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根本説一切有部毘奈耶雑事 (根本說一切有部毘奈耶雜事)


根本說一切有部毘奈耶雜事卷第六

根本説一切有部毘奈耶雑事 巻第六

三藏法師義淨奉 制譯

三蔵法師義浄奉 制訳

第一門第九子攝頌曰:

第一門第九の子摂頌に曰く:

應為洗足處、 及以濯足盆、
熱時須扇聽、 蚊蟲開五拂。

足を洗う場所と、 足を洗う桶を用意しなさい。 暑い時には扇ぎ、 蚊や虫には五つの払いを開きなさい。

緣處同前。時諸苾芻隨在何地即便濯足,遂使諸蠅在處撩亂。時有長者婆羅門等來入寺內,見洗足處,問言:「聖者!何故此處蟲蠅亂飛?」答曰:「此是我等洗足之處。」彼聞嫌賤:「沙門釋子皆不清淨,隨在何處而濯其足。」苾芻以緣白佛,佛言:「苾芻不應隨處洗足,然洗足處應在寺東南角。」如佛所言安洗足處者,苾芻不知云何應作。佛言:「如龜背形。」時諸苾芻作已太滑不堪揩足,佛言:「應可澁作。」(此洗足處亦堪洗浴。西方諸寺及在處皆有,大小無定,露地而作,或大如床小可半席,四畔壘甎高一尺許。中間甎砌作龜背形,以礓石灰泥,水洗不去,傍通一竇令水外流。濯足洗身最是要用。)

状況は先ほどと同じです。その時、比丘たちはどこにいてもすぐに足を洗っていたため、あちこちで蠅が飛び回るようになりました。ある時、年長の婆羅門などが寺院を訪れ、足を洗う場所を見て尋ねました。「聖者よ、なぜここは虫や蠅が飛び交っているのですか?」比丘たちは答えました。「ここは私たちが足を洗う場所です。」それを聞いた彼らは軽蔑し、「沙門釈子は皆清らかではなく、どこにいても足を洗っている」と言いました。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀は言われました。「比丘たちはどこでも足を洗ってはならない。足を洗う場所は寺の東南の隅に設けるべきである。」仏陀が言われた通りに足を洗う場所を設けるにあたり、比丘たちはどのようにすべきか分かりませんでした。仏陀は言われました。「亀の甲羅のような形にしなさい。」比丘たちがそのように作ると、滑りすぎて足を拭くのに適しませんでした。仏陀は言われました。「滑らないように作りなさい。」(この足を洗う場所は、沐浴にも使えます。西方の諸寺や各地にあり、大きさは一定していません。露天に作られ、大きいものは寝台ほど、小さいものは半畳ほどです。四辺をレンガで囲み、高さ一尺ほどにします。中央をレンガで亀の甲羅のような形に積み、砂利や漆喰で固めると、水で洗っても崩れません。脇に水が外に流れるように穴を開けます。足を洗い、体を清めるのに最も適しています。)

有老苾芻身體羸弱,不能往彼洗足之處,佛言:「應畜執事人令其洗足,應作洗足瓫。」是時六眾聞佛聽許,便以金銀、瑠璃作洗足器。俗人見問:「此是何物?」答言:「世尊許我作洗足器,此即是也。」彼言:「聖者!仁雖剃髮,貪染不除。」答曰:「脚踏汝項,我畜何過?汝非我師,何事相責?」俗生嫌賤。苾芻白佛,佛言:「洗足之器不合用寶,應以瓦作。」苾芻便作如馲駝形,佛言:「不合,應如象足踏地,其中稍高令得支足,或可於中作蓮臺形,當須澁鞕。」苾芻用洗足已隨處而安,佛言:「不應如是,若是眾物,應可覆在隱屏之處。若是私物安門扇後。」

ある老いた比丘が、身体が弱く、足を洗う場所まで行くことができませんでした。そこで仏は言われました。「世話をする者を置いて足を洗わせなさい。また、足を洗う器を作りなさい。」

その時、六群比丘が仏の許しを聞くと、金銀や瑠璃で足洗いの器を作りました。在家の人々が見て尋ねました。「これは何ですか?」彼らは答えました。「世尊が私たちに足洗いの器を作ることをお許しになりました。これがそれです。」在家の人々は言いました。「尊者よ、あなた方は髪を剃っていても、貪りの心はまだ取り除かれていませんね。」比丘たちは答えました。「あなたの首を踏みつけても、私たちが器を持つことに何の過ちがあるというのですか?あなたは私たちの師ではありません。なぜ私たちを責めるのですか?」在家の人々は軽蔑し、嫌がりました。

比丘たちがこのことを仏に申し上げると、仏は言われました。「足を洗う器に宝石を使ってはならない。土器で作りなさい。」比丘たちはラクダの形のようなものを作りました。仏は言われました。「それではいけない。象の足が地面を踏むように、中が少し高くなって足を支えられるようにしなさい。あるいは、中に蓮華の台座の形を作りなさい。表面はざらざらと硬くあるべきだ。」

比丘たちは足を洗った後、器をどこにでも置きました。仏は言われました。「そのようにしてはならない。もし皆のものであれば、人目につかない場所に伏せて置きなさい。もし個人のものであれば、戸の後ろに置きなさい。」

緣處同前。時屬春陽,苾芻患熱,身體黃瘦羸劣無堪,俗旅見時問言:「聖者!何故身體黃瘦羸劣無力?」答言:「時屬春陽,我苦於熱。」彼言:「聖者!何不持扇?」答言:「賢首!世尊不許。」答曰:「仁之大師性懷慈愍,若知苦熱許扇無疑。」苾芻白佛,佛言:「我今聽許苾芻持扇。」六眾苾芻聞佛聽許,便以金銀琉璃,或紫礦揩拭,及種種莊彩而為扇柄。俗旅來見便生譏恥,六眾傲慢廣說如前。乃至佛言:「不用寶等而作扇柄。應知扇有兩種:一、以竹作,二、用葉成。」時有眾多敬信俗旅,便持種種莊彩之扇,來施苾芻。苾芻不受,佛言:「若為僧伽受取,無犯。」

場所は先と同じである。時は春の陽気の頃、比丘たちは暑さに苦しみ、体は黄色く痩せ衰え、力がなかった。在家の人々がそれを見て尋ねた。「尊者よ、どうして体が黄色く痩せ衰え、力がないのですか?」比丘は答えた。「時は春の陽気の頃で、私は暑さに苦しんでいるのです。」彼らは言った。「尊者よ、なぜ扇を持たないのですか?」比丘は答えた。「善き方よ、世尊がお許しにならないのです。」在家の人々は言った。「あなたの大師は慈しみの心をお持ちです。もし暑さに苦しんでいることをご存知なら、きっと扇をお許しになるでしょう。」比丘たちは仏に申し上げた。仏は言われた。「私は今、比丘が扇を持つことを許す。」六群比丘は仏がお許しになったと聞き、金や銀、瑠璃、あるいは紫鉱で磨きをかけ、様々な装飾を施した扇の柄を作った。在家の人々がそれを見て、あざけりと恥じらいを抱いた。六群比丘の傲慢さについては、前に広く説いた通りである。ついに仏は言われた。「宝などのもので扇の柄を作ってはならない。扇には二種類あることを知るべきである。一つは竹で作るもの、二つは葉で作るものである。」その時、多くの敬虔な在家の人々が、様々に装飾された扇を持って来て、比丘たちに施した。比丘たちは受け取らなかった。仏は言われた。「もし僧伽のために受け取るなら、罪にはならない。」

