第一大意者,夫巍巍佛智,推甚深無量於一宗之考;蕩蕩慧門,告難解難入於三乘之息。是以五甚深海,騏驎牢窮其底;八甚高峯,鳳凰難翔其頂。是故無問春雷,振四種法響於三乘之蟄;自說秋龍,灑七成甘雨於七權之魚。十如帝網,籠十界而重重;一乘頗梨,亘十剎隱隱。久後密唱,繫圓珠於五千衣裏;要當顯談,駕寶車於一大白牛。淺智千二,起疑念而迷所趣;深智一子,宣未了而問進退。能仁三止,沙汰五千;鶖子三請,精進十信。是以枝葉糟糠,忘繫珠而退法座;真實普機,懷信財而住會席。於是赫赫法王,喻曇華而勸信;明明智行,作蓮華而發歡。是以一大金烏,照五姓而輝輝;四一銀㝹,臨七人而皎皎。豈謂焦種趣寂,值法雨而更萌佛芽;畢死闡提,服妙藥而復甦後生。教經義緯,織成行錦於五佛機智;針行線縫,飾果繡於三世帳。諸佛本懷,皆圓此部;出世大意,悉滿此章。破執而決疑,法華最第一;開迷而照覺,誰敢爭斯典哉!文約義豐,理深行普矣。勝可謂不思議妙法,難測量法門矣。此品大意,蓋如是歟!
第一に大意について述べる。巍々たる仏の智慧は、一宗の教えを極めた深遠無量のもの。蕩々たる慧の門は、三乗の者が悟りがたく入りがたいと告げる。ゆえに五つの甚深の海は、麒麟さえも底を極めることが難しく、八つの高き峰は、鳳凰もその頂に飛び立つのが難しい。それゆえ、問う者もないのに春雷が轟くように、四種の法の響きを三乗の眠れる者たちに振るい、自ら説かれた秋の龍が、七種の甘雨を七権の者たちに注ぐように、法が説かれる。十如の帝網は十界を幾重にも包み、一乗の玻璃は十方の世界に隠れつつも広がる。久しく後に密かに唱えられ、五千人の衣の裡に円珠を結び、肝要な時に顕かに説き、大白牛に乗った宝車を進める。浅智の千二百人は疑念を起こして進むべき道に迷い、深智の一子は未だ尽きぬことを宣べ、進退を問う。能仁は三度の制止を行って五千人を退け、鶖子は三度の請願によって十信を精進する。このゆえに、枝葉や糟糠のような者は、宝珠を忘れて法座を退き、真実なる普機の者は、信の財を心に抱いて会席に留まる。かくして赫々たる法王は、曇華に譬えて信を勧め、明々たる智行は、蓮華を作して歓喜を発する。ゆえに一つの大いなる金烏は、五姓を照らして輝き、四一の銀兎は、七人のもとに臨んで皎々と輝く。まさに焦種や趣寂の者が、法の雨に値って再び仏の芽を萌し、畢死の闡提が妙薬を服して後生に蘇ることを、どうして言えようか。教経・義緯は、五仏の機智において行の錦を織り成し、針行・線縫は、三世の帳において果の繍を飾る。諸仏の本懐は、すべてこの経典に円く収まり、出世の大意は、ことごとくこの章に満ちている。執着を破って疑いを断つこと、法華経が最も第一である。迷いを開いて覚りを照らすこと、誰がよくこの経典に争えようか。文は簡約で義は豊か、理は深く行は普く広がる。この勝れたるは、まことに不可思議なる妙法、測り難き法門というべきである。この品の大意は、おおよそこのようなものである。