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  1. 三宝感応要略録 (三寶感應要略錄)
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三宝感応要略録 (三寶感應要略錄)


第一優填王波斯匿王釋迦金木像感應(出阿含觀佛造像遊歷記律。及西國傳誌誥等)

第一優填王と波斯匿王の釈迦金木像の感応

釋迦牟尼如來成道八年。思報母摩耶恩。從祇洹寺起。往忉利天。於善法堂中金石之上。結跏趺坐。爾時摩耶。出兩道乳。潤世尊唇。示親子緣。佛為說法。是時人間四眾。不見如來。渴仰憂愁。如喪父母。如箭入心。共往世尊所住處。園林庭宇。悉空無佛。倍加悲戀。不能自止。問阿難言。如來今日竟為所在。阿難報曰。我亦不知。二王思都如來。遂得苦患。爾時優填王。勅國界內諸奇巧師匠。而告之曰。我今欲作佛像。巧匠白王言。我等不能作佛妙相。假使毘首羯摩天。而有所作。亦不能得似於如來。我若受命者。但可摸擬螺髻玉毫少分之相。諸餘相好光明威德難及。誰能作耶。世尊來會之時所造形像。若有戲誤。我等名稱普並皆退失。竊共籌量。無能敢作。復白王言。今造像應用純紫栴檀之木。文理體質堅密之者。但其形相。為座為立。高下若何。王以此語問臣。智臣白王言。當作坐像。一切諸佛。得大菩提。轉正法輪。現大神變。作大佛事。皆悉坐故。應作坐師子座結跏趺坐之像。時毘首羯摩。變身為匠。持諸刻器。到於城門白言。我今欲為大王造像。王心大喜。與主藏臣。於內藏中。選擇香木。肩荷負持。與天匠而謂之言。仁為造像。令與如來形相似。時大目連。請佛神力。往令圖相。還返操斧破木。其聲上徹忉利天。至佛會所。以佛力聲所及處。眾生聞者。罪垢皆得消除。盲者得眼。聾者能聞。啞者能言。醜者端正。貧者得福。乃至三途離苦得樂。一切未曾有益。皆悉現起。是時天匠。不日而成。高七尺。或云五尺。機見不同。面及手足。皆紫金色。王見相好。心生淨信。得柔順忍。業障煩惱並消除。唯除曾於聖人起惡語業。是時波斯匿王。復召國中巧匠。欲造佛像。而生此念。如來形體。莫如真金。即純以紫摩金。而作高五尺。爾時閻浮之內。始此二如來像。爾時如來。過夏經九十日已。告四眾言。却後七日。當下至閻浮提僧伽尸國大池水測。時天帝告自在天。從須彌頂至池水。作三徑路。金銀水精。或時地作。或淨居天作也。是時如來踏金道。時五王往詣佛所。迦尸國波斯匿王。拔嗟國優填王。五都人民之主惡生王。南海主優陀延王。摩訶陀國瓶沙王。頭面禮足。爾時優填王。頂戴佛像。并諸上供珍異之至佛所。而一奉獻佛。時木像從座而起。如生佛足步虛空。足下雨華。放光明來迎世尊。合掌叉手。為佛作禮少似於佛。而說偈言。佛在忉利天。為母說法時。大工造像聲。遠聞善法堂。三十三天眾。同音皆隨喜。未來世造像。獲無量勝福。爾時世尊。亦復長跪合掌向像。於虛空中。百千化佛。亦皆合掌。其像躬低頭。世尊親為摩頂授記曰。吾滅後一千年外。當於此土為人天作大饒益。我諸弟子。以付屬汝。若有眾生。於佛滅後造像。幡華眾香持用供養。是人來世。必得見佛。出生死苦。爾時優填王。白世尊言。前佛滅度造像者。猶在世不。佛言。我以佛眼普見十方。前佛滅度後造像者。皆生十方佛前。無有一人猶在生死。但造菩薩像者。故留在世。瓶沙王是也。爾時木像。白生佛言。世尊前進。可入精舍。世尊亦語像言。止止不須說。我緣將盡。入滅不久。汝在世間。久利眾生。在前而入滅。若在後者。人生輕慢。再三往復。其像進却還本位。於是世尊自移於寺邊小精舍之內。與像異處。相去二十步。優填王。歡喜不能自勝。於時五王白世尊曰。當云何造立神寺。爾時世尊申右手。從地中出迦葉佛寺。以此為法。時五王即於彼處。起大神寺。安置其像而去云云。

