い方に、 私は今、果報を得て逢う。

私は荘厳なる身をもって、 清らかな心で仏足を礼拝し、 怨みを除く方を右に巡り、 今、天宮へと赴く。

時彼天子既稱所願,猶如商主多獲財利,亦如農夫廣收田實,如勇健者降伏彼怨,如重病人除去眾疾,時彼天子辭佛而去,便往天宮。時小苾芻漸次行至室羅伐城,入逝多林置衣鉢洗足已,詣世尊所禮佛雙足在一面住。世尊常法,若見客苾芻來,即便安慰問言:「善來苾芻從何處來?今夏安居在何城國?」爾時世尊問彼苾芻曰:「汝從何處來?」白言:「世尊!我從南方來。」又問:「今夏何處安居?」答言:「亦在南方。」佛言:「汝尋遠路曾有伴不?」白言:「有。」佛言:「彼何處去?」即具說其事。爾時世尊說伽他曰:

その天子は願いを叶えられ、商人が多くの財宝を得、農夫が豊かな収穫を得、勇士が敵を打ち破り、重病人が病苦を除くが如く、喜びに満ちて仏に別れを告げ、天宮へと帰っていった。

一方、若い比丘は次第に室羅伐城へと歩を進め、逝多林に着くと衣鉢を置き、足を洗い、世尊のもとへ赴いた。仏足を礼拝し、傍らに立つと、世尊はいつものように客僧を見るや、慰めの言葉をかけられた。

「善来、比丘よ。どこから来たのか。この夏安居はどの地で過ごしたのか」

世尊は彼に尋ねられた。「汝はどこから来たのか」

「世尊、私は南方から参りました」

「では、この夏はどこで安居したのか」

「南方で過ごしました」

「遠路、途中に伴侶はあったか」

「はい、おりました」

「その者はどこへ行ったのか」

若い比丘は事の次第を詳しく申し上げた。すると世尊は、次の偈を説かれた。

「若輕慢我戒, 亦何勞見我?
假令見我者, 非見非供養。
彼苾芻見我, 由能持淨戒;
汝無智愚人, 不能真見我。」

もし我が戒を軽んじるならば、どうしてわざわざ私に会う必要があろうか。 たとえ私に会ったとしても、それは真の面会ではなく、供養にもならない。 比丘たちが私に会えるのは、清らかな戒律を守れるからである。 お前は知恵のない愚かな者、真に私を見ることはできないのだ。

爾時世尊便開上衣露胸令見,復說伽他曰:

その時、世尊は上衣を開き胸を露わして見せ、さらに伽陀を説かれた。

「汝可觀我身, 父母所生體;
譬如真金色, 由先業力故。
若不敬法身, 彼不見諸佛;
若了法身者, 得見大牟尼。
第一我法身, 第二是色體;
智者能知見, 當善護尸羅。
迦攝波佛時, 苾芻犯學處;
由損伊羅葉, 現墮於龍中。」

汝は我が身を見よ、 父母より生まれしこの体を。 真金の輝きの如く、 それは先の業の力によるもの。

もし法身を敬わねば、 彼は諸仏を見ることはない。 もし法身を悟るならば、 大牟尼(仏陀)を見ることができる。

第一は我が法身、 第二はこの色身。 智者はこれを知り見て、 よく戒律を守るべし。

迦摂波仏の時代に、 比丘が戒律を犯した。 伊羅の葉を損ねたゆえに、 今は龍の中に堕ちている。

爾時世尊便作是念:「由諸苾芻不持水羅有如是過。」告諸苾芻:「應畜水羅。」如世尊說令畜水羅者,苾芻不知羅有幾種。佛言:「羅有五種:一者方羅(若是常用,須絹三尺或二尺、一尺。僧家用者,或以兩幅,隨時大小。其作羅者皆絹,細密蟲不過者方得,若是疎薄元不堪用。有人用惡絹及疎紗紵布之流,本無護蟲意也);二者法瓶(陰陽瓶是);三者君持(以絹繫口,細繩繫項,沈放水中擡口出半,若全沈口水則不入,待滿引出仍須察蟲。非直君持,但是綽口瓶瓨,無問大小以絹縵口,將細繩急繫隨時取水,極是省事,更不須放生器,深為要也);四酌水羅(斯之樣式,東夏元無,述如餘處,即小團羅子,雖意況大同,然非本式);五衣角羅(取密絹方一搩許,或繫瓶口汲水充用,或置椀口濾濟時須。非是袈裟角也,此密而且膩,寧堪濾用?但為迷方日久,誰當指南?然此等諸羅皆是西方見用。大師悲愍為濟含生,食肉尚斷,大慈殺生豈當成佛?假令暫出寺外,即可持羅并將細繩及放生器。若不將者,非直見輕佛教,亦何以獎訓門徒?行者思之,特宜存護為自他益)。」

その時、世尊はこのようにお考えになりました。「比丘たちが水羅を持たないために、このような過ちが起こるのだ」と。そして比丘たちに告げられました。「水羅を備えるべきである」と。

世尊が「水羅を備えよ」とおっしゃったので、比丘たちは羅にはいくつ種類があるのか知りませんでした。仏は言われました。「羅には五種類ある。

第一は方羅(常用する場合は、絹三尺か二尺、または一尺を用いる。僧伽で用いるものは、二幅の布を用いることもあり、時と場合に応じて大きさを変える。羅を作るにはすべて絹を用い、細かく密で虫が通らないものでなければならない。もし粗く薄いものでは本来用をなさない。粗悪な絹や薄い紗、麻布などを使う者もいるが、それは虫を護る意図がそもそもないのである)。

第二は法瓶(陰陽瓶のことである)。

第三は君持(絹で口を覆い、細い紐で首を縛り、水中に沈めて口を半分出す。もし完全に沈めると水は入らない。満水になるのを待って引き出し、やはり虫がいないか確認しなければならない。君持に限らず、口の狭い瓶や甕は、大小を問わず絹で口を覆い、細い紐でしっかり縛り、時と場合に応じて水を汲めば、非常に手間が省ける。放生器も必要なく、非常に重要なことである)。

