來去品第八
爾時文殊師利白佛言:「世尊!來者何義?去者何義?」
その時、文殊師利菩薩が仏に申し上げました。「世尊よ、『来る』とはどういう意味ですか?『去る』とはどういう意味ですか?」
佛告文殊師利:「來者向義,去者背義;若無向背,不來不去,是聖行處。來者癡義,去者不癡義;非癡非不癡,是聖行處。來者有為,去者無為;無有為、無無為,是聖行處。來者識義,去者非識義;非識非非識,是聖行處。來者名色義,去者非名色義;非名色非不名色,是聖行處。來者六入義,去者非六入義;非入非非入,是聖行處。乃至憂悲疲極亦如是。
仏は文殊師利に告げた: 「来るものは向かう意味であり、去るものは背く意味である。 もし向かうことも背くこともなければ、来ることも去ることもない。これが聖なる行いの境地である。
来るものは迷いの意味であり、去るものは迷いでない意味である。 迷いでもなく、迷いでなくもない。これが聖なる行いの境地である。
来るものは有為であり、去るものは無為である。 有為もなく、無為もない。これが聖なる行いの境地である。
来るものは識の意味であり、去るものは識でない意味である。 識でもなく、識でなくもない。これが聖なる行いの境地である。
来るものは名色の意味であり、去るものは名色でない意味である。 名色でもなく、名色でなくもない。これが聖なる行いの境地である。
来るものは六入の意味であり、去るものは六入でない意味である。 入でもなく、入でなくもない。これが聖なる行いの境地である。
憂いや悲しみ、疲れ果てることについても、同じように理解せよ。」
「文殊師利!來者我義,去者無我義;非我、非無我,無來無去,是聖行處。來者常義,去者非常義;非常非不常,是聖行處。來者斷義,去者非斷義;非斷非不斷,是聖行處。來者有義,去者無義;非有非無,是聖行處。文殊師利!來去義如是。」
文殊師利よ、来るというのは「我あり」の意味であり、去るというのは「我なし」の意味です。しかし、真の境地は「我」でもなく「我なし」でもなく、来ることも去ることもないところにあります。
来るというのは「常」の意味であり、去るというのは「無常」の意味です。しかし、真の境地は「常」でも「無常」でもなく、その両方を超えたところにあります。
来るというのは「断滅」の意味であり、去るというのは「不断」の意味です。しかし、真の境地は「断滅」でも「不断」でもなく、その両方に執着しないところにあります。
来るというのは「存在」の意味であり、去るというのは「非存在」の意味です。しかし、真の境地は「存在」でも「非存在」でもなく、有無を超えたところにあります。
文殊師利よ、来る・去るという
佛說此祇夜:
お釈迦様はこの偈をお説きになりました。
「來去義無相, 諸法亦如是,
非知非可說, 是名來去義。」
来るも去るも実体はなく、すべての法もまた同じ。 知ることも言うこともできぬ、これが来去の真の意味。