釈迦牟尼如来が悟りを開かれて八年が過ぎた頃、母である摩耶夫人の恩に報いようと思い立ち、祇園精舎を出て、忉利天へと向かわれました。善法堂の金石の上に結跏趺坐し、その時、摩耶夫人は両方の乳房から乳を出され、世尊の唇を潤し、母と子の縁を示されました。仏は彼女のために説法をされました。

一方、地上では四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)が如来の姿を見られず、慕い悲しみ、父母を失ったかのように、矢が心に刺さるような思いで、世尊の住んでおられた園林や庭宇へと集まりました。しかし、そこには仏の姿はなく、皆、一層の悲しみと恋慕の念にかられ、どうすることもできませんでした。彼らは阿難尊者に尋ねました。「如来様は今日、一体どこにおられるのですか」阿難は答えました。「私も存じ上げません」

二人の王(優填王と波斯匿王)は如来を慕うあまり、ついに苦悩の病にかかってしまいました。その時、優填王は国中の優れた工匠たちを呼び集め、こう告げました。「私は今、仏像を造りたいと思う」工匠たちは王に申し上げました。「私どもには、仏の妙なるお姿を造ることはできません。仮に毘首羯摩天(工匠の神)が何かを作られたとしても、如来様に似せることはできないでしょう。もしお命じになるなら、螺髻(渦巻き状の髪)や玉毫(眉間の白毫)のわずかな相を模すことはできても、その他の相好光明や威徳は及びもつかず、誰が造ることができましょうか。世尊がお戻りになった時、造った形像に誤りがあれば、我々の名声は全て失われてしまいます。ひそかに相談しましたが、敢えて造れる者はいません」

さらに王に申し上げました。「今、像を造るには、純粋な紫栴檀の木で、木目が細かく堅いものを用いるべきです。しかし、そのお姿は坐像とすべきか立像とすべきか、また高さはどれほどにすべきでしょうか」王はこの言葉を賢明な臣下に問いました。智臣は王に申し上げました。「坐像とすべきです。一切の諸仏は、大菩提を得られ、正法の輪を転じ、大いなる神変を現じ、大いなる仏事をなさる時、皆、坐しておられます。だから、獅子座に結跏趺坐されたお姿の像を造るべきです」

その時、工匠の神・毘首羯摩が匠の姿に変身し、彫刻の道具を持って城門に来て言いました。「私は今、大王のために像を造りたいと思います」王は大いに喜び、蔵の管理官と共に内蔵から香木を選び、肩に担いで天の工匠のもとに運び、こう言いました。「どうか、如来様の御姿に似せて像を造ってください」

その時、大目連尊者は仏の神力によって、忉利天へ行って仏のお姿を心に描き、戻ってきました。そして斧を振るって木を割る音が、忉利天の仏の説法会場まで響き渡りました。仏の力によってその音が届くところでは、衆生がそれを聞き、罪のけがれは全て消え去り、盲目の者は目が見え、耳の聞こえない者は聞こえ、口の利けない者は話せるようになり、醜い者は端正になり、貧しい者は福を得、さらには三悪道の苦しみから離れて楽を受けるなど、一切の未曾有の利益が現れ起こりました。