緣在廣嚴城獼猴池側高閣堂中。時諸苾芻為蚊蟲所食,身體患蛘爬搔不息,俗人見時問言:「聖者!何故如是?」以事具答,彼言:「聖者!何故不持拂蚊子物?」答言:「世尊不許,廣說如前。」乃至以緣白佛,佛言:「我今聽諸苾芻畜拂蚊子物。」是時六眾聞佛許已,便以眾寶作柄,用𤛆牛尾而為其拂,俗人既見廣說如前。乃至佛言:「有其五種袪蚊子物:一者撚羊毛作;二、用麻作;三、用細裂疊布;四、用故破物;五、用樹枝梢。若用寶物得惡作罪。」

広厳城の猿の池のほとり、高閣堂において。その時、比丘たちは蚊や虫に刺され、身体が痒くて掻きむしってやまなかった。在家の人々がそれを見て尋ねた。「尊者よ、どうしてそのようなありさまなのですか?」事情を詳しく答えると、彼らは言った。「尊者よ、なぜ蚊を払うものを持たないのですか?」答えて言った。「世尊はお許しにならないのです。」(詳細は前述のとおり。)このことを仏に申し上げると、仏は言われた。「今、比丘たちが蚊を払うものを持つことを許す。」これを聞いた六群の比丘たちは、仏が許されたと知ると、さまざまな宝石で柄を作り、牛の尾で払子を作った。在家の人々がそれを見て(詳細は前述のとおり)。ついに仏は言われた。「蚊を払うものには五種類ある。一つは羊毛を撚って作るもの、二つは麻で作るもの、三つは細かく裂いた布で作るもの、四つは古く破れたもので作るもの、五つは木の枝先で作るものである。もし宝石などで作れば悪作の罪を得る。」

第一門第十子攝頌曰:

第一門第十の子摂頌に曰く:

結下裙不高、 不持於重擔、
若病許杖絡、 服蒜等隨聽。

裳を結ぶときは高くしないこと。 重い荷物を担がないこと。 病のときは杖や首掛けの紐(杖絡)を許される。 にんにくなどもそれに従って聞き入れられる。

緣處同前。如佛所言:「苾芻應助營作。」者,有一苾芻須緣梯上,時諸上人從下仰觀,見彼形露告言:「聖者!我今始知聖者是男,由男根具。」彼在梯上羞愧默然。苾芻白佛,佛便思念:「苾芻昇梯由不結下裙,有如是過。」告諸苾芻:「若有營作須昇梯者,應結下裙方可昇上。」又諸苾芻於營作時,高結下裙,不信俗流見而譏笑,問言:「聖者!欲相撲耶?」答曰:「我有作務。」彼聞默然。苾芻白佛,佛言:「若緣梯上當結下裙,平地作時不應如是。」(言結下裙者,謂捉裙後邊下緣,向前腰間急擫也)

縁処は前と同じです。仏がおっしゃったように、「苾芻は助けて営作すべきである」という場合、一人の苾芻が梯子に上る必要がありました。そのとき、諸々の上人たちが下から仰ぎ見て、彼の姿が露わになっているのを見て告げました。「聖者よ、私は今はじめて聖者が男であることを知りました。男根が具わっているからです。」彼は梯子の上で恥じて黙っていました。苾芻が仏に白したところ、仏はお思いになりました。「苾芻が梯子に上るのに、下裙を結ばないために、このような過ちがある。」そこで諸々の苾芻に告げました。「もし営作のために梯子に上る必要があるならば、下裙を結んでから上るべきである。」また諸々の苾芻が営作のとき、下裙を高く結んでいたので、信じない俗の人々が見て嘲笑し、問いました。「聖者よ、相撲をとりたいのですか。」答えました。「私は作務があるのです。」彼らはそれを聞いて黙っていました。苾芻が仏に白したところ、仏は言いました。「梯子に上る縁があるときは下裙を結ぶべきであるが、平地で作すときはそのようにすべきではない。」(下裙を結ぶとは、裙の後ろの辺の下の縁をつかんで、前の腰のあたりに急に挟み込むことをいう。)

緣處同前。六眾苾芻自擎重擔,不信者見作如是語:「我為父母妻子恐不能活,是以身擎重擔。仁何所為躬自勞苦?」報言:「賢首!我有多緣:一、為供養世尊;二、為僧伽食事;三、為病者供給所須。由是因緣身持重擔。」彼默無對。苾芻白佛,佛言:「苾芻不應身擎重擔,作者得越法罪。」

状況は先ほどと同じです。六人の比丘たちが自分で重い荷物を担いでいました。信じていない人々はそれを見て、このように言いました。 「私は両親や妻子が生きていけないかもしれないと心配して、この身で重い荷物を担いでいるのです。あなたは何のために、わざわざ自分で苦労しているのですか?」

比丘たちは答えました。 「皆さん、私にはいくつかの理由があります。一つは、世尊(お釈迦様)にお供えするため。二つ目は、僧伽(僧侶の集団)の食事のため。三つ目は、病気の方に必要なものを提供するためです。これらの理由で、私はこの身で重い荷物を担いでいるのです。」

彼らは黙って、返す言葉がありませんでした。比丘たちはこのことを仏陀に報告しました。仏陀はおっしゃいました。 「比丘は、自分の身で重い荷物を担ぐべきではありません。そうする者は、法に背く罪を得ることになります。」

佛在王舍城鷲峯山中,有老苾芻登山上下脚跌倒地,佛言:「應畜柱杖。」聞佛許已,六眾即便以金銀等并雜彩物雕飾其杖,俗旅見已共生嫌賤。苾芻白佛,佛言:「苾芻有二種緣,應畜柱杖:一謂老瘦無力,二謂病苦嬰身。」時有苾芻,佯作老病而柱其杖。時諸苾芻以緣白佛,佛言:「若實老病,應從僧伽乞畜杖羯磨,若僧伽與時應畜。如是應乞,敷座席、鳴楗稚,言白既周、眾應盡集。時老病苾芻於上座前,蹲踞合掌作如是白:

仏は王舎城の鷲峯山にいらっしゃいました。ある老いた比丘が山に登り下りする際に足を滑らせて倒れてしまいました。仏は言われました。「杖を持つべきである。」

仏が杖を持つことを許されたと聞き、六人の比丘たちはすぐに金銀や様々な色鮮やかな布で杖を飾り立てました。在家の人々はこれを見て嫌悪し、軽んじました。

比丘たちが仏にこのことを告げると、仏は言われました。「比丘には二つの理由があれば杖を持つべきである。一つは年老いて痩せ、力がないこと。もう一つは病に苦しみ、体が患っていることである。」

