第五造釋迦像死從閻羅王宮被還感應(出傳)
第五の釈迦像造立による死からの蘇生と閻魔大王宮からの帰還の霊験
凝觀寺僧法慶。開皇三年。造夾紵釋迦立像一軀。舉高一丈六尺。像功未畢。慶身遂卒。其日又有寶昌寺僧大智。死後經三日。亦便蘇活。遂向寺僧說云。於閻羅王前。見僧法慶有憂色。少時之間。又見像來。王前遽來。下階合掌禮拜此像。像謂王曰。法慶造我。今未畢。奈何令死。王自顧問一人曰。法慶令死未。答命未合終。而食斷已盡。王曰。可給荷葉。命終其福業也。俄而不見。大智蘇活。為寺僧說之。乃今於凝觀寺看之。須臾之間。遂法慶蘇活。所說與大智不殊。法慶蘇後。常食荷葉。以為佳味。及噉餘食終不得。下像之後數年乃卒。其像儀相圓滿。屢放光明。此寺雖廢。其像現存云云。
凝観寺の僧、法慶は、開皇三年に漆を塗り固めた釈迦如来の立像一体を造り始めました。像の高さは一丈六尺に及びますが、その功業が未だ完成しないうちに、法慶は亡くなってしまいました。
その同じ日、宝昌寺の僧である大智も亡くなりましたが、三日後に息を吹き返しました。彼は寺の僧たちにこう語りました。 「閻魔大王の御前で、僧の法慶が憂い顔をしているのを見ました。しばらくすると、その立像がやって来て、王の前で急ぎ階段を下り、合掌してこの像を礼拝したのです。 像が王に申しました。『法慶は私を造っているが、まだ完成していない。どうして彼を死なせてしまうのか』 王は傍らにいる者を振り返り尋ねました。『法慶を死なせる時か』 答えて言いました。『寿命はまだ尽きておりませんが、食べ物の分はすでに尽きております』 王は言いました。『では、蓮の葉を与えるがよい。その福徳の業によって命を全うさせよ』 すると、たちまちその光景は消え去りました」
大智が蘇り、寺の僧たちにこのことを語ったので、人々は急いで凝観寺へと向かいました。すると間もなく、法慶もまた息を吹き返したのです。彼の語る内容は、大智の話と少しも違っていませんでした。
法慶が蘇った後、彼は常に蓮の葉を食べ、それを美味としました。他の食べ物を口にしても、とうとう飲み下すことができませんでした。立像が完成してから数年後、彼は亡くなりました。
その像は姿形が円満で、幾度も光明を放ったといいます。この寺は今は廃れていますが、その像は現在も存在しているということです。