第四は酌水羅(この様式は、東夏(中国)には元々なかった。他の場所で述べたように、小さな丸い羅である。意図はほぼ同じだが、本来の様式ではない)。

第五は衣角羅(密な絹を一掴みほどの大きさに切り、瓶の口に縛り付けて水を汲んで用いたり、椀の口に置いて濾過する時に使う。袈裟の角ではない。これは密でしかも脂っこく、どうして濾過に耐えられようか。しかし誤った方法が長く続き、誰が正しい道を示すだろうか。これらの様々な羅はすべて西方(インド)で実際に使われているものである。大師は悲しみ哀れんで、生きとし生けるものを救おうとされた。肉食さえ断つのである。大慈大悲の心で殺生をすれば、どうして仏になれようか。仮に一時的に寺の外に出る場合でも、羅と細い紐、そして放生器を持っていくべきである。もし持っていかないならば、ただ仏教が軽んじられるだけでなく、どうして門弟を導き教えることができようか。修行者はよく考え、特に自他の利益のために守り保つべきである)。」

緣在室羅伐城。有二苾芻先有嫌隙,共為伴侶人間遊行:一有水羅,一無水羅。其有羅者濾水而飲,其無羅者便告彼言:「具壽!可借我羅。」彼便不與,事有廢闕。苾芻以緣白佛,佛言:「有嫌隙者,不應為伴人間遊行。設遇斯緣,應相愧謝方可同行。」

室羅伐城に、因縁がありました。そこに二人の比丘がいましたが、以前から仲が悪く、それでもなお互いに同道して旅をしていました。一人は水を濾す羅(ろ)を持ち、もう一人は持っていませんでした。羅を持つ比丘は水を濾してから飲みました。羅を持たない比丘が、「友よ!その羅を私に貸してください」と頼みましたが、貸してもらえませんでした。そのため、必要なことが滞ってしまいました。比丘たちはこのことを仏に告げました。仏は言われました。「仲の悪い者は、共に同道して旅をするべきではない。もしこのような場合に遭遇したならば、互いに謝り合って許し合ってから、共に進むべきである。」

緣在室羅伐城。有二苾芻人間遊行,一有水羅、一無水羅。無者問彼:「具壽!有水羅不?」彼答言:「有。」更不問言:「相借用不?」彼有羅者濾水而飲,其無羅者從彼借用,彼便不與,因此生嫌,告言:「汝問有無,不言借用。今云借羅,不敬之甚,故我不與。」彼便闕事。苾芻以緣白佛,佛言:「若諸苾芻凡欲行時,自無水羅應問同伴:『汝有羅不?』若言:『有。』者,應更問言:『共我用不?』若言:『共用。』即可同行。云:『不與。』者即不應去。」

室羅伐城に緣があって、二人の比丘が人間界を遊行していた。一人は水羅(ろ過器)を持ち、もう一人は持っていなかった。持っていない者が持っている者に問うた:「具壽よ、水羅をお持ちですか?」彼は答えた:「あります。」さらに「お借りしてもよろしいですか?」とは問わなかった。持っている者は水をろ過して飲み、持っていない者はその者から借りようとしたが、彼は貸さなかった。それゆえに不満が生じ、彼は言った:「あなたは有るか無いかを問うただけで、借りるとは言わなかった。今になって借りるなどと言うのは、実に不敬である。だから貸さないのだ。」そこで彼は必要なことを欠いてしまった。

比丘たちはこの因緣を仏に告げた。仏は言われた:「もし諸々の比丘が行こうとする時、自分に水羅がなければ、同伴者に問うべきである:『あなたは水羅をお持ちですか?』もし『あります』と言ったなら、さらに問うべきである:『私と共に使っていただけますか?』もし『共に使いましょう』と言ったなら、共に同行してよい。もし『貸さない』と言ったなら、そのまま行くべきではない。」

緣在室羅伐城。有二苾芻人間遊行,一有水羅、一無水羅。無者問言:「汝有羅不?」答言:「我有。」「與我用不?」答曰:「共用。」遂即同行。於其路中遇逢商旅,彼有羅者緣須覆歸。無者告曰:「汝先許羅,今可相與。」報言:「許共濾水,不擬全留。」住者無羅,遂便闕事。苾芻以緣白佛,佛言:「苾芻無羅,問彼有者:『汝有羅不?』若言:『我有。』應可覆問:『汝若迴還,與我羅不?』若言:『與。』者善,若不與者即不應行。」

ある時、室羅伐城に二人の比丘がいて、各地を遊行していた。その一人は水濾しの羅(ろ)を持ち、もう一人は持っていなかった。羅を持たない者が持っている者に尋ねた。「あなたは羅を持っていますか?」「持っています」と答えた。「私にも使わせてくれませんか?」「一緒に使いましょう」と答えたので、そのまま一緒に行くことになった。

道中で商人の一行に出会った。羅を持っていた比丘は、どうしても一度帰らなければならない事情ができた。羅を持たない比丘が言った。「あなたは先ほど私に羅を使わせると約束しました。今ここで私に渡してください。」すると、持っていた比丘は言った。「私は水を濾すために一緒に使うと約束したのであって、全部あなたに渡すとは約束していません。」結局、留まる比丘は羅がなくなり、必要なことができなくなってしまった。

比丘たちはこのことを仏に告げた。仏は言われた。「比丘よ、もし羅を持たない者が、持っている者に『あなたは羅を持っていますか?』と尋ねたら、もし『持っています』と答えたなら、さらにこう尋ねるべきである。『もしあなたが帰って来られたら、私に羅をくださいませんか?』もし『与えましょう』と言ったならば、それで良い。もし与えないと言ったならば、一緒に行ってはならない。」