その時、ある比丘が老いて病んでいるふりをして杖をついていました。比丘たちがこのことを仏に告げると、仏は言われました。「本当に老いて病んでいるならば、僧伽から杖を持つ許可の羯磨(儀式による承認)を乞うべきである。僧伽が許可したならば杖を持つがよい。このように乞うには、座席を敷き、槌(知らせの板)を打ち鳴らし、告知が整い、僧伽が皆集まるのを待つ。その時、老いて病んでいる比丘は上座の前に蹲踞し、合掌して次のように申し述べる。」

「『大德僧伽聽!我苾芻某甲老朽瘦弱,或復身病,若無杖時便不能濟。今從僧伽乞畜杖羯磨,願大德僧伽與我苾芻某甲畜杖羯磨。是能愍者願慈愍故。』如是三說。次一苾芻作白羯磨:

「大徳なる僧伽よ、お聞きください。この比丘某甲は老い朽ち、痩せ衰え、あるいはまた病に伏しており、杖がなければ身を支えることができません。今、僧伽に杖を持つことを許す羯磨を乞います。どうか大徳なる僧伽は、この比丘某甲に杖を持つことを許す羯磨をお与えください。慈悲深き方は、どうか憐れみをもってお聞き入れくださいますように。」これを三度申し上げます。次に、一人の比丘が白羯磨を行います。

「『大德僧伽聽!此苾芻某甲,老朽瘦弱,或復身病,若無杖時便不能濟。今從僧伽乞畜杖羯磨。若僧伽時至聽者,僧伽應許僧伽今與苾芻某甲,老朽瘦弱或復身病作畜杖羯磨。白如是。』(羯磨准白應作)

「大徳なる僧伽よ、お聞きください。この比丘某甲は、老いて弱り、あるいは病を患っており、杖がなければ身を支えることができません。今、僧伽に杖を持つことを許す羯磨を乞います。もし僧伽が時宜を得て聞き入れるならば、僧伽はどうかお許しください。僧伽は今、老朽で弱り、あるいは病を患う比丘某甲に、杖を持つことを許す羯磨を行います。以上が白です。」(羯磨は白に準じて行う)

「若僧伽與作畜杖羯磨已,柱杖者無犯。」

僧伽が杖を持つことを許す羯磨(儀式)を行った後、その杖を支えとして使うことは罪にはなりません。

緣在王舍城。時諸苾芻老瘦無力,加以風疾,於鷲峯山或時上下脚跌倒地,澡罐君持悉皆破碎。苾芻白佛,佛言:「苾芻應持網絡。」六眾聞已以五色線而為網絡,俗旅譏嫌,問答因緣廣如畜杖。「如若杖絡二皆須者,合作羯磨,此亦無過。既得法已,任持非犯。」

ある時、お釈迦さまは王舎城におられました。その頃、年老いてやせ衰え、力もなく、風邪の病にかかっていた比丘たちが、霊鷲山を登り降りする際に、足を滑らせて転倒し、水を入れる瓶や持ち物をことごとく壊してしまうことがありました。比丘たちがこのことをお釈迦さまに申し上げると、お釈迦さまはおっしゃいました。「比丘たちは網袋を持つとよい。」これを聞いた六群の比丘たちは、五色の糸で網袋を作りました。すると、在家の人々から非難の声が上がり、問答が交わされましたが、その経緯は、杖を持つことについての話とよく似ています。「もし杖と網袋の両方が必要なら、正式な手続き(羯磨)を経て一緒に作っても、それは過ちではない。その方法を認められたなら、持っていても

緣在室羅伐城。時有苾芻食噉蒜已,來詣佛所禮佛雙足,在一面立,佛言:「苾芻!可坐,一心聽我說法。」時彼苾芻聞佛勅已,重禮世尊,一邊而坐,佛為說法。彼聽法時數便迴面,恐有惡氣輕觸尊儀,如是再三。佛言:「苾芻!汝當一心聽我所說。」苾芻亦復再三向外迴面,便禮佛足奉辭而去。爾時世尊知而故問:「阿難陀!何故彼苾芻,聽我法時數數迴面?」阿難陀言:「由彼噉蒜恐觸尊儀,故數迴面。」佛告阿難陀:「諸苾芻輩有食蒜耶?」阿難陀言:「有。」佛言:「由彼食蒜障入聖道,向不食蒜者聽我說法,以金剛智杵摧壞二十身見大山,得預流果。是故阿難陀!從今以往制諸苾芻,不應食蒜及葱韭類。食者得越法罪。」于時舍利子在眾中坐,便作是念:「今此苾芻不得見諦,明當見不?」即便觀察,明亦無緣能見諦理,即更深入第四靜慮,觀其後際,亦不見彼證聖之日。即從定起而說頌曰:

舎利子は、室羅伐城にいた。ある時、比丘がニンニクを食べてから、仏のところに来て、仏の両足を礼拝し、傍らに立った。仏は言われた:「比丘よ、座って、一心に私の説法を聞きなさい。」その比丘は仏のご命令を聞き、もう一度世尊を礼拝し、端に座った。仏は説法をされた。彼が法を聞いている時、何度も顔をそらした。悪い息が尊いお姿に触れるのを恐れたからである。そうして何度も繰り返した。仏は言われた:「比丘よ、一心に私の説を聞きなさい。」比丘もまた何度も外に向かって顔をそらし、やがて仏の足を礼拝して、別れを告げて去った。その時、世尊は知りながら、わざと尋ねられた:「阿難陀よ、なぜあの比丘は、私の法を聞く時に何度も顔をそらすのか?」阿難陀は言った:「彼はニンニクを食べたので、尊いお姿に触れるのを恐れ、だから何度も顔をそらしたのです。」仏は阿難陀に告げられた:「比丘たちはニンニクを食べるのか?」阿難陀は言った:「食べます。」仏は言われた:「彼らがニンニクを食べることで、聖なる道に入ることを妨げる。もしニンニクを食べない者が私の説法を聞けば、金剛の智の杵をもって二十の身見の大山を打ち砕き、預流果を得るであろう。それゆえ阿難陀よ、今より後、すべての比丘に制して、ニンニクおよび葱、韭の類を食べてはならない。食べる者は越法罪を得る。」その時、舎利子は大衆の中に座っていた。そしてこう思った:「今、この比丘は真理を見ることができない。明日は見ることができるだろうか?」すぐに観察したが、明日も真理を見る縁はなかった。さらに深く第四禅定に入り、彼の将来を観たが、彼が聖なる境地を証する日も見えなかった。すぐに禅定から起きて、偈を説いた:

「由於少時間, 散念不專注;
令彼未來世, 不見真諦理。」

わずかな時間でも、心が散漫で集中できなければ、 その結果、未来の世において真実の道理を見ることはできない。

爾時世尊知舍利子心所念已,告言:「舍利子!汝今不應於佛境界而輒思量,此乃超過一切聲聞獨覺境界。然於未來有佛出世名一切尊,此人於彼佛法之中,出家修行斷盡諸漏得阿羅漢果。」佛作是念:「由彼苾芻食噉蒜故,障見真理,是故苾芻不應噉蒜,食者得越法罪。」時有苾芻身嬰疾病,詣醫人所告言:「賢首!我有如是病,幸為處方。」告言:「聖者!應可服蒜,患得銷除。」報言:「賢首!佛不聽食。」醫曰:「此是病藥,非餘能差。」苾芻白佛,佛言:「醫云此藥非餘差者,服之無犯。」苾芻聞已便於寺中,為病食蒜。受用房舍床榻氈席大小行處、及以眾中出入往來、或繞制底、或禮香臺、經過俗人為其說法、或時受請詣施主家、或至園林天廟之處、眾人聚集輒往其中,所到之處諸人咸聞蒜臭,共生嫌賤,作如是語:「沙門釋子雖復出家,而還噉蒜臭氣相熏,與我何別?」苾芻白佛,佛言:「苾芻有病欲食蒜者,所有行法我今當說。諸病苾芻若食蒜者,應住寺側邊房,不得用僧臥具及大小行室、不得入眾、亦不為俗人說法、不遶制底、不禮香臺、不往俗家、園林天廟眾人聚處皆不應往。可於屏處而噉服之,設人見時不生譏恥。若服了時,於七日內仍住於此,服葱可停三日、若韭一日,後方洗浴并可洗衣,香熏無氣後方入寺。如上所制,不依行者得越法罪。」(第一門了)

その時、世尊は舎利子の心に思い巡らしていることをお知りになり、告げられた。 「舎利子よ、そなたは今、仏の境地を軽々しく思い量るべきではない。これは一切の声聞や独覚の境界を超えたものだからである。しかし未来に、一切尊という名の仏が世に出られる。この人はその仏の教えの中で出家し修行し、あらゆる煩悩を断尽して阿羅漢の果を得るであろう。」

仏はこのようにお考えになった。 「あの比丘が蒜(にんにく)を食したために、真理を見ることが妨げられた。それゆえ比丘は蒜を食すべきではない。食する者は越法罪を得る。」

時に、ある比丘が病気にかかり、医者のもとを訪れて言った。 「賢首よ、私はこのような病にかかっています。どうか処方を願います。」 医者は告げた。 「聖者よ、蒜を服用されるのがよいでしょう。患いは消え去るでしょう。」 比丘は答えた。 「賢首よ、仏は食することをお許しになりません。」 医者は言った。 「これは病の薬であり、他では治せません。」 比丘は仏に申し上げた。仏は言われた。 「医者が『この薬でなければ治せない』と言うならば、服用しても犯しにはならない。」 比丘はこれを聞き、寺の中で病のために蒜を食した。

そして、僧房や寝台、敷物、大小便所、また大衆の中への出入りや往来、あるいはストゥーパ(制底)を巡礼すること、香台を礼拝すること、在家者を通り過ぎてその者に説法すること、時には請われて施主の家に行くこと、あるいは園林や天廟(神祠)の場所、人々が集まる所に軽々しく赴くこと、これらのことを行った。 行くところどころで人々は皆、蒜の臭いを嗅ぎ、共に嫌悪し軽蔑して、このように言った。 「沙門釈子(出家者)は出家しながら、なお蒜を食し臭気を漂わせている。我々と何が違うというのか。」 比丘は仏に申し上げた。仏は言われた。 「比丘が病のために蒜を食そうとするならば、守るべき行法を今、説こう。病の比丘がもし蒜を食するならば、寺の側の端の房に住すべきである。僧の寝具や大小便所を用いてはならない。衆の中に入ってはならない。また在家者に説法してはならない。ストゥーパを巡礼してはならない。香台を礼拝してはならない。在家の家に行ってはならない。園林や天廟、人々の集まる場所には皆、赴くべきではない。人目につかない所で食し服用すべきである。もし人に見られたとしても、誹りや恥じる心が生じないようにせよ。

服用し終わった時は、七日間はなおそこに留まること。葱を服用した場合は三日間、韮(にら)の場合は一日間、留まること。その後、沐浴し、衣を洗い、香で薫じて臭気がなくなってから、初めて寺に入ること。以上に定めたように行わない者は、越法罪を得る。」

(第一門了)

第二門總攝頌曰:

第二門の総摂頌に曰く、

牛毛并傘蓋、 披緂勝鬘緣、
出家藥湯瓶、 門扇鎚斤釜。

牛の毛と傘蓋、袈裟と勝鬘の縁、 出家の薬湯瓶、門扉と槌と斧と釜。

第二門第一子攝頌曰:

第二門・第一子のまとめの偈(摂頌)に言うには、

牛毛及隱處、 同床不獨披、
若得白色衣、 染覆方應用。

牛の毛のように細かい隠れた場所も、同じ寝床で一人だけ覆わないように。 もし白い衣を得たら、染めてから身に着けるようにしなさい。

緣處同前。時給孤獨長者以逝多林施四方僧訖,令剃髮者往詣寺中剃除鬚髮,廣說如前。鄔波難陀問剃髮人曰:「汝頗解作牛毛剪不?」答言:「是我巧工,寧容不解?」便以鉸刀作牛毛剪,髮可留二分,此名牛毛剪。鄔波難陀曰:「更剪一分。」如是乃至末後報言:「汝之癡人未解剪髮,宜可淨剃放汝歸家。」廣說如前,乃至佛言:「苾芻不應作牛毛剪髮,作者得越法罪。」如世尊說不許苾芻作牛毛剪髮,苾芻頭上忽有瘡生,以刀剃時便受苦痛。苾芻白佛,佛言:「可於瘡處以鉸刀剪之,餘如常剃。」

場所は先ほどと同じです。その時、給孤独長者は祇園精舎を四方の僧侶に寄進し終えた後、床屋を寺に遣わして髪やひげを剃らせました。詳細は先述の通りです。ウパナンダが床屋に尋ねました。「おまえは牛の毛を刈るような髪型を作れるか?」と。床屋は答えました。「それは私の得意技です。どうしてできないことがありましょうか?」そして、はさみで牛の毛を刈るような髪型を作りました。髪の長さは二分(約6ミリ)ほど残しました。これが牛毛剪と呼ばれるものです。ウパナンダは言いました。「もう一分刈れ」と。こうして繰り返し、最後にはこう言いました。「この愚か者め、髪を刈ることも知らないのか。きれいに剃ってから帰れ」と。詳細は先述の通りです。その後、仏陀はおっしゃいました。「比丘は牛毛剪のような髪型を作ってはならない。作った者は越法罪を得る」と。世尊が比丘に牛毛剪のような髪型を禁じられたので、比丘の頭に突然できものができ、剃刀で剃ると苦痛を感じました。比丘が仏陀に申し上げると、仏陀はおっしゃいました。「できものの部分ははさみで切り、その他は普通に剃るがよい」と。

緣處同前。長者令人為眾剃髮,廣如上說。鄔波難陀見而報曰:「頗能與我除隱處毛不?」答言:「此是我工。」即令剪剃,如前驅使至暮放歸,時俗嫌賤。佛言:「苾芻不應剃三處毛。剃者得越法罪。」時有苾芻隱處生瘡,或時蟲出痛蛘難忍,廢修善事。佛言:「有病緣者應告老宿苾芻,然後更互瘡處剃除,勿致疑惑。」