天の工匠は、わずか一日で像を完成させました。高さは七尺(一説には五尺)で、見る者によって感じ方は異なりました。顔や手足は皆、紫金色に輝いていました。王はその相好を見て、心に清らかな信を起こし、柔順忍(悟りに至る一境地)を得、業障と煩悩は消え去りました。ただ、かつて聖人に対して悪口を言った業だけは残りました。

その時、波斯匿王もまた国中の巧みな工匠を呼び集め、像を造ろうと思い立ちました。そしてこう考えました。「如来の御身体は、真金に勝るものはない」 そこで純粋な紫磨金を用いて、高さ五尺の像を造りました。こうして閻浮提(人間世界)に、初めて二体の如来像が誕生したのでした。

さて、如来は夏安居(雨期の修行期間)を九十日過ごされた後、四衆に告げられました。「七日後、私は閻浮提の僧伽尸国にある大池のほとりに降りていこう」 その時、天帝釈は自在天に告げ、須弥山の頂上からその池のほとりまで、三つの道(金・銀・水晶)を作らせました。これは地の神が作ったとも、あるいは浄居天が作ったとも言われます。

如来が金の道を歩まれる時、五人の王が仏のもとを訪れました。迦尸国の波斯匿王、拔嗟国の優填王、五都の人民の主である悪生王、南海の主である優陀延王、摩訶陀国の瓶沙王です。彼らは頭面礼足(頭を地につけて足を礼拝)しました。

その時、優填王は木像を頂戴し、様々な上等な供物や珍しい品々を持って仏のもとに参り、一つにまとめて仏に奉りました。すると木像が座から立ち上がり、生きた仏のように虚空を歩み、足元から華を降らせ、光明を放ちながら世尊を迎えに来て、合掌し、叉手(指を組み合わせる礼)して仏に礼拝しました。それは少し仏に似た所作で、次の偈を説きました。

「仏が忉利天にて 母のために説法する時 大工の造像の音 遠く善法堂に聞こえ 三十三天の衆 共に声を合わせて随喜す 未来世に像を造る者は 無量の勝れる福を得ん」

その時、世尊もまた長跪(ひざまずき)して合掌し、像に向かわれました。虚空には百千の化仏も現れ、皆、合掌しました。その像は自ら頭を低く垂れ、世尊は自らその頂を摩(な)でて授記(未来の成仏の約束)を与えられました。

「我が滅後一千年を過ぎて この土地において人天のために大いなる利益を与えよ 我が諸弟子を汝に付属する もし仏滅後に衆生が像を造り 幡や華、種々の香を持って供養するならば その人は来世、必ず仏に会い 生死の苦から出ることができるであろう」

その時、優填王は世尊に申し上げました。「過去の仏が滅度された後に像を造った者は、まだこの世にいるのでしょうか」 仏は答えられました。「私は仏眼をもって十方を普く見るが、過去仏滅度後に像を造った者は、皆、十方の仏の前に生まれている。一人としてまだ生死の中に留まっている者はない。ただ、菩薩像を造った者は、例外的にこの世に留まっている。瓶沙王がそれである」

その時、木像が生身の仏に申し上げました。「世尊、どうぞ先にお進みください。精舎にお入りください」 世尊も像に言われました。「止まれ、止まれ。言うには及ばない。私の縁は尽きようとしており、まもなく入滅する。汝はこの世間において、長く衆生を利益せよ。私が先に入滅すれば、後に残る者が軽んじられるだろう」 三度往復した後、その像は進み出て、また元の位に戻りました。

そこで世尊は自ら寺の辺りの小さな精舎に移られ、像とは別の場所、二十歩ほど離れた所におられました。優填王は、喜びに堪えませんでした。

その時、五人の王が世尊に申し上げました。「どのようにして神寺(仏寺)を建立すべきでしょうか」 その時、世尊は右手を伸ばされ、地中から迦葉仏の寺を出現させ、これを手本とされました。五人の王は即座にその場所に大いなる神寺を建立し、その像を安置して去ったということです。


卷上目錄
2 影勝大王畫釋迦像感應

CBETA コード: T2084

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