具壽鄔波離請世尊曰:「大德!若無水羅,得向餘村及餘寺不?」佛言:「不合。若知彼處有羅可求,事無闕者無犯。」「大德!二人一羅,得遊行不?」「若事無闕者,得。」「大德!若多人一羅,及以僧眾得遊行不?」「無闕者,得。」「大德!若無水羅,於河岸邊得行去不?」「鄔波離!若水流急,無別河入者,五里一觀。若有別水入者,隨用隨觀。若河不急流,亦隨處觀察。」「大德!隨觀水時,齊幾應用?」佛言:「圓齊一尋。」「大德!若水不觀不濾,頗得用不?」佛言:「不得,用便獲罪。」「大德!若水濾訖,不觀得用不?」佛言:「不得。」「大德!若水不濾,觀得用不?」佛言:「觀察無蟲,隨意當用。」「大德!若水濾觀,便得用不?」佛言:「無蟲任用。」佛告鄔波離:「有五種淨水:一者僧伽淨;二者別人淨;三者濾羅淨;四者涌泉淨;五者井水淨。此中僧伽淨者,謂是大眾差一苾芻令觀濾水,彼便如法觀察。若餘苾芻來,以眾淨故飲用無犯。別人淨者,知彼苾芻戒見儀命皆清淨者,彼所有水用之無犯。濾羅淨者,每用此羅曾無蟲過,不觀無犯。涌泉淨者,初出無蟲者是。井水淨者,旦取水觀清淨無蟲,至明相出來皆隨意用。」苾芻觀水目察多時,遂令眼光覩物昏亂,佛言:「不應久觀,應如六牛竹車迴頃;又齊心淨已來觀察無犯。」

具寿ウパーリが世尊に問うて言った、「大徳よ、もし水濾し器が無ければ、他の村や他の寺院へ行ってもよろしいでしょうか。」仏は言われた、「よろしくない。もしそこに濾し器があると知って求められるなら、差し支えが無ければ犯しはない。」「大徳よ、二人で一つの濾し器を持って、行脚してもよろしいでしょうか。」「もし差し支えが無ければ、よろしい。」「大徳よ、もし大勢で一つの濾し器を持ち、また僧伽(僧団)として行脚してもよろしいでしょうか。」「差し支えが無ければ、よろしい。」「大徳よ、もし水濾し器が無ければ、川岸を歩いて行ってもよろしいでしょうか。」「ウパーリよ、もし水流が急で、他の川が流れ込まないなら、五里ごとに一度水を観察しなさい。もし他の水が流れ込むなら、使うたびに観察しなさい。もし川の流れが急でなければ、その場その場で観察しなさい。」「大徳よ、水を観察するとき、どのくらいの水を使ってよいのでしょうか。」仏は言われた、「直径が一尋(約一・八メートル)の円の範囲である。」「大徳よ、もし水を観察せず濾さずに、使ってもよろしいでしょうか。」仏は言われた、「よろしくない。使えば罪を得る。」「大徳よ、もし水を濾した後、観察せずに使ってもよろしいでしょうか。」仏は言われた、「よろしくない。」「大徳よ、もし水を濾さずに、観察すれば使ってもよろしいでしょうか。」仏は言われた、「観察して虫がいなければ、思いのままに使ってよい。」「大徳よ、もし水を濾し、観察すれば、使ってもよろしいでしょうか。」仏は言われた、「虫がいなければ、自由に使ってよい。」仏はウパーリに告げられた、「五種類の清浄な水がある。第一に僧伽の清浄、第二に個人の清浄、第三に濾し器の清浄、第四に湧き水の清浄、第五に井戸水の清浄である。この中で僧伽の清浄とは、大衆が一人の比丘を選んで水を観察し濾すことを任せ、その比丘が正しく法に従って観察することである。もし他の比丘が来ても、僧伽の清浄によって飲み用いても犯しはない。個人の清浄とは、その比丘の戒律・見解・威儀・命(生活)がすべて清らかであると知っているなら、その者の水を用いても犯しはない。濾し器の清浄とは、その濾し器を用いるたびにこれまで虫の害が無ければ、観察しなくても犯しはない。湧き水の清浄とは、最初に湧き出たときに虫がいないことである。井戸水の清浄とは、朝に水を汲んで観察し、清らかで虫がいなければ、翌朝の明けの明星が現れるまで思いのままに使ってよい。」比丘が水を観察するとき、長い間目で見つめるので、目の光がかすんで物が見えにくくなった。仏は言われた、「長く観察してはならない。六頭の牛が引く竹の車が回るほどの間としなさい。また心が清らかに落ち着いたなら、観察しなくても犯しはない。」

緣在室羅伐城。時有淨信居士婆羅門等,以諸食器奉施苾芻。時諸苾芻皆不為受,彼皆白言:「聖者!若佛世尊未出於世,我以外道為勝福田。佛出世間我以仁等為上,所有奉施仁不為受,豈令我等不持資糧而往後世。」苾芻以緣白佛,佛言:「為大眾故器物應受。」佛言:「為眾受器物者,苾芻受已置於庫中,每至食時用鉢而食。」時彼施主見而問曰:「我將器物以奉聖者,因何不見?」答言:「賢首!置在庫中。」報言:「聖者!豈我家內無庫藏耶?本意施時冀令受用,欲令我等獲受用福。仁等得已置在庫中,遂令我等但獲施福,無受用福。」苾芻以緣白佛,佛言:「他所施物應為受用。」依佛教已即便受用。後於異時有別施主,心愛廣博以大銅盤施。有老苾芻分得此盤,躬自摩拭遂生勞苦,佛言:「應差掌盤器人監知洗拭。」苾芻即便不為簡擇差知器人,致令損壞,佛言:「不具五法者,未差不應差、已差不令作。云何為五?謂是有愛、有恚、有怖、有癡、行與未行不能記憶。若具五法,未差應差、已差令作。云何為五?謂是無愛、無恚、無怖、無癡、行與未行善能記憶,如是應差。敷座席、鳴楗稚,言白復周、眾皆同集,應先問言:『汝某甲能與僧伽行槃器不?』自知能者,答言:『我能。』次一苾芻作白羯磨:『大德僧伽聽!此苾芻某甲樂與僧伽行其器物。若僧伽時至聽者,僧伽應許僧伽今差苾芻某甲作行器物人,當為僧伽行其器物。白如是。』」(羯磨准白應作)時諸苾芻受得器物,既食噉已,持不淨器付行器人,佛言:「不淨之器,應與弟子門人令其洗拭。」時有苾芻更無弟子,便自洗拭,佛言:「此人以器付行器人,任其洗拭。若弟子門人不解洗者,此亦應可付行器人。」

