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title: "法集要頌經 · 23 己身品"
description: "法集要頌經是北宋時期天息災翻譯的一部佛教典籍，其內容源自印度論師法救所編的梵文原典《法句經》。該經以偈頌形式彙集了佛陀教法的核心要義，涵蓋無常、因果、戒定慧等關鍵教理，結構緊湊且便於持誦。作為佛教基礎教義的濃縮呈現，它在漢傳佛教中具有重要地位，既是初學者的入門指南，也是修行者的實踐依據，對佛教思想傳播與經典研究均有深遠影響。"
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### 法集要頌經己身品第二十三

> 法集要頌経 己身品第二十三

常習善語言， 沙門思坐起，一坐而所樂， 欲求於息心。一坐而一臥， 獨步而無伴，當自降伏心， 自樂居山林。千千而為敵， 一夫能勝之，莫若自伏心， 便為戰中勝。自勝而為上， 如彼眾生心，自降為大士， 眾行則具足。非天彥達嚩， 非魔及梵天，棄勝最為上， 如智慧苾芻。先自而正己， 然後正他人，若自而正者， 乃謂之上士。先自而正己， 然後正他人，若自而正者， 不侵名真智。當自而修剋， 隨其教訓之，己不被教訓， 焉能教訓他？

> 常に善い言葉を習慣とし、修行者は坐ることや立つことを考える。 一つの坐に喜びを見いだし、心を静めることを求める。 一つの坐、一つの臥、一人で歩み、伴はない。 自ら心を調え、山林に住むことを楽しむ。 千千の敵も、一人の者が勝つことができる。 しかし、自ら心を伏せることには及ばない。それが戦いの中の勝利である。 自らに勝つことが最上である。あの衆生の心のように。 自らを調える者は大士であり、すべての修行が満ち足りる。 天でもなく、彦達嚩でもなく、魔でも梵天でもない。 勝利を捨てることが最も尊い。智慧ある比丘のように。 まず自らを正し、その後で他人を正す。 もし自らを正すならば、それは上士と呼ばれる。 まず自らを正し、その後で他人を正す。 もし自らを正すならば、侵すことがなく、真の智慧と名づけられる。 自ら修行に励み、その教えに従うべきである。 自分が教えられなければ、どうして他人を教えることができようか。

念自而修剋， 使彼而信解，我己意專心， 智者所習學。為己或為彼， 多有不成就，其有學此者， 自正兼訓彼。身全得存道， 爾時豈容彼？己以被降伏， 智者演其義。自己心為師， 不隨他為師，自己為師者， 獲真智人法。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 得譽獲利樂。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 獲智為天人。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 久受生天樂。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 親族中最勝。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 煩惱中無憂。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 斷除一切縛。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 能破諸惡趣。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 長作真智師。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 解脫一切苦。自己心為師， 不依他為師，自己為師者， 速證圓寂果。

> 自分自身を師として修行すれば、他の人も信じ理解するようになる。 私は自分の心を専一にして、智者が学ぶ道を学ぶ。 自分のためであれ他人のためであれ、多くは成し遂げられない。 これを学ぶ人は、自分を正し、また他人も導く。 自ら道を全うできてこそ、その時どうして他人を助けられようか。 まず自分が調えられてこそ、智者はその意味を説く。 自分の心を師とし、他人を師としない。 自分を師とする人は、真の智慧ある人の法を得る。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、名誉を得て利益と安楽を得る。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、智慧を得て天人となる。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、長く天上の楽しみを受ける。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、親族の中で最も優れる。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、煩悩の中でも憂いがない。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、一切の束縛を断ち切る。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、もろもろの悪趣を打ち破る。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、常に真の智慧の師となる。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、一切の苦から解脱する。 自分の心を師とし、他人に頼らない。 自分を師とする人は、速やかに円寂の果を証する。

## 法集要頌經卷第二

> 法集要頌経 巻第二