No. 585-A
No. 585-A
記。讀教自以記遺忘,非謂傳乎人也。嘉定初,在佛隴,方草創,已有傳之者矣。東山、南湖,傳之者又多。晚在天竺,隨講修飾,於經疏重言諸師異同,則刪去。學者有請鋟木以正舊傳,何如?曰:可傳乎?
記す。読むことは、自らが忘れないようにするためのものであり、他に伝えるためのものではない。嘉定の初め、仏隴にいたとき、ようやく草稿を起こしたが、すでにこれを伝える者がいた。東山や南湖では、伝える者がさらに多かった。晩年、天竺において、講じるたびに修正を加え、経疏の重言や諸師の異同については削除した。学ぶ者たちが「古い伝本を正すために木版に刻んで刊行してはどうか」と請うた。どうであろうか。曰く、「伝えるに足るであろうか」と。
寶祐四年春甲子天台晦巖法照No. 585
宝祐四年春、甲子の日、天台晦巖法照
法華三大部讀教記
『法華三大部読教記』