ここに因縁あり。室羅伐城にて、ある信心深い居士や婆羅門たちが、様々な食器を苾芻(僧)に布施した。しかし、苾芻たちは皆、それを受け取ろうとしなかった。彼らはこう言った。「聖者よ!もし仏世尊が世に現れていなければ、私は外道を最上の福田と仰いでいました。仏が世に出現された今、私はあなたがたを最上の方々と敬っています。なのに、私の布施をお受けにならないとは、私どもに来世へ持っていく資糧を持たせないおつもりでしょうか。」

苾芻たちはこの因縁を仏に告げた。仏は言われた。「大衆のためであるならば、器物は受け取りなさい。」仏は言われた。「大衆のために器物を受け取る者は、受けたら庫に納め、食事の時には鉢を用いて食べなさい。」

その時、施主たちがそれを見て尋ねた。「私は器物を聖者たちに奉納しましたのに、どうして使われていないのですか?」答えには「賢者は、庫に納めてあります」とあった。施主は言った。「聖者よ!私の家に庫がないとお思いですか?布施の本意は、用いていただくことにあります。あなたがたに用いていただき、私たちに受用による福徳を得させたいと思ったのです。なのに、庫に納めてしまわれては、私たちは施しの福徳だけを得て、受用の福徳を得られません。」

苾芻たちはこの因縁を仏に告げた。仏は言われた。「施された物は受用すべきである。」仏の教えにより、彼らはすぐに受用した。

その後、別の時、ある施主が心を広く持って、大きな銅盤を布施した。年老いた苾芻がこの盤を分け与えられ、自ら磨いて拭いて、疲労困憊した。仏は言われた。「盤器を管理する人を選んで、洗浄や拭き掃除を監督させなさい。」

苾芻たちは選別せずに器の管理者を任せたため、器が損傷してしまった。仏は言われた。「五つの法を備えていない者は、まだ選ばれていないなら選んではならず、すでに選ばれたなら務めさせてはならない。五つの法とは何か。つまり、愛(え)あり、瞋(しん)あり、怖(ふ)あり、癡(ち)あり、行と未行を記憶できないことである。もし五つの法を備えていれば、まだ選ばれていないなら選ぶべきで、すでに選ばれたなら務めさせるべきである。五つの法とは何か。つまり、愛なく、瞋なく、怖なく、癡なく、行と未行をよく記憶できることである。このようにして選ぶべきである。

座席を敷き、犍稚(鐘)を鳴らし、告知が巡り終えて、大衆が皆集まったならば、まずこう尋ねるべきである。『あなたは僧伽のために器物を管理できますか?』自分でできると知る者は、『できます』と答える。次に、一人の苾芻が白羯磨(告白の儀式)を行う。『大徳僧伽よ、お聞きください。この苾芻、某甲は僧伽のために器物を管理することを喜んでいます。僧伽がお許しになる時が来たなら、僧伽はこの苾芻某甲を器物の管理者に任命し、僧伽のために器物を管理させてください。このように告白します。』」(羯磨は白の通りに作すべし)

その時、苾芻たちは器物を受け取ったが、食事を終えた後、汚れた器を管理する人に渡さなかった。仏は言われた。「汚れた器は、弟子や門人に与えて洗わせなさい。」ある苾芻には弟子がおらず、自ら洗って拭いた。仏は言われた。「この人(弟子のいない者)は、器を管理する人に渡して、洗わせるべきである。もし弟子や門人が洗い方を知らないならば、これもまた管理する人に渡すべきである。」

緣在室羅伐城。是時六眾於一鉢中六人共食,同時內手舉手之時鉢便隨上,共相謂曰:「觀此黑鉢能現神通。」六皆斂手鉢便墮破,一時大笑。苾芻見已報言:「具壽!共作如是醜惡之事,應合羞恥翻為大笑。」答曰:「我作何事?為當飲酒?為噉葱蒜?」苾芻報曰:「此事不久,亦當見作。」六眾曰:「我雖鉢破,豈陶師亦亡、泥土皆盡?我當更作,有何過耶?」時諸苾芻恥而無對,以緣白佛。佛便念曰:「由諸苾芻一處噉食有如是過,作是事者得越法罪。」如世尊說苾芻不應同一器食,時諸苾芻隨商旅行,于時商人在一處食,苾芻亦食。然少器物不敢同處,待竟方食致延時節,不及伴徒在後而行,便被賊奪。苾芻以緣白佛,佛言:「若在道路無器可求,雖復多人一器應食,一舉手時次一應下,不得同時上下。」佛許同食,有諸求寂不敢共苾芻同食,生過如上,佛言:「苾芻應先受取,以手執器,共一處食。」共淨人行,事同求寂,佛言:「把飯作團擲與而食。」時有苾芻至生緣處,諸親命曰:「久別索居,今得聚會,可來同處一盤而食。」答言:「汝是俗人,我出家者,共盤而食是所不應。」彼遂懷憂泣淚而住。苾芻以緣白佛,佛言:「知彼慇懃喚同食者,當於屏處勿招譏議。先受其食以手執盤,同食無過。」