状況は先ほどと同じです。長者が人を雇って大勢の髪を剃らせていました。詳細は先に述べた通りです。ウパナンダ(鄔波難陀)はそれを見て言いました。「私の隠れた部分の毛も剃ってくれないか?」と。剃髪師は「それが私の仕事です」と答え、すぐに剃るように命じました。以前と同じように、日が暮れるまで働かせてから帰しましたが、世間の人々はこれを嫌って軽蔑しました。そこで仏は言われました。「比丘は三つの場所の毛を剃ってはならない。剃った者は越法罪(戒律違反)に問われる」と。その後、ある比丘が隠れた部分にできものができ、時には虫が出てきて痛みやかゆみに耐えられず、善行を修めることができなくなりました。そこで仏は言われました。「病気の事情がある者は、年長の比丘に告げてから、互いにできものの部分の毛を剃りなさい。疑念を抱かせないように」と。

緣處同前。六眾苾芻同一床臥,共相推倚掉舉呵笑。苾芻白佛,佛作是念:「共一床眠有如是過,同床臥者得越法罪。」時有眾多苾芻人間遊行,至一村落從他借床,主人與一,報言:「更須。」主人報曰:「我家多人同一床臥,如何苾芻各別從索?多人共臥理復何傷?」苾芻答曰:「世尊不許。」苾芻白佛,佛言:「若諸苾芻,性懷慚恥具修戒行,敷襯身物正念在心,中以衣帒或以鉢帒隔而方臥。床既如是,自餘褥席,准此應知。」

状況は先ほどと同じです。六人の比丘たちが同じ寝台で眠り、互いに押し合ったり揺さぶったりして騒ぎ笑っていました。比丘が仏陀に報告すると、仏陀はこう考えられました。「一つの寝台で共に眠ることにはこのような過ちがある。同じ寝台で眠る者は戒律違反の罪を得るであろう」

その頃、多くの比丘たちが人間の世界を巡り歩き、ある村に到着しました。彼らは村人から寝台を借りようとしましたが、家主は一つだけ与え、「もっと必要です」と伝えると、家主は答えました。「我が家では多くの者が一つの寝台で共に眠っています。どうして比丘たちはそれぞれ別々に求めるのですか? 多くの者が共に眠っても何の問題があるでしょう?」比丘たちは答えました。「世尊はお許しになりません」

比丘たちが仏陀に報告すると、仏陀は言われました。「もし比丘たちが慎み深く、戒律を守り、身に敷くものを整え、心に正しい気持ちを持ち、間に衣袋や鉢袋を隔てて眠るならばよい。寝台についてはこのようにし、その他の敷物や座具についても、この基準に従って理解すべきである」

緣處同前。眾多苾芻人間遊行,至一村落,從長者家求得臥處,時屬寒冷復覓臥物。時家中人於苾芻處心生哀愍,以己臥物借與苾芻,先入手者獨披而臥,其不得者忍凍終宵。以緣白佛,佛言:「不應先得獨臥,應可共用隨老者覆。」後於一時鄔波難陀隨老得物,便披臥被獨起經行,餘者受寒夜遭辛苦。小者報曰:「我受寒苦,仁乃經行。」鄔波難陀曰:「誰遮汝等不起經行?」彼諸苾芻忍寒經夜。苾芻白佛,佛言:「眾人得被臥時通覆,必欲經行可披私物。若披眾物得惡作罪。」

場所は先ほどと同じ。多くの比丘たちが人間の里を巡り歩き、ある村にたどり着き、長者の家で寝る場所を求めました。ちょうど寒い季節だったので、寝具も探しました。家の人々は比丘たちに哀れみの心を起こし、自分の寝具を比丘たちに貸しました。最初に手に入れた者が一人でそれをかぶって寝てしまい、手に入れられなかった者は寒さを我慢して一晩を過ごしました。このことを仏陀に報告すると、仏陀は言われました。「先に得た者が一人で寝るべきではない。共用し、年長者がかぶるようにしなさい」

その後ある時、ウパナンダは年長者として寝具を得ると、寝巻きを一人でかぶって起き上がり、経行(きんひん)を始めました。残りの者たちは寒さに苦しみ、夜中ずっと辛い思いをしました。年少の者が言いました。「私は寒さで苦しいのに、あなたは経行をなさるのですか」ウパナンダは言いました。「誰がお前たちが経行を始めるのを止めたというのか」比丘たちは寒さをこらえて夜を明かしました。

比丘たちが仏陀に報告すると、仏陀は言われました。「皆が手に入れた寝具は、寝るときは皆でかぶりなさい。どうしても経行したいなら、自分の私物をかぶりなさい。皆の物をかぶって経行するのは悪作罪(あくさざい)である」

緣處同前。時當冬月苾芻苦寒,居在一邊側身而臥。時給孤長者來入寺中,見諸苾芻一邊而臥,問言:「聖者!大師教法務在精勤,何故仁等委脇而臥,虛度日時不修善品?」苾芻答曰:「心有喜樂善品可修,我現受寒何能策勵?我今被凍誰復能知?」長者辭出還至宅中,以五百張厚白疊帔與送眾僧。時諸苾芻即便披出寺外遊行,不信俗流見生嫌恥,問言:「聖者!豈可仁等並還俗耶?」答曰:「汝等不應作如是語,我為寒故披此俗衣。」苾芻白佛,佛言:「不合披俗人衣。必有他緣,於彼衣上將染色物,覆已方披。若僧祇衣帔,內以物替外將物覆,然後方披。異斯招罪。」

状況は前回と同じ。時は冬の月、比丘たちは寒さに苦しみ、片隅で横になって休んでいた。その時、給孤独長者が寺を訪れ、比丘たちが横になっているのを見て尋ねた。

「聖者よ、大師の教えは精進を重んじるはずです。どうして皆さんは横になって、日々を無駄に過ごし、善い行いを修めないのですか?」

比丘たちは答えた。 「心に喜びがあれば善い行いも修められますが、今私たちは寒さに耐えています。どうして精進できましょうか? 私たちが凍えているのを、誰が知ってくれるというのですか?」

長者は寺を辞して自宅に戻り、厚手の白い毛布五百枚を僧たちに贈った。比丘たちはそれを羽織って寺の外を歩き回った。在家の人々はそれを見て疑念を抱き、恥ずかしく思い、尋ねた。

「聖者よ、まさか皆さん、還俗されたのですか?」

比丘たちは答えた。 「そんなことを言うべきではありません。寒さのため、在家の衣を羽織っているだけです。」

比丘たちはこのことを仏に報告した。仏は言われた。 「在家の衣をそのまま羽織ってはならない。やむを得ない事情があるなら、その衣の上に染色した布をかけてから羽織りなさい。僧伽梨(僧衣)であっても、内側に布を当て、外から布で覆ってから羽織りなさい。そうしなければ罪を招くことになる。」

第二門第二子攝頌曰:

第二門の第二の子の摂頌に曰く:

傘蓋無後世、 歌聲不放火、
遊行覓依止、 毛緂不翻披。

傘蓋は後世を求めず、歌声は火を放たず。 遊び歩いて依り所を探す、毛氈は翻して身にまとわず。

緣處同前。於此城中有一居士,常收衣物賣以自活。後於異時多獲利物,便作是念:「有何方便得修福業復多獲利?」此之居士素有信心,作如是念:「我今宜可請佛及僧,座敷妙衣設諸飲食,衣食供養是大福田,緣此施因我多獲利。」作是念已往詣佛所,禮雙足已在一面立,白佛言:「世尊!願佛及僧,明當就舍受我微供,唯願慈悲無違所請。」爾時世尊默然而受。長者知已禮佛而去,還至舍中,備辦種種上妙飲食,盛設妙座敷以上衣,即令使者馳往白佛:「飲食已辦,願佛知時。」于時大眾皆赴彼宅,唯佛世尊及知事人留在寺內。諸佛世尊有五因緣,留知事人為佛取食。云何為五?一者為欲簡靜離諸諠鬧;二者欲為諸天宣說法要;三者為欲觀察病人;四者為欲觀察臥具;五者為欲與諸弟子制其學處。今者世尊為制學處。諸苾芻眾赴彼請時,遂於中途遭天大雨衣服皆濕,至彼家中就座而坐,隨其坐處衣皆被染。居士見已極起嫌心,作是思惟:「我諸衣物並皆失利,我今宜可還持此物施與苾芻。」作是念已告言:「聖者!所坐之物我皆奉施咸可持將。」苾芻答曰:「待白世尊未知許不?」苾芻以緣白佛,佛言:「汝等應知,非彼居士本心持施,為有譏嫌故不應受。」時諸苾芻奉佛教已,令使往報居士:「應知佛作是語:『非彼居士本心持施,為有譏嫌故不應受。』」時彼居士聞是語已,深起敬心便作是念:「我此衣物若欲賣者不得半價,若諸聖者染令壞色,披著受用正是所宜。」即便持衣詣寺告聖眾曰:「我本無心欲捨此物,今時有意持以奉僧,願為我受染以披著。唯願仁等當持傘蓋勿令衣濕。」答言:「居士待我問佛。」以緣白佛,佛言:「居士先時無心欲施,今時決意持奉眾僧,汝等可受染已披著,為利前人勿致疑惑。是故我今令諸苾芻應持傘蓋,若不持者得越法罪。」六眾苾芻聞許傘蓋,便以金等四寶而為其柄,及餘種種紫鑛畫飾,以孔雀尾而作上覆。時諸居士婆羅門等,見生嫌賤,問答同前,乃至苾芻白佛,佛言:「苾芻不應持如是傘蓋。然有二種蓋:一、竹,二、葉。」六眾苾芻聞佛許蓋,遂便長作傘柄,在大城中擎之而過。俗旅見時作如是語:「彼持蓋者是何商主、大富長者從外方來?」諸人即便就彼看問,既見苾芻共生嫌恥,乃至苾芻白佛,佛言:「不應長作傘柄,長齊二肘或與蓋等。又入聚落時不應持蓋。」時有苾芻隨逐商旅人間遊行,至一聚落道在村內。苾芻持蓋不敢入村,於村外行遂失商旅,獨行在後便被賊劫。苾芻白佛,佛言:「若道在村中不得正擎,若偏持去者無犯。」時有苾芻入村乞食,以傘柄曾觸不敢持行,被雨霑衣。苾芻白佛,佛言:「乞食之人淨洗傘柄應可持去,必其雨定隨處寄舉,欲出村時方可持去。」

状況は前回と同じ。この町に一人の在家信者がいて、常に衣類を仕入れて売り、それで生計を立てていました。その後、ある時たくさんの利益を得たので、こう考えました。「何か良い方法はないだろうか。福徳を積むこともできて、さらに多くの利益も得られるような。」この在家信者はもともと信心深く、このように考えました。「私は今、仏陀と僧伽を招いて、上等な敷物を敷き、様々な飲食を用意し、衣と食の供養をしよう。これは大きな福田である。この布施の縁によって、私は多くの利益を得られるだろう。」こう考えた後、彼は仏陀のもとへ行き、両足を礼拝してから傍らに立ち、仏陀に申し上げました。「世尊よ。どうか仏陀と僧伽が、明日、私の家にお越しになり、わずかな供養をお受けください。どうか慈悲をおこし、お願いをお断りになりませんように。」その時、世尊は黙ってお受けになりました。長者はそれを知って仏陀を礼拝し、去って家に戻り、様々な上等な飲食を準備し、立派な座席を設け、上等な衣を敷きました。そしてすぐに使者を走らせて仏陀に伝えさせました。「飲食の準備が整いました。どうか仏陀、お時間をお知らせください。」その時、大勢の僧侶たちは皆、その家に向かいました。ただ仏陀世尊と、寺の用事を担当する人だけが寺に残りました。諸仏世尊が用事担当者を残して食事を取らせるのには、五つの理由があります。どのような五つか。一つは、静かで騒がしさから離れるため。二つは、諸天のために法の要を説くため。三つは、病人を観察するため。四つは、寝具を観察するため。五つは、弟子たちのために学処(戒律)を制定するためです。今、世尊は学処を制定するためでした。僧侶たちがその招きに赴く途中、突然の大雨に遭い、衣類は皆びしょ濡れになりました。その家に着き、座席に着いて座ると、座った場所の衣類が皆染まってしまいました。在家信者はそれを見て、非常に嫌な気持ちになり、こう考えました。「私の衣類は皆、損をしてしまった。私は今、この品々を僧侶たちに布施して返すべきだ。」こう考えた後、彼は言いました。「聖者たちよ。お座りになった物は、私は皆、奉施します。どうぞ皆、お持ち帰りください。」僧侶たちは答えました。「世尊にお伺いして、許されるかどうかわかりません。」僧侶たちはその縁を仏陀に申し上げると、仏陀は言われました。「汝らは知るべきである。あの在家信者が本来の心から布施するのではない。譏嫌(非難や嫌悪)があるからである。それゆえ受けるべきではない。」その時、僧侶たちは仏陀の教えを奉じ、使者を遣わして在家信者に伝えさせました。「知るべきである。仏陀はこのようにおっしゃった。『あの在家信者が本来の心から布施するのではない。譏嫌があるからである。それゆえ受けるべきではない。』と。」その時、あの在家信者はこの言葉を聞いて、深く敬虔な心を起こし、こう考えました。「私のこの衣類は、もし売ろうとしても半値も得られないだろう。もし聖者たちが染めて壞色(僧衣の色)にし、身に着けて用いるなら、まさに適している。」すぐに衣を持って寺に行き、僧侶たちに告げました。「私は本来、この品々を捨てる心はありませんでした。今、心を決めて僧伽に奉げます。どうか私のために受け取って染め、身に着けてください。どうか皆様、傘をお持ちになって、衣が濡れないようにしてください。」僧侶たちは答えました。「在家信者よ、私が仏陀にお伺いするまでお待ちください。」その縁を仏陀に申し上げると、仏陀は言われました。「在家信者は以前は布施する心がなかったが、今は決意して僧伽に奉げようとしている。汝らは受け取って染め、身に着けるがよい。前の人(在家信者)の利益のために、疑いを残してはならない。それゆえ私は今、僧侶たちに傘を持つべきであると命じる。もし持たない者は、越法罪(戒律違反の罪)を得る。」六群比丘(問題を起こしがちな六人の僧侶)は傘が許されたと聞くと、金などの四宝で柄を作り、その他様々な紫鑛(宝石類)で飾りを描き、孔雀の尾で上覆いを作りました。その時、在家信者や婆羅門たちはそれを見て、軽蔑し嫌う心を起こし、(以前と同様の)問答があり、ついに僧侶たちが仏陀に申し上げると、仏陀は言われました。「僧侶はそのような傘を持つべきではない。しかし、二種類の傘がある。一、竹の傘。二、葉の傘。」六群比丘は仏陀が傘を許されたと聞くと、すぐに長い傘の柄を作り、大きな町の中を通り過ぎる時にそれを掲げました。俗人たちはそれを見てこう言いました。「あの傘を持っている者は、どの商人の主人か、大富豪の長者で、外から来たのか。」人々はすぐに彼のところに行って見て尋ね、僧侶であるのを見て共に軽蔑し恥じる心を起こし、ついに僧侶たちが仏陀に申し上げると、仏陀は言われました。「長い傘の柄を作るべきではない。長さは二肘(約90cm)か、あるいは傘の大きさと同じにせよ。また、村落に入る時は傘を持つべきではない。」その時、ある僧侶が商人の隊商に従って人間の世界を遊行し、ある村落に至りました。道は村の中を通っていました。僧侶は傘を持っていたので村に入ることを敢えず、村の外を歩いたため、商人の隊商とはぐれ、一人で後を歩いていたので賊に襲われました。僧侶が仏陀に申し上げると、仏陀は言われました。「もし道が村の中にあるなら、まっすぐに傘を掲げて持って行ってはならない。もし斜めに持って行くなら、犯しにはならない。」その時、ある僧侶が村に入って托鉢をし、傘の柄が(地面などに)触れたことがあったので持って行くことを敢えず、雨で衣が濡れてしまいました。僧侶が仏陀に申し上げると、仏陀は言われました。「托鉢をする者は、傘の柄を清く洗って持って行くがよい。もし雨が確実に止んだなら、適当な場所に預けて置き、村を出ようとする時になって初めて持って行くがよい。」

