法華私記緣起
法華私記縁起
沙門灌頂述
沙門灌頂述
大法東漸,《僧史》所載,詎有幾人不曾聽講,自解佛乘者乎?縱令發悟,復能入定得陀羅尼者不?縱具定慧,復帝京弘二法不?縱令盛席,謝遣徒眾隱居山谷不?縱避世守玄,被徵為二國師不?縱帝者所尊,太極對御講《仁王般若》不?縱正殿宣揚,為主上三禮不?縱令萬乘屈膝,百高座百官稱美讚歎,彈指喧殿不?縱道俗顒顒,玄悟《法華》圓意不?縱得經意,能無文字,以樂說辯,晝夜流瀉不?唯我智者,具諸功德。
大法が東へ伝わって以来、『僧史』に記されているところによれば、いったい何人、講義を聞かずに独りで仏乗を理解した者がいるでしょうか。たとえ発悟したとしても、さらに定に入り陀羅尼を得た者がいるでしょうか。たとえ定と慧を具えていても、さらに帝都で二つの法を広めた者がいるでしょうか。たとえ盛大な法席を設けても、徒弟たちに暇を告げて山中に隠居した者がいるでしょうか。たとえ世を避けて玄理を守っていても、二国の国師として招かれた者がいるでしょうか。たとえ帝王に尊ばれても、太極殿で天子に対し『仁王般若経』を講じた者がいるでしょうか。たとえ正殿で宣揚しても、主上から三度の礼を受けた者がいるでしょうか。たとえ万乗の君が膝を屈し、百高座や百官が称美讃嘆し、殿中で指を鳴らすほどの喝采を浴びた者がいるでしょうか。たとえ道俗が仰ぎ慕う中で、『法華経』の円意を玄悟した者がいるでしょうか。たとえ経の意を得て、文字に頼らず、楽説の弁によって昼夜流れ出るように説いた者がいるでしょうか。ただ私、智顗だけが、これらのすべての功徳を具えています。
幸哉灌頂,昔於建業,始聽經文;次在江陵,奉蒙玄義;晚還台嶺,仍值鶴林。荊揚往復,途將萬里,前後補接,纔聞一遍。非但未聞不聞,亦乃聞者未了,卷舒鑽仰,彌覺堅高,猶恨緣淺,不再不三,諮詢無地,如犢思乳。並復惟念:斯言若墜,將來可悲。《涅槃》明若樹若石,今經稱若田若里,聿遵聖典,書而傳之,《玄》、《文》各十卷。或以經論誠言,符此深妙;或標諸師異解,驗彼非圓。後代行者,知甘露門之在茲。
このたび灌頂を受ける幸せに浴し、昔、建業において初めて経文を聴聞し、次いで江陵において玄義の教えを頂戴した。後には台嶺に帰り、そこで鶴林の教えに遇うことができた。荊州と揚州を往復すること、その道のりはほぼ万里に及び、前後して教えを継ぎ足すようにして、ようやく一度だけ教えを聴くことができたのである。
ただ未聞の教えを聞けなかったばかりか、聞いたとしても理解が及ばず、経巻を開いたり閉じたりしながら仰ぎ見るうちに、その教えの高く厚いことにますます気づかされた。縁が浅かったことを恨み、二度も三度も教えを乞うことができず、尋ねる場もないまま、子牛が乳を思うように教えを慕った。
さらに思うに、この教えがもし失われてしまえば、後の世の人々にとって悲しむべきことであろう。『涅槃経』には「樹や石にさえも」と説かれ、今の経典には「田や里にさえも」と称されている。聖典に従い、書き留めて伝えようと、『玄』と『文』を各十巻とした。
あるいは経論の誠実な言葉をもって、この深妙な教えに符合させ、あるいは諸師の異なる解釈を示して、それらが円満ではないことを証した。後の世の修行者よ、甘露の門がここにあることを知るがよい。