ある時、世尊は室羅伐城に滞在しておられました。その時、六人の比丘たちが一つの鉢に六人で一緒に食事をしていました。彼らは同時に手を入れ、手を上げるとき、鉢が一緒に持ち上がってしまいました。互いに言い合いました。「この黒い鉢を見よ、神通を示している。」すると六人全員が手を引っ込めたとき、鉢が落ちて割れてしまいました。彼らは一斉に大笑いしました。

他の比丘たちがこれを見て言いました。「尊者たちよ、そのような醜い行いをしておいて、恥じるどころか大笑いしているとは。」六人たちは答えました。「私たちが何をしたというのか?酒を飲んだか?葱や大蒜を食べたか?」比丘たちは言いました。「このことは、すぐにまた見られるでしょう。」六人たちは言いました。「たとえ私たちの鉢が割れても、陶師も亡くなり、土も尽きてしまったのか?私たちは新しい鉢を作ればよいではないか。何の過ちがあるのか?」その時、比丘たちは恥ずかしくて返答できず、この出来事を仏に報告しました。

仏はお考えになりました。「比丘たちが同じ場所で食事をすることにこのような過ちがあるのだ。このようなことをした者は、越法罪を得るであろう。」世尊が「比丘は同じ器で食事をすべきではない」と説かれました。

その時、比丘たちが商人の一行と共に旅をしていました。商人たちが一つの場所で食事をするとき、比丘たちも食事をしました。しかし器が少なかったので、同じ場所で食事をすることができず、商人たちが食事を終えるまで待ってから食事をしなければなりませんでした。そのために時間がかかり、仲間に追いつけず、後方を歩いていたところ、盗賊に奪われてしまいました。

比丘たちはこの出来事を仏に報告しました。仏は言われました。「もし道中で器を求めることができないなら、大勢で一つの器で食事をしてもよい。ただし、一人が手を上げるときは、次は下ろすべきである。同時に上下してはならない。」

仏が同じ器での食事を許されたので、多くの沙弥たちは比丘たちと一緒に食事をすることを躊躇し、同じような問題が生じました。仏は言われました。「比丘がまず受けて取り、手で器を持ち、一緒に食事をするべきである。」

浄人と共に旅をするときも、沙弥の場合と同じでした。仏は言われました。「飯を握って団子にして投げ与えて食べるがよい。」

その時、ある比丘が生まれた故郷に行きました。親戚たちが言いました。「長い間離れて独りでいたが、今や再び集うことができた。一緒に一つの皿で食事をしよう。」比丘は答えました。「あなたは俗人であり、私は出家者である。同じ皿で食事を共にすることは許されないのです。」すると親戚たちは悲しみ、泣きながらそこに立ち尽くしました。

比丘はこの出来事を仏に報告しました。仏は言われました。「彼らが真心を込めて一緒に食事をしようと招いていると知ったなら、人目のつかないところで、非難されないようにすべきである。まずその食物を受け取り、手で皿を持って、一緒に食事してよい。過ちはない。」

緣在室羅伐城。六眾苾芻但著一裙而食,俗人見已共相謂曰:「食者何人?」一人答曰:「此是沙門釋子。」彼皆嫌恥作如是語:「彼之教主極懷愧恥,因何弟子作此無慚?」苾芻以緣白佛,佛作是念:「一裙而食,有如是過。苾芻不得一裙而食,作者得越法罪。」佛言:「不應一裙食。」者,時有老病羸瘦無力,不能更披餘衣而食,佛言:「應著軟滑僧脚崎衣,食時無犯。」復有病者,此僧脚崎衣亦不能著,佛言:「若病重者,應在屏處勿外人見,但著一裙隨意當食。」

ここに因縁あり。室羅伐城にて、六群比丘が衣を一枚だけ身に着けて食事をしていた。俗人がこれを見て、互いに言い合った。「食事をしているのは誰か?」一人が答えた。「これは沙門の釋子(出家者)である。」人々は皆、恥ずかしく思い、こう言った。「あの教えの主は大変恥を知っておられるのに、どうして弟子たちがこのように恥知らずなことをするのか。」比丘たちはこのことを仏に告げた。仏はこう思われた。「一枚の衣で食事をするには、このような過ちがある。比丘は一枚の衣で食事をしてはならない。もし行えば、法を越える罪を得る。」仏は言われた。「一枚の衣で食事をすべきではない。」その時、年老いて病み、やせ衰えて力のない比丘がいて、他の衣をさらに着て食事をすることができなかった。仏は言われた。「柔らかくなめらかな僧脚崎(さんぎゃくき)の衣を着て、食事をしても罪はない。」また病む者があり、この僧脚崎の衣も着ることができなかった。仏は言われた。「もし病が重いなら、人目のない隅の場所で、外の人に見られないようにして、一枚の衣で随意に食事をしてもよい。」

緣在室羅伐城。六眾苾芻在阿侍羅河露形而浴,俗旅見時問言:「此是何人?」有人報曰:「是露形外道,河中洗浴。」復有說言:「是釋迦子。」彼皆嫌賤作如是說:「彼之教主極懷愧恥,因何弟子若此無慚?」乃至佛生是念:「諸苾芻露形洗浴有如是過。故諸苾芻不露形浴,作者得越法罪。然諸苾芻應畜洗浴裙。」佛言聽畜洗浴衣者,苾芻即便兩重而作,佛言:「恐有蟲入此不應持,若唯有複無單裙者,應觀其水無蟲。」方浴時有但三衣者,恐成違法不著此衣,佛言:「守持應畜。」復有餘人貧無此物,佛言:「必若無者,以繩繫葉前後遮障,於隱屏處不令他見,浴時無犯。」苾芻浴訖恐衣有蟲,不捩去水,佛言:「一重之衣必無蟲著,然出水時方便擡舉,勿令蟲住。」