緣處同前。時有南方遊行外道,是盧迦耶黨,撥無後世,名鄔陀夷,漸次周旋至室羅伐,欲解勞乏入逝多林,先往尊者憍陳如處,告言:「苾芻!我就師門少學文字,欲與仁者略為談說。」尊者答曰:「婆羅門!激論之事非我所為,隨汝別求無宜住此。」彼即往詣馬勝、跋陀羅、大名、婆澁波、名稱、晡律拏、牛主、毘摩羅、善臂、羅怙羅,既至彼已一一告言:「苾芻!我就師門少學文字,欲與仁者略為談說。」時諸尊者答曰:「婆羅門!激論之事非我所為,隨汝別求無宜住此。」次復往至尊者舍利子所,還如上問。時舍利子即便入定,觀察外道有善根不?觀見知有。繫屬于誰?見屬於我。更有餘人由聞論議受調伏不?觀知更有。何時當集?於七日內。如是知已報言:「汝求論敵斯為善事,可於某處作論議場。」即於初日尊者舍利子自昇高座,建立宗門共彼談覈,每至下時常留餘義,如是二、三乃至七日,於諸方國名稱普聞,共知南方有一外道,是盧伽耶黨,撥無後世,名鄔陀夷,聰明大智,漸次遊行至室羅伐,與舍利子共立論端,經今七日未有勝負。無量百千有緣眾生悉皆雲集,或發歡喜心、或先善根熟。尊者舍利子便作是念:「於我有緣因聽論議而受化者,此時皆集。」是時尊者盡其言義,總為眾說。時彼外道信解心開,合掌起立作如是語:「大德!我於善說法律求欲出家,願降慈悲拔濟於我,在世尊所勤修梵行。」時舍利子知其心至即與出家,并受近圓如法教授,彼便策勵發勇猛心,斷盡諸漏得阿羅漢果。時彼會中一切大眾,見是事已皆生希有,咸言:「尊者舍利子如是聰明,高心外道以法摧伏令使出家。」是時尊者觀彼大眾,根機差別樂欲不同,順彼宿緣為說法要,令其聽者億萬眾生得別證悟,或得預流果、一來、不還,或復出家得阿羅漢果,或受三歸并五學處。所餘大眾皆於三寶深起敬心,合掌慇懃奉辭而散。時此苾芻以緣白佛,佛告諸苾芻:「非一切處有舍利子,其相似者亦不可求。是故我今聽諸苾芻,學盧迦耶等諸外俗論。」時諸苾芻聞佛世尊許學書論,遂無簡別,愚昧之類亦學外書,佛言:「不應愚癡少慧不分明者令學外書;自知明慧多聞強識能摧外道者,方可學習。」諸明慧者鎮學外典善品不修,佛言:「不應如是常習外典。」佛言:「當作三時,每於兩時讀佛經,一時習外典。」苾芻遂於年月分作三時,以緣白佛,佛言:「人命迅速剎那無定,不應年月分作三時,可於一日分為三分。」苾芻朝習外典暮讀佛經,佛言:「於日初分及以中後可讀佛經,待至晚時應披外典。」苾芻即便暫時尋讀,不誦其文尋還廢忘,佛言:「應誦。」彼皆不知何時應誦,佛言:「如晝三節,夜亦三時。」

