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法集要頌経 (法集要頌經)

「法集要頌經」について

宋 · 法救集 著 · 底本の訳者:天息災

2.0 万字 · 約 66 分

法集要頌経は、北宋の時代に天息災によって翻訳された仏教典籍であり、その内容はインドの論師・法救が編纂したサンスクリット原典『法句経』に由来します。この経典は偈頌の形式で仏陀の教えの核心を集約し、無常、因果、戒・定・慧などの重要な教理を網羅しています。その構成は簡潔で、唱えやすくまとめられています。仏教の基礎教義を凝縮して示すものとして、漢伝仏教において重要な位置を占めており、初心者にとっては入門の手引きとなり、修行者にとっては実践のよりどころとなります。仏教思想の普及と経典研究に対し、深遠な影響を与えてきました。


法集要頌經有為品第一

法集要頌経 有為品 第一

尊者法救集

尊者法救集

西天中印度惹爛駄囉國密林寺三藏明教大師賜紫沙門臣天息災奉 詔譯

西天中インド・ジャランダラ国密林寺の三蔵明教大師、紫衣を賜る沙門、臣

能覺悟煩惱, 宜發歡喜心,
今聽我所集, 佛所宣法頌。
如是佛世尊, 一切智中師,
慈悲為有情, 廣說真實語。

煩悩に気づき悟ることができるならば、 喜びの心を起こすのがよいでしょう。 さあ、私が集めたものを聞きなさい。 仏が説かれた法の偈(うた)を。

このように、仏・世尊は、 すべてを知る者たちの師として、 慈悲の心で生きとし生けるもののために、 広く真実の言葉を説かれたのです。

一切行非常, 皆是興衰法,
夫生輒還終, 寂滅最安樂。
如燭熾焰時, 擲物在暗處,
不使智燈尋, 恒為煩惱覆。
人身有形器, 棄散在諸方,
骸骨如鴿色, 觀斯有何樂?
譬如人初夜, 識託住母胎,
日涉多遷變, 逝而定不還。
晨朝覩好事, 夜至則不現,
昨所瞻視者, 今夕則或無。
榮富焰熾盛, 無常無時節,
不揀擇貴賤, 常被死王降。
或有在胎殞, 或初誕亦亡,
盛壯不免死, 老耄甘心受。
若老或少年, 及與中年者,
恒被死來侵, 云何不懷怖?
命如菓自熟, 常恐會零落,
生已必有終, 誰能免斯者?
譬如陶家師, 埏埴作坏器,
諸有悉破壞, 人命亦如是。
如人彈琴瑟, 具足眾妙音,
絃斷無少聲, 人命亦如是。
如囚被繫縛, 拘牽詣都市,
動則向死路, 壽命亦如是。
如河急駛流, 往而悉不還,
人生亦如是, 逝者皆不迴。
諸患集成身, 生多眾苦惱,
人命亦如是, 為老死所伺。
所造成功勞, 永世獲安樂,
如杖擊急水, 暫開還却合。
如人操杖行, 牧牛飲飼者,
人命亦如是, 亦即養命去。
夫人欲立德, 晝夜勿空過,
既獲得人身, 一心思命盡。
不寐覺夜長, 疲倦道路長,
愚迷生死長, 希聞於妙法。
有子兼有財, 慳惜遇散壞,
愚夫不自觀, 何恃有財子?
百千非算數, 族姓富男女,
積聚多財產, 無不皆衰滅。
富貴非聖財, 恒為無常伺,
猶如盲眼人, 不能自觀察。
聚集還散壞, 崇高必墜落,
生者皆盡終, 有情亦如是。
行惡入地獄, 修善則生天,
若能修善者, 漏盡得涅槃。