その因縁は室羅伐城にあった。六群の比丘たちが阿侍羅河で裸のまま水浴びをしていた。旅の人々が見て尋ねた。「この人たちは誰か?」ある人が答えた。「裸形の外道だ、川で沐浴しているのだ。」また別の人が言った。「いや、釈迦の弟子だ。」人々は皆、嫌って軽蔑し、こう言った。「あの教えの主は、きっと大いに恥じ入るだろう。どうして弟子たちがこのように恥知らずなのだろうか?」やがて仏はこう思われた。「比丘が裸で沐浴することには、このような過ちがある。それゆえ、比丘たちは裸で沐浴してはならない。もし行えば、越法罪を得るであろう。しかし、比丘たちは沐浴用の裙子を身につけるべきである。」仏は言われた。「沐浴用の衣を身につけることを許す」と。すると比丘たちは、それを二重に作った。仏は言われた。「恐れがあるのは、虫が入ることだ。これは持つべきではない。もし上衣が一重だけで、単独の裙子がないならば、その水に虫がいないかどうかを確認してから沐浴すべきである。」その時、三衣だけを持つ比丘が、もしや戒律に違反するのではないかと恐れて、この衣を着なかった。仏は言われた。「守持して、身につけるべきである。」また他の貧しい人々には、この衣がなかった。仏は言われた。「もしどうしてもないならば、縄で葉を結んで前後を覆い隠し、人に見えないようにして沐浴しても、罪はない。」比丘が沐浴を終えて、衣に虫がいるのを恐れて、水を絞り切らなかった。仏は言われた。「一重の衣ならば、必ず虫は付かない。しかし、水から上がる時には、衣を手で持ち上げて、虫が留まらないようにしなさい。」

第一門第八子攝頌曰:

第一門・第八の子摂頌にはこうあります。

豆生不淨地、 吐食指授索、
銅器不應為、 盛鹽等隨畜。

豆が不浄の地に生えても、吐き出した指で縄を授けてはならない。銅の器は使うべきではなく、塩などを入れて保管してはならない。

緣在室羅伐城。時有具壽頡離跋底苾芻,隨於何處多生疑惑,是故時人喚為多疑頡離跋底。彼於異時曾於廁中見豆生葉,便起斯念:「我損生種。」後於異時,僧家多作菉豆餻餅,彼不敢食。弟子報言:「鄔波馱耶!僧家多有菉豆餻餅,因何不食?」報言:「我今豈可損生種耶?」弟子曰:「此事云何?」彼如所見以事告之,弟子于時亦不敢食。其餘知識亦復問言:「汝何不食?」彼即如師所陳盡皆向說。時頡離跋底多有門徒,展轉傳言,乃至大眾盡皆不食。苾芻以緣白佛,佛言:「於諸豆中有不熟種,縱多時煮食已還生,此既被煮食時無過。」

ある時、室羅伐城に住んでおられた。その時、具寿頡離跋底比丘という方がおられたが、この方はどこにいても多くの疑いを抱かれる方だった。それで当時の人々は「多疑の頡離跋底」と呼んだ。彼はある時、便所の中で豆が芽を出しているのを見て、こう思った。「私は命を生み出す種を損なってしまった」と。後にまたある時、僧侶たちの間で緑豆の餅がたくさん作られたが、彼はそれを食べようとしなかった。弟子が言った。「和尚様、僧侶たちの間で緑豆の餅がたくさんありますのに、どうして召し上がらないのですか?」彼は答えた。「私はどうして命を生み出す種を損なうことができようか?」弟子が言った。「それはどういうことですか?」彼は見たままのことを話した。弟子もまたその時、食べようとしなかった。他の知人たちもまた尋ねた。「あなたはどうして食べないのですか?」彼は師が話した通りにすべて話した。その時、頡離跋底には多くの弟子がいたので、次々と噂が広まり、ついには大衆みな食べなくなってしまった。比丘たちがこのことを仏に告げると、仏は言われた。「豆の中には熟さない種がある。長く煮ても、食べた後にまた芽を出すことがあるのだ。しかしこの豆は煮られているのだから、食べても罪はない」と。

緣在室羅伐城。具壽鄔波離請世尊曰:「於不淨地有果樹生,果落不淨地,為得食不?」佛言:「不應食。」「若不淨地有果樹生,果落淨地,為可食不?」佛言:「應食。」「若於淨地有果樹生,果落不淨地,為得食不?」佛言:「若不經夜應食。」「大德!淨地樹生果落淨地,應可食不?」佛言:「應食。」

