新編教藏總錄流衍序
新編教蔵総録流衍序
夫明月之珠。焰光之璧。納櫃而弗庸。則有那益乎哉。宓惟。義天姓王氏。高麗國。文宗仁孝王第四之子也。出家封祐世僧統。元祐初。入中華而上表。請傳賢首教。迺勅而見許。肇往四明。事智師慈辨。而受天台教觀。趨至靈芝。拜大智元照。而學律藏。從晉水淨源。而聞賢首宗乘。亦遭圓照宗本禪師。而問宗義大旨。曲如僧傳等。厥雷聲震于支那。動三韓矣。五千四十八卷。歠一口而不足。亦復搜索章疏教迹。歷二十年。而隨所獲編次。以作三卷。目新編諸宗教藏總錄也。斯錄漸于本朝。垂于六百載。虛藏叢林。而使為蟲蠹之宅。頃日井上氏直屈起鏤梓。以欲流衍天下。余於茲甜其志。而俱出腕頭之力。的策此之懈。云詎不急務諸。
明月の珠、光り輝く宝玉も、箱に納めて使わなければ、何の役に立つでしょう。さて、義天は姓を王といい、高麗国の文宗仁孝王の第四子として生まれました。出家して祐世僧統に封ぜられ、元祐の初めに中国に入り、上表して賢首教の伝授を請い、勅許を得ました。まず四明に赴き、智師慈辨に師事して天台教観を受け、次に霊芝に至り、大智元照に拝して律蔵を学び、晋水浄源に従って賢首宗乗を聞き、また円照宗本禅師に遭って宗義の大旨を問いました。その詳細は僧伝などに記されています。その名声は中国に響き渡り、三韓にまで及びました。五千四十八巻の経典も、一口に飲み込むには足りず、さらに章疏や教迹を探し求め、二十年の歳月をかけて得たものを編次し、三巻の『新編諸宗教蔵総録』を作り上げました。この録は我が国に伝わり、六百年の時を経て、蔵書庫に眠り、虫食いの住処となるに至りました。近ごろ井上氏が直ちに版を起こし、天下に広めようとしています。私はここにその志を喜び、共に力を尽くしてこの怠りを正すことは、まさに急務であると言えましょう。
時元祿歲次癸酉蒲月既望毘盧正宗西湖比丘白玄天龍書于三學山草堂
時は元禄の歳、癸酉の年、蒲月既望の日。 毘盧正宗、西湖の比丘、白玄天龍、 三學山の草堂にて記す。