馬鳴大士は、波羅奈国の人である。昔、毗舍利国の王であったとき、その国に裸の者たちがいて、まるで馬のように裸で暮らしていた。王は神通力を用い、分身して蚕となり、彼らに衣を与えた。その後、王は中インドに生まれ変わったが、馬のように暮らしていた人々は王を慕い、悲しみの声をあげた。それゆえ、馬鳴と名付けられた。また功勝とも呼ばれる。有作・無作のあらゆる功徳において最も優れていたからである。
時に第十一祖の富那夜奢尊者がその国に至った。一人の長者が法会にやって来た。尊者は大衆に向かって言った。「あなた方はこの来訪者が誰か知っているか。仏はかつて、聖者馬鳴がわが法を継ぐ者であると予言されたのだ。」そこで馬鳴は礼を尽くし、尋ねた。「私は仏を知りたい。どなたが仏なのか。」尊者は言った。「あなたが仏を知りたいというなら、知らない者がそれである。」彼が「仏をそもそも知らないなら、どうしてそれが仏だとわかるのですか」と問うと、尊者は「仏をそもそも知らないなら、どうしてそれが仏でないとわかるのか」と返した。馬鳴は「これは鋸の意味ですね」と言うと、尊者は「あれは木の意味だ」と答えた。尊者が「鋸の意味とは何か」と尋ねると、馬鳴は「師と対等に出るということです」と答えた。今度は馬鳴が「木の意味とは何か」と尋ねると、尊者は「お前は私に解かれたのだ」と言った。馬鳴はたちまちに悟りを開き、剃髪を請うた。尊者は大衆に向かって言った。「如来はかつて、滅度後六百年に、馬鳴が波羅奈国において外道を打ち破り、無量の衆生を救うであろうと予言された。」こうして法は伝えられた。
その後、馬鳴は華氏国で妙法の輪を転じ、さまざまな神通力を示して魔事を降伏させた。ある時、外道が論義を求めて来た。王や大臣、四衆が集まり、論場に会した。馬鳴は尋ねた。「あなたの義は何を宗旨とするのか。」外道は「あらゆる言説を、私はことごとく破ることができる」と言った。そこで馬鳴は国王を指さして言った。「今、国王はご健勝で、大王は長寿であられる。これを破ってみよ。」外道は屈服した。
後に馬鳴は『甘蔗論』十万偈を著し、さらに百部の大乗経典の義理を集めてこの論を造った。まさに、多くの薬の中からただ阿陀の妙薬を取り、多くの宝の中からただ如意宝珠を探り出すようなもの。一を挙げて万を覆い、根本をもって末節を摂するのである。