ある時、世尊は室羅伐城に滞在しておられた。具寿鄔波離が世尊に問うて言った。

「不浄の地に果樹が生えていて、その果実が不浄の地に落ちた場合、それを食べてもよろしいでしょうか?」

世尊は答えられた。「食べるべきではない。」

「では、不浄の地に果樹が生えていて、その果実が浄らかな地に落ちた場合は、食べてもよろしいでしょうか?」

世尊は答えられた。「食べてよい。」

「では、浄らかな地に果樹が生えていて、その果実が不浄の地に落ちた場合は、食べてもよろしいでしょうか?」

世尊は答えられた。「夜を越えなければ、食べてよい。」

「大徳よ、浄らかな地に生えた果樹の果実が、浄らかな地に落ちた場合は、食べてもよろしいでしょうか?」

世尊は答えられた。「食べてよい。」

緣在室羅伐城。有婆羅門是教導之首,獲一特牛,後得牸牛,復得特牛,如是展轉牛遂成群。時婆羅門於初特牛以為祥瑞,即便放捨作長生牛,更不拘繫。後於異時老朽無力,既被渴逼就河飲水,遂遭泥陷不能自出。時舍利子在傍而過,見彼沈溺,遂便觀察有善根不?乃見其牛有繫屬己緣,即便舉出除去其泥,以水淨洗飲飼水草,說三句法,告言:「賢首!諸行無常、諸法無我、寂滅為樂,當於我所發起淨信,於傍生趣深起厭心。」說是語已捨之而去。於此夜中被野干所食,牛作是念:「若阿遮利耶在我邊者,必定不遭如是等苦。」於舍利子所繫心尊重,尋即命過生大婆羅門家。舍利子便作是念:「我今暫往看彼老牛。」作意觀察知其命過。何處受生?見往婆羅門家。時舍利子為化緣故便往婆羅門家,頻頻到彼,夫婦皆來請受三歸五戒。後於異時尊者獨行至彼家內,長者問曰:「尊者何故獨無侍者?」廣如上說,經八九月誕一男子,面相似牛。滿月之時宗親聚會,抱持兒子請共立名,眾人議曰:「此兒相貌有似牛王,應與作名號為牛主。」廣說同彼善和因緣,出家近圓獲阿羅漢果。由先業力咽有二喉:一乃吐生、二便咽熟。若佛未制非時食噉,便於屏處吐而復食。制戒之後吐而外棄,既無食力身形羸損。世尊見已知而故問具壽阿難陀曰:「何故苾芻牛主,身形羸瘦顦顇異常?」時阿難陀以緣具白,佛言:「若宿業報生二喉者,食出之時應可再三棄之於外,次淨嗽口隨意咽之,此成無犯。」有諸苾芻既飽食已,喉中却出便生疑念:「我將不犯非時食耶?」佛言:「若有斯類應淨嗽口,此成無犯。」
時牛主苾芻既出家已,多諸俗旅共生嫌賤,作如是語:「沙門釋子共行非法,令牛主等可惡形相而為出家。」時諸苾芻以緣白佛,佛作是念:「我之聖弟子德若妙高山,遂令眾人共生嫌賤。由是緣故牛主苾芻,不於中國而為安處。」爾時世尊告牛主曰:「汝從今已往勿住中國。應在邊方。」聞佛勅已白佛言:「如是。世尊!」即出逝多林,便往世利沙宮安隱而住。佛告諸苾芻:「我弟子中住邊方者,牛主為最。」

時に、牛主(ごしゅ)という比丘(びく)が出家した後、多くの俗人たち(ぞくじんたち)が彼を嫌い、軽んじて、こう言いました。「沙門(しゃもん)の釈子(しゃくし)たちは、非道な行いを共にしている。牛主のような、見苦しい姿をして出家する者までいるとは。」そこで比丘たちは、このことを仏(ほとけ)に告げました。仏はこうお考えになりました。「私の聖なる弟子たちの徳は、高き山のようなものであるのに、世の人々が彼を嫌い、軽んじるとは。そのような理由により、牛主比丘は、中央の国に住むべきではない。」そこで、世尊(せそん)は牛主に告げられました。「お前は、これより後、中央の国に住んではならない。辺境(へんきょう)の地に住みなさい。」牛主は、仏の教えを聞いて、仏に申し上げました。「承知しました。世尊よ。」そして、逝多林(せいだりん)を出て、世利沙宮(せりしゃきゅう)へと向かい、安らかにそこに住みました。仏は比丘たちに告げられました。「私の弟子の中で、辺境の地に住む者としては、牛主が最も優れている。」

時諸苾芻咸皆有疑,請世尊曰:「具壽牛主曾作何業,由彼業力,雖處人中作牛形狀,於佛法中出家修行得阿羅漢果?」佛告諸苾芻:「牛主苾芻,先所作業增長成熟,還須自受廣如上說。汝等應聽:乃往古昔,此賢劫中人壽二萬歲時,有迦攝波佛出現於世,十號具足。牛主曾於彼佛法中出家修道,其親教師是阿羅漢為眾上首,年既朽老其形羸瘠不能自食。于時牛主常與其師,收斂鉢器。既淨洗已,共餘苾芻一處習誦。後於異時,由師食緩洗鉢稍遲,彼同誦人問言:『何故今來傷晚?』答言:『具壽!我鄔波馱耶久方食了。』更於他日弟子食了,自洗器訖至本師處,見食未了便起瞋心,告其師曰:『何故遲食猶如老牛?』師作是念:『此既盛瞋,我若言者,更令忿發,候其瞋定,方可告知。』彼瞋息已告言:『具壽!汝作何語?』答曰:『我道師食遲緩猶若老牛。』報言:『具壽!汝頗知我是何人耶?』答曰:『我知師是迦攝波佛教法之中而為出家,我亦於此而作出家。』告言:『聖子!此事是實,然出家人中所為之事我已作訖、我離諸纏,汝便具縛。汝於我所出麁惡言,應可慇懃至心悔罪,如是惡業方得滅除。』時彼聞已至心悔責。汝等知不?由彼往時於阿羅漢生麁惡言所造之業,於五百世常受牛身,乃至今日殘業未盡,尚作牛形。由彼勤作習誦之事,於我法中出家修行,斷諸煩惑證阿羅漢。」

その時、多くの比丘たちは皆、疑問を抱いて世尊に問うた。「具寿の牛主は、かつてどのような業を為したのでしょうか。その業の力によって、人の身でありながら牛の形をし、仏法の中で出家して修行し、阿羅漢の果を得たのですか?」

仏は比丘たちに告げた。「牛主比丘が、かつて為した業は、増長し成熟して、自らその報いを受けねばならぬ。広く説くところの通りである。汝らよく聞け。昔、この賢劫において、人の寿命が二万歳の時、迦摂波仏が世に現れたまい、十号を具足しておられた。牛主はその仏法の中で出家して道を修めていた。その親教師は阿羅漢であり、大衆の上首であった。年老いて身体は痩せ衰え、自ら食事をすることができなかった。その時、牛主は常に師のために鉢器を片付け、洗い終えると、他の比丘たちと共に経を習誦していた。

