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文殊師利問経 (文殊師利問經)

「文殊師利問經」について

梁 · 底本の訳者:僧伽婆羅

2.3 万字 · 約 75 分

文殊師利問経は、天竺の高僧・僧伽婆羅によって、梁の武帝の天監年間に金陵で漢訳されました。この経典は、文殊師利菩薩と仏陀との問答形式で展開され、大乗仏教の核心的な教えを明らかにしています。その内容は、戒律と修行、菩薩道、空性の智慧、そして諸法の実相といった主題を網羅しています。解説は平易でありながら深遠で、般若の思想と方便の法門を融合させ、文殊菩薩が象徴する大乗の智慧を際立たせています。この経典は漢伝仏教における重要な典籍であり、中国仏教の教義の発展に深遠な影響を与え、特に禅宗と華厳宗において重視されました。仏性と修行の関係を探求する上での権威ある経典の一つです。


文殊師利問經卷上

文殊師利問経 上巻

梁扶南國三藏僧伽婆羅譯

梁扶南国三藏僧伽婆羅訳

序品第一

序品第一

如是我聞:

このように私は聞いた。

一時佛住王舍城耆闍崛山中,與大比丘眾一千三百五十人俱,皆是阿羅漢,諸漏已盡無復煩惱,身心自在,心善解脫、慧善解脫,調伏諸根,摩訶那伽所作已辦、可作已辦,捨於重擔已,到自事義,有使已盡,正智善解脫到,一切心自在。

あるとき、仏は王舎城の耆闍崛山の中におられ、大比丘衆千三百五十人とともにありました。彼らはみな阿羅漢であり、諸々の漏はすでに尽きて煩悩はもはやなく、心身ともに自在で、心はよく解脱し、慧によってよく解脱していました。諸根を調伏し、摩訶那伽としてなすべきことはすでになし終え、なすべきことはすでに成し遂げ、重い荷を捨て、自らの目的に到達し、有使はすでに尽き、正智によってよく解脱して彼岸に至り、すべての心が自在でありました。

其名曰:長老阿若憍陳如(此言已知,陳如姓也)、舍利弗、大目揵連(此言羅茯根,其父好噉此物因以為名)、摩訶迦葉、離婆多(此言常作聲)、須婆吼(此言善脾)、阿難陀(此言大歡喜),如是等一千三百五十阿羅漢。

その名は次のとおりです。長老の阿若憍陳如(これは「既に知る」という意味で、陳如は姓です)、舎利弗、大目揵連(これは「羅茯根(らふくこん)」という意味で、その父がこの物を好んで食べたことから名付けられました)、摩訶迦葉、離婆多(これは「常に声を出す」という意味です)、須婆吼(これは「善良な性質」という意味です)、阿難陀(これは「大いなる歓喜」という意味です)、このような一千三百五十人の阿羅漢たちです。

復有一千三百凡夫比丘眾,復有金剛菩薩、大勢至菩薩、觀世音菩薩、大德勇猛菩薩、無盡意菩薩、大意菩薩、文殊師利童子菩薩,如是等無數菩薩摩訶薩。

さらに、千三百人の凡夫比丘の衆があり、また金剛菩薩、大勢至菩薩、観世音菩薩、大徳勇猛菩薩、無尽意菩薩、大意菩薩、文殊師利童子菩薩など、数え切れないほどの大菩薩たちがおられます。


2 菩薩戒品

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