重刊緇門警訓序
一性圓明人人具足。瞥然妄念遽爾輪迴。大哀曠濟拔滯溺之沈流。方便多門俾脩為以復厥性。然必志至焉。氣次焉。弗能以志帥氣者。往往陷於過差之地。而不反。由是而有具大根器。乘本願輪。滅却正法眼藏者。出而為惡辣鉗鎚嗔拳熱喝。若迅雷疾霆之弗及掩耳。以烹鍊之以鈞陶之。以掀翻而擴徹之。以至或為法語。為小參。為示眾。為警策。為訓誡。為箴銘。以激厲之。以鞭辟之。以獎拔之。以化導而誘引之。噫弘法願重愍物情深。緇門警訓一書之所以會萃成編者。豈徒然哉。乃若大明麗天。等受厥照。膜翳在眼。妄生疑端。則又錯綜。
一つの本性は円満に明らかで、全ての人に具わっている。しかし、ふと妄想の念が起こると、たちまち輪廻に陥る。大いなる慈悲は広く救済し、苦しみに沈む迷いの流れから引き上げる。方便は多くの門があり、修行によってその本性を回復させる。しかし、必ず意志を最優先し、気はそれに従わねばならない。意志で気を統率できない者は、しばしば過ちの境地に陥り、戻れなくなる。ここにおいて、大いなる器を持つ者、本願の輪に乗る者、正法眼蔵を滅却した者が現れ、あらゆる手段を用いる。毒舌や拳、熱喝で、迅雷や疾風が耳を覆う暇もないかのように、鍛え上げたり、陶冶したり、覆して拡げ徹したりする。あるいは法語となり、小参となり、示衆、警策、訓誡、箴銘となる。励まし、鞭打ち、褒めて引き上げ、教化して導き誘う。ああ、弘法の願い重く、衆生を慈しむ心深い。『緇門警訓』一書がこうして集大成されたのは、決して無意味ではない。例えば、大いなる太陽が空にかかり、すべてを等しく照らすが、目に膜が張っていれば、疑いを起こすように、微細な意味を錯綜させて示すのである。
金輪世主之公論。先哲儒宗之偈讚。於其中焉。或者以為直指單傳掃空文字。有所立言悖違宗旨。必告之曰。神機活脫石火電光。殺活縱擒不涉功用。斯惟直接上根。中下之流不堪覷著。眷彼雜花四法界內。終之以事事無礙。明其不捨一法。而無適不可者。豈殆所謂理悟則一事修無窮。而顯權宜機應者之準繩也歟。嘉禾巹禪人刊行是書。將使人人因言以見事。因事以見理因理以見心。因心以見性。而復厥本有自然之天。與夫因指以見月。因月以忘指。因忘以忘月。而忘厥所忘之忘者。同出而異名。此又事理互融。空有絕待。心佛眾生三無差別者之剩語也。尚何警訓之有哉。尚何警訓之有哉。
金輪の世主の公論、先哲儒宗の偈讃、その中にあって、ある者は「直指単伝、文字を掃空す」と説き、自らの言葉を立てることが宗旨に悖るとする。必ず彼らに告げて言うべきである。「神機活脱は石火電光のごとく、殺活縱擒は功用に渉らず。これはもっぱら上根を直接するものであり、中下の流れは覗き見るに堪えない」。あの『雑華経』の四法界の中でも、ついに事事無礙をもって、一法をも捨てず、しかも適しないものなしとする道理を明らかにしている。これはすなわち、理を悟れば一事の修習は窮まりなく、権宜の機に応ずる者の準繩を示すものと言えるのではないか。嘉禾の巹禅人はこの書を刊行し、人々に、言葉によって事を見、事によって理を見、理によって心を見、心によって性を見、そして本来有する自然の天に復帰せしめようとする。これは指によって月を見、月によって指を忘れ、忘れることによって月を忘れ、そして忘れた所の忘れを忘れることと、出ずるを同じくして名を異にするものである。これはまた事理互いに融け、空有絶待し、心と仏と衆生、三つに差別なしとする、余分な言葉にすぎない。何の警訓があろうか。何の警訓があろうか。
成化六年歲次庚寅春三月朔武林清平山空谷沙門景隆序