その後、ある時、師が食事に時間がかかり、鉢を洗うのが少し遅くなった。同じく誦習していた者が問うた。「なぜ今日は遅くなったのか」答えていう、「具寿よ、私の和尚は長い間経ってから食べ終えられたのだ」また別の日、弟子が先に食べ終え、自ら器を洗って師のもとに至ると、師がまだ食べ終えていないのを見て、怒りの心を起こして師に告げた。「なぜ食べるのが遅いのか、まるで老牛のようだ」師は思った。「これは大層怒っている。私がもし言葉を返せば、さらに怒りを募らせよう。その怒りが静まるのを待ってから、告げることにしよう」彼の怒りが収まった後、告げた。「具寿よ、汝は何と言ったのか」答えた。「私は師が食べるのが遅く、老牛のようだと言いました」師は言った。「具寿よ、汝は私が何者であるかを知っているか」答えた。「私は師が迦摂波仏の教法の中にあって出家されたことを知っております。私もまたここで出家しております」師は告げた。「聖子よ、それは実にその通りである。しかし、出家者の為すべき事は、私は既に成し遂げた。私は諸々の煩悩の束縛を離れたが、汝はなお完全に束縛されている。汝は私に対して粗悪な言葉を吐いた。心を込めて懺悔しなさい。そうすれば、この悪業は滅除されるであろう」その時、彼はその言葉を聞いて、心から悔い改め、懺悔した。

汝ら知っているか。彼がかつて阿羅漢に対して粗悪な言葉を発したその業によって、五百世の間、常に牛の身を受け、今に至るまで残りの業が尽きず、なお牛の形をしている。また、彼が勤め励んで経を習誦した功徳によって、我が仏法の中で出家して修行し、諸々の煩悩を断ち尽くして阿羅漢の果を証したのである。」

時諸苾芻復請佛言:「牛主苾芻復作何業,今蒙世尊令住邊方稱為第一?」佛言:「由發願力。曾作何願?即於彼佛出家修業至盡形壽,於勝妙門竟無所獲。然其師主迦攝波佛,於弟子中住在邊方,受用衣食稱為第一。彼見此已發如是願:『我於佛所出家修道,至盡形壽,於勝妙門竟無所獲。願我以此勤修之業,佛所授記摩納婆汝於未來世人壽百歲,有釋迦牟尼佛出現於世,我於彼教當得出家,斷諸煩惑證阿羅漢。如我本師佛弟子中住在邊方,受用衣食說為第一。我於彼佛弟子之中,受邊方衣食亦復如是。』由彼願力今受斯報。汝等當知由純黑業等,廣說如上。」

その時、比丘たちは再び仏に問うた。「牛主比丘はどのような業を積んだのでしょうか。今、世尊は彼を辺境の地に住まわせ、『第一』とお認めになりました。」

仏は言われた。「それは願いの力によるものである。かつて彼がどのような願いを立てたのか。彼は過去世において、その仏のもとで出家して修行し、生涯を終えるまで精進したが、勝れた悟りの道においては何も得ることができなかった。しかし、その師である迦攝波仏は、弟子たちの中で辺境に住み、衣と食を受けて『第一』と称されていた。彼はそれを見て、このように願を立てた——『私は仏のもとで出家して修道し、生涯を尽くしても、勝れた悟りの門において何も得ることができなかった。この勤修の功徳によって、どうか未来の世、人の寿命が百歳の時に、釈迦牟尼仏が世に現れ給うならば、私はその教えにおいて出家し、全ての煩悩を断ち切って阿羅漢の果てを証することができますように。また、我が本師が仏弟子の中で辺境に住み、衣と食を受けて『第一』と称されたように、私もその仏の弟子の中で、辺境の衣と食を受けて同じく『第一』と称されますように。』この願いの力によって、今この報いを受けているのである。汝ら知るべし、純黒の業などによって、以上のとおりである。」

緣在室羅伐城。六眾苾芻指授索食,與我此物、與我彼物,令行食人失其次緒。苾芻以緣白佛,佛言:「苾芻不應指授索食,若故作者得越法罪。若無火力索熟物非犯。若火力強者取生無過。」

ある時、仏は室羅伐城におられた。六群比丘たちが食事の際に指図して、「これを私にください」「あれを私にください」と求め、食事を配る人を混乱させてしまった。

比丘たちはこのことを仏に告げた。仏は言われた。「比丘は指図して食事を求めてはならない。もし故意に行うならば、越法罪となる。ただし、火気がなく(調理の火が消えていて)熟したものを求める場合は、罪ではない。もし火気が強い場合(料理が十分にできていない状況で)生のものを取るのは、過ちではない。」

緣處同前。具壽鄔波難陀往銅作家,問言:「賢首!頗能為作銅鉢不?」答言:「此是我業何不能為?未知其鉢所須大小。」答言:「大作。」問言:「聖者!如斯大鉢仁何所用?」答言:「癡人!汝豈不取價直與我作耶?」彼作是念:「隨其大作於我何傷?」即造大鉢,彼見鉢已報言:「更作小者置大鉢中。」如是重重乃至於七,既作得已,即使弟子俱洗令淨,以五色線結為鉢絡,次第重疊置鉢絡中,即令求寂頂戴而去。但有請處每即前行,到施主家,坐已開張當前布列。時有居士婆羅門等,見而問曰:「仁豈今者開銅器鋪耶?」報言:「癡人?汝何所識?一、將盛飯,二、擬貯麨,三、用安餅,四、著美團,五、受羹菜,六、置乳酪,七、請助味。」俗人告曰:「若如是者更須多畜,或容飲食倍多於此。」聞是譏已默爾無對。苾芻以緣白佛,佛作是念:「由諸苾芻畜銅器故,有如是過。」告諸苾芻:「勿畜銅器,畜者得越法罪。若畜銅匙、盛鹽盤子、飲水銅椀,並皆無犯。若是他物用亦非過。」
根本說一切有部毘奈耶雜事卷第五

根本説一切有部毘奈耶雜事 巻第五


第四
第六

CBETA コード: T1451

© AI 帮你读佛经 - 如是我闻

この文書は個人学習専用です。商業目的での使用は禁止されています。

訪問 rushiwowen.co

著作権:原文は CBETA
AI 翻訳は参考文献のみで、権威あるものではありません