場所は先と同じ。その時、南方から遊行する外道がいた。彼はルカヤ派に属し、来世を否定する者で、ウダーインという名であった。彼は次第に旅を進め、シュラーヴァスティーに到着した。疲れを癒そうとジェータ林に入り、まず尊者カウンディニヤのもとを訪れ、言った。「比丘よ、私は師のもとでわずかに文字を学びました。あなたと少し議論を交わしたいと思います。」尊者は答えた。「婆羅門よ、激しい論争は私のすることではありません。他を求めてください。ここに留まるのは適切ではありません。」彼は次にマハーナーマ、バドラ、マハーナーマ、ヴァッサ、ナーマ、プールナ、ゴーミカ、ヴィマラ、スバーフ、ラーフラのもとへ行き、それぞれに同じように告げた。「比丘よ、私は師のもとでわずかに文字を学びました。あなたと少し議論を交わしたいと思います。」尊者たちは皆、答えた。「婆羅門よ、激しい論争は私たちのすることではありません。他を求めてください。ここに留まるのは適切ではありません。」次に彼は尊者舎利子のもとへ行き、同じように問うた。その時、舎利子はすぐに入定し、外道に善根があるかどうか観察した。観察すると、善根があることがわかった。誰に属しているか?私に属しているとわかった。他に、議論を聞いて調伏される者はいるか?さらにいるとわかった。いつ集まるか?七日以内に。このように知った後、彼に告げた。「あなたが論敵を求めるのは善いことだ。ある場所で議論の場を設けなさい。」初日、尊者舎利子自ら高座に登り、自らの宗義を立てて彼と議論を交わした。毎日、夕方になるといつも議論を残し、二日、三日、そして七日目まで続いた。諸方の国々に広く知れ渡り、南方にルカヤ派に属し、来世を否定するウダーインという名の、聡明で大いなる知恵を持つ外道がいて、次第に旅を進めてシュラーヴァスティーに至り、舎利子と論点を立てて議論し、すでに七日経っても勝負がついていないことが知られた。無量百千の縁ある衆生が皆雲集し、ある者は歓喜心を発し、ある者は以前からの善根が熟した。尊者舎利子はこう考えた。「私に縁があり、議論を聞いて教化を受ける者は、今皆集まっている。」その時、尊者は言葉と義理を尽くし、総べて大衆のために説いた。その時、外道は信解の心が開け、合掌して立ち上がり、このように言った。「大徳よ、私は善説の法律において出家を求めたいと思います。どうか慈悲をもって私をお救いください。世尊のもとで梵行を勤め修めたいのです。」その時、舎利子は彼の心が至誠であると知り、すぐに出家させ、具足戒を授け、如法に教え授けた。彼は努力し、勇猛心を発して、諸漏を断尽し、阿羅漢果を得た。その会場にいた一切の大衆は、この事を見て皆稀有の思いを生じ、言った。「尊者舎利子はこのように聡明で、高慢な外道を法をもって摧伏し、出家させた。」その時、尊者は大衆を観察し、根機の差別、楽欲の違いに従い、彼らの宿縁に順って法要を説き、聞いた者たち、億万の衆生にそれぞれの証悟を得させた。ある者は預流果を得、ある者は一来、不還を得、ある者は出家して阿羅漢果を得、ある者は三帰依と五学処を受けた。残りの大衆は皆、三宝に深く敬心を起こし、合掌して慇懃に別れを告げて散った。その時、この比丘はこの縁を仏に白した。仏は諸比丘に告げられた。「すべての場所に舎利子がいるわけではない。彼に似た者も求めることはできない。それ故に、私は今、諸比丘がルカヤなどの諸外俗の論を学ぶことを聴許する。」諸比丘は仏世尊が書論を学ぶことを許されたと聞き、無分別に、愚昧の類いも外書を学んだ。仏は言われた。「愚癡で智慧少なく、物事がはっきりしない者に外書を学ばせてはならない。自ら明慧で多聞強識、外道を摧伏できる者だけが、学ぶべきである。」明慧な者たちは外典ばかり学び、善品を修めなかった。仏は言われた。「このように常に外典を学ぶべきではない。」仏は言われた。「三時に分けるべきだ。毎日、二時は仏経を読み、一時は外典を学ぶように。」比丘たちは年や月を三時に分けた。この縁を仏に白した。仏は言われた。「人の命は迅速で、刹那も定まらない。年や月を三時に分けるべきではない。一日を三分に分けるべきだ。」比丘たちは朝に外典を学び、夕方に仏経を読んだ。仏は言われた。「日の初分と中分、後分には仏経を読むように。夜になってから外典を披覧するように。」比丘たちはすぐに一時的に探し読みし、文を誦せず、すぐに忘れてしまった。仏は言われた。「誦すべきである。」彼らは皆、いつ誦すべきかわからなかった。仏は言われた。「昼の三節のように、夜も三時に分けるように。」

緣處同前。時尊者舍利子與二婆羅門子而為出家:一名牛授、二號牛主,二人悉教讀誦經教。後時此二共遊人間,至一聚落多獲利養,便住此村。時彼二人先學婆羅門歌詠聲法,由串習故今時讀誦作本音詞。時彼一人遇病忽然身死,其現存者,既溺憂心,經多廢忘,即便還詣室羅伐城。入逝多林既停息已,便詣尊者憍陳如所,禮敬事畢白言:「尊者!可共溫經。」答曰:「善哉!我為汝誦。」既誦少多,報言:「尊者所誦經典,文皆謬誤、聲韻不長,致有所闕。」答言:「子!我從先來如是習誦。」即便辭禮更別往詣馬勝、跋陀羅、大名、婆澁波、名稱、晡律拏、牛主、毘摩羅、善臂、羅怙羅,既至彼已白言:「尊者!共我溫經。」答曰:「善哉!我為汝誦。」既誦少多,廣如前說乃至辭禮。遂詣尊者舍利子所,既禮敬已白言:「鄔波馱耶!可共溫經。」答曰:「善哉!我為汝誦。」同誦之時長引聲韻,其舍利子聲更倍長,白言:「大師!自餘尊者誦習皆謬,唯獨親教音句無差。」報言:「汝愚癡人自為謬誤,謗餘智者不善誦經,彼諸大德咸非謬誤。」既被挫折默爾無言。時諸苾芻以緣白佛,佛作是念:「苾芻誦經長牽音韻作歌詠聲,有如是過,由是苾芻不應歌詠引聲而誦經法。若苾芻作闡陀聲誦經典者得越法罪。若方國言音須引聲者,作時無犯。」(言闡陀者,謂是婆羅門讀誦之法,長引其聲,以手指點空而為節段,博士先唱諸人隨後)

場所は以前と同じ。その時、尊者舎利子は二人の婆羅門の子を出家させた。一人は牛授、もう一人は牛主という名で、二人とも経典を読誦するように教えた。後にこの二人は共に人里を巡り、ある村に着いて多くの布施を得たので、その村に留まった。彼ら二人は以前に婆羅門の歌詠の方法を学んでいたため、慣れ親しんだせいで今、読誦する時に本来の音調を用いた。そのうち一人が病気にかかり突然亡くなり、生き残った者は悲しみに沈み、経典の多くを忘れてしまった。そこで、すぐに室羅伐城に戻り、逝多林に入って休んだ後、尊者憍陳如のもとを訪れ、礼拝してから言った。「尊者、どうか経典を復習しましょう。」尊者は答えた。「善いだろう。私があなたのために誦しよう。」少し誦した後、彼は言った。「尊者が誦する経典は、文句が間違っており、声の調子が長くなく、欠けているところがあります。」尊者は答えた。「子よ、私は昔からこのように習って誦してきたのだ。」彼はすぐに辞去し、次に馬勝、跋陀羅、大名、婆澁波、名称、晡律拏、牛主、毘摩羅、善臂、羅怙羅のもとを訪れた。それぞれのところで言った。「尊者、どうか私と経典を復習しましょう。」尊者は答えた。「善いだろう。私があなたのために誦しよう。」少し誦した後、先と同じように言われ、結局辞去した。そして尊者舎利子のもとに赴き、礼拝してから言った。「和尚様、どうか経典を復習しましょう。」答えた。「善いだろう。私があなたのために誦しよう。」共に誦する時、長く声を引いて調子をとったが、舎利子の声はさらに倍も長かった。彼は言った。「大師、他の尊者たちの誦習は皆間違っています。ただ和尚様だけが音句に誤りがありません。」舎利子は言った。「お前は愚か者だ。自分が間違っているのに、他の智者を謗り、よく誦していないと言う。あの諸大徳は皆、間違ってなどいない。」彼は打ちのめされ、黙って何も言えなかった。その時、比丘たちはこのことを仏に告げた。仏はこう考えられた。「比丘が経典を誦する時、長く音韻を引いて歌詠のようにするのは、このような過ちがある。よって比丘は歌詠のように声を引いて経法を誦すべきではない。もし比丘が闡陀の声で経典を誦すならば、越法罪を得る。ただし、地方の言葉で声を引く必要がある場合は、そのようにしても犯さない。」(闡陀というのは、婆羅門の読誦の方法であり、長くその声を引き、指で空中を打って節をつける。博士が先に唱え、他の人々が後に続く)

根本說一切有部毘奈耶雜事卷第六

根本説一切有部毘奈耶雑事 巻第六


第五
第七

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