すべての営みは永遠ならず、すべては生まれては滅びる法である。 生まれたものは必ず終わりを迎え、静まり滅した境地こそが最も安らかである。 ろうそくが勢いよく燃える時、暗がりに物を投げ入れても、 智慧の灯が探し求めなければ、常に煩悩に覆われている。 人の身体は形ある器のようなもの、四方に捨て散らされ、 骨は鳩の色をしている。これを観て何の楽しみがあろうか? 例えば人が夜はじめに、識を宿して母胎に宿るとして、 日を経るごとに多くの移り変わりがあり、過ぎ去って決して戻らない。 朝に良い事を目にしても、夜になれば現れず、 昨日見つめていたものも、今夜にはあるいは無い。 繁栄や富は炎が盛んに燃え上がるが如く、無常には時節がない。 貴賤を選り好みせず、常に死王に屈服させられる。 ある者は胎内で命を落とし、あるいは生まれてすぐに亡くなる。 壮年でも死を免れず、老いて衰えれば甘んじて受け入れる。 老いた者も若者も、そして中年の者も、 常に死に侵されるというのに、どうして恐れないでいられようか? 命は果実が自然に熟すようなもの、常に落ちるのを恐れる。 生まれた以上必ず終わりがある、誰がこれを免れることができよう? 例えば陶工が、粘土をこねて土器を作るように、 すべてのものは壊れる定め、人の命もまた同じである。 例えば人が琴や瑟を弾くとき、様々な妙音を備えていても、 弦が切れればわずかな音もない、人の命もまた同じである。 例えば囚人が縛られ、引かれて市場に行くように、 動けば死路に向かう、寿命もまた同じである。 例えば川が激しく流れ、行ってはすべて帰らないように、 人生もまた同じであり、過ぎ去った者は皆戻らない。 様々な患いが身に集まり、生には多くの苦悩がある。 人の命もまた同じであり、老いと死に狙われている。 作り成した功徳の労によって、永く安楽を得る。 杖で急流を打つように、一瞬開いてまた閉じる。 例えば人が杖を携えて歩き、牛を飲ませ飼う牧人ように、 人の命もまた同じであり、すなわち命を養いながら去っていく。 人は徳を築こうと欲するなら、昼夜を無駄に過ごしてはならない。 すでに人身を得たなら、ひたすらに命の終わりを思え。 眠らずにいれば夜は長く、旅に疲れれば道のりは長い。 愚かさに迷えば生死は長く、めったに妙法を聞くことがない。 子があり財もあると、惜しみながらも散り壊れるのに遭う。 愚か者は自分を顧みず、何を頼りに財や子を持つのか。 百千も数えきれないほどの、家柄の良い富豪の男女も、 多くの財産を積み集めても、すべて衰え滅びないものはない。 富貴は聖なる財産ではなく、常に無常に伺われている。 あたかも目の見えない人のように、自分で観察することができない。 集まっても散り壊れ、高くても必ず落ち、 生まれた者は皆尽き終わる、有情もまた同じである。 悪を行えば地獄に落ち、善を修めれば天に生まれる。 もし善を修めることができれば、漏れ尽きて涅槃を得る。

諸佛與菩薩, 緣覺及聲聞,
尚捨有為身, 何況諸有情?
非空非海中, 非入山窟間,
無有地方所, 脫止不受死。
若住現在世, 過去及未來,
一切有為事, 終歸於盡壞。
智者能離繫, 恒正念觀察,
常思無漏道, 是名真智者。
如囚被繫縛, 所欲無能益,
亦如朽故車, 不久見破壞。
色變為老耄, 戀家如在獄,
不覺死來侵, 愚夫不能知。
雖壽滿百歲, 亦被死相隨,
為老病所逼, 患終至後際。
老至苦纏身, 晝夜多痛惱,
辛楚有千般, 如魚入灰火。
江河無停止, 駛流去不迴,
保惜膿漏軀, 雖戀不能住。
四大聚集身, 無常詎久留,
地種散壞時, 神識空何用?
此身多障惱, 膿漏恒疾患,
愚迷貪愛著, 不厭求寂滅。
今歲雖云在, 冬夏不久停,
凡夫貪世樂, 中間不驚怖。
父母與兄弟, 妻子并眷屬,
無常來牽引, 無能救濟者。
如是諸有情, 舉動貪榮樂,
無常老病侵, 不覺生苦惱。
剃髮為苾芻, 宜應修止觀,
魔羅不能伺, 度生到彼岸。

諸仏と菩薩、 縁覚や声聞でさえも、 この有為の身を捨てるのだ。 ましてや凡夫はなおさらのこと。

空の中にも、海の中にも、 山の洞窟の中にも、 死を逃れてとどまることのできる 場所など、どこにもない。

現在に生きる者も、過去や未来の者も、 すべての作り出されたものは、 ついには壊れ去る運命にある。

賢い人は束縛から離れ、 常に正しい心で観察し、 尽きることのない道をたえず思う。 これこそが真の賢者である。

囚人が鎖につながれているように、 望んでも何も叶わない。 また、古びた車のように、 まもなく壊れてしまう。

容色は衰え老い、 家に恋するのは牢獄にいるようなもの。 死が迫ってくるのに気づかず、 愚か者にはそれがわからない。

たとえ百歳まで生きたとしても、 死はそのあとに従う。 老いと病に苛まれ、 苦しみはついに最期に至る。

老いが来れば苦しみが身を包み、 昼夜にわたり多くの痛みと悩みがある。 千もの辛さがあり、 それは魚が灰の中の火に入るようなもの。

川の流れは止まることなく、 激しく流れて二度と戻らない。 膿の漏れるこの体を大事に思っても、 愛しくてもとどまることはできない。

四大が集まってできたこの身、 無常なのにどうして長く留まれようか。 地の要素が散り壊れるとき、 意識だけあっても何の役に立つのか?

この身は多くの障りと悩みに満ち、 膿が漏れ、常に病がある。 愚かで迷い、執着して愛しみ、 飽きることなく寂滅を求めない。

今年はまだあると言っても、 冬や夏はすぐに過ぎ去る。 凡夫は世の楽しみに執着し、 その間に恐怖を感じることはない。

父母や兄弟、 妻や子供、そして親族たち、 無常が来て連れ去るとき、 誰も救うことはできない。

このように生きとし生けるものは、 みな栄えや楽しみを求めて動くが、 無常の老いや病が襲い、 気づかぬうちに苦しみが生じる。

剃髪して比丘となったなら、 止観を修めるべきである。 そうすれば悪魔は隙を窺えず、 衆生を彼岸に導くことができる。


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